最判平成10年6月11日 意思表示の到達

到達
意思表示が相手方の了知され得べき状態に置かれること
相手方が直接受領せずとも、意思表示又は通知を記載した書面が相手方の支配圏内に置かれることをもって足りる

*相手方の家族が正当な理由なく拒んだときには到達があったちみてよい



【判示事項】
一 遺産分割協議の申入れに遺留分減殺の意思表示が含まれていると解すべき場合
二 遺留分減殺の意思表示が記載された内容証明郵便が留置期間の経過により差出人に還付された場合に意思表示の到達が認められた事例
【判決要旨】
一 被相続人の全財産が相続人の一部の者に遺贈された場合において、遺留分減殺請求権を有する相続人が、遺贈の効力を争うことなく、遺産分割協議の申入れをしたときは、特段の事情のない限り、その申入れには遺留分減殺の意思表示が含まれていると解すべきである。
二 遺留分減殺の意思表示が記載された内容証明郵便が留置期間の経過により差出人に還付された場合において、受取人が、不在配達通知書の記載その他の事情から、その内容が遺留分減殺の意思表示又は少なくともこれを含む遺産分割協議の申入れであることを十分に推知することができ、また、受取人に受領の意思があれば、郵便物の受取方法を指定することによって、さしたる労力、困難を伴うことなく右内容証明郵便を受領することができたなど判示の事情の下においては、右遺留分減殺の意思表示は、社会通念上、受取人の了知可能な状態に置かれ、遅くとも留置期間が満了した時点で受取人に到達したものと認められる。

判旨
 (一) 遺産分割と遺留分減殺とは、その要件、効果を異にするから、遺産分割協議の申入れに、当然、遺留分減殺の意思表示が含まれているということはできない。しかし、被相続人の全財産が相続人の一部の者に遺贈された場合には、遺贈を受けなかった相続人が遺産の配分を求めるためには、法律上、遺留分減殺によるほかないのであるから、遺留分減殺請求権を有する相続人が、遺贈の効力を争うことなく、遺産分割協議の申入れをしたときは、特段の事情のない限り、その申入れには遺留分減殺の意思表示が含まれていると解するのが相当である。
 (二) これを本件について見るに、前記一の事実関係によれば、Aはその全財産を相続人の一人である被上告人に遺贈したものであるところ、上告人らは、右遺贈の効力を争っておらず、また、本件普通郵便は、遺留分減殺に直接触れるところはないが、少なくとも、上告人らが、遺産分割協議をする意思に基づき、その申入れをする趣旨のものであることは明らかである。そうすると、特段の事情の認められない本件においては、本件普通郵便による上告人らの遺産分割協議の申入れには、遺留分減殺の意思表示が含まれていると解するのが相当である。

 (一) 隔地者に対する意思表示は、相手方に到達することによってその効力を生ずるものであるところ(民法九七条一項)、右にいう「到達」とは、意思表示を記載した書面が相手方によって直接受領され、又は了知されることを要するものではなく、これが相手方の了知可能な状態に置かれることをもって足りるものと解される(最高裁昭和三三年(オ)第三一五号同三六年四月二〇日第一小法廷判決・民集一五巻四号七七四頁参照)。
 (二) ところで、本件当時における郵便実務の取扱いは、(1) 内容証明郵便の受取人が不在で配達できなかった場合には、不在配達通知書を作成し、郵便受箱、郵便差入口その他適宜の箇所に差し入れる、(2) 不在配達通知書には、郵便物の差出人名、配達日時、留置期限、郵便物の種類(普通、速達、現金書留、その他の書留等)等を記入する、(3) 受取人としては、自ら郵便局に赴いて受領するほか、配達希望日、配達場所(自宅、近所、勤務先等)を指定するなど、郵便物の受取方法を選択し得る、(4) 原則として、最初の配達の日から七日以内に配達も交付もできないものは、その期間経過後に差出人に還付する、というものであった(郵便規則七四条、九〇条、平成六年三月一四日郵郵業第一九号郵務局長通達「集配郵便局郵便取扱手続の制定について」別冊・集配郵便局郵便取扱手続二七二条参照)。
 (三) 前記一の事実関係によれば、被上告人は、不在配達通知書の記載により、小川弁護士から書留郵便(本件内容証明郵便)が送付されたことを知り(右(二)(2)参照)、その内容が本件遺産分割に関するものではないかと推測していたというのであり、さらに、この間弁護士を訪れて遺留分減殺について説明を受けていた等の事情が存することを考慮すると、被上告人としては、本件内容証明郵便の内容が遺留分減殺の意思表示又は少なくともこれを含む遺産分割協議の申入れであることを十分に推知することができたというべきである。また、被上告人は、本件当時、長期間の不在、その他郵便物を受領し得ない客観的状況にあったものではなく、その主張するように仕事で多忙であったとしても、受領の意思があれば、郵便物の受取方法を指定することによって(右(二)(3)参照)、さしたる労力、困難を伴うことなく本件内容証明郵便を受領することができたものということができる。そうすると、本件内容証明郵便の内容である遺留分減殺の意思表示は、社会通念上、被上告人の了知可能な状態に置かれ、遅くとも留置期間が満了した時点で被上告人に到達したものと認めるのが相当である。