最判平成15年4月18日 証券取引における損失保証契約


判示事項
 1 法律行為が公序に反することを目的とするものであるかどうかを判断する基準時
証券取引法42条の2第1項3号が平成3年法律第96号による同法の改正前に締結された損失保証や特別の利益の提供を内容とする契約に基づく履行の請求をも禁止していることと憲法29条
裁判要旨
 1 法律行為が公序に反することを目的とするものであるとして無効になるかどうかは,法律行為がされた時点の公序に照らして判断すべきである。
2 証券取引法42条の2第1項3号が,平成3年法律第96号による同法の改正前に締結された損失保証や特別の利益の提供を内容とする契約に基づいてその履行を請求する場合を含め,顧客等に対する損失補てんや利益追加のための財産上の利益の提供を禁止していることは,憲法29条に違反しない。

判旨
 (1) 本件保証契約と公序について
 法律行為が公序に反することを目的とするものであるとして無効になるかどうかは,法律行為がされた時点の公序に照らして判断すべきである。けだし,民事上の法律行為の効力は,特別の規定がない限り,行為当時の法令に照らして判定すべきものであるが(最高裁昭和29年(ク)第223号同35年4月18日大法廷決定・民集14巻6号905頁),この理は,公序が法律行為の後に変化した場合においても同様に考えるべきであり,法律行為の後の経緯によって公序の内容が変化した場合であっても,行為時に有効であった法律行為が無効になったり,無効であった法律行為が有効になったりすることは相当でないからである。
 そこで,本件保証契約についてこれを検討する。
 平成3年法律第96号による改正前の証券取引法は,損失保証や特別の利益提供(以下「損失保証等」という。)を違法な行為としていたものの,その違反に対しては,その行為をした証券会社や外務員に対し,証券業の免許の取消し,業務の停止,外務員の登録の取消し等の行政処分が科せられることとされていたにすぎず,学説の多くも損失保証等を内容とする契約は私法上有効であると解していたのであって,損失保証等が反社会性の強い行為であるとまで明確に認識されてはいなかった。しかし,平成元年11月に,証券会社が特定の顧客に損失補てんをしたことが大きな社会問題となり,これを契機として,同年12月には,大蔵省証券局長通達が発せられ,また,日本証券業協会も同通達を受けて同協会の規則を改正し,事後的な損失補てんを慎むよう求めるとともに,損失保証等が法令上の禁止行為であることにつき改めて注意が喚起されるに至った。このような過程を通じて,次第に,損失保証等が,証券取引の公正を害し,社会的に強い非難に値する行為であることの認識が形成されていったものとみることができる(最高裁平成5年(オ)第2142号同9年9月4日第一小法廷判決・民集51巻8号3619頁参照)。
 本件保証契約が締結されたのは,昭和60年6月14日であるが,上記の経緯にかんがみると,この当時において,既に,損失保証等が証券取引秩序において許容されない反社会性の強い行為であるとの社会的認識が存在していたものとみることは困難であるというべきである。
 そうすると,本件保証契約が公序に反し無効であると解することはできないとする原審の判断は,是認することができる。
 (2) 本件保証契約の履行請求を認めることの可否について
 平成3年法律第96号による証券取引法の改正によって,同法50条の2第1項3号の規定が新設され,証券会社が有価証券の売買その他の取引等につき,当該有価証券等について生じた顧客(信託会社等が,信託契約に基づいて信託をする者の計算において有価証券の売買等を行う場合にあっては,当該信託をする者を含む。)の損失の全部若しくは一部を補てんし,又はこれらについて生じた顧客の利益に追加するため,当該顧客に対し,財産上の利益を提供する行為が禁止された。そして,同号に違反した場合の罰則規定も設けられた。同改正法の附則には,同改正法の施行前にした行為に対する罰則の適用についてはなお従前の例による旨の規定が置かれたが,損失補てんや利益追加のために財産上の利益を提供する行為(以下「利益提供行為」という。)の禁止については,同改正法の施行前に締結された損失保証ないし利益保証契約に基づくものであっても,同改正法の適用を排除するための規定が置かれなかった。同法50条の2第1項3号の規定は,その後平成4年法律第87号による改正によって50条の3第1項3号に,平成10年法律第107号による改正によって42条の2第1項3号に変わったが,各改正法施行前に締結された損失保証ないし利益保証契約に基づく利益提供行為についても,禁止から除外していない点は,従前と同様である。
 なお,証券取引法42条の2第3項は,利益提供が証券会社又はその役員若しくは使用人の違法又は不当な行為であって当該証券会社とその顧客との間において争いの原因となるものとして内閣府令で定める事故による損失の全部又は一部を補てんするために行われる場合には同条1項の規定を適用しないとするが,法において禁止した損失保証等を内容とする契約の不履行が法令に違反する行為として禁止解除の事由になるというのは背理であるから,上記不履行が証券会社の行為規制等に関する内閣府令5条所定の事故に該当しないことは明らかである。
 被上告人の主位的請求は,本件保証契約の履行を求めるものであり,同法42条の2第1項3号によって禁止されている財産上の利益提供を求めているものであることがその主張自体から明らかであり,法律上この請求が許容される余地はないといわなければならない。
 (3) 証券取引法42条の2第1項3号と憲法29条
 本件において,被上告人は,有効に成立した損失保証等を内容とする契約に基づく請求権の行使が許されないこととなる証券取引法42条の2第1項3号の規定は憲法29条に違反すると主張している。
 財産権に対する規制が憲法29条2項にいう公共の福祉に適合するものとして是認されるべきものであるかどうかは,規制の目的,必要性,内容,その規制によって制限される財産権の種類,性質及び制限の程度等を比較考量して判断すべきものである(最高裁平成12年(オ)第1965号,同年(受)第1703号同14年2月13日大法廷判決・民集56巻2号331頁)。
 そこで,以上の見地に立って,証券取引法42条の2第1項3号の規定の合憲性について検討する。
 同号が利益提供行為の禁止を規定したのは,証券会社による利益提供行為を禁止することによって,投資家が自己責任の原則の下で投資判断を行うようにし,市場の価格形成機能を維持するとともに,一部の投資家のみに利益提供行為がされることによって生ずる証券市場の中立性及び公正性に対する一般投資家の信頼の喪失を防ぐという経済政策に基づく目的を達成するためのものであると解されるが,このような目的は,正当なものであるということができる。
 そして,上記規定の規制内容等についてみると,同規定は,平成3年法律第96号による証券取引法の改正前に締結された損失保証等を内容とする契約に基づいてその履行の請求をする場合も含め,利益提供行為を禁止するものであるが,? 同改正前に締結された契約に基づく利益提供行為を認めることは投資家の証券市場に対する信頼の喪失を防ぐという上記目的を損なう結果となりかねないこと,? 前記内閣府令に定める事故による損失を補てんする場合であれば証券取引法42条の2第1項3号の規定は適用されないこと(同条3項),? 損失保証等を内容とする契約に基づく履行請求が禁止される場合であっても,一定の場合には顧客に不法行為法上の救済が認められる余地があること,? 私法上有効であるとはいえ,損失保証等は,元来,証券市場における価格形成機能をゆがめるとともに,証券取引の公正及び証券市場に対する信頼を損なうものであって,反社会性の強い行為であるといわなければならず(前掲第一小法廷判決参照),もともと証券取引法上違法とされていた損失保証等を内容とする契約によって発生した債権が,財産権として一定の制約に服することはやむを得ないものであるといえることからすると,法が上記のような規制手段を採ったことは,上記立法目的達成のための手段として必要性又は合理性に欠けるものであるとはいえない。
 したがって,証券取引法42条の2第1項3号の規定は,憲法29条に違反しないというべきである。