東京地裁平成6年4月25日 城の定義事件

定義の著作物性(著作権法判例百選第4版[2]6-7頁)
東京地裁平成6年4月25日 損害賠償請求事件
城の定義事件

争点
「城」の定義は、創作的表現にあたるか。

結論
(1)城に関する図面についての著作権侵害及び著作者人格権侵害は認められた。
(2)城(城とは人によって住居、軍事、政治目的をもって選ばれた一区画の土地と、そこに設けられた防衛的構築物)という定義は、原告の学術的思想そのもので、これと同じ思想に立つ限りは、同一類似の文言を採用して記載するほかなく、選択の幅がないことから、著作物性が否定された。

事案の概要
1 当事者
① 原告X1は、多年城郭の研究に携わり、日本及び海外の城につき幾多の書物、評論を発表してきている研究者であり、財団法人日本城郭協会の常任理事を務める者である。
② 原告X2は、歴史、民族、美術等の分野を中心とする教養図書の出版、販売会社である。
③ 被告Y、主として、通信教育用資料の製作、出版及び図書の通信販売を行っている会社である。
2 原告の権利
⑤ 原告X1は、昭和53年頃、別紙著作物目録(一)1ないし8記載の各図面一以下、個々の図面を「本件図面1」、「本件図面2」のようにいい、本件図面1ないし8を「本件図面」と総称する。)を、イラストレーター二宮智の助力を得て創作し、これらの著作権を取得した。
⑥ 原告X1は、昭和47年頃、別紙著作物目録(二)記載の城を定義した文(以下「本件定義」という。)を創作し、その著作権を取得した。
⑦ 原告X2は、昭和52年、原告X1から、本件図面1ないし8及び本件定義を含む「城」についての総合的な解説書「日本の城の基礎知識」の出版権の設定を受けて、昭和53年6月、原告書籍の旧版を出版し、続いて平成2年1月に同書の全訂版を出版した。
3 被告の著作権法違反行為
⑧ 被告Yは、東洋文化学院名で、平成3年9月頃から、「城と城下町 見方講座」(全六巻)という書籍を作成し、その著作者となったうえ発行し、これを販売している。
⑨ 被告書籍第一巻及び第二巻に掲載されている記載の図面は、それぞれ本件図面1ないし8と酷似しており、本件図面1ないし8の複製物であって、原告X1の本件図面1ないし8についての著作権一複製権一及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害するとともに、原告X2の右各図面についての出版権を侵害するものである。
4 請求
⑩ 被告Yは、原告X1に対し、金300万円及びこれに対する平成4年10月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
⑪ 被告Yは、原告X2に対し、金200万円及びこれに対する平成4年10月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

判旨
請求一部認容
① 被告Yは、原告X1に対し、金96万円及びこれに対する平成4年10月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
② 被告Yは、原告X2出版株式会社に対し、金5万3000円及びこれに対する平成4年10月17日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
③ 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

(1)城に関する図面についての著作権侵害及び著作者人格権侵害は認められた。
(2)本件定義については、著作物性が否定された。
本件定義の著作物性
1 本件定義は、原告書籍の本文の最初の、「城とは何か 城の定義」と題する章で、日本の城の定義がなかったことを指摘し、城の基礎知識のはじめに必要なことは「城とは何か」を理解するための城の定義であろうと述べ、既刊の辞典、事典類における説明的な意味での「城」の字義や解釈を列挙した上で、城を発生論的に観察し、発達、推移の状態を広く世界に追った結果を城の定義として成文すると次のとおりであるとして、記載されているものであり、その後に、本件定義の個々の要素についての説明が加えられていることが認められ、…、原告は、長年の調査研究の成果として、本件城の定義と基礎理論を確立し、城の学術的な体系を理論化したものと自負していることが認められる。
2 右認定の事実及び本件定義自体によれば、本件定義は、原告が長年の調査研究によって到達した、城の学問的研究のための基礎としての城の概念の不可欠の特性を簡潔に言語で記述したものであり、原告の学問的思想そのものと認められる。
そして、本件定義のような簡潔な学問的定義では、城の概念の不可欠の特性を表す文言は、思想に対応するものとして厳密に選択採用されており、原告の学問的思想と同じ思想に立つ限り同一又は類似の文言を採用して記述する外はなく、全く別の文言を採用すれば、別の学問的思想による定義になってしまうものと解される。
また、本件定義の文の構造や特性を表す個々の文言自体から見た表現形式は、この種の学問的定義の文の構造や、先行する城の定義や説明に使用された文言と大差はないから、本件定義の表現形式に創作性は認められず、もし本件定義に創作性があるとすれば、何をもって城の概念の不可欠の特性として城の定義に採用するかという学問的思想そのものにあるものと認められる。
 ところで、著作権法著作権の対象である著作物の意義について「思想又は感情を創作的に表現したものであって、・・・・・・」と規定しているのは、思想又は感情そのものは著作物ではなく、その創作的な表 形式が著作物として著作権法による保護の対象であることを明らかにしたものと解するのが相当てあるところ、右に判断したところによれば、本件定義は原告の学問的思想そのものてあって、その表現形式に創作性は認められないのであるから、本件定義を著作物と認めることはできない。
 学問的思想としての本件定義は、それが新規なものであれば、学術研究の分野において、いわゆるフライオリティを有するものとして慣行に従って尊重されることがあるのは別として、これを著作権の対象となる著作物として著作権者に専有させることは著作権法の予定したところではない。

※「思想又は感情を創作的に表現したもの」として、「表現」を保護するのが著作権法。しかし、表現されたもののなかにも、選択の幅がほとんどなく、独占させることが好ましくないものについても、著作権法保護されるべきものではないものが存在する?


2013年8月16日作成

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