大阪高裁平成6年2月25日 脳波数理解析論文事件

表現とアイディア(著作権法判例百選第4版[1]4-5頁参照)

阪高裁平成6年2月25日 損害賠償等請求控訴事件
脳波数理解析論文事件

争点
数学に関する著作物において提示された命題の解明過程及びそこで使用された方程式は著作権法上の保護の対象となるか。

結論
原告の主張する命題の解明過程それ自体は著作権法上保護される表現ではなく、アイディアにすぎず、アイディアが共通しているというだけでは著作権侵害とはならない。

事案の概要
 原告・被告
① 原告は、京都大学理学部所属の生物物理を専攻する研修員で、脳波の解析、神経回路網の解析等の研究を続ける者である。
② 被告は、京都大学理学部助教授で、流体力学を専攻する者である。
 著作物
③ 原・被告を含む五名は、昭和47年ころから同55年までの間、脳波の実験的及び理論的解析に関する共同研究を続け、その成果として業績目録記載の研究論文及び学会発表をなしてきた。
 著作権
④ 業績目録記載の文献①ないし⑪は、原・被告ら五名の共同研究の成果として発表されたものであり、原・被告ら五名は右各文献につき著作権を共有するものである。
 侵害行為
⑤ 被告は、国際的に著名な学術雑誌であるバイオロジカル・サイバネティックス誌(Biological Cybernetics)に、昭和55年に単独名で第一論文を発表し、さらに三年後に被告、A、Bの連名で、原告及びCを除外して第二論文を発表した。
 請求
⑥ 原告は、第一論文及び第二論文には、業績目録記載の研究結果と同一の結論が記載され、これは被告が原・被告ら五名の文献のうち一定の部分を無断で複製し、もしくは翻案したことにあたり、原告の共有する著作権と原告の著作者人格権とを侵害したとして、損害賠償及び謝罪広告を請求した。
 具体的内容
⑦ 原告は被告に対し、慰謝料合計500万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和60年10月24日から完済に至るまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払、及び別紙一記載の謝罪広告を同記載の新聞の各全国版に同記載の条件で掲載し、別紙二、別紙三記載の各謝罪広告を同記載の各雑誌に同記載の条件で掲載することを求める。

判旨
数学に関する著作物の著作権者は、そこで提示した命題の解明過程及びこれを説明するために使用した方程式については、著作権法上の保護を受けることができないものと解するのが相当である。
一般に、科学についての出版の目的は、それに含まれる実用的知見を一般に伝達し、他の学者等をして、これを更に展開する機会を与えるところにあるが、この展開が著作権侵害となるとすれば、右の目的は達せられないことになり、科学に属する学問分野である数学に関しても、その著作物に表現された、方程式の展開を含む命題の解明過程などを前提にして、更にそれを発展させることができないことになる。
このような解明過程は、その著作物の思想(アイデア)そのものであると考えられ、命題の解明過程の表現形式に創作性が認められる場合に、そこに著作権法上の権利を主張することは別としても、解明過程そのものは著作権法上の著作物に該当しないものと解される。
 文献①〜⑪が思想を創作的に表現したものであり、学術の範囲に属するものとして著作物性を有し、控訴人及び被控訴人ほかの共同著作物となったものであることは疑いない。
 しかし、控訴人が、本訴で文献①〜⑪の著作権侵害として主張するところは、帰するところ、グループの共同研究の成果である文献①〜⑪で明らかにされた、「ウィルソン・コーワンの模型からよく知られた微分方程式を導き脳波現象の解明に大きな貢献をすることができる」という命題を、空間相互作用の有無に分類して、第一、第二論文の主要命題として、あるいはその前提となるものとして、第一、第二論文に解き明かした被控訴人の行為であるというのである。この主張からも明らかなように、ここで主張されている著作権侵害形式は、文献①〜⑪に表された命題の解明過程にあり、その独自の表現形式が著作権の侵害として主張されているものではない。


※学術論文それ自体には、思想又は感情を創作的に表現したものとして、著作権法上の保護が行われるが、本件では原告の主張の核心が、「解明過程」それ自体を著作権法上保護されるかのような主張であったため、表現・アイディア二分論から、アイディアに留まり、著作権法上保護されるわけではないとするものか?


2013年8月16日作成

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