一部請求後の残部請求 最判平成10年6月12日
最判平成10年6月12日 一部請求後の残部請求
最判昭和37年8月10日では、一部請求後の残部請求について、「移この債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合は、訴訟物となるのは、右債権の一部の存否のみであって、全部の存否ではなく、従って右一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求には及ばないと解するのを相当」と判示し、原則として、残部を更に訴訟手続きで請求する可能性が留保されているとした。
しかし、最判平成10年6月12日は、「金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されない」として、一部請求棄却後の残部請求を否定した。
その根拠は、
① 一部請求の趣旨を、「当該債権が存在しその額は一定額を下回らないことを主張して右額の限度でこれを請求するものであり、債権の特定の一部を請求するものではないから、このような請求の当否を判断するためには、おのずから債権の全部について審理判断することが必要になる。」として、
② 「裁判所は、当該債権の全部について当事者の主張する発生、消滅の原因事実の存否を判断し、債権の一部の消滅が認められるときは債権の総額からこれを控除して口頭弁論終結時における債権の現存額を確定」最判平成6年(一部請求と相殺の抗弁)し、
③ 現存額が一部請求の額以上であるときは右請求を認容し、現存額が請求額に満たないときは現存額の限度でこれを認容し、債権が全く現存しないときは右請求を棄却するのであって、当事者双方の主張立証の範囲、程度も、通常は債権の全部が請求されている場合と変わるところはない。
と判断した。
※ しかし、学説上は本判決の理由付けに批判的である。確かに、請求の当否を判断するために債権自体の発生・消滅を審理しなければならないが、先行訴訟の訴訟物は、債権額の一部であるのに、後行訴訟で前訴の一部請求が棄却された場合に、残部請求を認めないことは、結局のところ債権全額が訴訟物となっていることと同様の結論を認めることなる。
ならば、蒸し返し防止のために、前訴の判断の理由とされた事項に拘束力を認めることとなり、一部請求全面否定論の立論と同じであると批判されている。
この「信義則に反し」とは、判決理由中の判断に拘束力を認めるべき場合であるからとの立論をするのではなく、一部請求訴訟で、相手方の紛争解決期待を排除して訴訟追行を認めていたのに、それができなかった以上は原告が全面敗訴したときには、権利失効の原則により、禁ずるということが信義則の内容となっていると解される。
■ 判旨
1 一個の金銭債権の数量的一部請求は、当該債権が存在しその額は一定額を下回らないことを主張して右額の限度でこれを請求するものであり、債権の特定の一部を請求するものではないから、このような請求の当否を判断するためには、おのずから債権の全部について審理判断することが必要になる。
すなわち、裁判所は、当該債権の全部について当事者の主張する発生、消滅の原因事実の存否を判断し、債権の一部の消滅が認められるときは債権の総額からこれを控除して口頭弁論終結時における債権の現存額を確定し(最高裁平成二年(オ)第一一四六号同六年一一月二二日第三小法廷判決・民集四八巻七号一三五五頁参照)、現存額が一部請求の額以上であるときは右請求を認容し、現存額が請求額に満たないときは現存額の限度でこれを認容し、債権が全く現存しないときは右請求を棄却するのであって、当事者双方の主張立証の範囲、程度も、通常は債権の全部が請求されている場合と変わるところはない。
数量的一部請求を全部又は一部棄却する旨の判決は、このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて、当該債権が全く現存しないか又は一部として請求された額に満たない額しか現存しないとの判断を示すものであって、言い換えれば、後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。
したがって、右判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり、前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。
以上の点に照らすと、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないと解するのが相当である。
これを本件についてみると、被上告人の主位的請求及び予備的請求の一は、前訴で数量的一部を請求して棄却判決を受けた各報酬請求権につき、その残部を請求するものであり、特段の事情の認められない本件においては、右各請求に係る訴えの提起は、訴訟上の信義則に反して許されず、したがって、右各訴えを不適法として却下すべきである。
主 文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理 由
上告代理人川尻治雄、同大江忠の上告理由について
一 原審の適法に確定した事実及び記録によれば、本件の事実関係の概要は次のとおりである。
■ 事実関係の概要
1 被上告人は、不動産売買等を目的とする会社であり、上告人から福岡県宗像市所在の約一〇万坪の土地(以下「本件土地」という。)を買収すること及び右土地が市街化区域に編入されるよう行政当局に働きかけを行うこと等の業務の委託を受けた。
2 上告人と被上告人は、昭和五七年一〇月二八日、前項の業務委託契約(以下「本件業務委託契約」という。)の報酬の一部として、上告人が本件土地を宅地造成して販売するときには造成された宅地の一割を被上告人に販売又は斡旋させる旨合意した(以下「本件合意」という。)。
3 上告人は、本件土地の宅地造成を行わず、平成三年三月五日、宗像市開発公社に本件土地を売却した。
4 上告人は、平成三年一二月五日、被上告人の債務不履行を理由として本件業務委託契約を解除した。
5 上告人と被上告人との間の前訴において、被上告人は、(1)本件業務委託契約に基づいて本件土地の買収等の業務を行い、商法五一二条により一二億円の報酬請求権を取得したと主張して、うち一億円の支払を求め(主位的請求)、(2)上告人が本件土地を売却したことにより本件合意の条件の成就を故意に妨害したから、民法一三〇条により、本件合意に基づく一二億円の報酬請求権を取得したと主張して、うち一億円の支払を求めた(予備的請求)が、右各請求を棄却する旨の判決が平成七年一〇月一三日に確定した。
■ 争点
6 被上告人は、前訴の判決確定後である平成八年一月一一日、本訴を提起し、(1)主位的請求として、本件合意に基づく報酬請求権のうち前訴で請求した一億円を除く残額が二億九八三〇万円であると主張してその支払を求め、(2)予備的請求の一として、商法五一二条に基づく報酬請求権のうち前訴で請求した一億円を除く残額が二億九八三〇万円であると主張してその支払を求め、(3)予備的請求の二として、本件業務委託契約の解除により報酬請求権を失うという被上告人の損失において、上告人が本件土地の交換価値の増加という利益を得たと主張し、不当利得返還請求権に基づいて報酬相当額二億六七三〇万円の支払を求めた。
■ 東京高裁平成9年01月23日の判断
二 原審は、(一)本訴の主位的請求及び予備的請求の一は、前訴の各請求とは
同一の債権の一部請求・残部請求の関係にあるが、本訴が前訴の蒸し返しであり、
被上告人による本訴の提起が信義則に反するとの特段の事情を認めるに足りる的確
な証拠はない、(二)予備的請求の二は、前訴とは訴訟物を異にするものであり、
前訴の蒸し返しとはいえない、と判断して、被上告人の本件各訴えを却下した一審
判決を取り消し、一審に差し戻す旨の判決をした。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次の
とおりである。
1 一個の金銭債権の数量的一部請求は、当該債権が存在しその額は一定額を下回らないことを主張して右額の限度でこれを請求するものであり、債権の特定の一部を請求するものではないから、このような請求の当否を判断するためには、おのずから債権の全部について審理判断することが必要になる。
すなわち、裁判所は、当該債権の全部について当事者の主張する発生、消滅の原因事実の存否を判断し、債権の一部の消滅が認められるときは債権の総額からこれを控除して口頭弁論終結時における債権の現存額を確定し(最高裁平成二年(オ)第一一四六号同六年一一月二二日第三小法廷判決・民集四八巻七号一三五五頁参照)、現存額が一部請求の額以上であるときは右請求を認容し、現存額が請求額に満たないときは現存額の限度でこれを認容し、債権が全く現存しないときは右請求を棄却するのであって、当事者双方の主張立証の範囲、程度も、通常は債権の全部が請求されている場合と変わるところはない。
数量的一部請求を全部又は一部棄却する旨の判決は、このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて、当該債権が全く現存しないか又は一部として請求された額に満たない額しか現存しないとの判断を示すものであって、言い換えれば、後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。
したがって、右判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり、前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。
以上の点に照らすと、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないと解するのが相当である。
これを本件についてみると、被上告人の主位的請求及び予備的請求の一は、前訴で数量的一部を請求して棄却判決を受けた各報酬請求権につき、その残部を請求するものであり、特段の事情の認められない本件においては、右各請求に係る訴えの提起は、訴訟上の信義則に反して許されず、したがって、右各訴えを不適法として却下すべきである。
2 予備的請求の二は、不当利得返還請求であり、前訴の各請求及び本訴の主位的請求・予備的請求の一とは、訴訟物を異にするものの、上告人に対して本件業務委託契約に基づく報酬請求権を有することを前提として報酬相当額の金員の支払を求める点において変わりはなく、報酬請求権の発生原因として主張する事実関係はほぼ同一であって、前訴及び本訴の訴訟経過に照らすと、主位的請求及び予備的請求の一と同様、実質的には敗訴に終わった前訴の請求及び主張の蒸し返しに当たることが明らかである。
したがって、予備的請求の二に係る訴えの提起も信義則に反して許されないものというべきであり、右訴えを不適法として却下すべきである。
四 以上によれば、被上告人の本件各訴えはいずれも不適法として却下すべきであり、右と異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
この点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、右各訴えを却下した一審判決を正当として、被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第二小法廷
裁判長裁判官 河 合 伸 一
裁判官 大 西 勝 也
裁判官 根 岸 重 治
裁判官 福 田 博