建築物の著作物性 大阪高裁平成16年9月29日

平成15年(ネ)第3575号 著作権侵害差止等請求控訴事件
(原審・大阪地方裁判所平成14年(ワ)第1989号〔第1事件〕、同第6312
号〔第2事件〕)
判決
控訴人(1審両事件原告)   積水ハウス株式会社
同訴訟代理人弁護士       溝上哲也
同              岩原義則
被控訴人(1審両事件被告)  株式会社サンワホーム
同訴訟代理人弁護士       反田一富

主文
 1 本件控訴を棄却する。
 2 控訴人の当審における予備的請求を棄却する。
 3 当審における訴訟費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨
 1 第1事件に関する原判決を取り消す。
 2 被控訴人は、原判決別紙イ号物件目録記載の建物を建築し、販売し、又は販売のために展示してはならない。
 3 被控訴人は、原判決別紙イ号物件目録記載の建物の玄関側を撮影した写真が掲載された住宅のパンフレットを廃棄せよ。
 4 被控訴人は、控訴人に対し、3518万5000円及びこれに対する平成14年3月7日(訴状送達の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 5 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担する。

(以下、控訴人を「原告」、被控訴人を「被告」といい、その他の略称は、原判決のそれによる。)

第2 事案の概要

■ 事案の概要
 1 事案の要旨
  (1) 
第1事件は、原告が、①原判決記載の原告建物は建築の著作物(著作権法10条1項5号)に該当し、原告は原告建物の著作権者であるところ、原判決記載の被告建物は原告建物を複製又は翻案したものであるとして、被告に対し、著作権法112条1項、2項に基づき、被告建物の建築等の差止め及び被告建物の玄関側写真の掲載されたパンフレットの廃棄を請求するとともに、民法709条(著作権侵害による不法行為)に基づき損害賠償を請求し、また、②被告建物は原告建物の商品形態を模倣したものである(不正競争防止法2条1項3号)として、被告に対し、不正競争防止法4条(不正競争行為による不法行為)に基づき損害賠償を請求している事案(①と②は損害賠償請求について選択的関係)である。

 第2事件は、原告が、原判決記載の原告写真は写真の著作物(著作権法10条1項8号)に該当し、原告は原告写真の著作権者であるところ、原判決記載の被告写真は原告写真を複製又は翻案したものであるとして、被告に対し、著作権法112条1項、2項に基づき、被告写真の印刷、複写及び同写真を掲載した印刷物(チラシその他の印刷物)の配布の差止め及び被告写真のデータ等(被告写真、そのデータ、被告写真を使用したチラシその他の印刷物)の廃棄を求めるとともに、民法709条(著作権侵害による不法行為)に基づき損害賠償を請求している事案である。

■ 原審の判断
  (2) 原審は、原告の第2事件の請求のうち、差止請求の全部及び損害賠償請求の一部を認容し、第1事件の請求全部及び第2事件のその余の損害賠償請求をいずれも棄却した。

■ 予備的追加
  (3) これに対し、原告は、第1事件について本件控訴を提起し、当審において、被告が原告の知的活動の成果にただ乗りして、原告建物の玄関側外観を模倣した被告建物をモデルハウスとして自己の営業活動に利用し、原告と競合する販売地域において顧客を誘引しているのは、公正かつ自由な競争原理によって成り立つ取引社会において、著しく不公正な手段を用いて他人の法的保護に値する営業上の利益を害するものであるとして、民法709条(違法な模倣行為による不法行為)に基づく損害賠償請求を予備的に追加した。

■ 判旨

 著作権法は、同法にいう著作物を『思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。』と定義し(同法2条1項1号)、著作物の例示中に『建築の著作物』を挙げている(同法10条1項5号)。


 ところで、建築は、絵画、版画、彫刻などと同様に造形活動の一種であるが、絵画、版画、彫刻などが専ら美的鑑賞を目的に制作される物品であるのに対し、建築により地上に構築される建築構造物(建築物)は、物品ではない上、美的鑑賞の目的というよりも、むしろ、住居、宿泊所、営業所、学舎、官公署等として現実に使用することを目的として製作されるものである。


そこで、同法は、『建築の著作物』を『絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物』(同法10条1項4号)とは別に、独立の著作物類型として保護することにしたものと解される。


ちなみに、同法20条2項2号は、建築物の所有者の経済的利用権と著作者の権利を調整する観点から、一定の範囲で著作者の権利(同一性保持権)を制限し、建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変を許容している。


(イ) 一方、著作権法は、著作物の例示中に『絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物』を挙げた(同法10条1項4号)上で、『美術の著作物』には『美術工芸品』を含む旨を規定している(同法2条2項)から、『美術の著作物』は純粋美術(絵画や彫刻のように、専ら鑑賞目的で創作される美的創作物)に限定されないことは明らかであるものの、一品制作的な美術工芸品を除く、その他の応用美術(実用目的の物品に応用される美的創作物)が『美術の著作物』に該当するかどうかは、同法の条文上必ずしも明らかではない。


 ところで、応用美術は、①純粋美術作品が実用品に応用された場合(例えば、絵画を屏風に仕立て、彫刻を実用品の模様に利用するなど)、②純粋美術の技法を実用目的のある物品に適用しながら、実用性よりも美の追求に重点を置いた一品制作的な場合、③純粋美術の感覚又は技法を機械生産又は大量生産に応用した場合に分類することができる。このことに、本来、応用美術を含む工業的に大量生産される実用品の意匠は、産業の発展に寄与することを目的とする意匠法の保護対象となるべきものであること(同法1条)、これに対し、著作権法は文化の発展に寄与することを目的とするものであり(同法1条)、現行著作権法の制定過程においても、意匠法によって保護される応用美術について、著作権法の保護対象にもするとの意見は採用されなかったこと、一品制作的な美術工芸品を越えて、応用美術全般に著作権法による保護が及ぶとすると、両法の保護の程度の差異(意匠法による保護は、公的公示手段である設定登録が必要である上、保護期間(存続期間)が設定登録の日から15年であるのに対し、著作権による保護は、設定登録をする必要はなく、保護期間(存続期間)が著作物の創作の時から著作者の死後50年を経過するまで、法人名義の著作物は公表後50年を経過するまで等とされている。)から、意匠法の存在意義が失われることにもなりかねないこと等を合わせ考慮すると、原則として、応用美術については、著作権法の保護が及ばないものと解するのが相当である。


 もっとも、応用美術であっても、それが造形者の知的・文化的精神活動の所産であって、通常の創作活動を上回り、実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、造形芸術と評価し得るだけの美術性を有するに至っているため、客観的、外形的に見て、社会通念上、純粋美術と同視し得る美的創作性(審美的創作性)を具備していると認められる場合は、『美術の著作物』として著作権法による保護の対象となる場合があるものと解される。


(ウ) 建築物は、地上に構築される建築構造物であり、例えば、建物は、建築されると土地の定着物たる不動産として取り扱われるから、意匠法上の物品とは解されず、その形態(デザイン)は意匠法による保護の対象とはならない。しかも、建築物は、一般的には工業的に大量生産されるものではないが、前記(ア)のとおり種々の実用に供されるという意味で、一品制作的な美術工芸品に類似した側面を有する。また、前記アで認定したとおり、原告建物は、高級注文住宅ではあるが、建築会社がシリーズとして企画し、一般人向けに多数の同種の設計による一般住宅として建築することを予定している建築物のモデルハウスであり、近時は、原告建物のように量産することが予定されている建築物も存在するから、建築は、物品における応用美術に類似した側面も有する。そうだとすれば、建築物については、前記(イ)で検討したところがおおむね妥当する。

 したがって、著作権法により『建築の著作物』として保護される建築物は、同法2条1項1号の定める著作物の定義に照らして、知的・文化的精神活動の所産であって、美的な表現における創作性、すなわち造形芸術としての美術性を有するものであることを要し、通常のありふれた建築物は、同法で保護される『建築の著作物』には当たらないというべきある。


 一般住宅の場合でも、その全体構成や屋根、柱、壁、窓、玄関等及びこれらの配置関係等において、実用性や機能性(住み心地、使い勝手や経済性等)のみならず、美的要素(外観や見栄えの良さ)も加味された上で、設計、建築されるのが通常であるが、一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性が認められる場合に、『建築の著作物』性を肯定して著作権法による保護を与えることは、同法2条1項1号の規定に照らして、広きに失し、社会一般における住宅建築の実情にもそぐわないと考えられる。



 すなわち、同法が建築物を『建築の著作物』として保護する趣旨は、建築物の美的形象を模倣建築による盗用から保護するところにあり、一般住宅のうち通常ありふれたものまでも著作物として保護すると、一般住宅が実用性や機能性を有するものであるが故に、後続する住宅建築、特に近時のように、規格化され、工場内で製造された素材等を現場で組み立てて、量産される建売分譲住宅等の建築が複製権侵害となるおそれがある。


 そうすると、一般住宅が同法10条1項5号の『建築の著作物』であるということができるのは、客観的、外形的に見て、それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り、居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を備えた場合と解するのが相当である。


 原告は、原告建物のような一般住宅は建築されると不動産(建物)として意匠登録をすることができず、意匠法による保護の途が閉ざされている旨主張しているが、不動産について意匠登録を認めるか否かは、専ら立法政策の問題であるから、そのことを理由に、上記の程度に至らないものを、著作権法で保護される『建築の著作物』と認めることはできない。