共犯者とされる証人の証言拒絶が刑訴法321条1項2号前段のいわゆる供述不能に当たるとしてその検察官調書を採用した訴訟手続に法令違反があるとされた事例 東京高等裁判所 第8刑事部 平成22年05月27日

 共犯者とされる証人の証言拒絶が刑訴法321条1項2号前段のいわゆる供述不能に当たるとしてその検察官調書を採用した訴訟手続に法令違反があるとされた事例
東京高等裁判所 第8刑事部 平成22年05月27日

裁判要旨

 共犯者とされる証人が自らの刑事裁判が係属中であるなどの理由で証言を拒絶したが,他方で,被害者の遺族の立場を考えると証言したい気持ちがあると述べるなど,合理的な期間内に証言拒絶の理由が解消し,証言する見込みが高かったと認められる上,裁判所において公判前整理手続の時点で証言拒絶を想定し得たのに,検察官に対して証言拒絶が見込まれる理由につき求釈明するなどし,証言を拒絶する可能性が低い時期を見極めて,これに柔軟に対応できる審理予定を定めていなかったなどの経過の下において,重大事案であり,被告人が犯行を全面的に否認し,同証人が極めて重要な証人であることなどを考え併せると,その検察官調書を刑訴法321条1項2号前段のいわゆる供述不能に当たるとして採用した訴訟手続には法令違反がある。

主文
原判決を破棄する。
本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由
本件控訴の趣意は,主任弁護人高橋俊彦,弁護人坂根真也,同布川佳正,同竹内明美及び同高木洋平連名作成の控訴趣意書,控訴趣意訂正書,控訴趣意補充書(1)及び同(2)に記載されたとおりであるから,これらを引用する。

第1 訴訟手続の法令違反の主張について

1 Aの各検察官調書の採用決定について

■ 争点

論旨は,要するに,原審及び原判決は,Aの各検察官調書(原審甲39,同乙58ないし61,65ないし71)を刑訴法321条1項2号前段の要件を満たすとして採用し,有罪認定の用に供しているが,証人が証言を拒絶した場合に同号前段の供述不能に当たる場合があるにしても,その証言拒絶は一時的なものでは足りず,相当な期間内に翻意して証言する可能性が認められるときには,同号の要件を満たしているとはいえない上,前記の各検察官調書には信用性の情況的保障も認められないのに,Aが自身の公判が終わっていないので証言を差し控えたい旨述べて証言を拒絶し,自身の公判が終了した後に証言する意思がある旨を明確にしていないから,同号前段の要件を満たすとした原判決は,その解釈適用を誤ったもので,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。

(1) そこで検討すると,記録によれば,Aは,平成21年5月19日の原審第4回公判期日に検察官請求の,立証趣旨を「殺人及び死体遺棄の共謀の状況,犯行状況等」とする証人として出廷し,宣誓した上で,被告人と友人関係にあること,被害者の遺体が群馬県内に埋められていたのは知っていること,検察官調書については,内容に納得して署名指印したものもあるが,流されて署名指印したものもあることなど,ごく一部の尋問に答えたものの,本件に関しては,殺人には関与していないとだけ述べ,その余の大半の尋問に対して,自らも本件の共犯者として別に起訴され刑事裁判が係属中で殺人につき否認しているので,ここでの証言が自己の裁判で不利益に使われたくない,などとして証言を拒絶した。



しかし,他方でAは,この場で証言することができないのは被害者の遺族に申し訳ないと思っているが,現状としては,証言を拒否するとか,遺族も来ているし,話したい気持ちもあるとか,自分自身も証言した方がいい内容もあると思うが,弁護人と協議した結果,証言を拒否することになったのでとか,私には判断することができないので拒否するとか,などとも証言している。そして,自らの弁護人が許せば証言する用意があるかどうかは,弁護人と実際に相談してみないと分からないが,基本的には弁護人の指示に従おうと思っている,としている。



このように,本件に関する尋問の大半について,Aが証言を拒絶したため,検察官は,同じ原審第4回公判期日において,前記の各検察官調書を刑訴法321条1項2号前段の書面として請求した。原審は,同年5月29日の原審第6回公判期日において,これらを採用した。


(2) 刑訴法321条1項2号前段に供述者が公判準備若しくは公判期日において供述することのできないときとしてその事由を掲記しているのは,その供述者を裁判所において証人として尋問することを妨げるべき障害事由を示したもので,これと同様又はそれ以上の事由の存する場合において検察官調書に証拠能力を認めることを妨げるものではないから,証人が証言を拒絶した場合にも,同号前段によりその検察官調書を採用することができる(最高裁昭和26年(あ)第2357号同27年4月9日大法廷判決・刑集6巻4号584
頁)。

しかし,同号前段の供述不能の要件は,証人尋問が不可能又は困難なため例外的に伝聞証拠を用いる必要性を基礎付けるものであるから,一時的な供述不能では足りず,その状態が相当程度継続して存続しなければならないと解される。証人が証言を拒絶した場合についてみると,その証言拒絶の決意が固く,期日を改めたり,尋問場所や方法を配慮したりしても,翻意して証言する見通しが少ないときに,供述不能の要件を満たすといえる。もちろん,期日を改め,期間を置けば証言が得られる見込みがあるとしても,他方で迅速な裁判の要請も考慮する必要があり,事案の内容,証人の重要性,審理計画に与える影響,証言拒絶の理由及び態度等を総合考慮して,供述不能といえるかを判断するべきである。

(3) 以上を前提に本件についてみると,Aは,自らの刑事裁判が係属中であり,弁護人と相談した結果,現時点では証言を拒絶したい,としているにすぎず,他方で,被害者の遺族の立場を考えると,自分としては証言したいという気持ちがあるとまで述べているのであって,自らの刑事裁判の審理が進み,弁護人の了解が得られれば,合理的な期間内に証言拒絶の理由は解消し,証言する見込みが高かったと認められる。現に,被告人の弁護人作成の平成21年5月21日付け「証拠に対する意見書」によれば,原審第4回公判期日の終了後,被告人の弁護人が,Aの弁護人に対し,同年7月8日に予定されているA自身の被告人質問が終了した後は,被告人の公判において,Aに証言拒絶をさせずに,尋問に応じさせてほしい,と依頼したところ,Aの弁護人から,弁護団で協議するが,十分に検討に値する提案である,と前向きな返答があった,というのである(これに対して,検察官は何ら反論,反証をしていない。)。なお,原判決は,A自身の公判が終了した後に証言する意思がある旨を明確にしていないことを供述不能の理由の1つとしている。


しかし,供述不能に関する立証責任は検察官にあるのであって,Aの証言意思,裏返せば証言拒絶意思が明確でないというならば,その点について立証を促すべきである。


原審は,本件を公判前整理手続に付し,あらかじめ争点及び証拠を整理した上,第8回公判前整理手続期日で審理予定を定め,平成21年4月22日から同年6月19日までの間に合計7回の公判期日を指定している。



しかし,第6回公判前整理手続調書によると,検察官は,同期日において,Aの取調べ状況等に関する捜査報告書(謄本,原審甲42)及びAとその弁護人との接見状況等に関する回答書(謄本,同甲43)を請求したのは,Aが全く証言しない可能性を考慮してのことである旨釈明している。



原審においても,この時点でAの証言拒絶を想定し得たはずである。そうであれば,検察官に対して,Aの証言拒絶が見込まれる理由につき求釈明し,Aの審理予定を確認するなどした上,Aが証言を拒絶する可能性が低い時期を見極めて,柔軟に対応することができるような審理予定を定めるべきであったのに,原審はそのような措置を講じることなく,審理予定を定めている。



本件が殺人,死体遺棄という重大事案であること,被告人が犯行を全面的に否認していること,Aは共犯者とされる極めて重要な証人であることなどを考え併せると,このような公判前整理手続の経過がありながら,Aが前記のような理由で一時的に証言を拒絶したからといって,直ちに前記の各検察官調書を刑訴法321条1項2号前段により採用し,有罪認定の用に供した原審及び原判決には訴訟手続の法令違反がある。

(4) 次に,この訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすかを検討する。原判決は,共犯者であるというB及びCの各原審証言を信用することができるとして,これらを基本に原判示の各事実を認定している。前記のAの各検察官調書は,殺人及び死体遺棄の共謀の状況,犯行状況等を含め広汎な内容をなすものであり,B及びCの各原審証言に符合する証拠と位置付けられている。

しかし,BとCは,中学時代の同級生で友人関係にある上,それぞれの証言によれば,Bが最初に被告人から被害者を殺害することについて相談されたため,被告人にCを紹介した,というのである。本件においても2人は利害関係が非常に近い立場にある。他方,Aは,Bとはわずかな面識があったものの,Cとは初対面であり,別の経緯で犯行現場に来た,というのである。B及びCとは利害関係が異なっている。B及びCの各原審証言については,その枢要部分で概ね一致しているほか,被害者の日記(原審甲33の添付資料),Bから被告人に送信された携帯電話のメール(原審甲32)等の客観的証拠と符合しているにしても,やはり本件まで2人とは利害関係が異なる立場にあったAの前記のような内容の各検察官調書と符合していることが,その信用性を支える重要な要素である(なお,付言すると,被害者の日記(原審甲33の添付資料)には,被告人が,被害者に対し,平成19年5月末までに,共同で設立した会社(株式会社X)への出資金等の清算をめぐり3000万円を支払うことになっていた,という,もう1人の共同出資者であるDの原審証言を裏付ける記載がある(もっとも,被告人は,清算金の金額を争い,1655万円を本件当日被害者に支払った,としている。)。

しかし,このような状況があったにしても,それをもって,被告人が5月末までに被害者を殺害したいと強調していた,というB及びCの各原審証言を直接的に裏付けるとまではいえない。また,携帯電話のメール(原審甲32)は,同月28日午後9時2分にBから被告人に対して転送されたもので,「山に登ってみたけど人の匂いがするこんな近くじゃイベントはひらけない,主催者にもっと遠くても確実な山(絵文字)を探したほうがいいっていってみて」というものである。これは,原判決が説示するとおり,被害者の死体を遺棄する場所を探したが,適当な場所が見付からなかったので,それを被告人に伝えてもらおうと思ってBにメールを送信した,というCの原審証言,及び,Cから送信されたメールをそのまま被告人に転送した,というBの原審証言を裏付けるものである。被告人が本件に深く関わっていたことをうかがわせるものであるが,殺害現場での被告人の関与,役割等についてまで,直ちに裏付けるものではない。)。

したがって,このような重要な位置付けにある前記のAの各検察官調書の証拠能力が認められず,除外される以上,原判示の各事実を認定する上で基本となっているB及びCの各原審証言の信用性判断にも影響を与える蓋然性がある。前記の訴訟手続の法令違反は,判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

2 Eの証人尋問請求(原審弁33)に対する却下決定について

論旨は,要するに,本件では共犯であるという者の供述の信用性が重要な争点であり,この点について攻撃防御を尽くさせて慎重に検討する必要があるのに,共犯者の1人であるというCの供述と真っ向から対立する供述を捜査段階でしていたEの証人尋問請求(原審弁33)を却下した原審には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反,審理不尽がある,というのである。


(1) そこで記録を調査して検討すると,前記のとおり,本件は公判前整理手続に付され,合計5回の打合せ期日のほか,合計8回の公判前整理手続期日を重ね,争点及び証拠の整理が行われ,「①被告人がB,C及びAと共謀の上,被告人において,被害者の殺害を実行したか,②被告人がB,C,A及びFと共謀の上,被害者の死体を遺棄したか」が争点整理の結果として確認された。争点整理の経過をみると,検察官は,証明予定事実記載書の第5の1,3及び4において,「共謀の成立状況等」に関する具体的事実として,被告人が親友のBに対して,被害者の言動等について虚偽の事実を伝えた上で,被害者を殺害するため殺し屋の手配を依頼し,Bもこれを了承したこと,Bは,刑務所から出所したばかりであるCであれば,殺し屋の手配をしてくれるのではないかと考え,被告人にCを引き合わせたこと,被告人から殺し屋の手配を依頼されたCは,殺し屋に渡す報酬として現金1000万円を受領するとともに,被害者の映ったビデオを受領したこと,Cは,知人に被害者を殺害するよう持ち掛けるなどしていたが,知人が逮捕されてしまったことなどを挙げ,これに対し,弁護人は,予定主張記載書面の第5の2の(3)ないし(5)において,被告人がB
及びCに殺し屋の手配を依頼したことはない,Cに1000万円を渡したこともないなどと争っていた。

本件以前に,被告人が,B及びCに被害者を殺害するため殺し屋の手配を依頼したかどうかは,被告人の犯人性,本件の計画性等を裏付ける重要な間接事実の1つであるとともに,このように述べるというB及びCの各供述の信用性を支える重要な事実の1つでもある。もちろん,被告人が殺し屋の手配を依頼した事実が認められなかったとしても,直ちにB及びCの他の供述部分の信用性にまで影響を与えるかは慎重な検討を要するところであるが,2人の供述の信用性判断に関し,重要な争点の1つとして取り上げ,当事者に攻撃防御を尽くさせるべき事実である。原審は,一方で,「被告人から殺し屋の手配を依頼された状況等」という立証趣旨で検察官が請求した証人G(原審人5)を採用している(なお,同証人は召喚されていた原審第4回公判期日に出頭せず,同第6回公判期日において,請求が撤回され採用決定が取り消されている。)上,原判決において,B及びCの各原審証言の信用性判断に関し,被告人から殺し屋の手配を頼まれたとする点について供述が概ね一致しており,互いに信用性を高め合っている,と最初に取り上げて説示している。これらのことからして,原審も,被告人が殺し屋の手配を依頼したかどうかは,B及びCの各供述の信用性判断に関する重要な争点の1つである,という認識を持っていたことがうかがえる。

そうであれば,被告人から依頼されCにおいて手配した殺し屋として名前が挙がっているE自身が,捜査段階で,Cから殺しの相談を受けていないし,金をもらったこともないなどと,B及びCの述べる経緯と整合しない供述をしている,というのであるから,Eの証人尋問については,関連性及び必要性とも認められる。弁護人によるEの証人尋問請求を却下し反証の機会を与えなかった原審には,証拠採否に関する合理的な裁量の範囲を逸脱した違法がある。

(2) 次に,この点に関する審理不尽の違法が判決に影響を及ぼすかについて検討すると,次のとおりである。

前記のとおり,弁護人の立場からすると,Eの証言は,被告人から殺し屋の手配を依頼されたとするB及びCの各原審証言を否定,弾劾するものとなった蓋然性が高い。

もちろん,EがB及びCの各原審証言を否定,弾劾する供述をしたとしても,直ちにB及びCの各原審証言全体の信用性に影響を与えることにはならないが,2人の各原審証言における重要な事実の1つについて大きく揺らぐ蓋然性があることは確かである。そのような蓋然性がある以上,この審理不尽は,判決に影響を及ぼすことが明らかである。

また,前記のとおり,前記のAの各検察官調書の証拠能力が否定され,これを除外した上,更にEの証人尋問を実施すれば,より一層B及びCの各原審証言の信用性が揺るぎかねないのであって,これらの2つの訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

第2 破棄差戻し

よって,弁護人のその余の論旨につき判断するまでもなく,刑訴法397条1項,379条により原判決を破棄し,同法400条本文に則り,前記のとおりAの再度の証人尋問及びEの証人尋問を実施し,それを踏まえ更に証拠調べが必要ならばその審理を尽くさせるため,本件を原裁判所である東京地方裁判所に差し戻すこととし,主文のとおり判決する。


(裁判長裁判官阿部文洋裁判官山口雅高裁判官野原俊郎)