平成21年 重要判例 商法

□ 新聞社の従業員持株制度における株式譲渡制限に関する合意の有効性
(最三小判平成21・2・17)

日刊新聞の発行を目的とする株式会社であって,定款で株式の譲渡制限を規定するとともに,日刊新聞法1条に基づき,Y1株式の譲受人を同社の事業に関係ある者に限ると規定し,Y1株式の保有資格を原則として現役の従業員等に限定する社員株主制度を採用しているものである。


被上告人Y2における本件株式譲渡ルールは,被上告会社が上記社員株主制度を維持することを前提に,これにより譲渡制限を受けるY1株式を被上告人Y2を通じて円滑に現役の従業員等に承継させるため,株主が個人的理由によりY1株式を売却する必要が生じたときなどには被上告人Y2が額面額でこれを買い戻すこととしたものであって,その内容に合理性がないとはいえない。


また,被上告会社は非公開会社であるから,もともとY1株式には市場性がなく,本件株式譲渡ルールは,株主である従業員等が被上告人Y2にY1株式を譲渡する際の価格のみならず,従業員等が被上告人Y2からY1株式を取得する際の価格も額面額とするものであったから,本件株式譲渡ルールに従いY1株式を取得しようとする者としては,将来の譲渡価格が取得価格を下回ることによる損失を被るおそれもない反面,およそ将来の譲渡益を期待し得る状況にもなかったということができる。


そして,上告人X2は,上記のような本件株式譲渡ルールの内容を認識した上,自由意思により被上告人Y2から額面額で本件株式を買い受け,本件株式譲渡ルールに従う旨の本件合意をしたものであって,被上告会社の従業員等がY1株式を取得することを事実上強制されていたというような事情はうかがわれない。


さらに,被上告会社が,多額の利益を計上しながら特段の事情もないのに一切配当を行うことなくこれをすべて会社内部に留保していたというような事情も見当たらない。


 以上によれば,本件株式譲渡ルールに従う旨の本件合意は,会社法107条及び127条の規定に反するものではなく,公序良俗にも反しないから有効というべきである。


□ 日刊新聞法に基づいて定款に株式の譲渡制限規定を設けている株式会社において,事業関係者以外の者に株式の譲渡を行い,譲渡承認請求及び不承認の場合の買受人指定請求をした場合には,会社法145条2号の適用・類推適用はなく,会社が譲渡承認及び買受人の指定通知をしなかったとしても,譲渡を承認したものとみなされることはなく,その譲渡の効力は無効であるとした事例 東京地判平成21年2月24日

会社法による譲渡制限は,同族会社のような閉鎖的な会社においては株主の個性が問題となることから,株式の取得について会社の承認にかからしめたものであるのに対し,日刊新聞法による譲渡制限は,前記認定のとおりの立法趣旨から,譲受資格そのものの制限を認めており,手続的に会社の承認等を経て株式を取得し得るものとはされていないこと,また,日刊新聞法自体に会社法の準用規定は存在せず,独立した規定となっていることに照らせば,日刊新聞法に基づく譲渡制限に違反する譲渡は絶対的に無効となるものといえるから,この場合に,会社に対して株式の買受人指定を求めることはできず,この指定請求に対して会社が指定をしなかったとしても,会社法145条2号の適用ないし類推適用はないというべきである。

□ 取締役会決議を経ない重要な取引と無効の主張権者(最二小判平成21・4・17)

株式会社の代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行に該当する取引をした場合,取締役会の決議を経ていないことを理由とする同取引の無効は,原則として会社のみが主張することができ,会社以外の者は,当該会社の取締役会が上記無効を主張する旨の決議をしているなどの特段の事情がない限り,これを主張することはできないと解するのが相当である。

□ 株主代表訴訟の対象となる取締役の責任の範囲(最三小判平成21・3・10)

同法267条1項にいう「取締役ノ責任」には,取締役の地位に基づく責任のほか,取締役の会社に対する取引債務についての責任も含まれると解するのが相当である。

□ 株式会社の従業員らが営業成績を上げる目的で架空の売上げを計上したため有価証券報告書に不実の記載がされ,株主が損害を被ったことにつき,会社の代表者に従業員らによる架空売上げの計上を防止するためのリスク管理体制構築義務違反の過失がないとされた事例 最判平成21年7月9日

株式会社の従業員らが営業成績を上げる目的で架空の売上げを計上したため有価証券報告書に不実の記載がされ、その後同事実が公表されて当該会社の株価が下落し、公表前に株式を取得した株主が損害を被ったことにつき、次の(1)〜(3)などの判示の事情のもとでは、当該会社の代表者に、従業員らによる架空売上げの計上を防止するためのリスク管理体制を構築すべき義務に違反した過失があるとはいえない。
(1) 当該会社は、営業部の所属する事業部門と財務部門を分離し、売上げについては、事業部内の営業部とは別の部署における注文書、検収書の確認等を経て財務部に報告される体制を整えるとともに、監査法人および当該会社の財務部がそれぞれ定期的に取引先から売掛金残高確認書の返送を受ける方法で売掛金残高を確認することとするなど、通常想定される架空売上げの計上等の不正行為を防止し得る程度の管理体制は整えていた。
(2) 上記架空売上げの計上に係る不正行為は、事業部の部長が部下である営業担当者数名と共謀して、取引先の偽造印を用いて注文書等を偽造し、これらを確認する担当者を欺いて財務部に架空の売上報告をさせた上、上記営業担当者らが言葉巧みに取引先の担当者を欺いて、監査法人等が取引先あてに郵送した売掛金残高確認書の用紙を未開封のまま回収し、これを偽造して監査法人等に送付するという、通常容易に想定し難い方法によるものであった。
(3) 財務部が売掛金債権の回収遅延につき上記事業部の部長らから受けていた説明は合理的なもので、監査法人も当該会社の財務諸表につき適正意見を表明していた。


□ 会社と競業をなす者による会計帳簿等閲覧謄写許可申請と拒否事由(最一小決平成21・1・15)

子会社の会計帳簿等の閲覧謄写許可申請をした親会社の株主につき、商法(平成17年法律第87号による改正前のもの)293条の8第2項が不許可事由として規定する同法293条の7第2号に掲げる事由があるというためには、当該株主が子会社と競業をなす者であるなどの客観的事実が認められれば足り、当該株主に会計帳簿等の閲覧謄写によって知り得る情報を自己の競業に利用するなどの主観的意図があることを要しない。


□ 公開買付け後の株式交換における公正な価格(東京地決平成21・3・31)

 会社法785条1項の「公正な価格」について、株式買取請求の前提となる組織再編から生ずる相乗効果(シナジー)を適正に反映したものである必要があるが、その価格の決定については、裁判所の裁量に委ねられる。


当該株式交換の前に、その前提として株式交換完全子会社となる会社の株式について公開買付けが行われ、当該公開買付けにおける当該株式の公開買付価格と、当該株式交換における当該株式の基準価格が同じ価格とされている場合には、当該価格は、その効力発生時点において当該株式交換から生ずる相乗効果(シナジー)を織り込んだものとして設定されたものと推認するのが相当であるから、当該公開買付けが実施され、当該株式交換における当該株式の基準価格が決定された後に、当該株式の株価が下落したとしても、当該株式交換に反対する当該株式交換完全子会社の株主がした株式買取請求に基づく株式買取価格決定の際の「公正な価格」は、原則として、当該公開買付価格および当該基準価格を下回ることはないと解するのが相当である。


本件においては、当該株式交換の前に、その前提として当該公開買付けが行われたものと認められ、かつ、当該株式交換における基準価格を当該公開買付けの公開買付価格と同額である1株当たり1700円としたことには合理性が認められるから、当該株式の「公正な価格」は、当該株式交換の効力発生日において当該株式交換から生ずる相乗効果(シナジー)を織り込んだものとして設定されたものと推認される1株1700円とするのが相当である。


□ 有価証券報告書の虚偽記載に基づく発行者等の責任(東京地判平成21・5・21)

被告LDMのした株式交換に関する公表及び平成16年12月期第3四半期通期の業績状況の公表は、いずれも、旧証取法に基づく公表(いわゆる法定開示)ではなく、東証が当時定めていた「上場有価証券の発行者の会社情報の適時開示等に関する規則」(以下「適時開示規則」という。なお、現在は有価証券上場規程に同趣旨の規定が設けられている。)に基づく公表(以下「適時開示」という。)であって、虚偽公表に基づく法的責任も特別には定められていない。


 しかし、投資家が適切な投資判断を行う上で必要な会社情報が、迅速、正確かつ公平に提供されることは、流通市場における有価証券の公正な価格形成を確保する上で重要である。適時開示規則は、そのような趣旨に基づき、上場有価証券の発行会社(上場会社)に対して、重要な会社情報の適時開示を求めているものと理解され、適時開示において虚偽の事実を公表することは、有価証券の流通市場における公正な価格形成及び円滑な取引を害し、個々の投資家の利益を害する危険性の高い行為といわなければならない。そうだとすると、適時開示が法律に基づく公表でないことの一事をもって、虚偽公表をした上場有価証券の発行会社やその取締役等が法的責任を負わないものと解するのは相当ではない。


適時開示を行う会社の代表取締役等は、有価証券の投資判断に重要な影響を与える会社情報について適時開示を行うに当たり、虚偽の公表を行わないように配慮すべき注意義務を負い、これを怠ったために虚偽の公表が行われ、それにより当該会社が発行する有価証券を取得した者に損害が生じた場合には、当該代表取締役等及び当該会社は、当該取得者が公表事実が虚偽であることを認識しながら当該有価証券を取得した等の特段の事情がない限り、当該損害について不法行為による損害賠償責任を負うというべきである。


□ インサイダー取引規制における「公開買付け等を行うことについての決定」の意義
(東京高判平成21・2・3)

公開買付け等を行おうとする者が行った当該「決定」が証券取引法167条2項にいう「決定」に該当するか否かは,証券市場の公正性と健全性に対する信頼を確保するというインサイダー取引規制の理念に沿って,当該「決定」が,投資者の投資判断に影響を及ぼし得る程度のものであるか否かを,その者の当該「決定」に至るまでの公開買付け等の当否の検討状況,対象企業の特定状況,対象企業の財務内容等の調査状況,公開買付け等実施のための内部の計画状況と対外的な交渉状況などを総合的に検討して個別具体的に判断すべきであり,「決定」の実現可能性の有無と程度という点も,こうした総合判断の中で検討していくべきものである。


なぜなら,同項に規定する「決定」が,会社の機関による最終的な決議を意味する一義的なものではなく,『・・・公開買付け等を行うことについての決定』という文言が用いられている幅のある概念であり,抽象的,一般的な方針の検討から会社の機関による最終的なものに至るまで種々のレベルの決議があり得るのであり,それが,同項に規定する「決定」に該当するか否かは,一義的,形式的に判断できるものではなく,どうしても,上記のようなそれが投資者の投資判断に影響を及ぼし得るものであるか否かという観点から実質判断をしなければならないのであるが,その検討過程においては,その検討対象としての決議が果たして実現可能か否かという問いかけは,それがいかなるレベルのものであれ,常に問題となるのであり,「実現可能性」は,上記実質判断の検討過程における重要な指標として機能すべきものであるからである。


 そして,上記の観点から見ると,証券取引法167条2項の「決定」に該当するといえるためには,決定に係る内容(公開買付け等,本件でいえば,大量株券買集め行為)が確実に行われるという予測が成り立つことまでは要しないが,その決定にはそれ相応の実現可能性が必要であると解される。


その場合,まず,内部的に(主観的に),実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定のできる機関において,それ相応の根拠を持って実現可能性があるものと判断している必要がある。しかし,この「決定」に該当するか否かの判断に当たっては,投資者の投資判断に影響を及ぼすものであるか否かという点が重要な判断要素となるのであるから,第三者の目から見ても(客観的にも),実現可能性があるといえるか否かについても検討しなければならない。


すなわち,主観的にも客観的にも,それ相応の根拠を持ってその実現可能性があるといえて初めて,証券取引法167条2項の「決定」に該当するということができるのである。

□ 保険金受取人とその相続人となるべき者が同時死亡した場合における指定受取人の相続人の範囲(最三小判平成21・6・2)

商法676条2項の規定は,保険契約者と指定受取人とが同時に死亡した場合にも類推適用されるべきものであるところ,同項にいう「保険金額ヲ受取ルヘキ者ノ相続人」とは,指定受取人の法定相続人又はその順次の法定相続人であって被保険者の死亡時に現に生存する者をいい(最高裁平成2年(オ)第1100号同5年9月7日第三小法廷判決・民集47巻7号4740頁),ここでいう法定相続人は民法の規定に従って確定されるべきものであって,指定受取人の死亡の時点で生存していなかった者はその法定相続人になる余地はない(民法882条)。したがって,指定受取人と当該指定受取人が先に死亡したとすればその相続人となるべき者とが同時に死亡した場合において,その者又はその相続人は,同項にいう「保険金額ヲ受取ルヘキ者ノ相続人」には当たらないと解すべきである。そして,指定受取人と当該指定受取人が先に死亡したとすればその相続人となるべき者との死亡の先後が明らかでない場合に,その者が保険契約者兼被保険者であったとしても,民法32条の2の規定の適用を排除して,指定受取人がその者より先に死亡したものとみなすべき理由はない。


 そうすると,前記事実関係によれば,民法32条の2の規定により,保険契約者兼被保険者であるAと指定受取人であるCは同時に死亡したものと推定され,AはCの法定相続人にはならないから,Aの相続人であるEが保険金受取人となることはなく,本件契約における保険金受取人は,商法676条2項の規定により,Cの兄である被上告人のみとなる。