最判平成23年4月22日  契約の一方当事者が契約の締結に先立ち信義則上の説明義務に違反して契約の締結に関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合の債務不履行責任の有無

最判平成23年4月22日 
契約の一方当事者が契約の締結に先立ち信義則上の説明義務に違反して契約の締結に関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合の債務不履行責任の有無


民法上には、契約準備段階における当事者の義務について明文の規定はないが、契約の準備段階で契約当事者の一方が説明義務・開示義務などを怠り、相手方にとって不利な契約が締結された場合や、契約の締結に至らなかった場合でも密接な関係に入ったときには、誠実な交渉を認める契約準備段階における信義則上の義務を認めている。

※契約締結上の過失の法的性質については、不法行為構成と債務不履行構成が考えられる。
 裁判例の中には不法行為構成をとるものがあるが、債務不履行で構成できるかが問題となって。

※本判決は、説明義務違反があったため、相手方において、契約を締結するか否かに関する判断を誤って契約の締結に至り、それにより損害を被ったという場合にあっては、契約を締結したことは説明義務違反により生じた結果なのであって、この説明義務をもって契約に基づいて生じた義務であるということは一種の背理であるとして、契約責任を否定した。

※もっとも、判例の射程については、説明義務違反があったため、契約を締結するか否かに関する判断を誤って契約の締結に至りそれにより損害を被ったという場合に限定されており、契約締結上の過失について債務不履行説が否定されたわけではないと考えられている。


■ 概要

事件番号
 平成20(受)1940
事件名
 損害賠償請求事件
裁判年月日
平成23年04月22日
法廷名
最高裁判所第二小法廷
裁判種別
 判決
結果
 破棄自判
判例集等巻・号・頁
民集 第65巻3号1405頁
原審裁判所名
大阪高等裁判所
原審事件番号
 平成20(ネ)631
原審裁判年月日
 平成20年08月28日
判示事項
 契約の一方当事者が契約の締結に先立ち信義則上の説明義務に違反して契約の締結に関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合の債務不履行責任の有無

裁判要旨
 契約の一方当事者が,当該契約の締結に先立ち,信義則上の説明義務に違反して,当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合には,上記一方当事者は,相手方が当該契約を締結したことにより被った損害につき,不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別,当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはない。
(補足意見がある。)

参照法条
民法1条2項,民法415条

■ 全文

主 文
1 原判決中上告人敗訴部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消す。
2 前項の部分に関する被上告人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。


理 由
上告代理人石井教文,同桐山昌己の上告受理申立て理由について

■ 事案の概要

1 本件は,信用協同組合である上告人の勧誘に応じて上告人に各500万円を出資したが,上告人の経営が破綻して持分の払戻しを受けられなくなった被上告人らが,上告人は,上記の勧誘に当たり,上告人が実質的な債務超過の状態にあり経営が破綻するおそれがあることを被上告人らに説明すべき義務に違反したなどと主張して,上告人に対し,主位的に,不法行為による損害賠償請求権又は出資契約の詐欺取消し若しくは錯誤無効を理由とする不当利得返還請求権に基づき,予備的に,出資契約上の債務不履行による損害賠償請求権に基づき,各500万円及び遅延損害金の支払を求める事案であり,予備的請求である出資契約上の債務不履行による損害賠償請求の当否が争われている。


なお,原判決中,被上告人らの主位的請求をいずれも棄却すべきものとした部分は,被上告人らが不服申立てをしておらず,同部分は当審の審理判断の対象となっていない。


2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1) 上告人は,中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合であり,平成14年7月31日,総代会の決議により解散した。

(2) 上告人は,平成6年に行われた監督官庁の立入検査において,資産の回収可能性等を基に査定された欠損見込額を前提とする自己資本比率の低下を指摘され,さらに,平成8年に行われた立入検査においても,資産の大部分を占める貸出金につき,欠損見込額が巨額になっており,上記自己資本比率がマイナス1.80%であって実質的な債務超過の状態にあるなどの指摘を受け,文書をもって早急な改善を求められたが,その後も上記の状態を解消することができないままであった。

(3) 平成10年ないし平成11年頃,上告人は,資産の欠損見込額を前提とすると債務超過の状態にあって,早晩監督官庁から破綻認定を受ける現実的な危険性があり,代表理事らは,このことを十分に認識し得たにもかかわらず,上告人の新大阪支店の支店長をして,被上告人らに対し,そのことを説明しないまま,上告人に出資するよう勧誘させた。

(4) 被上告人らは,上記の勧誘に応じ,平成11年3月2日,上告人に対し,各500万円の出資をした(以下,上記の各出資を「本件各出資」といい,本件各出資に係る上告人と各被上告人との間の各契約を「本件各出資契約」という。)。


(5) 上告人は,平成12年12月16日,金融再生委員会から,金融機能の再生のための緊急措置に関する法律(平成11年法律第160号による改正前のもの)8条に基づく金融整理管財人による業務及び財産の管理を命ずる処分を受け,その経営が破綻した。被上告人らは,これにより,本件各出資に係る持分の払戻しを受けることができなくなった。

■ 原審の判断

3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人らの予備的請求である債務不履行による損害賠償請求を,遅延損害金請求の一部を除いて認容すべきものとした。

(1) 上告人が,実質的な債務超過の状態にあって経営破綻の現実的な危険があることを説明しないまま,被上告人らに対して本件各出資を勧誘したことは,信義則上の説明義務に違反する(以下,上記の説明義務の違反を「本件説明義務違反」という。)。

(2) 本件説明義務違反は,本件各出資契約が締結される前の段階において生じたものではあるが,およそ社会の中から特定の者を選んで契約関係に入ろうとする当事者が,社会の一般人に対する不法行為上の責任よりも一層強度の責任を課されることは,当然の事理というべきであり,当該当事者が契約関係に入った以上は,契約上の信義則は契約締結前の段階まで遡って支配するに至るとみるべきであるから,本件説明義務違反は,不法行為を構成するのみならず,本件各出資契約上の付随義務違反として債務不履行をも構成する。

最高裁の判断

4 しかしながら,原審の上記判断のうち,本件説明義務違反が上告人の本件各出資契約上の債務不履行を構成するとした部分は,是認することができない。


その理由は,次のとおりである。


契約の一方当事者が,当該契約の締結に先立ち,信義則上の説明義務に違反して,当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合には,上記一方当事者は,相手方が当該契約を締結したことにより被った損害につき,不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別,当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはないというべきである。


なぜなら,上記のように,一方当事者が信義則上の説明義務に違反したために,相手方が本来であれば締結しなかったはずの契約を締結するに至り,損害を被った場合には,後に締結された契約は,上記説明義務の違反によって生じた結果と位置付けられるのであって,上記説明義務をもって上記契約に基づいて生じた義務であるということは,それを契約上の本来的な債務というか付随義務というかにかかわらず,一種の背理であるといわざるを得ないからである。契約締結の準備段階においても,信義則が当事者間の法律関係を規律し,信義則上の義務が発生するからといって,その義務が当然にその後に締結された契約に基づくものであるということにならないことはいうまでもない。


このように解すると,上記のような場合の損害賠償請求権は不法行為により発生したものであるから,これには民法724条前段所定の3年の消滅時効が適用されることになるが,上記の消滅時効の制度趣旨や同条前段の起算点の定めに鑑みると,このことにより被害者の権利救済が不当に妨げられることにはならないものというべきである。



5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人敗訴部分は,破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上記部分に関する被上告人らの請求はいずれも理由がないから,同部分につき第1審判決を取り消し,同部分に関する請求をいずれも棄却すべきである。



よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官千葉勝美の補足意見がある。


■ 千葉裁判官 補足意見
裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。

私は,法廷意見が,本件説明義務違反が債務不履行責任を構成せず,その結果,これにより発生した損害賠償請求権について民法724条前段が適用されるとした点について,次のとおり補足しておきたい。

本件において,上告人が被上告人らに対し出資契約の締結を勧誘する際に負っているとされた説明義務に違反した点については,契約成立に先立つ交渉段階・準備段階のものであって,講学上,契約締結上の過失の一類型とされるものである。


民法には,契約準備段階における当事者の義務を規定したものはないが,契約交渉に入った者同士の間では,誠実に交渉を行い,一定の場合には重要な情報を相手に提供すべき信義則上の義務を負い,これに違反した場合には,それにより相手方が被った損害を賠償すべき義務があると考えるが,この義務は,あくまでも契約交渉に入ったこと自体を発生の根拠として捉えるものであり,その後に締結された契約そのものから生ずるものではなく,契約上の債務不履行と捉えることはそもそも理論的に無理があるといわなければならない。



講学上,契約締結上の過失を債務不履行責任として捉える考え方は,ドイツにおいて,過失ある錯誤者が契約の無効を主張することによって損害を受けた相手方を救済する法理として始まったとされているが,これは,不法行為の成立要件が厳格であるドイツにおいて,被害者の救済のため,契約責任の拡張を模索して生み出されたという経緯等に由来する面があろう。

有力な学説には,事実上契約によって結合された当事者間の関係は,何ら特別な関係のない者の間の責任(不法行為上の責任)以上の責任を生ずるとすることが信義則の要求するところであるとし,本件のように,契約は効力が生じたが,契約締結以前の準備段階における事由によって他方が損失を被った場合にも,「契約締結のための準備段階における過失」を契約上の責任として扱う場合の一つに挙げ,その具体例として,①素人が銀行に対して相談や問い合わせをした上で一定の契約を締結した場合に,その相談や問い合わせに対する銀行の指示に誤りがあって,顧客が損害を被ったときや,②電気器具販売業者が顧客に使用方法の指示を誤って,後でその品物を買った買主が損害を被ったときについて,契約における信義則を理由として損害賠償を認めるべきであるとするものがある(我妻榮「債権各論上巻」38頁参照)。このような適切な指示をすべき義務の具体例は,契約締結の準備段階に入った者として当然負うべきものであるとして挙げられているものであるが,私としては,これらは,締結された契約自体に付随する義務とみることもできるものであると考える。



そのような前提に立てば,上記の学説も,契約締結の準備段階を経て契約関係に入った以上,契約締結の前後を問うことなく,これらを契約上の付随義務として取り込み,その違反として扱うべきであるという趣旨と理解することができ,この考え方は十分首肯できるところである。


そもそも,このように例示された上記の指示義務は,その違反がたまたま契約締結前に生じたものではあるが,本来,契約関係における当事者の義務(付随義務)といえるものである。


また,その義務の内容も,類型的なものであり,契約の内容・趣旨から明らかなものといえよう。したがって,これを,その後契約関係に入った以上,契約上の義務として取り込むことは十分可能である。


しかしながら,本件のような説明義務は,そもそも契約関係に入るか否かの判断をする際に問題になるものであり,契約締結前に限ってその存否,違反の有無が問題になるものである。


加えて,そのような説明義務の存否,内容,程度等は,当事者の立場や状況,交渉の経緯等の具体的な事情を前提にした上で,信義則により決められるものであって,個別的,非類型的なものであり,契約の付随義務として内容が一義的に明らかになっているようなものではなく,通常の契約上の義務とは異なる面もある。


以上によれば,本件のような説明義務違反については,契約上の義務(付随義務)の違反として扱い,債務不履行責任についての消滅時効の規定の適用を認めることはできないというべきである。


もっとも,このような契約締結の準備段階の当事者の信義則上の義務を一つの法領域として扱い,その発生要件,内容等を明確にした上で,契約法理に準ずるような法規制を創設することはあり得るところであり,むしろその方が当事者の予見可能性が高まる等の観点から好ましいという考えもあろうが,それはあくまでも立法政策の問題であって,現行法制を前提にした解釈論の域を超えるものである。


(裁判長裁判官 千葉勝美 裁判官 古田佑紀 裁判官 竹内行夫 裁判官
須藤正彦)