最決平成22年5月31日 花火大会が実施された公園と最寄り駅とを結ぶ歩道橋で多数の参集者が折り重なって転倒して死傷者が発生した事故について,雑踏警備に関し現場で警察官を指揮する立場にあった警察署地域官及び現場で警備員を統括する立場にあった警備会社支社長に業務上過失致死傷罪が成立するとされた事例

事件番号
 平成19(あ)1634
事件名
 業務上過失致死傷被告事件
裁判年月日
 平成22年05月31日
法廷名
最高裁判所第一小法廷
裁判種別
 決定
結果
 棄却
判例集等巻・号・頁
刑集 第64巻4号447頁
原審裁判所名
大阪高等裁判所
原審事件番号
 平成19(う)567
原審裁判年月日
 平成19年04月06日

判示事項
 花火大会が実施された公園と最寄り駅とを結ぶ歩道橋で多数の参集者が折り重なって転倒して死傷者が発生した事故について,雑踏警備に関し現場で警察官を指揮する立場にあった警察署地域官及び現場で警備員を統括する立場にあった警備会社支社長に業務上過失致死傷罪が成立するとされた事例

裁判要旨
 花火大会が実施された公園と最寄り駅とを結ぶ歩道橋で多数の参集者が折り重なって転倒して死傷者が発生した事故について,雑踏警備に関し現場で警察官を指揮する立場にあった警察署地域官及び現場で警備員を統括する立場にあった警備会社支社長の両名において,いずれも上記のような事故の発生を容易に予見でき,かつ,機動隊による流入規制等を実現して本件事故を回避することが可能であった本件事実関係(判文参照)の下では,両名には上記事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を怠った過失があり,それぞれ業務上過失致死傷罪が成立する。
参照法条
 刑法(平成13年法律第138号による改正前のもの)211条前段



主文
本件各上告を棄却する。
理由

第1 上告趣意に対する判断

被告人Aの弁護人中原和之,同佐柳秀樹の上告趣意は,事実誤認,量刑不当の主張であり,被告人Bの弁護人小田幸児,同鈴木一郎の上告趣意は,違憲をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。

第2 職権判断

所論にかんがみ,被告人両名に対する業務上過失致死傷罪の成否について,職権で判断する。

1 原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によると,本件の事実関係は次のとおりである。

(1) 平成13年7月20日及び同月21日の2日間にわたって兵庫県明石市において開催された第32回明石市民夏まつりの2日目に,午後7時45分ころから午後8時30分ころまでの間大蔵海岸公園で花火大会等が実施されたが,そこに参集した多数の観客が最寄りの西日本旅客鉄道株式会社朝霧駅と大蔵海岸公園とを結ぶ通称朝霧歩道橋に集中して過密な滞留状態となり,また,花火大会終了後朝霧駅から大蔵海岸公園へ向かう参集者と同公園から朝霧駅方面へ向かう参集者とが押し合うことなどにより,強度の群衆圧力が生じ,同日午後8時48分ないし49分ころ,歩道橋上において,多数の参集者が折り重なって転倒するいわゆる群衆なだれが発生し,その結果,11名が全身圧迫による呼吸窮迫症候群(圧死)等により死亡し,183名が傷害を負うという事故が発生した。

(2) 被告人Aは,兵庫県明石警察署地域官として,本件夏まつりの雑踏警備計画の企画・立案を掌理するほか,本件夏まつりにおける現地警備本部指揮官として,現場において雑踏警戒班指揮官ら配下警察官を指揮して,参集者の安全を確保すべき業務に従事していたものである。本件当日,大蔵海岸公園及びその周辺には,管区機動隊員72人を含め総勢150人以上の警察官が配置され,被告人Aは,雑踏警戒班を指揮するのみならず,機動隊についても,明石警察署長らを介し又は直接要請することにより,自己の判断でその出動を実現できる立場にあった。被告人Bは,警備業を営む株式会社Cの大阪支社長であり,本件夏まつりの実質的主催者である明石市と株式会社Cとの契約に基づき,明石市の行う本件夏まつりの自主警備の実施についての委託を受けて,本件夏まつりの会場警備に従事する警備員の統括責任者として,明石市の担当者らとともに参集者の安全を確保する警備体制を構築するほか,これに基づく警備を実施すべき業務に従事していたものである。本件当日,被告人Bは,総勢130人以上の警備員を統括していた。

(3) 本件夏まつりに関しては,その当日に至るまでにも,以下のような雑踏事故の原因となり得る事情等があった。

ア本件夏まつりの会場となった大蔵海岸公園は,朝霧駅の南方に位置し,同駅とは,本件歩道橋によって接続されており,朝霧駅を利用して集まってきた参集者を始め,多くの観客が歩道橋を通って大蔵海岸公園に参集することが予想されるものであった。

イ本件歩道橋は,全長約103.65m,歩行者有効幅員約6mであって,歩道橋南側は展望に適したテラス兼エレベーターホール(合計約69.9㎡)となっており,歩道橋南端部には,約80度に西向きに折れた幅約3.2m,長さ約18m,48段の階段(途中2か所に踊り場がある。)があり,これによって約7.2m下の大蔵海岸公園を東西に走る市道大蔵町48号線の南側歩道に接しているが,歩道橋のこのような構造や,歩道橋南端部や南側階段は大蔵海岸東側の堤防から打ち上げられる花火の絶好の観覧場所となることから,その南端部付近や南側階段において参集者が滞留し,大混雑を生じることが容易に予想されるものであった。

ウ本件夏まつりにおいては,180余の夜店が本件歩道橋南側階段下の市道大蔵町48号線の南北歩道上に出店することとなっていたことから,夜店周辺に参集者が密集して人の流れが滞り,また,歩道橋南側階段南西側の芝生広場(海峡広場)は花火を観覧するのに絶好の場所であることから,そこに参集者が集まって場所取りなどをすることにより,歩道橋南側階段からの参集者の流出が妨げられ,それらによっても,歩道橋南端部付近や南側階段において参集者が滞留することなどが予想されるものであった。

エ本件夏まつりの花火大会は,平成13年7月21日午後7時45分に開始され,午後8時30分に終了することが予定されていたため,花火大会の開始時刻に合わせて朝霧駅側から多数の参集者が本件歩道橋を通って大蔵海岸公園に集まってくること,また,花火大会終了前後からは,いち早く帰路につこうとする参集者が朝霧駅方面に向かうために歩道橋に殺到すること,それによって,歩道橋内において双方向に向かう参集者の流れがぶつかり,滞留が一層激しくなることが予想されるものであった。

オ大蔵海岸公園においては,平成12年12月31日から翌平成13年1月1日にかけて,約5万5000人が参集したいわゆるカウントダウン花火大会が行われたが,その際,大蔵海岸公園に向かう参集者が本件歩道橋に集中して相当の混雑状態となり,特に午前0時10分の花火終了直後からは,歩道橋内を朝霧駅から大蔵海岸公園に向かう参集者と同公園から朝霧駅方面に向かう参集者とが歩道橋南端部付近や南側階段で押し合うなどして110番通報が多数されるほどの混雑密集状態となったため,花火大会終了後,歩道橋北側出入口付近において,警備員が流入規制をするとともに,歩道橋南側階段下において,警備員約10人と警察官数人が横に並んで人垣を作るなどして参集者の流入を規制し,歩道橋をう回させるために歩道橋南側階段から西側通路への誘導広報を徹底し,さらに,歩道橋南側階段下において,上に登ろうとする参集者を整列させて整理して,歩道橋上及び歩道橋南側階段上にいた参集者の混雑をいったん完全に解消させてから,同階段下から退場する参集者について歩道橋を北側に通行させる方法をとるなどして,辛うじて雑踏事故の発生を防止することができた状況であった。

カ本件夏まつりは,従来からの会場を変更して,大蔵海岸公園において初めて行われたものであって,夏まつりについては同会場での雑踏警備の実績はなく,前記カウントダウン花火大会が参考になるものであったが,本件夏まつりには,カウントダウン花火大会をはるかに上回る10万人を超える参集者が見込まれた上,その行事の性質上,幼児を含む年少者や高齢者なども多数参集してくることが予想されるものであった。
キ本件夏まつりに向けて,明石市,株式会社C及び明石警察署の三者により,雑踏警備計画策定に向けた検討が重ねられてきたが,そこでは,本件歩道橋における参集者の滞留による混雑防止のための有効な方策は講じられず,また,歩道橋の混雑状況をどのようにして監視するのか,そして,混雑してきた場合にどのような規制方法をとるのか,どのような事態になった場合に,警察による規制を要請するのか,その場合の主催者側と明石警察署との間の連携体制をどのようにするのかなどといった詳細について,具体的な計画は策定されていなかった。

(4) 本件当日においては,事前に予想されたとおり,午後6時ころから,朝霧駅側から多数の参集者が本件歩道橋に流入し始め,午後7時ころには,歩道橋に参集者が滞留し始め,次第に歩道橋の通行が困難になりつつあった上,午後7時45分の花火大会開始に向けて,更に多くの参集者が歩道橋に流入して滞留し,混雑が進行する状況になっていた。

(5) 被告人Aは,花火大会開始前において,前記(3)アないしエ,カ及びキ並びに(4)のうち少なくとも客観的事実については認識しており,また,(3)オのカウントダウン花火大会の際に混雑が生じたことも担当者から説明を受けて知っていたものであるところ,さらに,本件当日午後8時ころまでには,被告人Bから,本件歩道橋内の混雑を理由に歩道橋内への流入規制の打診を受け,また,雑踏警戒班の指揮官を務めていた配下警察官から,歩道橋内の非常な混雑状態及び今後更に混雑の度を増す不安を理由に,歩道橋内への流入規制のため会場周辺に配置されている管区機動隊の導入の検討を求める旨の報告を受けたことなどにより,遅くともその時点では,歩道橋内が流入規制等を必要とする過密な滞留状態に達していることを認識した。しかし,被告人Aは,午後8時ころの時点において,直ちに,流入規制等を行うよう配下警察官を指揮するとともに機動隊の出動を明石警察署長らを介し又は直接要請する措置を講じなかった。

(6) 被告人Bは,花火大会開始前において,前記(3)アないしエ,カ及びキ並びに(4)のうち少なくとも客観的事実については認識しており,また,(3)オのカウントダウン花火大会の際には,被告人Bは,会場である大蔵海岸に設置された大蔵警備本部の管制責任者として警備業務に従事し,本件歩道橋の混雑状況やこれに対していかなる措置をとって転倒事故等の発生を防止したかなどについて認識していたものであるところ,さらに,本件当日午後8時ころまでには,本部直轄遊撃隊の警備員から,歩道橋内の非常な混雑状態を理由に警察官による歩道橋北側での流入規制の依頼を要請されたことなどにより,遅くともその時点では,歩道橋内が警察官による流入規制等を必要とする過密な滞留状態に達していることを認識した。しかし,被告人Bは,午後8時直前ころの時点において,被告人Aに対し,一度は「前が詰まってどうにもなりません。ストップしましょうか。」などの言い方で,歩道橋内の警察官による流入規制について打診をしたものの,被告人Aの消極的な反応を受けてすぐに引き下がり,結局,被告人Bは,明石市の担当者らに警察官の出動要請を進言し,又は自ら自主警備側を代表して警察官の出動を要請する措置を講じなかった。

(7) ところで,本件歩道橋の周辺には,朝霧駅北側及び夏まつり会場の西側に当たる大蔵海岸中交差点において,それぞれ相当数の機動隊員が配置されていたのであり,機動隊に対して遅くとも午後8時10分ころまでに出動指令があったならば,機動隊は,花火大会終了が予定される午後8時30分ころよりも前に歩道橋に到着し,歩道橋階段下から歩道橋内に流入する参集者の流れを阻止し,歩道橋南端部付近にいる参集者の北進を禁止する広報をし,階段上の参集者を階段下に誘導し,さらに,歩道橋北側からの参集者の流入を規制して北側への誘導を行うことなどにより,滞留自体の激化を防止し,これによって,群衆なだれによって多数の死傷者を生じさせた本件事故は,回避することができたと認められる。

2 以上の事実関係に基づき,被告人両名の罪責について判断する。

前記のとおり,被告人Aは,明石警察署地域官かつ本件夏まつりの現地警備本部指揮官として,現場の警察官による雑踏警備を指揮する立場にあったもの,被告人Bは,明石市との契約に基づく警備員の統括責任者として,現場の警備員による雑踏警備を統括する立場にあったものであり,本件当日,被告人両名ともに,これらの立場に基づき,本件歩道橋における雑踏事故の発生を未然に防止し,参集者の安全を確保すべき業務に従事していたものである。しかるに,原判決の判示するように,遅くとも午後8時ころまでには,歩道橋上の混雑状態は,明石市職員及び警備員による自主警備によっては対処し得ない段階に達していたのであり,そのころまでには,前記各事情に照らしても,被告人両名ともに,直ちに機動隊の歩道橋への出動が要請され,これによって歩道橋内への流入規制等が実現することにならなければ,午後8時30分ころに予定される花火大会終了の前後から,歩道橋内において双方向に向かう参集者の流れがぶつかり,雑踏事故が発生することを容易に予見し得たものと認められる。そうすると,被告人Aは,午後8時ころの時点において,直ちに,配下警察官を指揮するとともに,機動隊の出動を明石警察署長らを介し又は直接要請することにより,歩道橋内への流入規制等を実現して雑踏事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があったというべきであり,また,被告人Bは,午後8時ころの時点において,直ちに,明石市の担当者らに警察官の出動要請を進言し,又は自ら自主警備側を代表して警察官の出動を要請することにより,歩道橋内への流入規制等を実現して雑踏事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があったというべきである。そして,前記のとおり,歩道橋周辺における機動隊員の配置状況等からは,午後8時10分ころまでにその出動指令があったならば,本件雑踏事故は回避できたと認められるところ,被告人Aについては,前記のとおり,自己の判断により明石警察署長らを介し又は直接要請することにより機動隊の出動を実現できたものである。また,被告人Bについては,原判決及び第1審判決が判示するように,明石市の担当者らに警察官の出動要請を進言でき,さらに,自らが自主警備側を代表して警察官の出動を要請することもできたのであって,明石市の担当者や被告人Bら自主警備側において,警察側に対して,単なる打診にとどまらず,自主警備によっては対処し得ない状態であることを理由として警察官の出動を要請した場合,警察側がこれに応じないことはなかったものと認められる。したがって,被告人両名ともに,午後8時ころの時点において,上記各義務を履行していれば,歩道橋内に機動隊による流入規制等を実現して本件事故を回避することは可能であったということができる。

そうすると,雑踏事故はないものと軽信し,上記各注意義務を怠って結果を回避する措置を講じることなく漫然放置し,本件事故を発生させて多数の参集者に死傷の結果を生じさせた被告人両名には,いずれも業務上過失致死傷罪が成立する。これと同旨の原判断は相当である。

よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,

主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官横田尤孝裁判官宮川光治裁判官櫻井龍子裁判官
金築誠志裁判官白木勇)