最判平成24年3月13日 ライブドア事件

※本件は、ライブドア株式を取得した原告らが、ライブドアの提出した有価証券報告書に約3億円の経常赤字を約50億円の経常黒字と偽った虚偽記載があったことにより損害を被ったと主張して、金融商品取引法21条の2に基づき、に損害賠償を求めた事案です。
金融商品取引法の各論点に関し重要な判断を行った判例
※「虚偽記載等によつて生ずべき当該有価証券の値下り」の意義について、取得時差額相当分の値下がりに限られず、虚偽記載等と相当因果関係のある値下がりの全てをいうとして,取得時差額説を排斥して、相当因果関係説に立つことを明らかにした。

事件番号
 平成22(受)755
事件名
 損害賠償請求事件
裁判年月日
平成24年03月13日
法廷名
最高裁判所第三小法廷
裁判種別
 判決
結果
 その他
判例集等巻・号・頁
民集 第66巻5号1957頁
原審裁判所名
東京高等裁判所
原審事件番号
 平成20(ネ)3757
原審裁判年月日
 平成21年12月16日
判示事項
 1 検察官は金融商品取引法21条の2第3項にいう「当該提出者の業務若しくは財産に関し法令に基づく権限を有する者」に当たるか
2 金融商品取引法21条の2第3項にいう「虚偽記載等に係る記載すべき重要な事項」の意義
3 金融商品取引法21条の2第5項にいう「虚偽記載等によって生ずべき当該有価証券の値下り」の意義
4 虚偽記載等のある有価証券報告書等の提出者等を発行者とする有価証券につき,投資者がこれを複数回にわたってそれぞれ異なる価額で取得しこれを複数回にわたってそれぞれ異なる価額で処分した場合における,上記投資者が金融商品取引法21条の2に基づき請求することのできる額の算定方法
5 金融商品取引法21条の2に基づく損害賠償債務が遅滞に陥る時期
裁判要旨
 1 検察官は,金融商品取引法21条の2第3項にいう「当該提出者の業務若しくは財産に関し法令に基づく権限を有する者」に当たる。

2 金融商品取引法21条の2第3項にいう「虚偽記載等に係る記載すべき重要な事項」とは,虚偽記載等のある有価証券報告書等の提出者等を発行者とする有価証券に対する取引所市場の評価の誤りを明らかにするに足りる基本的事実をいう。

3 金融商品取引法21条の2第5項にいう「虚偽記載等によって生ずべき当該有価証券の値下り」とは,投資者が虚偽記載等のある有価証券報告書等の提出者等を発行者とする有価証券を取得するに当たって実際に支払った額と当該取得の時点において当該虚偽記載等がなかった場合に想定される当該有価証券の市場価額との差額に相当する分の値下がりに限られず,有価証券報告書等の虚偽記載等と相当因果関係のある値下がりの全てをいう。

4 虚偽記載等のある有価証券報告書等の提出者等を発行者とする有価証券につき,投資者がこれを複数回にわたってそれぞれ異なる価額で取得しこれを複数回にわたってそれぞれ異なる価額で処分した場合において,個々の取引ごとの取得と処分との対応関係の特定並びに取得価額及び処分価額の具体的な主張,立証がされていないときは,裁判所は,当該有価証券の取得価額の総額と処分価額の総額との差額をもって金融商品取引法21条の2第1項にいう「第19条第1項の規定の例により算出した額」とした上で,当該差額と同法21条の2第2項によって推定される損害額の総額とを比較し,その小さい方の金額をもって,上記投資者が同条に基づき請求することのできる額とするという算定方法によることができる。

5 金融商品取引法21条の2に基づく損害賠償債務は,損害の発生と同時に,かつ,何らの催告を要することなく,遅滞に陥る。

(3につき補足意見及び反対意見がある。



主 文
1 原判決中,主文第3項及び第6項を次のとおり変更する。

(1) 被上告人X2の第3事件についての控訴に基づき,第1審判決主文第3項及び第8項を次のとおり変更する。

ア 上告人は,被上告人X2に対し,9億3571万8985円及びこれに対する平成18年1月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。


イ 被上告人X2の第3事件についてのその余の請求を棄却する。


(2) 被上告人X2の第7事件についての控訴に基づき,第1審判決主文第7項及び第8項を次のとおり変更する

ア 上告人は,被上告人X2に対し,1億7854万7900円及びこれに対する平成18年1月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え

イ 被上告人X2の第7事件についてのその余の請求を棄却する

2 上告人のその余の上告を棄却する
3 第1項に関する訴訟の総費用は,これを10分し,その1を被上告人X2の負担とし,その余を上告人の負担とし,前項に関する上告費用は上告人の負担とする

理 由

平成22年(受)第755号上告代理人志賀剛一,同飯田藤雄,同岡田卓巳及び同第756号ないし第759号上告代理人北原潤一,同黒田薫の各上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。
)について

1 事案の概要

本件は,上告人の株式を取引所市場において取得した被上告人らが,上告人が提出し,公衆の縦覧に供された有価証券報告書に,連結決算において,実際には約3億円の経常赤字であったのに約50億円の経常黒字である旨の虚偽記載があったことにより損害を被ったと主張して,金融商品取引法(平成18年法律第65号による改正前の法律の題名は証券取引法
以下,同改正の前後を通じて「金商法」という。
)21条の2に基づき,上告人に対し損害賠償を求める第1事件ないし第7事件が併合審理されている事案である


2 事実関係の概要等原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 上告人は,平成8年4月22日に設立された株式会社であり,平成18年当時,「株式会社A」の商号で,インターネット関連の各種事業等を営んでいた

Bは,上告人の筆頭株主で,上告人の設立時から同年1月24日までの間,その代表者の地位にあった

(2) 上告人の株式(以下「Y株」という。
)は,平成12年4月6日から平成18年4月13日までの間,東京証券取引所マザーズに上場されていた

(3) 上告人は,その設立後,積極的に合併や企業買収を繰り返し,株式分割によりその株価の上昇を図るなどして,企業規模を急速に大きくし,企業グループを拡大させていった。
上告人は,IT分野におけるベンチャー企業の代表格であると評されるようになり,上告人ないしBの動向は,マスメディアにもしばしば取り上げられていた

(4) 上告人の完全子会社であったC社(平成17年5月31日までの商号はD社。
以下,上記の商号変更の前後を通じて「C社」という。
)は,平成16年10月25日,実際には既に買収済みであったE社につき,株式交換比率を1対1とする株式交換により同社を完全子会社化することを取締役会で決議し,株式交換契約書を締結した旨発表した

上記株式交換比率は,E社の企業価値が実際には1億円であったにもかかわらず,これを4億円と過大評価して決定されたものであった

(5) 上告人は,Bの指示ないし了承の下,平成16年12月27日,同年9月期(第9期)の連結会計年度(平成15年10月1日から平成16年9月30日まで)について,実際には約3億1278万円の経常赤字であったのに,売上計上が認められないY株の売却益37億6699万6000円,F社に対する架空売上7億円及びG社に対する架空売上8億8000万円をそれぞれ売上高に含めるなどして,経常利益を50億3421万1000円と記載した内容虚偽の連結損益計算書を掲載した有価証券報告書(以下「本件有価証券報告書」という。
)を関東財務局長に提出したところ,本件有価証券報告書は,公衆の縦覧に供された(以下,本件有価証券報告書における上記の内容の虚偽記載を「本件虚偽記載」という。

(6) 東京地方検察庁は,平成18年1月16日夜,Bを含む上告人の役員らについて,金商法違反(偽計・風説の流布)の容疑があるとして強制捜査に着手し,同月23日,Bらを逮捕した(以下,Bらに対する強制捜査を「本件強制捜査」という。
)。
(7) 東京地方検察庁検察官(以下「本件検察官」という。
)は,平成18年1月18日,司法記者クラブに加盟する報道機関の記者らに対し,上告人が,平成16年9月期決算(単体)において,上告人の傘下にあったF社及びG社の預金等を付け替えることで,約14億円の経常黒字と粉飾した有価証券報告書の虚偽記載の容疑がある旨伝達し,その頃その旨の報道がされた(以下,本件検察官が上記記者らを通じて上記の情報を開示した行為を「本件開示」といい,本件開示がされた平成18年1月18日を「本件開示日」という。

(8) 東京証券取引所は,Y株につき,平成18年1月21日,開示注意銘柄に指定し,さらに同月23日,上場廃止基準に該当するおそれがあるとして,監理ポストに割り当てる旨を決定した

(9) Bは,平成18年1月24日,上告人の代表取締役を解任された

(10) Y株の株価は,本件強制捜査が開始される直前の平成18年1月16日には終値が696円であったが,翌17日には終値が制限値幅下限の596円にまで急落した。
翌18日には個人投資家による売り注文が殺到したため,東京証券取引所が株式全銘柄の取引を停止する事態となった。
その後もY株は6営業日連続で制限値幅下限まで値下がりを続け,同月24日には終値が176円にまで暴落した

(11) 本件強制捜査着手以後,連日にわたって,上告人が本件有価証券報告書の経常利益を粉飾していたことや,E社の買収に関し虚偽の発表をしていたことなど,上告人ないしC社につき金商法違反(有価証券報告書の虚偽記載,偽計・風説の流布)の疑いがあること,Y株につき上場廃止に向けた動きがあること,Y株が値下がりを続け,取引所市場が混乱に陥っていることなどが,マスメディアにより広く報道された

(12) Y株の終値は,本件開示日前1か月間の平均が720円,本件開示日後1か月間の平均が135円であり,その差額(金商法21条の2第2項によって推定される1株当たりの損害の額。
以下「推定損害額」ということがある。
)は585円である

(13) 東京証券取引所は,平成18年3月13日,Y株を整理ポストに割り当てる旨を決定し,Y株は,同年4月14日に上場廃止となった


(14) 被上告人ら及びH社は,取引所市場において,第1審判決別紙2AないしO記載のとおり,平成17年5月25日から平成18年1月13日までの間に,複数回にわたってそれぞれ異なる株価でY株を取得し,同月17日から同月31日までの間に,複数回にわたってそれぞれ異なる株価でその保有していたY株を全部売却した

(15) H社は,日本郵政公社から信託を受け,第1審判決別紙2F記載のとおりY株に投資し(第3事件関係),また,独立行政法人中小企業基盤整備機構から信託を受け,同O記載のとおりY株に投資していたが(第7事件関係),上記各事件の第1審係属中に上記各信託に係る受託者の地位を被上告人X2に譲渡し,これにより上記各信託に係る信託財産を取得した被上告人X2が上記各事件に係る訴訟を承継した

3 原審の判断原審は,前記事実関係の下において,上告人は,金商法21条の2第1項に基づき,被上告人らに対し,本件虚偽記載によって生じた損害を賠償する責任を負うとした上で,上告人が賠償すべき損害の額について,有価証券報告書等に虚偽記載等があった場合に流通市場で当該有価証券を取得した者は,当該虚偽記載等と相当因果関係のある損害につき,その賠償を求めることができるのであって,本件では,同条2項により推定される損害の額585円のうち本件虚偽記載と相当因果関係があるとはいえない事情による値下がり分は,その1割にとどまるというべきであるから,同条5項により,上記のとおり推定される損害の額の1割を賠償の責めに任じない損害の額とするのが相当であると判断するなどして,被上告人らの請求を一部認容すべきものとした

4 金商法21条の2第2項にいう「公表」について

(1) 論旨は,金商法21条の2第2項にいう「虚偽記載等の事実の公表」とは,有価証券報告書等の「虚偽記載等に係る記載すべき重要な事項」(同条3項),すなわち有価証券報告書等に本来記載すべきであった真実の情報を開示することをいうものと解すべきであるのに,本件検察官による本件開示では,本件有価証券報告書に記載すべきであった約3億円の経常赤字という真実の情報が開示されていないにもかかわらず,本件開示をもって「虚偽記載等の事実の公表」があったとした原審の判断には,同条2項,3項の解釈適用を誤る違法があるというのである

(2) 検察官は,有価証券報告書等の虚偽記載等の犯罪につき刑訴法に基づく種々の捜査権限を有しており,その権限に基づき,有価証券報告書等の虚偽記載等を訂正する情報や有価証券報告書等に記載すべき正確な情報を入手することができるのであって,その情報には類型的に高い信頼性が認められる

したがって,検察官は,金商法21条の2第3項にいう「当該提出者の業務若しくは財産に関し法令に基づく権限を有する者」に当たるというべきである

(3) そして,金商法21条の2第2項にいう「虚偽記載等の事実の公表」とは,有価証券報告書等の「虚偽記載等に係る記載すべき重要な事項」について,多数の者の知り得る状態に置く措置がとられたことをいうのであって(同条3項),その文理からすれば,「虚偽記載等の事実の公表」があったというためには,単に当該有価証券報告書等に虚偽記載等が存在しているとの点についてのみ上記措置がとられたのでは足りないことは明らかであるが,有価証券報告書等に記載すべき真実の情報につき上記措置がとられたことまでも要すると解すべきものではない

なぜなら,取引所市場の評価の誤りを明らかにするに足りる情報が開示され,その結果当該有価証券が大きく値下がりしたにもかかわらず,真実の情報が明らかにされないことをもって「公表」がないものとし,同条2項の推定規定を適用することができないのでは投資者の保護に欠け,相当ではないからである

むしろ,同項が「公表」をもって損害の額を推定する基準時としたのは,信頼性の高い情報を入手することのできる主体が「公表」をすることによって,当該有価証券に対する取引所市場の評価の誤りが明らかになることが通常期待できるという趣旨によるものであると解され,また,評価が誤っていたかどうかは,当該「公表」の時点で既に明らかになっている事実を考慮に入れて判断されるべきことであるから,同条3項にいう「虚偽記載等に係る記載すべき重要な事項」について多数の者の知り得る状態に置く措置がとられたというためには,虚偽記載等のある有価証券報告書等の提出者等を発行者とする有価証券に対する取引所市場の評価の誤りを明らかにするに足りる基本的事実について上記措置がとられれば足りると解するのが相当である

(4) これを本件についてみると,前記事実関係によれば,東京地方検察庁は,Bらによる金商法違反の容疑につき捜査を行い,本件検察官は,その過程で得られた証拠等に基づき,司法記者クラブに加盟する報道機関の記者らを通じて,上告人が,平成16年9月期決算(単体)において,上告人の傘下にあったF社及びG社の預金等を付け替えることで約14億円の経常黒字へと粉飾した有価証券報告書の虚偽記載の容疑がある旨の情報を一般公衆に開示したというのである

本件虚偽記載は,上告人が実際には約3億円の経常赤字であったのに約50億円の経常黒字である旨の連結損益計算書を本件有価証券報告書に掲載したというものであるところ,これはF社及びG社に対する合計15億8000万円の架空売上を計上するなどして行われたものであって,これらの事情に照らせば,上記情報は,Y株に対する取引所市場の評価の誤りを明らかにするに足りる基本的事実に当たるものということができ,これを開示することにより多数の者の知り得る状態に置く措置がとられたというべきであるから,本件開示をもって金商法21条の2第2項にいう「虚偽記載等の事実の公表」があったというべきである


原審の判断は正当として是認することができる。

論旨は採用することができない


5 金商法21条の2第5項にいう「虚偽記載等によつて生ずべき当該有価証券の値下り」について(1) 論旨は,投資者が虚偽記載等のある有価証券報告書等の提出者等を発行者とする有価証券を取得した場合における推定損害額とは,上記投資者が当該有価証券を取得するに当たって実際に支払った額(以下「取得価額」という。
)と,上記投資者が当該有価証券を取得した時点において当該虚偽記載等がなかった場合に想定される当該有価証券の市場価額との差額(以下「取得時差額」という。
)が現実化した分であって,金商法21条の2第5項もこれを前提として解釈すべきであるから,取得時差額の現実化以外の損害は同項の適用によって賠償の責めに任じないものとすべきであるのに,これと異なり,Bらに対する本件強制捜査,Bの代表取締役解任,Y株の上場廃止に向けた動き,取引所市場の混乱,これらをめぐるマスメディアの報道,上告人の信用失墜といった,取得時差額以外のY株の値下がりをもたらした原判決12頁21行目ないし13頁7行目記載の①ないし⑪の事情(以下「本件各事情」という。
)によって生じた損害につき,同項による減額を認めず,本件開示後のY株の値下がりには,C社がE社の完全子会社化につき虚偽の発表をしていたことがマスメディアによって報道されたことによる値下がり分が含まれていることのみを理由に,賠償の責めに任じない損害の額を推定損害額の1割にとどめた原審の判断には,同項の解釈適用を誤る違法があるというのである


(2) 有価証券報告書等の虚偽記載等によって損害を被った投資者は,民法709条など一般不法行為の規定に基づき損害賠償を請求することが可能であるところ,金商法21条の2は,上記投資者の保護の見地から,一般不法行為の規定の特則として,その立証責任を緩和した規定であると解される。
そして,同条1項においては,投資者が請求することのできる額については,同法19条1項の規定の例により算出した額(以下「19条1項限度額」という。
)が上限とされているほかは,何ら限定されていないことからすれば,同法21条の2第1項にいう「損害」とは,一般不法行為の規定に基づきその賠償を請求することができる損害と同様に,虚偽記載等と相当因果関係のある損害を全て含むものと解されるところ,同条2項は,同条1項を前提として,虚偽記載等により生じた損害の額を推定する規定であるから,同条2項にいう「損害」もまた虚偽記載等と相当因果関係のある損害を全て含むものと解するのが相当であって,これを取得時差額に限定すべき理由はない

そして,金商法21条の2第5項が同条2項を前提とした規定であることからすれば,同条5項にいう「虚偽記載等によつて生ずべき当該有価証券の値下り」とは,取得時差額相当分の値下がりに限られず,有価証券報告書等の虚偽記載等と相当因果関係のある値下がりの全てをいうものと解するのが相当である


仮に,これを取得時差額相当分の値下がりに限られるものと解すると,有価証券報告書等の虚偽記載等によって損害を被った投資者は,同条2項の推定規定を用いずに,一般不法行為の規定に基づき,あるいは同条1項に基づき,損害賠償を請求する場合には,取得時差額に限らず虚偽記載等と相当因果関係のある損害の全てについて賠償を受けることができるのに,同条2項の推定規定を用いる場合には,取得時差額の賠償しか受けられないことになり,投資者保護の見地から損害の額を推定した同項の趣旨が没却されかねず,相当ではないというべきである


(3) これを本件についてみると,前記事実関係によれば,本件開示後のY株の値下がりには,本件各事情に起因する分も含まれていることがうかがわれるところであるが,本件虚偽記載は,上告人の代表者であったBの指示ないし了承の下,上告人が実際には約3億円の経常赤字であったのに約50億円の経常黒字である旨の連結損益計算書を本件有価証券報告書に掲載したというものであって,このような重大な犯罪行為を行えば,強制捜査が行われ,Bが上告人の代表取締役を解任され,Y株が上場を廃止されることなどはもちろん,上告人が成長性の著しい企業と目され,上告人ないしBの動向がマスメディアによって注目されていたことなども考慮すると,上告人や同種ベンチャー企業等に対する取引所市場の評価が大きく損なわれ,個人投資家による売り注文が殺到するなどして取引所市場に混乱がもたらされることや,こうした事態をめぐりマスメディアが報道をすることも,全て通常予想される事態であったということができる。
そして,Y株が多数の投資者によって株式が保有されることが想定されている上場株式であることからすれば,本件虚偽記載及びその発覚によって本件各事情が生じ,ひいてはこれによって売り注文が殺到してY株が大幅に値下がりすることも通常予想される事態であるから,本件各事情によるY株の値下がりは,本件虚偽記載と相当因果関係があるというべきである


したがって,上記値下がりを理由に金商法21条の2第5項に基づき賠償の責めに任じない損害の額を認定することは許されない

そして,E社の完全子会社化をめぐる報道によるY株の値下がりを理由に,同項に基づき,推定損害額の1割を賠償の責めに任じない損害の額とした原審の判断は,その裁量の範囲内にあるものとして是認することができる
論旨は採用することができない


6 投資者が金商法21条の2に基づき請求することのできる額の算定方法について(1) 論旨は,被上告人ら及びH社は複数回にわたってそれぞれ異なる価額でY株を取得し,これを複数回にわたってそれぞれ異なる価額で処分したのであり,このような複数回にわたる取引が行われた場合,個々の取引ごとに,19条1項限度額と推定損害額とを算出し,両者を比較して,被上告人らが金商法21条の2に基づき上告人に請求することのできる額(以下「請求可能額」という。
)を算定すべきであるのに(以下,このような算定方法を「個別比較法」という。
),これと異なり,取得価額の総額と処分価額の総額との差額をもって19条1項限度額とした上で,これと推定損害額(ただし,同法21条の2第5項によって賠償の責めに任じない損害の額を控除したもの。
以下同じ。
)の総額とを比較し,その小さい方の金額をもって被上告人らの請求可能額とした(以下,このような算定方法を「総額比較法」という。
)原審の判断には,同法21条の2の解釈適用を誤る違法があるというのである。



(2) 投資者が,複数回にわたり,虚偽記載等のある有価証券報告書等の提出者等を発行者とする有価証券の取引を行った場合においても,理念的には個々の取引ごとに上記虚偽記載等に起因する損害が生じているとみることができるから,個々の取引ごとの取得と処分との対応関係が特定され,取得価額及び処分価額につき具体的な主張,立証がされているときは,裁判所が個別比較法によって請求可能額を算定することを否定する理由はない


しかしながら,金商法21条の2において19条1項限度額が請求可能額の上限とされているのは,同法21条の2所定の責任が無過失責任であることとの均衡上,虚偽記載等のある有価証券報告書等の提出者が過大な賠償義務を負うことのないよう,有価証券の値下がり分の限度で上記提出者に賠償責任を負わせる趣旨によるものと解されるのであって,総額比較法によって請求可能額を算定することが必ずしも上記趣旨に反するものとはいえない


そして,投資者による有価証券の取引は複数回にわたることが通例であるのに,同条の下では投資者が公表日において保有している有価証券の全部について賠償を請求することが認められており,個々の取引ごとに請求可能額を算定すべきことをうかがわせる文言は存しないこと,複数回にわたって取引が行われた場合には取得と処分との対応関係の特定が困難なことも少なくないとみられることも併せ考慮すると,投資者が複数回にわたってそれぞれ異なる価額で有価証券を取得し,これを複数回にわたってそれぞれ異なる価額で処分した場合においても,上記の主張,立証がされていない場合には,裁判所が,総額比較法により請求可能額を算定することができると解するのが相当である


したがって,上記の主張,立証がされたことがうかがわれない本件においては,原審が被上告人らの請求可能額を算定するに当たって総額比較法によったことに違法があるとはいえない。
論旨は採用することができない


7 H社が行った取引による損害と被上告人X2が自ら行った取引による損害の区分について


(1) 論旨は,第3事件及び第7事件につき,被上告人X2が行った取引とH社が行った取引とを区別して請求可能額を算定すべきであるのに,これを区別することなく総額比較法によって請求可能額を算定し,第3事件については9億4624万1766円及び遅延損害金の限度で,第7事件については1億7988万3069円及び遅延損害金の限度で,被上告人X2の請求を認容した原審の判断には,金商法21条の2の解釈適用を誤る違法があるというのである

(2) 第3事件及び第7事件における被上告人X2の請求については,被上告人X2が自ら取引をして被った損害に係る部分と,H社が取引をして被った損害で,被上告人X2がH社と日本郵政公社(第3事件)又は中小企業基盤整備機構(第7事件)との間の信託契約に基づくH社の受託者の地位の譲渡を受け,その信託財産を取得したことにより承継したものに係る部分とが存するところ,上記各取引によって被上告人X2ないしH社が被った損害の額は,上記各取引の終了時において客観的に確定しており,これが受託者の地位の譲渡によって変動するものではないから,被上告人X2が行った取引とH社が行った取引とを区別することなく19条1項限度額の総額及び推定損害額の総額をそれぞれ算出し,両者を比較して請求可能額を算定した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
論旨はこの限度で理由がある


そして,前記事実関係によれば,第3事件については,被上告人X2が行った取引の推定損害額は12億8740万9383円,19条1項限度額は6億9014万2537円であり,H社が行った取引の推定損害額は2億4557万6448円,19条1項限度額は2億5609万9229円であり,第7事件については,被上告人X2が行った取引の推定損害額は2億3970万1761円,19条1項限度額は1億4638万1382円であり,H社が行った取引の推定損害額は3216万6518円であり,19条1項限度額は3350万1687円となることが計算上明らかである。
これらの推定損害額と19条1項限度額とをそれぞれ比較して,小さい方の金額が請求可能額となるから,第3事件及び第7事件に係る被上告人X2の各請求は,第3事件については9億3571万8985円(被上告人X2が行った取引につき6億9014万2537円,H社が行った取引につき2億4557万6448円)及び遅延損害金の限度で,第7事件については1億7854万7900円(被上告人X2が行った取引につき1億4638万1382円,H社が行った取引につき3216万6518円)及び遅延損害金の限度で理由がある


8 金商法21条の2に基づく損害賠償債務の遅滞時期について


(1) 論旨は,金商法21条の2に基づく損害賠償債務は不法行為責任とは異なる法定責任であるから,民法412条3項により履行請求時から遅滞に陥ると解すべきであるのに,上告人が履行の請求を受ける前の平成18年1月26日(ただし,一部の被上告人らについては同月27日又は同年2月1日)から遅延損害金を付すべきものとした原審の判断には,金商法21条の2の解釈適用を誤る違法があるというのである


(2) 5(2)に説示したとおり,金商法21条の2は,投資者の保護の見地から,一般不法行為の規定の特則として,その立証責任を緩和した規定と解されるから,同条所定の賠償債務は不法行為に基づく損害賠償債務の性質を有するというべきである

したがって,金商法21条の2に基づく損害賠償債務は,損害の発生と同時に,かつ,何らの催告を要することなく,遅滞に陥るものと解するのが相当である(最高裁昭和34年(オ)第117号同37年9月4日第三小法廷判決・民集16巻9号1834頁参照)。
原審の判断は正当として是認することができる

論旨は採用することができない。


9 結論以上のとおりであるから,原判決中,第3事件及び第7事件に関する部分を主文第1項のとおり変更し,上告人のその余の上告を棄却することとする。
よって,判示5につき裁判官岡部喜代子の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。


なお,判示5につき裁判官田原睦夫,同寺田逸郎の各補足意見がある。

■ 田原補足意見
判示5についての裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。
私は,多数意見に与するものであるが,岡部裁判官の反対意見が存するところから,その点をも踏まえて以下に若干の補足意見を述べる。

1 有価証券の発行会社による有価証券報告書の虚偽記載の後に流通市場で当該会社の株式を取得した株主の不法行為に基づく損害について有価証券の発行会社が,重要な事項について虚偽の事実を記載等(以下「虚偽記載等」という。
)した有価証券報告書を提出して公衆の縦覧に供するときは,その提出行為自体が流通市場において当該会社の有価証券を取得する者に対する関係で不法行為を構成することについては,今日広く肯認されていると言える(いわゆる西武鉄道事件についての最高裁判所平成21年(受)第1177号同23年9月13日第三小法廷判決・民集65巻6号2511頁参照)。

かかる有価証券が株式であるときには,流通市場で虚偽記載等の後に当該株式を取得した株主は,①虚偽記載等の事実がなく,事実が適正に記載されていれば当該株式を取得しなかったと認められる場合には,取得自体を損害(以下「取得自体損害」という。)として主張することができることについては多くの学説も認めているところである。

また,②かかる株主が,その取得前に虚偽記載等がなされていることを知っていたならば,当該株式を取得することがなかったと認められる場合においても,同様に取得自体損害を主張することができると解される。

他方,③かかる株主が,虚偽記載等の有無に拘わらず当該株式を取得していたと認められる場合には,取得価額と当該虚偽記載等がなかった場合に想定される当該株式の市場価額との差額(以下「取得時差額」という。)を損害として主張することができることは,一般に認められているところである。

そのうち,①及び②の株主の被る損害は,原則として取得価額−処分価額(又は口頭弁論終結時の評価額)として算定され,その処分価額に虚偽記載等の事実が公表された後の狼狽売り等による市場株価の下落部分が含まれていても,それも相当因果関係が肯認されるべきものである(前掲最判参照)。

こうして算定される損害は,虚偽記載等がなされたこと自体によって,その後に株式を取得した買主に直接もたらされる損害と評価されるものである(なお,岡部裁判官は,西武鉄道事件の法廷意見に賛成されているところ,同事件は,虚偽記載がなければ当該株式は上場廃止とされるべきものであったのに対し,本件は虚偽記載の公表によって上場廃止となったのであって事案を異にするとされる。

しかし,被上告人らは虚偽記載等がなければ本件株式を取得することはなかったと主張しているのであって,西武鉄道事件における原告らの主張と本件被上告人らの主張との間に基本的な点において径庭は存しない。

また,本件被上告人らが,虚偽記載等が存しても本件株式を取得したであろうと認めるべき事情は,本件記録上認められない。)。

また,③の株主が被る損害が,虚偽記載等によって直接もたらされる損害であることについては異論はないと思われる。

ところで,岡部裁判官は,その反対意見において,虚偽記載等公表後の市場株価の下落は,虚偽記載等によって会社の信用が失われたことによって惹き起こされる会社自体に生じる損害であり,株主はそれにより間接的に損害を被っているものということができ,直接に損害を被ってはいないのであって,株主が民法709条により会社に対して求めることができる損害は直接損害に限られるから,株価下落にかかる損害を主張することはできないとされる。

しかし,虚偽記載等の後に取得した①及び②の株主が株価下落によって被る損害は,上記のとおりその取得それ自体によってもたらされる損害であって,会社の信用失墜を通じて間接的にもたらされるものではない(虚偽記載等の公表によって会社の信用は毀損されるが,虚偽記載等の公表による株価の下落は,多数意見にて述べるとおり,狼狽売りも含めて種々の要因によってもたらされるのであって,その下落額の総額が即会社の信用毀損に伴い会社が被る損害と評価されるものではない。)。

また,岡部裁判官は,株価下落損害を間接損害として評価すべき理由として,それは全株主が被っている損害であることを強調されるが,虚偽記載等がなされる以前からの株主は,虚偽記載等との関係で不法行為の直接の当事者となるものではないのであって,虚偽記載等という不法行為の後に流通市場で株式を取得することによって,その不法行為の直接の当事者となる株主と同列に論じるのは相当ではないというべきである。

2 金商法21条の2について(1) 金商法21条の2第1項について金商法21条の2第1項は,多数意見にて指摘するように,流通市場における投資者保護の見地から定められた一般不法行為の特則であり,その適用対象について何らの制限も設けられていないから,虚偽記載等の後に流通市場で株式を取得した者は,取得自体損害あるいは取得時差額損害の何れの主張をする場合においても,同項の適用を主張することができるものというべきである。

岡部裁判官は,同条は取得時差額損害の賠償を前提とした規定であるとされるが,同条の条文自体にはそのように解すべき根拠はなく,また,同条の立法過程に関する資料等をみても,同条につき岡部裁判官の意見の如く解すべき論拠は見出し難い。
それ故,同項は取得自体の損害を主張する場合にもその適用があると解すべきものである。

岡部裁判官の意見は,立法論としては参考に値する議論ではあり得るが,現行法の解釈論として採ることはできないと考える。

(2) 金商法21条の2第2項について岡部裁判官は,その反対意見において,金商法21条の2第2項は,原則として取得時差額損害を推定する規定と解すべきであり,同項によって推定される損害額に取得時差額損害以外のものが含まれている場合には,同条4項又は5項によって控除されなければならないとされる。

しかし同条2項の「損害」の推定規定は,多数意見にて指摘するとおり,取得時差額損害に限定して適用されるべき理由はなく,虚偽記載等と因果関係のある損害全てを含めて適用されるべきものであり,また,同項によって推定される損害に取得時差額損害以外のものが含まれている場合に,同条4項又は5項によってそれを控除するべき法文上の根拠を見出すことはできない。

同条2項の立法過程に関する資料等によれば,同項の規定は,取得時差額にかかる損害の推定に親和的な規定振りであることは否めないものの,同項それ自体は取得時差額損害に限定することを直接定めてはいないこと,前記のとおり同条1項の規定が取得時差額損害に限定して適用されるものではないこと,多数意見にて指摘するとおり,同条5項の規定との関係や,同条が投資者保護の見地から設けられた規定であること等からすれば,同条2項をもって取得時差額損害に限って適用すべきものであると解することはできないといわざるを得ない。

(3) 被上告人らの主張する損害について被上告人らは,本件株式を取得したこと自体が損害であると主張して,本訴において取得価額と処分価額の差額を損害として主張している。
一般に流通市場において株式を取得する者は,投資目的(株価の上昇又は配当に対する期待)で取得するのであるから,発行会社が虚偽記載等のない経常赤字の有価証券報告書を公表していた場合に,特段の事情のない限り虚偽記載等が公表されていない場合と同様にその株式を取得することは通常あり得ず,また同社が虚偽記載等を行っていて同社の公表資料の信用性に疑念が存することが予め判っている場合に,そのような株式を投資目的で取得する者など存しないといえる。

従って,一般に,虚偽記載等の後,その公表前に流通市場で発行会社の株式を取得した者は,虚偽記載等がなければその株式を取得することはなかったものと推認されるのであって,それらの株主にあっては虚偽記載等がされている発行会社の株式を取得したこと自体が損害であると認められて然るべきである。

その点において,それらの株主と前掲の西武鉄道事件における原告たる株主との間に径庭はないのであって,虚偽記載等の後に流通市場で発行会社の株式を取得した株主の損害を,岡部裁判官が説かれるように取得時差額に限定すべき理由を見出すことはできないと考える。

殊に,被上告人及び被上告人の被受継者らは,機関投資家又は機関投資家から委託を受けて投資目的で上告人の株式を取得した者であることからすれば,その投資活動において求められる善管注意義務からして,虚偽記載等をなしている発行会社の株式を取得することなど有り得ないのであって,被上告人らにとっては,本件株式を取得したこと自体が損害に当たるものというべきものである。

したがって,その損害の算定は,本件株式の取得価額−処分価額でもってなしたうえで,金商法21条の2により算定される限度で認容されるべきものである。

■ 寺田補足意見
判示5についての裁判官寺田逸郎の補足意見は,次のとおりである。

1 本判決中の判示5で論じられ,岡部裁判官がその意見中で反対論を展開されている問題は,本来は金商法21条の2の規定の適用に関するものであるが,同裁判官の見解は,その前段階として民法不法行為における損害賠償の範囲について論ずるところから出発している。

そこで,この点を中心に若干の補足をしておきたい。

(1) 多数意見は,本件事実関係の下で,上告人の当時の代表取締役らが経常赤字とすべきところを経常黒字として記載した連結損益計算書有価証券報告書に添付して提出したことが損害賠償責任の原因たる行為に当たると認めた原審判断を前提とした場合に,その有価証券報告書の縦覧期間中にY株を市場で取得した投資者に賠償すべき「損害」の範囲を,同株式の取得価額と,虚偽記載がなく,本来の正しい記載がされていた場合に想定される価額との差額(取得時差額)に限定することなく,そのような虚偽記載が公になった後に生じた代表取締役らに対する刑事捜査,マスメディアの報道や会社に対して証券取引所がとった措置等の諸事情(本件各事情)を通常想定されるなりゆきであるとみて,これによって生じた株価の下落による損失部分を含めたものとして捉える立場をとるのであるが,これは,当該行為が民法上の不法行為に当たるとしたときにとられてきている相当因果関係により損害額の範囲を画する原則に依拠したもので,その枠から外れたものではない。

これに対して,岡部裁判官は,上記の立場に反対され,本件虚偽記載のように実際には存在しない利益を計上することを内容とする虚偽記載によって生ずる損害について賠償すべき対象は上記取得時差額に限られるべきであり,本件虚偽記載が公になった後の本件各事情によって生じた株価の下落による損失部分を賠償すべき損害の範囲に加えるべきではないと論じられるが,その理由とするところは,一般の不法行為に関する議論として,会社に損害が生じた結果株主が株価の下落という形で損失を被った場合には,その損害が会社の執行機関の執行行為として行われた行為によって生じたものであっても,会社の所有者ともいうべき立場にある株主としては,会社に直接に損害賠償請求をする形で損失を回復させることは許されず,株主代表訴訟によって会社の財産を回復させるという手段で自らの損失を回復することに甘んずるべきであるというにある。

(2) 確かに,概念的にいえば,株主が株式の価額に関して損害賠償を求めるについては,損害を被るのが会社という独立の法主体に止まるとみて,株主に対する不法行為の成立を否定すべき場合があり,また,これを会社に求めるについては,他の株主との関係や損害算定の基礎と考えられる物が責任を負う主体の価値を反映しているという特殊な関係までもが見られるわけであるから,それらのことを念頭に置き,賠償の対象たるべき損害に当たるかどうかの判定をするについてそれなりの考慮が必要となることは否定できない。

しかし,だからといって,市場における投資家らの会社への視線が厳しくなった結果として株式の価額が下落した場合に,この下落部分をその原因に依拠して株主となった者に会社として賠償すべき損害の範囲からシャットアウトするのは,行き過ぎた立論のように思える。

不法行為の基本要素たる違法性の内容からみて,投資家に対するものとして不法行為が成立し,その損失が保護されるべき対象であるとみることができる場合には,これを損害賠償の対象から除外すべき理由はなく,これにつき会社が責任を負うについての民法会社法上の要件が充たされるのであれば,会社の責任を否定する理由もやはりないといわざるを得ないであろう。

より一般的な具体例で考えてみると,会社の代表者が単に会社財産を横領したという場合には,これによる株価の下落があっても,株主が会社に直接にその分の損害賠償を請求することができるとの結論にはなるまい。

この限度では岡部裁判官の指摘はもっともである。

しかし,他方,対立する大株主との関係で劣勢に立った会社の代表者が,大株主に損害を与えることをねらって,その地位を利用し,会社財産を毀損する行為をはたらいた場合に,いかに損失が一義的には会社に生じていて,すべての株主がこれにより株価の下落という形で損失を被っているからといって,その大株主が,代表者のこの行為について,代表者個人の賠償責任を問うことについてはもちろん,会社法350条に基づく責任を会社に求めることについても,これを許さないものとすることはできないであろう。

両者の分水嶺がどこにあるかを判定するにはいくつかのアプローチがあろうが,私としては,不法行為とされる代表者の行為に違法性を見出す根拠と発生した損失との結びつきが十分かどうかが決め手になるのではないかと考える。

大株主に損失を与えることをねらって会社財産の毀損をはかる行為を違法視するゆえんは,意図的な財産毀損からその財産の権利者を守るとの考え方によっているといってよい。
そうすると,侵害された財産的権利がそこで意図された範囲に含まれるとみることができる限りは賠償対象として捉えられて然るべきである。

そう考えることによって,上記の例における保有株式の価額の下落についても賠償対象に含まれるものとすることが是認されることになり,単に会社の財産を横領し,会社に損失を生じさせた場合との差を説明できるように思える。

そして,このような考え方をとる以上は,株価の下落分のうち損害賠償の対象とすべき範囲についても,毀損された会社財産の価額の株主としての持分的割合に相当する部分に止まるのではなく,代表者が財産毀損をはたらいたことによる市場の評価としての株価の下落分が意図されたところとみられる限りは,その下落分に相当する部分を損害と捉えるべきこととなろう。

会社が負うべき責任についても全く同様にいえるかには議論の余地はあろうが,上記のとおり,不法行為法上の責任要件が充たされている以上はこれを肯定するほかなく,一般的に考えても,代表者の意図的な行為を可能にする立場を与えていた以上,そこまでの責任を負うべきことを是認することに分があるように思われる。

(3) 故意によるにせよ過失によるにせよ,有価証券報告書の重要事項に関する虚偽記載を会社の執行機関が行った場合に,これに違法性を見出す根拠は,それが市場で開かれた形で価格形成がされる株式という取引対象の実像を損ない,投資家の判断を誤らせ,市場の機能を損なわせる行為であるというところにほかならない。

そうであるとすると,虚偽記載に違法性を見出す以上は,投資家の判断を誤らせることによって生じた損失から投資家を保護すべきであると考えることが合理的であり,価格形成とは関わりない形で株式を保有する株主はともかく,そうでない株主が被る株価に係る損失は,虚偽記載に違法性を見出した根拠から見て保護対象とすべき領域方向にあるといえよう。

ここで問題となっているのは,株式を新たに取得した者との関係であるが,本来は,保有していた株式を処分し損なった者に対する関係ですら,そういえるように思われる(ただし,株式を保有していた者については,損失の発生を防ぐことができる余地のある立場にあったといえなくもないことをどう評価するかの問題が別にある。)。

他方,虚偽記載が公になった後に生じた代表取締役らに対する刑事捜査等の本件各事情による株価の下落に目を向けると,これは会計書類に虚偽記載があった場合に生じ得る出来事としては特別のものではなく,岡部裁判官は,この下落分を会社の信用が失われた結果会社に生じた損害の反映と捉えておられるが,むしろ,その多くは投資家に生じた不信感が市場で株式の評価として現れた結果でもあるというべきであるし,そうでない部分も市場における実像を損なわせたことが導いた結果としての性格を色濃く持つものであって,この下落分の損失と上に記したところの虚偽記載の違法性とに強い結びつきを見ることにさしたる困難はない。
そう考えると,本件各事情による株価の下落としての損失部分を執行機関の書類の虚偽記載により会社が一定の株主に賠償すべき損害の対象に含めることとしても,決して無理がある立論とはいえまい(厳密にいうと,本件各事情のうち,I社幹部による上告人との提携見直しの可能性の示唆及び東証のシステムダウンには別の側面があるように思われるが,全体の結論を損なうほどの意味はないといえよう。)。

(4) 岡部意見の中には,上記のような損失が株主に生じたとしても,一義的には会社に生じた損害として株主代表訴訟によって会社財産を回復する方法に委ねられるべきとの部分もあるが,株主代表訴訟を提起することができるのは,原則として6か月間株式を保有し,現在も保有している株主に限られるのであって(会社法847条。
会社法制定前の商法においても同趣旨の一定の制限があった。
),株主となった者すべてがそのような訴訟を提起することができるわけではないことも,立論に当たって留意しておく必要がある。

(5) 岡部裁判官は,多数意見の上記のような結論に反駁し,本件各事情による株価の下落による損失につき株主間に会社に対して損害賠償を請求することができる者とそうでない者との差が生ずるのは相当でなく,会社が破綻した場合に会社債権者との関係でも問題が生ずると指摘されるが,虚偽記載のある有価証券報告書の示す情報下にある市場で株式を取得した者とそうでない者との間にこの点で差が生ずることには十分な理由があり,また,会社債権者との関係に調整を要するとするのであれば,それは債権の倒産法制上の順位づけについて政策的な配慮を求める余地があるというにすぎず,債権の存在自体を否定する理由にはならないであろう。

2(1) 金商法21条の2第1項の規定は,上記のような民法上の損害の範囲に関する考え方を前提にした上で,重要な事項についての虚偽記載がある有価証券報告書の縦覧期間中に株式を流通市場で取得した者に対する会社の損害賠償責任を無過失責任化したもので,その点で民法不法行為規定の特則と考えられている。

同項における賠償範囲は,「虚偽記載等により生じた損害」とされているところ,同条における虚偽記載等のある有価証券報告書を縦覧に供したことを違法視する根拠は上記1(3)で民法上の不法行為におけるものとして論じたところと基本的に変わりはないと考えられるから,賠償対象を取得時差額に限るべきものとする立論には根拠がないというべきであろう。

同条が無過失責任とされているからといって,そこで対象とされる虚偽記載という行為の違法性が視野に入れて捉えようとする保護対象をここでの法的枠組みから放擲する理由はなく,違法性の根拠によって広がりを計った上記1(3)に示した損害賠償の範囲をことさらに限定すべき要素を見出すことはできない。

同項が損害賠償額につき金商法19条1項の規定の例により算出した額(取得価額から処分価額を差し引いた残額等)を上限とするとの仕組みをとることもこの理解を裏書きする。
また,金商法21条の2が制定されるについては,平成16年の改正前の証券取引法において,有価証券届出書に虚偽記載等がされた場合につき,発行市場における株式取得者に対しては会社が無過失責任による損害賠償をすべきことが規定され(18条),流通市場における株式取得者に対しても発行者の役員らが無過失による損害賠償責任を負うことが規定されていた(24条の4,22条)にもかかわらず,流通市場における株式取得者に対する会社の責任については,特別の措置がとられておらず,一般の不法行為による規律に委ねられていた状況が問題視されてきたことから,上記法改正において,上記の規定にならった規定が広く流通市場における株主の損害を念頭に置いた規定として挿入されたという経緯があり,この改正が実施されたにもかかわらず,流通市場で取得した株式につき虚偽記載を理由とする損害賠償を不法行為によって会社に求めることができる立場にある者に過失の証明の負担を負わせずに同等の損害賠償を求める道を認めず,一部をあえて閉ざしたままにしておいたとは,到底思えない。

(2)ア もっとも,金商法21条の2第2項,4項及び5項の規定だけを取り出し,これらを一体的にみるならば,同条2項は,そこで損害額とされるところが虚偽記載等によって生じたという,いわゆる損害範囲における因果関係を立証する負担を取り除く趣旨であることは明らかであり,かつ,上記「取得時差額」の理念的な額を近似値としてとらえたところを内容としていると解し得ないわけではないから,これを賠償額たるべき取得時差額の原型を定めたものとし,同条4項及び5項は,これを取得時差額へと純化させるためにこれと無関係な要素による損失額を特定して削り込んでいくための規定であるとみることもできる。
この見方をとると,同条1項の規定により請求することができる損害の範囲を上記のように虚偽記載等と相当因果関係のある損害全部であると解するとしても,請求者が2項の規定の適用を主張する場合には,4項,5項の規定で修正を受けた2項による取得時差額としての額を損害額とすることができるにすぎないと解することになる。
このように解すると,1項の規定を根拠として取得時差額を超える損害額を請求することができる株式取得者が,損害額につき2項の規定の適用を主張したとたんに,取得時差額を超える損害額については1項の規定による無過失責任による賠償を請求することすら許されず,その部分は民法不法行為による損害賠償にたちかえって請求を構成せざるを得なくなるという不利益を被ることとなるが,それは2項の規定により与えられる利益を選択したことの帰結であるといい得るから,不合理であるとも言い難い。

イ しかし,他方,法文構成の上から見ると,同条2項は,同条1項本文を受けて,そこにおける「虚偽記載等により生じた損害の額」の定型化された選択肢として規定されており,虚偽記載が示す情報に依拠して株式を取得した者を含めて,虚偽記載のある有価証券報告書の示す情報下にある市場で株式を取得した者らが,その損害賠償請求をするに当たって,上記因果関係の証明を断念し,同条2項による損害額を「虚偽記載等により生じた損害の額」とすることを認めないものであるとは解し得ず,その場合には,そこで損害額の算定において定型化されている額も,あくまで「虚偽記載等により生じた損害」という性格づけから外れたものではなく,同条2項を受けた同条4項及び5項における「当該書類の虚偽記載等によつて生ずべき当該有価証券の値下り以外の事情により生じた」損害というのも,同条1項との関係という枠組みから外れたものとすることはできないから,このような形式面からみると,これを「虚偽記載等により生じた損害以外の損害」と解することに分があるように思われる。

ウ いずれの立場にもそれなりの合理性があり,明らかな決め手に欠けることを隠しようもないが,アのような工夫のある仕組みをとったのであれば,立法時にその趣旨が明らかにされるものであろうと考えられるにもかかわらず,そのようなことをうかがわせる根拠を見出せないこと,多数意見のような解釈による解決がアによる解決より有利である点は,取得時差額を超える損害額について請求をする投資者が,一定の限度で,相当因果関係の立証責任が逆転された形で賠償責任の追及をすることが認められるようになることにすぎないのに対して,アによる解決の下では,この部分の請求については上記のように無過失責任を追及する利益を失うことになって,請求者にはかなりのハンディを課すことになるから,これにより同条2項の規定を設けたにもかかわらず利用されないおそれが強まることなどを考慮し,結論としては,多数意見のような解釈が相当なのではないかと考えるのである。

(3) なお,金商法21条の2の規定による会社の責任は,発行市場における虚偽記載による会社の責任のように会社が資金調達という利益を得たという場合についてのものではなく,しかも無過失責任とされていることを考慮すると,投資者に対する賠償範囲を上記で論じたようなところまで広げるのは行き過ぎではないかという議論には傾聴に値するところがある。

しかし,これは解釈論の域を超えた議論と評すべきものであろう。

■ 岡部反対意見
判示5についての裁判官岡部喜代子の反対意見は,次のとおりである。
私は,多数意見中,判示5(金商法21条の2第5項にいう「虚偽記載等によつて生ずべき当該有価証券の値下り」について)以外の点については賛同するが,判示5に関して,これと考え方を異にするので以下述べる。

1 金商法21条の2が,民法709条の特則としてその立証責任の緩和等を図った規定であると解する点については多数意見と同様である。

そこで,まず,民法709条の定める要件に沿って検討する。

本件における有価証券報告書の虚偽記載は,経常利益を実際の利益より多額に記載したというものである。

このような場合に,流通市場において株式を取得した株主が,その虚偽記載によりどのような利益を侵害されたかということを検討してみると,それは正当な交換価値で株式を取得する法的に保護された利益であるということができる。

そして,実際の利益が公表されていれば会社資産の持分である株式の価値はいわゆる想定価額(A)であるところ,より多額の利益が記載されたためにA よりも高額の市場価額(B)が形成され,株主はその価額で株式を購入したのであるから,上記流通市場において取得した株主の利益が害される。

それによる損害は,差額説により,B−A=C という差額(取得時差額といわれるもの)となる。

その額の立証が困難であるために金商法はこれを推定する規定を設けている(同法21条の2第2項)。

そして,流通市場における株主の損害額は上記差額で確定しているのである(以下,便宜上「高値取得損害」という。)。

この高値取得損害は株主の直接損害である。
株式の取得自体が流通市場における株主の直接損害である場合を否定するものではないが,流通市場で想定価額の価値ある株式を取得した場合でも,なお株式の取得自体が損害となる特別の事情を主張立証する必要がある(以下,便宜上「取得自体損害」という。)。

2 次に,本件においては,虚偽記載が公表されたことによって株価が下落して株主が損害を被っている。

この場合,株主はいかなる利益を侵害されているのであろうか。

上記株主の損害は,株価下落によるものであり,その下落は,検察官による本件虚偽記載の公表及びその後の報道,東京証券取引所による開示注意銘柄指定,監理ポスト割当決定,Bの代表取締役解任,逮捕等々,本件虚偽記載が判明したことによる一連の事態によって株式の売り注文が殺到する一方,買い手が付かなくなり市場における通常の売買が成り立たなかったために生じたものである。

そして,このような事態は,本件虚偽記載によって生じたものではあるので,本件虚偽記載と株価が下落したことによる損害との間に因果関係はあるのである。

しかし,上記株主の損害がどのような法的に保護された利益の侵害によって生じたのであるかを考えてみるならば,それは,虚偽記載によって会社の信用が失われたことによって惹き起こされた損害であることがわかる。
すなわち,本件虚偽記載によって会社の信用という法的に保護された利益が侵害され,それによって売りが殺到して買い手が付かずに株価が下落したのである。

直接に利益を侵害されたのは会社であって株主ではない。

とはいえ,その利益侵害によって株主にも損害が生じているのであるから,株主は間接的に損害を被っているものということができる(以下,会社の信用毀損による株主の間接損害を便宜上「株価下落損害」という。)。この損害は株主であることによって全株主が被る損害である。

株価下落損害の賠償請求権は,利益虚偽記載という高値取得損害を生じさせた事実と同一の事実によって生じたものではあっても,被侵害利益が異なるのであって,高値取得損害の賠償を求める権利とは異なるのである。

株価下落損害は流通市場において虚偽記載を知らずに株式を購入した株主のみならず全株主が被っている。

株主が株主であることによって被るこのような損害の賠償を会社に求めることはできない。
少なくとも会社法はこれを認める制度を採用しておらず,株主代表訴訟によって会社財産の充実を図るべきであるという考え方に立っている。

株主は会社の構成員であり,その資産を実質的に有している者であることからすれば,会社財産の増減,会社の信用の上昇,毀損に伴って株価が高下することは当然のことである。
また,株主は債権者に対して有限責任を負うものであって,上記解釈によって会社財産が株主に流れて会社債権者を害する結果を防ぐことが可能となり,結果としても妥当である。
仮に会社が破綻して何らかの配当の手続を行わなければならない事態に立ち至った場合を想定すれば,株価下落損害の賠償請求を株主に認めることの問題性はより明確となる。

3 以上の民法709条に関する解釈は金商法21条の2についても妥当する。
金商法は,発行市場と流通市場を分けてその損害賠償の要件と効果に関して民法の特別規定を定めている。

すなわち,金商法21条の2による流通市場における会社の責任の成立要件は,ア 有価証券報告書等の公衆縦覧期間中に有価証券を取得した者であること,イ 同法25条1項各号に掲げる書類のうち重要な事項について虚偽記載等があること,ウ 取得者が虚偽記載等を知らなかったこと,エ 取得者が上記虚偽記載等によって損害を被ったことである。
このうちウは立証責任が転換され,エについては同法21条の2第2項により損害額の推定規定が設けられ,また,故意過失の立証が求められないという点で,民法709条に比べて要件が緩和されている。

以上の金商法の規定からすると,同法21条の2は,発行市場,流通市場の区別を持たない株価下落損害の賠償請求権については触れていないと解すべきである。
立法としては株価下落損害のうち虚偽記載等によるものについては会社の責任を認めるという立場もあり得たであろうが,同条による賠償請求の要件は,上述したとおり,虚偽記載等を知らずに,有価証券報告書等の公衆縦覧期間中に有価証券を取得した者とされていることからしても,同条は,高値取得損害の賠償を前提とした規定であって,同条2項は原則として高値取得損害を推定する規定と解すべきである。

したがって,同項によって推定される損害額に高値取得損害以外のものが含まれている場合には,同条4項又は5項によって控除されなければならない(なお,同条は,その文言上,取得自体損害の賠償についてもその適用を排除していないので,株主は,株式の取得自体が損害となる特別の事情を立証した上,同条2項の推定規定を用いて算出される金額が取得自体損害に当たるとして,その賠償を請求することも許されるものと解されるが,その場合には,同条4項又は5項により,取得自体損害以外の損害が控除されることになる。)。

しかし,間接損害である株価下落損害の賠償については適用することはできない。
虚偽記載等を知らずに株式を取得した者のみに民法709条の原則を超えて株価下落損害までの賠償請求を認める条文上の根拠もなく,その趣旨もうかがえないからである。

このように金商法21条の2の規定の適用範囲を原則として高値取得損害に限る解釈は,沿革に忠実であるとともに上記民法709条の解釈にも適合している。

そして,結果の妥当性も備えていることは,民法709条について述べたところと同様である。

4 ところで,私は最高裁平成21年(受)第1177号同23年9月13日第三小法廷判決・民集65巻6号2511頁(いわゆる西武鉄道事件)において,株主が流通市場において株式を取得した者であるにもかかわらず取得自体が損害であるとの考え方に立っているので,この点について補足して述べておきたい。

西武鉄道事件は,金商法21条の2の規定が設けられる前の事案であって,その損害賠償請求は民法709条に基づくものである。

私は,民法709条によって会社に賠償を求めることができるのは,流通市場で有価証券を取得した場合においては,上記のとおり原則として高値取得損害に限られると解するものである。

ただ,西武鉄道事件における虚偽記載の内容は,本件と異なり,株式の大口保有者に関するものであって,虚偽記載がなければ当該株式が上場廃止とされるべきものであった(本件における上場廃止は,虚偽記載が判明したことによる措置であって,いわば西武鉄道事件と現象としては逆である。)。

西武鉄道事件の原告らには,虚偽記載がなければ株式を取得することはなかったという特別の事情が存在した。

西武鉄道事件の原告らは取得自体損害という直接損害を被ったのである。

これによる株主の損害は差額説により通常は取得価額そのものとなる。

しかし,経済情勢,市場動向,当該会社の業績等,株主が本来負担すべき,虚偽記載と無関係な要因に基づく株価の下落分は会社には請求できない筋合いであるから,相当因果関係のない損害としてこれを差し引くとしたものであって,上述してきたところの考え方と矛盾するものではない。

西武鉄道事件は間接損害としての株価下落損害を認めたものではない。

利益を粉飾したという虚偽記載による株主の直接の損害が高値取得損害となり,大口株主記載をしなかったという虚偽記載による株主の直接の損害が取得価額となるのは,虚偽記載の内容,すなわち,不法行為に該当する事実が異なることから導かれる結果である。
したがって,西武鉄道事件と本件とは事案を異にするのであって,その結論を異にすることに矛盾はない。

5 以上のとおりであるから,金商法21条の2によって認められる損害を虚偽記載と相当因果関係のあるすべての損害とし,本件各事情による株価下落分を損害として認め,E社の完全子会社化をめぐる報道による下落分のみ相当因果関係が認められないとして推定損害額から1割を差し引いた金額を損害額としてその賠償請求を認容した原審判断は相当ではない。

したがって,原判決中,上告人敗訴部分を破棄し,推定損害額から控除すべき本件各事情による下落分(株価下落損害)がどの程度であったかについて改めて審理を尽くさせるために,本件を原審に差し戻すべきである。

(裁判長裁判官 大谷剛彦 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫 裁判官
岡部喜代子 裁判官 寺田逸郎)