最判平成24年2月8日 トラックのハブ輪切り破損事故とトラック製造会社の品質保証業務担当者の過失
最判平成24年2月8日 トラックのハブ輪切り破損事故とトラック製造会社の品質保証業務担当者の過失
事件番号
平成21(あ)359
事件名
業務上過失致死傷被告事件
裁判年月日
平成24年02月08日
法廷名
最高裁判所第三小法廷
裁判種別
決定
結果
棄却
判例集等巻・号・頁
刑集 第66巻4号200頁
原審裁判所名
東京高等裁判所
原審事件番号
平成20(う)432
原審裁判年月日
平成21年02月02日
判示事項
1 トラックのハブが走行中に輪切り破損したために前輪タイヤ等が脱落し,歩行者らを死傷させた事故について,同トラックの製造会社で品質保証業務を担当していた者において,同種ハブを装備した車両につきリコール等の改善措置の実施のために必要な措置を採るべき業務上の注意義務があったとされた事例
2 トラックのハブが走行中に輪切り破損したために前輪タイヤ等が脱落し,歩行者らを死傷させた事故と,同種ハブを装備した車両につきリコール等の改善措置の実施のために必要な措置を採るべき業務上の注意義務に違反した行為との間に因果関係があるとされた事例
裁判要旨
1 トラックのハブが走行中に輪切り破損したために前輪タイヤ等が脱落し,歩行者らに衝突して死傷させた事故について,以前の類似事故事案を処理する時点で,ハブの強度不足のおそれが客観的に認められる状況にあり,そのおそれの強さや,予測される事故の重大性,多発性に加え,同トラックの製造会社が事故関係の情報を一手に把握していたなどの本件事実関係(判文参照)の下では,その時点で同社の品質保証部門の部長又はグループ長の地位にあり品質保証業務を担当していた者には,同種ハブを装備した車両につきリコール等の改善措置の実施のために必要な措置を採り,強度不足に起因するハブの輪切り破損事故が更に発生することを防止すべき業務上の注意義務があった。
2 トラックのハブが走行中に輪切り破損したために前輪タイヤ等が脱落し,歩行者らに衝突して死傷させた事故について,同種ハブを装備した車両につきハブの強度不足のおそれ等からリコール等の改善措置の実施のために必要な措置を採るべき業務上の注意義務があり,同義務を尽くすことによって同事故の回避可能性を肯定し得る場合において,同事故がハブの強度不足に起因するとは認められないのであれば,同事故と上記義務違反との間の因果関係を認めることはできないが,同事故がハブの強度不足に起因して生じたものと認められる判示の事情の下においては,上記義務違反に基づく危険が現実化したものとして,同事故と上記義務違反との間に因果関係がある。
(1,2につき反対意見がある。)
参照法条
(1,2につき)刑法(平成13年法律第138号による改正前のもの)211条前段
判旨
主 文
本件各上告を棄却する。
理 由
第1 上告趣意に対する判断
被告人Xの弁護人金森仁及び同山田学並びに被告人Yの弁護人大森一志の上告趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
第2 職権判断
所論に鑑み,被告人両名に対する業務上過失致死傷罪の成否について,職権で判断する。
1 原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によると,本件の事実関係は次のとおりである。
(1) 被告人両名の地位,職責
三菱自動車工業株式会社(以下「三菱自工」という。)の品質保証部門は,同社内で,市場品質の対応処置に関する事項等を担当する部署であり,その具体的職務内容は,販売会社等から寄せられる所定の様式の連絡文書に記載された自社製の乗用車やトラック,バスに関する品質情報を解析した上,その不具合部位及び不具合内容等により「重要度区分」や「処理区分」等を定めて担当部門に伝達し,対策又は改善を指示するほか,不具合情報の重要度に応じて,リコール等の改善に係る措置を行うべき場合に該当するか否かの判断を行うクレーム対策会議やリコール検討会(以下,併せて「関係会議」という。)を開催し,そのとりまとめ結果をリコール等の実施の要否の最終決定権者に報告するというものであった。被告人Xは,後記(4)の中国JRバス事故当時,品質保証部門の部長の地位にあり,三菱自工が製造した自動車の品質保証業務を統括する業務に従事し,同社製自動車の構造,装置又は性能が道路運送車両法上要求される技術基準である「道路運送車両の保安基準」に適合しないおそれがあるなど安全性に関わる重要な不具合が生じた場合には関係会議を主宰するなど,品質保証部門の責任者であった。被告人Yは,中国JRバス事故当時,三菱自工の品質保証部門のバスのボデー・シャシーを担当するグループ長の地位にあり,被告人Xを補佐し,品質保証業務に従事していた。
(2) 三菱自工におけるハブの開発経緯
フロントホイールハブ(以下「ハブ」という。)は,トラック・バス等の大型車両の共用部品であり,前輪のタイヤホイール等と車軸とを結合するための部品であって,道路運送車両法41条2号にいう走行装置に該当し,同条に規定する運輸省令が定める技術基準である道路運送車両の保安基準9条1項により,「堅ろうで,安全な運行を確保できるものでなければならない。」とされていた。ハブは,自動車会社関係者や運輸事業関係者等の間では,車両使用者が当該車両を廃車にするまで破損しないという意味で,「一生もの」と呼び習わされてきており,破損することが基本的に想定されていない重要保安部品であって,車検等の点検対象項目にはされていなかった。三菱自工では,ハブは,トラック・バスの共用部品として設計,開発,製造されていて,後記(5)の本件瀬谷事故当時においては,開発された年代順にA,B,C,D,D’,E,Fの通称を付された7種類のものがあり,いずれのハブについても,フランジ部(鍔部)に亀裂が入り,これが進展して輪切り状に破損した場合(以下「輪切り破損」という。)には,前輪タイヤがタイヤホイールやブレーキドラムごと脱落する構造になっていた。三菱自工の平成2年6月施行の社内規定には,ハブ一般につき強度耐久性の評価試験方法として実走行実働応力試験が定められていたが,同規定の施行前に開発されたAハブからCハブだけでなく,同規定の施行後に開発されたDハブについても,開発当時にこの実走行実働応力試験が実施されておらず,その強度は,客観的データに基づいて確かめられてはいなかった。
(3) ハブの輪切り破損事故の発生とその処理状況
平成4年6月21日,高知山秀急送有限会社が使用していた三菱自工製のトラックの左前輪のハブ(Bハブ)が走行中に輪切り破損し,左前輪タイヤがタイヤホイール,ブレーキドラムごと脱落するという事故(以下「山秀事故」という。)が発生した。当時,品質保証部門においてトラックのシャシーを担当するグループ長であった被告人Yが同事故を担当し,その処理についての重要度区分を最重要のS1(安全特別情報)と分類した。三菱自工では,かねてから,リコール等の正式な改善措置を回避するなどの目的で,品質保証部門の判断により,品質情報を運輸省による検査等の際に開示する「オープン情報」と秘匿する「秘匿情報」とに分け,二重管理する取扱いをしていたが,被告人Yは,山秀事故に関する事故情報を秘匿情報の扱いとした。この事故については,その後クレーム対策会議が開催され,並行してハブの強度に関する調査も行われたが,事故後1年が経過するに至り,ハブの輪切り破損の原因について結論を出さないまま同会議が終了となり,事後処理の過程で,事故車両の使用者に対する説明が求められたため,ハブの輪切り破損の原因はハブの摩耗にあり,摩耗の原因は使用者側の整備不良等にあるとする設計開発部門が唱えた一つの仮説(以下「摩耗原因説」という。)に従って社内処理がされ,リコール等の改善措置は実施されなかった。その後も,後記(4)の中国JRバス事故に至るまでの間に,三菱自工製のトラックのハブの輪切り破損事故が14件発生した。そのうちの7件は,平成5年3月頃から三菱自工製のトラック等に装備され始めたDハブに関するものであった。これら後続事故の中には,事故後に当該ハブが廃却されているためにその摩耗量が確認できないものや,平成6年6月21日に発生した2件目のハブの輪切り破損事故事案(金八運送有限会社が使用していた三菱自工製のトラックの右前輪のハブ(Aハブ)が走行中に輪切り破損したもの。以下「金八事故」という。)のように,報告されているハブの摩耗量が「0.05〜0.10㎜」にすぎない事例もあったにもかかわらず,いずれの事故についても関係会議の開催やハブの強度に関する調査が行われないまま従前どおり摩耗原因説に従った社内処理がされ,リコール等の改善措置は実施されず,事故関連の情報も秘匿情報として取り扱われた。
(4) 中国JRバス事故の発生(16件目のハブの輪切り破損事故)とその処理状況
平成11年6月27日,広島県内の高速道路上を乗客を乗せて走行していた中国ジェイアールバス株式会社の三菱自工製バスに装備された右前輪のハブ(Dハブ)が走行中に輪切り破損して,右前輪タイヤがタイヤホイール及びブレーキドラムごと脱落し,車体が大きく右に傾き,車体の一部が路面と接触したまま,何とか運転手が制御してバスを停止させたという事故(以下「中国JRバス事故」という。)が発生した。三菱自工は,同月28日頃,同事故につき,リコール等の改善措置の勧告等に関する権限を有する当時の運輸省の担当官から事故原因の調査・報告を求められた。被告人Yは,中国JRバス事故を担当し,事故情報を秘匿情報とした上,重要度区分を最重要のS1と分類し,グループ長らによる会議を開催して対応を検討するなどした。被告人Yは,過去に山秀事故及び金八事故を自ら担当し,その詳細を承知していたほか,三菱自工製トラックにつき,その後もハブの輪切り破損事故が続発していたことについても,同会議の際に報告を受け,認識していた。しかし,同被告人は,中国JRバス事故も発生原因につき突き詰めた調査を行わずに摩耗原因説に従った処理をすることとし,関係会議の開催などの進言を被告人Xに対して行うなどはせず,さらに,同年9月中旬頃,他に同種不具合の発生はなく多発性はないので処置は不要と判断するなどという内容を盛り込んだ運輸省担当官宛ての報告書を作成し,被告人Xに対する説明を行った上で同被告人の了解を得て同担当官に提出し,以後も,Dハブを装備した車両についてリコール等の改善措置を実施するための措置を何ら講じなかった。被告人Xは,中国JRバス事故が発生した直後,被告人Yから同事故の概要の報告を受けるとともに,過去にも三菱自工製トラックのハブの輪切り破損事故が発生していたことなどを告げられた。しかし,被告人Xは,被告人Yらから更に具体的な報告を徴したり,具体的な指示を出したりすることはせず,被告人Yからの説明を受けた上で上記運輸省担当官宛ての報告書についてもそのまま提出することを了承するなどし,Dハブを装備した車両についてリコール等の改善措置を実施するための措置を何ら講ずることはなかった。(5) 本件瀬谷事故(40件目のハブの輪切り破損事故)の発生状況平成14年1月10日午後3時45分頃,横浜市瀬谷区内の片側2車線の道路の第2車線を時速約50㎞で走行中の三菱自工製大型トラクタの左前輪に装備されていたハブ(Dハブ)が輪切り破損し,左前輪がタイヤホイール及びブレーキドラムごと脱落し,脱落した左前輪が,左前方の歩道上にいた当時29歳の女性に背後から激突し,同女を路上に転倒させ,頭蓋底骨折等により死亡させるとともに,一緒にいた児童2名もその衝撃で路上に転倒させ,各全治約7日間の傷害を負わせるという事故(以下「本件瀬谷事故」という。)が発生した。なお,中国JRバス事故後,本件瀬谷事故に至るまでの間にも,三菱自工製のトラック又はバスのハブの輪切り破損事故が続発しており,本件瀬谷事故は,山秀事故から数えて40件目,Dハブに関するものとしては19件目の輪切り破損事故であった。
■ 原審の判断
2 原判決は,以上の事実関係を前提に,中国JRバス事故事案の処理の時点でDハブの強度不足を疑うに足りる客観的状況にあったことが優に認定できるとした上で,被告人両名においても,その時点で,リコール等の改善措置をすることなくDハブを装備した車両の運行を放置すれば,輪切り破損事故が発生して人身被害が生じるかも知れないことは十分に予測し得たとして予見可能性を認め,また,その時点でDハブの強度不足の疑いによりリコールをしておけば,Dハブの輪切り破損による本件瀬谷事故は確実に発生していなかったのであって,本件瀬谷事故の原因が摩耗による輪切り破損であると仮定しても事故発生を防止できたとして結果回避可能性を認め,被告人両名にその注意義務を課することは何ら過度の要求ではないとして結果回避義務を認め,因果関係も肯定し,被告人両名の過失責任を認めた第1 審判決を是認した。
■ 最高裁の判断
3 これに対し,所論は,①中国JRバス事故事案の処理当時,被告人両名がDハブの強度不足を疑うことは不可能であり,予見可能性は認められない,②被告人両名の実際の権限等に照らすと,被告人両名には,Dハブをリコールすべきであるという業務上過失致死傷罪上の義務が課されていたとはいえない,③本件瀬谷事故車両の使用状況等に照らすと,DハブをリコールしてFハブを装備したところで本件瀬谷事故を回避できたとはいえないし,三菱自工製のハブに強度不足があることまでの立証がされておらず,本件瀬谷事故を発生させた事故車両のハブの輪切り破損原因も解明されていない以上,被告人両名の不作為と本件瀬谷事故結果との間の因果関係も存在しない旨主張する。
(1) そこで,まず,所論①の予見可能性の点についてみると,前記1(2)のとおり,三菱自工製ハブの開発に当たり客観的なデータに基づき強度が確かめられていなかったこと,ハブは破損することが基本的に想定されていない重要保安部品であって,走行中にハブが輪切り破損するという事故が発生すること自体が想定外のことであるところ,前記1(3)(4)のとおり,そのような事故が,山秀事故以降,中国JRバス事故事案の処理の時点で,同事故も含めると7年余りの間に実に16件(うち,Dハブについては8件)という少なくない件数発生していたこと,三菱自工の社内では,中国JRバス事故よりも前の事故の情報を人身事故の発生につながるおそれがある重要情報と分類しつつ,当時の運輸省に知られないように秘匿情報の扱いとし続けていたことが認められ,これらの事情に照らすと,中国JRバス事故事案の処理の時点において,同社製ハブの強度不足のおそれが客観的に認められる状況にあったことは明らかである。
そして,被告人Yは,品質保証部門のグループ長として,中国JRバス事故事案を直接担当し,同事故の内容等を詳しく承知し,過去にも山秀事故及び金八事故という2件のハブの輪切り破損事故を担当し,その後も同様の事故が続発していたことの報告を受けていたのであるから,中国JRバス事故事案の処理の時点で,上記事情から,三菱自工製のハブに強度不足のおそれがあることを十分認識していたと認められるし,中国JRバス事故を含む過去のハブ輪切り破損事故の事故態様の危険性等も踏まえれば,リコール等の改善措置を講じることなく強度不足のおそれがあるDハブを装備した車両の運行を放置すればDハブの輪切り破損により人身事故を発生させることがあることを容易に予測し得たといえる。
被告人Xも,品質保証部門の部長として,中国JRバス事故事案の処理の時点で,被告人Yから報告を受けて,同事故の内容のほか,過去にも同種の輪切り破損事故が相当数発生していたことを認識していたと認められる。
被告人Xとしては,その経歴及び立場からみて,中国JRバス事故事案の処理の時点で,同事故の態様の危険性等に照らし,リコール等の改善措置を講じることなく強度不足のおそれがあるDハブを装備した車両の運行を放置すれば,その後にDハブの輪切り破損により人身事故を発生させることがあることは十分予測し得たと認められる。
所論は,中国JRバス事故については,輪切り破損したDハブに最大1.46㎜という異常摩耗が認められ,それが原因であると判断されていたから,中国JRバス事故事案の処理の時点で,被告人両名においてDハブの強度不足を疑うことは不可能であったという。
しかし,当時既にハブの輪切り破損事故が続発するなどしていたことは上記のとおりであって,中国JRバス事故車両について所論の程度の異常摩耗が認められたからといって,当時,Dハブに強度不足のおそれが客観的に認められず,あるいは,被告人両名がこれを認識し得なかったとの結論になるものではない。
なお,三菱自工社内では,本件瀬谷事故までの間,ハブの輪切り破損事故の処理に当たって,ハブの輪切り破損の原因は摩耗にあり,摩耗の原因は使用者側の整備不良等にあるとする摩耗原因説を採用し続けていたが,この摩耗原因説は,前記1(3)のとおり,もともと1件目の輪切り破損事故である山秀事故事案の処理の過程で,1年間にわたる調査にもかかわらず輪切り破損の原因が明らかにならず,事故車両の使用者に対する説明が求められたことから,設計開発部門が提唱した一つの仮説にすぎない。
内容面でも,摩耗の原因としては種々のものが考えられるにもかかわらず,整備不良や過酷な使用条件といった使用者側の責めに帰すべき問題のみを取り上げて摩耗の原因とみなしている点は,根拠に乏しいものであったといえる。
また,ハブの摩耗量が「0.05〜0.10㎜」と報告されている金八事故のように,ハブの摩耗量が激しくない場合でも輪切り破損が生じた例もあったと認められる。
これらの点を踏まえると,摩耗原因説は,Dハブの輪切り破損の原因が専ら整備不良等の使用者側の問題にあったといえるほどに合理性,説得性がある見解とはいえず,これをもってDハブの強度不足のおそれを否定するものとはいえない。
記録中には,Dハブの設計強度が社団法人自動車技術会の設計基準を満たしているとする検証結果もあるが,中国JRバス事故事案の処理の時点で,Dハブについても同事故を含めると既に8件の輪切り破損事故が発生していたこと等に照らすと,そのような検証結果があることから直ちにDハブの強度不足のおそれが否定されることになるものでもない。
(2) 次に,所論②の結果回避義務の点についてみると,中国JRバス事故事案の処理の時点における三菱自工製ハブの強度不足のおそれの強さや,予測される事故の重大性,多発性に加え,その当時,三菱自工が,同社製のハブの輪切り破損事故の情報を秘匿情報として取り扱い,事故関係の情報を一手に把握していたことをも踏まえると,三菱自工でリコール等の改善措置に関する業務を担当する者においては,リコール制度に関する道路運送車両法の関係規定に照らし,Dハブを装備した車両につきリコール等の改善措置の実施のために必要な措置を採ることが要請されていたにとどまらず,刑事法上も,そのような措置を採り,強度不足に起因するDハブの輪切り破損事故の更なる発生を防止すべき注意義務があったと解される。
そして,被告人Yについては,その地位や職責,権限等に照らし,関係部門に徹底した原因調査を行わせ,三菱自工製ハブに強度不足のおそれが残る以上は,被告人Xにその旨報告して,関係会議を開催するなどしてリコール等の改善措置を執り行う手続を進めるよう進言し,また,運輸省担当官の求めに対しては,調査の結果を正確に報告するよう取り計らうなどして,リコール等の改善措置の実施のために必要な措置を採り,強度不足に起因するDハブの輪切り破損事故が更に発生することを防止すべき業務上の注意義務があったといえる。
また,被告人Xについても,その地位や職責,権限等に照らし,被告人Yから更に具体的な報告を徴するなどして,三菱自工製ハブに強度不足のおそれがあることを把握して,同被告人らに対し,徹底した原因調査を行わせるべく指示し,同社製ハブに強度不足のおそれが残る以上は,関係会議を開催するなどしてリコール等の改善措置を実施するための社内手続を進める一方,運輸省担当官の求めに対しては,調査の結果を正確に報告するなどして,リコール等の改善措置の実施のために必要な措置を採り,強度不足に起因するDハブの輪切り破損事故が更に発生することを防止すべき業務上の注意義務があったというべきである。
所論は,当時の三菱自工内における品質保証部門と設計開発部門との力関係やリコール制度の実態等からすれば,被告人両名がDハブにつきリコール等の改善措置の実施のために必要な措置を採ることはできなかったというが,被告人両名の地位,権限や,中国JRバス事故当時,三菱自工が自社製品につきリコール等の改善措置を実施した例が少なからずあったことなどに照らすと,被告人両名において,上記義務を履行することができなかったとは到底いえない。
(3) その上で,所論③の結果回避可能性,因果関係の点について検討すると,原判決は,「一般に強度不足がDハブ輪切り破損事故の原因であると断定するだけの客観的なデータがなく,さらに,本件瀬谷事故の原因がDハブの強度不足であると断定できるだけの証拠もない」という証拠評価を前提に,三菱自工のDハブには強度不足の欠陥が存在していたと十分推認できるとした第1審判決の事実認定を「原判決の手法によるDハブ強度不足原因論は,その目的に照らしていささか過大な認定である」とする一方,「Dハブの強度不足の疑いによりリコールをしておけば,Dハブの輪切り破損による本件瀬谷事故は確実に発生していなかったのであり,本件瀬谷事故の原因が摩耗による輪切り破損であると仮定しても,事故発生を防止できたのであるから,リコールしなかったことの過失を認めることができる」として結果回避可能性を肯定し,被告人両名の過失を認めている。
そして,「本件瀬谷事故は,リコール等の改善措置を講じることなく,強度不足の疑いのあるDハブを放置したことにより発生した輪切り破損の事故であって,放置しなければ事故は防止できたといえるのであるから,仮に摩耗が認められ,これに関連する車両の利用状況があったとしても,それは問題とはならないし,因果関係に影響を与えるともいえない」などとして,Dハブに強度不足のおそれがあると認めただけで,本件瀬谷事故がDハブの強度不足に起因するものであるかどうかまでは明らかにしないまま,被告人両名の過失と本件瀬谷事故との間の因果関係をも肯定し,本件瀬谷事故の結果を被告人両名に帰責できるとしている。
確かに,原判決が指摘するとおり,Dハブの対策品として開発されたFハブは,Dハブの強度を増大したものであって,Fハブによる輪切り破損事故の発生が,Fハブが装備された平成8年6月以降平成18年10月までに1件生じているのみであることからすれば,中国JRバス事故事案の処理の時点において,被告人両名が上記注意義務を尽くすことによってDハブにつきリコールを実施するなどの改善措置が講じられ,Fハブが装備されるなどしていれば,本件瀬谷事故車両につき,ハブの輪切り破損事故それ自体を防ぐことができたか,あるいは,輪切り破損事故が起こったとしても,その時期は本件瀬谷事故とは異なるものになったといえ,結果回避可能性自体は肯定し得る。
しかし,被告人両名に課される注意義務は,前記のとおり,あくまで強度不足に起因するDハブの輪切り破損事故が更に発生することを防止すべき業務上の注意義務である。
Dハブに強度不足があったとはいえず,本件瀬谷事故がDハブの強度不足に起因するとは認められないというのであれば,本件瀬谷事故は,被告人両名の上記義務違反に基づく危険が現実化したものとはいえないから,被告人両名の上記義務違反と本件瀬谷事故との間の因果関係を認めることはできない。
そうすると,この点に関する原判決の説示は相当でない。
もっとも,1,2審判決及び記録によれば,本件では,中国JRバス事故事案の処理の時点で存在した前記1(2)(3)(4)の事情に加え,①重要保安部品として破損することが基本的に想定されていない部品であるハブが,本件瀬谷事故も含めると10年弱の間に40件(Dハブに限れば,6年弱の間に19件)も輪切り破損しており,その中にはハブの摩耗の程度が激しいとはいえない事故事例も含まれていたこと,②本件瀬谷事故後に行われたDハブの強度に関する実走行実働応力試験においては,半径15mの定常円を時速25㎞で走行した場合に平均値で633.2㎫,ほぼ直角の交差点を旋回したときには平均値で720.5㎫と,Dハブの疲労限応力である432㎫を大きく超過した応力が測定されており,これは強度不足の欠陥があることを推認させる実験結果といえること,③三菱自工のトラック・バス部門が分社化した三菱ふそうトラック・バス株式会社は,平成16年3月24日,一連のハブ輪切り破損事故の内容やその検証結果を踏まえ,Dハブ等を装備した車両につき強度不足を理由として国土交通大臣にリコールを届け出ているが,そのリコール届出書には,「不具合状態にあると認める構造,装置又は性能の状況及び原因」欄に「フロントハブの強度が不足しているため,旋回頻度の高い走行を繰り返した場合などに,ハブのフランジ部の付け根付近に亀裂が発生するものがある。
また,整備状況,積載条件などの要因が重なると,この亀裂の発生が早まる可能性がある。
このため,そのままの状態で使用を続けると亀裂が進行し,最悪の場合,当該部分が破断して車輪が脱落するおそれがある。
」と記載し,Dハブに強度不足があったことを自認していたことが認められる。
また,一連のハブ輪切り破損事故の処理に当たって三菱自工社内で採用され続けた摩耗原因説も,Dハブの輪切り破損の原因が専ら整備不良等の使用者側の問題にあったといえるほどに合理性,説得性がある見解とはいえないことは前記3(1)のとおりである。
他方,本件瀬谷事故車両についてみても,本件瀬谷事故車両の整備,使用等の状況につき,締付けトルクの管理の欠如や過積載など適切とはいえない問題があったことは否定し難いが,車両の製造者がその設計,製造をするに当たり通常想定すべき市場の実態として考えられる程度を超えた異常,悪質な整備,使用等の状況があったとまではいえないとする第1審判決の認定は,記録によっても是認できるものである。
これらの事情を総合すれば,Dハブには,設計又は製作の過程で強度不足の欠陥があったと認定でき,本件瀬谷事故も,本件事故車両の使用者側の問題のみによって発生したものではなく,Dハブの強度不足に起因して生じたものと認めることができる。
そうすると,本件瀬谷事故は,Dハブを装備した車両についてリコール等の改善措置の実施のために必要な措置を採らなかった被告人両名の上記義務違反に基づく危険が現実化したものといえるから,両者の間に因果関係を認めることができる。
(4) 以上のとおり,三菱自工製ハブの開発に当たり客観的な強度が確かめられていなかったことや,ハブの輪切り破損事故が続発していたこと,他の現実的な原因も考え難いことなどから,中国JRバス事故事案の処理の時点で,Dハブには強度不足があり,かつ,その強度不足により本件瀬谷事故のような人身事故が生ずるおそれがあったのであり,そのおそれを予見することは被告人両名にとって十分可能であったと認められる。
予測される事故の重大性,多発性,三菱自工が事故関係の情報を一手に把握していたことなども考慮すれば,同社の品質保証部門の部長又は担当グループ長の地位にあり品質保証業務を担当していた被告人両名には,その時点において,Dハブを装備した車両につきリコール等の改善措置の実施のために必要な措置を採り,強度不足に起因するDハブの輪切り破損事故が更に発生することを防止すべき業務上の注意義務があったというべきである。
これを怠り,Dハブを装備した車両につき上記措置を何ら行わずにその運行を漫然放置した被告人両名には上記業務上の注意義務に違反した過失があり,その結果,Dハブの強度不足に起因して本件瀬谷事故を生じさせたと認められるから,被告人両名につき業務上過失致死傷罪が成立する。
同罪の成立を認めた原判断は,結論において正当である。
4 よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官田原睦夫の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。