最判昭和44年2月27日 法人格の否認

最判昭和44年2月27日 法人格の否認

事件番号
 昭和43(オ)877
事件名
 建物明渡請求
裁判年月日
 昭和44年02月27日
法廷名
最高裁判所第一小法廷
裁判種別
 判決
結果
 棄却
判例集等巻・号・頁
民集 第23巻2号511頁
原審裁判所名
東京高等裁判所
原審事件番号
 昭和43(ネ)193
原審裁判年月日
 昭和43年06月03日
判示事項
 一、法人格否認の法理
二、実質が個人企業と認められる株式会社における取引の効果の帰属
裁判要旨
 一、社団法人において、法人格がまつたくの形骸にすぎない場合またはそれが法律の適用を回避するために濫用される場合には、その法人格を否認することができる。
二、株式会社の実質がまつたく個人企業と認められる場合には、これと取引をした相手方は、会社名義でされた取引についても、これを背後にある実体たる個人の行為と認めて、その責任を追求することができ、また、個人名義でされた取引についても、商法五〇四条によらないで、直ちにこれを会社の行為と認めることができる。
参照法条
民法33条,商法52条,商法504条


判旨
         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告人の上告理由について。

 およそ社団法人において法人とその構成員たる社員とが法律上別個の人格であることはいうまでもなく、このことは社員が一人である場合でも同様である。


しかし、およそ法人格の付与は社会的に存在する団体についてその価値を評価してなされる立法政策によるものであつて、これを権利主体として表現せしめるに値すると認めるときに、法的技術に基づいて行なわれるものなのである。


従つて、法人格が全くの形骸にすぎない場合、またはそれが法律の適用を回避するために濫用されるが如き場合においては、法人格を認めることは、法人格なるものの本来の目的に照らして許すべからざるものというべきであり、法人格を否認すべきことが要請される場合を生じるのである。そして、この点に関し、株式会社については、特に次の場合が考慮されなければならないのである。

 思うに、株式会社は準則主義によつて容易に設立され得、かつ、いわゆる一人会社すら可能であるため、株式会社形態がいわば単なる藁人形に過ぎず、会社即個人であり、個人則会社であつて、その実質が全く個人企業と認められるが如き場合を生じるのであつて、このような場合、これと取引する相手方としては、その取引がはたして会社としてなされたか、または個人としてなされたか判然しないことすら多く、相手方の保護を必要とするのである。ここにおいて次のことが認められる。


すなわち、このような場合、会社という法的形態の背後に存在する実体たる個人に迫る必要を生じるときは、会社名義でなされた取引であつても、相手方は会社という法人格を否認して恰も法人格のないと同様、その取引をば背後者たる個人の行為であると認めて、その責任を追求することを得、そして、また、個人名義でなされた行為であつても、相手方は敢て商法五〇四条を俟つまでもなく、直ちにその行為を会社の行為であると認め得るのである。けだし、このように解しなければ、個人が株式会社形態を利用することによつて、いわれなく相手方の利益が害される虞があるからである。

 今、本件についてみるに、原審(その引用する第一審判決を含む)の認定するところによれば、被上告人は、その所有する本件店舖を、昭和三六年二月二〇日契約書の文言によれば上告会社を賃借人とし、これに対し賃料一ケ月一万円にて賃貸したところ、上告会社は本来Aが同人の経営した「D屋」についての税金の軽減を図る目的のため設立した株式会社で、A自らがその代表取締役となつたのであり、会社とはいうものの、その実質は全くAの個人企業に外ならないものであつて、被上告人としても、「D屋」のAに右店舖を賃貸したと考えていたこと、被上告人が右店舖を自己の用に供する必要上、昭和四一年二月二〇日その店舖の明渡を請求したときも、Aが同年八月一九日までに必ず明渡す旨の個人名義の書面を被上告人に差し入れたこと、しかるに、その明渡がされないので、被上告人はAを被告として右店舖明渡の訴訟を提起し、昭和四二年三月四日当事者間にAは昭和四三年一月末日限りその明渡をなすべき旨の裁判上の和解が成立したというのである。


しかして、今、右事実を前示説示したところに照らして考えると、上告会社は株式会社形態を採るにせよ、その実体は背後に存するA個人に外ならないのであるから、被上告人はA個人に対して右店舖の賃料を請求し得、また、その明渡請求の訴訟を提起し得るのであつて(もつとも、訴訟法上の既判力については別個の考察を要し、Aが店舖を明渡すべき旨の判決を受けたとしても、その判決の効力は上告会社には及ばない)、被上告人とAとの間に成立した前示裁判上の和解は、A個人名義にてなされたにせよ、その行為は上告会社の行為と解し得るのである。しからば、上告会社は、右認定の昭和四三年一月末日限り、右店舖を被上告人に明渡すべきものというべきである。しかして、上告人の違憲の主張は、単なる法令違反の主張に過ぎず、原判決には何等所論の違法はなく、論旨はいずれも採用に値しない。

 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎