平成24年 重要判例要旨(公法系)

憲法
最判平成24年2月16日
市が連合町内会に対し市有地を無償で神社施設の敷地としての利用に供している行為の違憲性を解消するための手段として,氏子集団による上記神社施設の一部の移設や撤去等と併せて市が上記市有地の一部を上記氏子集団の氏子総代長に適正な賃料で賃貸することが,憲法89条,20条1項後段に違反しないとされた事例

要旨
市が連合町内会に対し市有地を無償で神社施設の敷地としての利用に供している行為が憲法89条,20条1項後段に違反する場合において,市が,上記神社施設の撤去及び上記市有地の明渡しの請求の方法を採らずに,氏子集団による上記神社施設の一部の移設や撤去等と併せて上記市有地の一部を上記氏子集団の氏子総代長に適正な賃料で賃貸することは,上記氏子集団が当該賃貸部分において上記神社施設の一部を維持し,年に数回程度の祭事等を今後も継続して行うことになるとしても,次の(1)〜(3)など判示の事情の下では,上記の違憲性を解消するための手段として合理的かつ現実的であって,憲法89条,20条1項後段に違反しない。
(1)ア 上記賃貸がされると,上記氏子集団が利用する市有地の部分が大幅に縮小され,当該賃貸部分の範囲を外見的にも明確にする措置により利用の範囲が事実上拡大することも防止される上,上記神社施設の一部の移設や撤去等の措置により上記市有地の他の部分からは上記神社施設に関連する物件や表示は除去されることとなる。
イ 上記氏子集団が上記アの移設や撤去等の後に国道に面している当該賃貸部分において祭事等を行う場合に,上記市有地の他の部分を使用する必要はない。
ウ 上記神社施設の前身は上記市有地が公有となる前からその上に存在しており,上記市有地が公有となったのも,小学校敷地の拡張に協力した用地提供者に報いるという目的によるものであった。
(2) 上記神社施設が全て直ちに撤去されると,上記氏子集団がこれを利用してごく平穏な態様で行ってきた祭事等の継続が著しく困難になるのに対し,上記賃貸がされると,上記氏子集団は当該賃貸部分において従前と同様の祭事等を行うことが可能となる。
(3) 上記賃貸の実施は市議会の議決を要するものではなく,上記賃貸の方針は上記氏子集団や連合町内会の意見聴取を経てその了解を得た上で策定されたものであり,賃料の額も年3万円余であって,その支払が将来滞る蓋然性があるとは考え難い。


行政法

大阪地裁判 平成24年6月28日
行政手続法14条1項本文の定める理由提示の要件を欠いた違法な処分であるとして一般貸切旅客自動車運送事業許可取消処分が取り消された事例

最判
平成24年4月23日
住民訴訟の対象とされている普通地方公共団体の損害賠償請求権を放棄する旨の議会の議決の適法性及び当該放棄の有効性に関する判断基準

要旨
1 住民訴訟の対象とされている普通地方公共団体の損害賠償請求権を放棄する旨の議会の議決がされた場合において,当該請求権の発生原因である公金の支出等の財務会計行為等の性質,内容,原因,経緯及び影響(その違法事由の性格や当該職員の帰責性等を含む。),当該議決の趣旨及び経緯,当該請求権の放棄又は行使の影響,住民訴訟の係属の有無及び経緯,事後の状況その他の諸般の事情を総合考慮して,これを放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする地方自治法の趣旨等に照らして不合理であってその裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められるときは,その議決は違法となり,当該放棄は無効となる。
2 市の合併前の町による土地の購入の代金が過大でありその売買が違法であるとして提起された住民訴訟の係属中に,その請求に係る当時の町長に対する市の損害賠償請求権を放棄する旨の市議会の議決がされた場合において,次の(1)〜(6)など判示の事情の下で,放棄に係る裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無を判断するに当たって考慮されるべき諸般の事情のうち,上記代金額の適正価格のほか上記住民訴訟の経緯や当該議案の提案理由書の記載の一部等について考慮しただけで,上記町長の帰責性の程度を判断するに足りる事情を十分に認定,考慮していないなど,上記売買契約締結行為の性質,内容,原因,経緯及び影響,当該議決の趣旨及び経緯,当該請求権の放棄又は行使の影響など考慮されるべき事情について十分に審理を尽くすことなく,直ちに当該議決が違法であるとした原審の判断には,違法がある。

(1) 町においては,上記土地を浄水場用地として取得する必要性があったものであり,用地取得の予定時期を数年過ぎても他に適当な候補地が見当たらない中で,水道事業の管理者としての町長は,用地取得の早急な実現に向けて努力すべき立場にあり,売買の交渉の期間や内容等について相応の裁量も有していた。
(2) 上記土地の売主が高額な代金額を要求した根拠は町の依頼した不動産鑑定士による鑑定評価額であり,町において中立的な専門家の関与なしに限られた期間内の当事者同士の交渉によって上記売主から代金額の大幅な引下げという譲歩を確実に引き出すことができたか否かは必ずしも明らかではなく,町長と上記売主との交渉の具体的な内容や状況等の事情も原審では明らかにされていない。
(3) 町長において上記代金額と適正価格との差額から不法な利益を得て私利を図る目的があったなどの事情は証拠上うかがわれず,主張もされていない。
(4) 上記代金額は町議会の議決を得た用地購入費の予算の枠内のもので,上記売買により浄水場用地が確保され浄水施設の設置等の早期実現が図られることによって,町ないし市及びその住民全体に相応の利益が及んでおり,町長が上記売買により不法な利益を得たなどの事情は証拠上うかがわれず,主張もされていない。
(5) 市議会における当該議案の提案理由書やこれに賛成した議員らの発言の中で,浄水場の建設は緊急を要しており浄水場用地として上記土地を取得する必要性は高く地元住民の要望も強かった等の指摘もされており,町長の賠償責任を不当な目的で免れさせたことをうかがわせる事情は原審では明らかにされていない。
(6) 浄水場用地の取得という公益的な政策目的に沿って町の執行機関が本来の責務として行う職務の遂行の過程における行為に関し,上記請求権の行使により執行機関の個人責任として直ちに1億数千万円の賠償責任の徴求がされた場合,長期的な観点からはこのような職務の遂行に萎縮的な影響を及ぼすなどのおそれもある。

最判平成24年4月20日
1 市がその職員を派遣し又は退職の上在籍させている団体に対し公益的法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律所定の手続によらずに上記職員の給与相当額の補助金又は委託料を支出したことにつき,市長に過失があるとはいえないとされた事例
2 普通地方公共団体が条例により債権の放棄をする場合におけるその長による放棄の意思表示の要否
3 住民訴訟の対象とされている普通地方公共団体の不当利得返還請求権を放棄する旨の議会の議決の適法性及び当該放棄の有効性に関する判断基準
4 住民訴訟の係属中にされたその請求に係る市の不当利得返還請求権を放棄する旨の条例の制定に係る市議会の議決が適法であり,当該放棄が有効であるとされた事例

要旨
1 市がその職員を派遣し又は退職の上在籍させている団体に対し公益的法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律所定の手続によらずに上記職員の給与相当額の補助金又は委託料を支出したことにつき,次の(1)〜(4)など判示の事情の下では,市長に過失があるとはいえない。
(1) 同法は,地方公共団体が上記団体に支出した補助金等が上記職員の給与に充てられることを禁止する旨の明文の規定は置いていない。
(2) 同法の制定の際の国会審議において,地方公共団体が営利法人に支出した補助金が当該法人に派遣された職員の給与に充てられることの許否は公益上の必要性等に係る当該地方公共団体の判断による旨の自治政務次官の答弁がされていた。
(3) 同法の制定後,総務省の担当者も,上記団体における上記職員の給与に充てる補助金の支出の適否は同法の適用関係とは別途に判断される旨を上記市や他の地方公共団体の職員に対して説明していた。
(4) 法人等に派遣された職員の給与に充てる補助金の支出の適法性に関し,同法の施行前に支出された事例については裁判例の判断が分かれており,同法の施行後に支出がされた事例については同法と上記支出の関係について直接判断した裁判例はいまだ現れていなかった。
2 普通地方公共団体が条例により債権の放棄をする場合には,その長による公布を経た当該条例の施行により放棄の効力が生じ,その長による別途の意思表示を要しない。
3 住民訴訟の対象とされている普通地方公共団体の不当利得返還請求権を放棄する旨の議会の議決がされた場合において,当該請求権の発生原因である公金の支出等の財務会計行為等の性質,内容,原因,経緯及び影響(その違法事由の性格や当該支出等を受けた者の帰責性等を含む。),当該議決の趣旨及び経緯,当該請求権の放棄又は行使の影響,住民訴訟の係属の有無及び経緯,事後の状況その他の諸般の事情を総合考慮して,これを放棄することが普通地方公共団体の民主的かつ実効的な行政運営の確保を旨とする地方自治法の趣旨等に照らして不合理であってその裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると認められるときは,その議決は違法となり,当該放棄は無効となる。
4 市がその職員を派遣し又は退職の上在籍させている団体に対し公益的法人等への一般職の地方公務員の派遣等に関する法律所定の手続によらずに上記職員の給与相当額の補助金又は委託料を支出したことが違法であるとして提起された住民訴訟の係属中に,その請求に係る市の当該各団体に対する不当利得返還請求権を放棄する旨の条例が制定された場合において,次の(1)〜(5)など判示の事情の下では,その制定に係る市議会の議決はその裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとはいえず適法であり,当該放棄は有効である。
(1) 当該請求権の発生原因である補助金又は委託料の支出に係る違法事由は,当該各団体における上記職員の給与等に充てる公金の支出の適否に関する同法の解釈に係るものであり,当該各団体においてその支出の当時これが同法の規定又はその趣旨に違反するものであるとの認識に容易に至ることができる状況にはなかった。
(2) 当該各団体には,不法な利得を図るなどの目的はなく,補助金又は委託料の支出という給与等の支給方法の選択に自ら関与したなどの事情もうかがわれない。
(3) 当該各団体の活動を通じて医療,福祉,文化,産業振興,防災対策,住宅供給,都市環境整備,高齢者失業対策等の各種サービスの提供という形で住民に相応の利益が還元されており,当該各団体が不法な利益を得たものということはできない。
(4) 上記条例全体の趣旨は,上記住民訴訟における第1審判決の判断を尊重し,同法の趣旨に沿った透明性の高い給与の支給方法を採択したものといえ,上記条例に係る議会での審議の過程では,上記補助金及び委託料の返還を直ちに余儀なくされることによって当該各団体の財政運営に支障が生ずる事態を回避すべき要請も考慮した議論がされている上,上記補助金及び委託料に係る不当利得返還請求権の放棄によって市の財政に及ぶ影響は限定的なものにとどまる。
(5) 上記住民訴訟を契機に,市から法人等に派遣される職員への給与の支給に関する条例の改正が行われ,以後,市がその職員を派遣し又は退職の上在籍させている団体において市の補助金又は委託料を上記職員の給与等に充てることがなくなるという是正措置が既に採られている。

最判平成24年4月20日
1 普通地方公共団体がその議会の議決により債権の放棄をする場合におけるその長による放棄の意思表示の要否
2 住民訴訟の係属中にされたその請求に係る市の損害賠償請求権を放棄する旨の市議会の議決が適法であるとした原審の判断に違法があるとされた事例
要旨
1 普通地方公共団体がその議会の議決により債権を放棄する場合には,条例による場合を除き,放棄の効力が生ずるにはその長による執行行為としての放棄の意思表示を要する。
2 市の非常勤職員への退職慰労金の支給が違法であるとして提起された住民訴訟の係属中に,その請求に係る市長及び担当職員に対する市の損害賠償請求権を放棄する旨の市議会の議決がされた場合において,放棄に係る裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無を判断するに当たって考慮されるべき諸般の事情のうち,当該議決の存在について認定判断するのみで,上記支給に係る違法事由の有無及び性格や市長及び担当職員の故意又は過失等の帰責性の有無及び程度を始め,上記支給の性質,内容,原因,経緯及び影響,当該議決の趣旨及び経緯,当該請求権の放棄又は行使の影響,上記住民訴訟の経緯,事後の状況などの事情について審理することなく,直ちに当該議決が適法であるとした原審の判断には,違法がある。

東京地裁判平成24年3月22日
原告が,三鷹市情報公開条例(本件条例)に基づき,バーリントンハウス吉祥寺(本件建物)の耐震性調査に関する資料の公開請求をしたところ,処分行政庁から非公開決定(本件決定)を受けたため,その取消しを求めた事案で,本件情報が本件条例所定の非公開情報に該当し,その全部を非公開とすることができるか否か,本件決定に理由付記の違法があるか否か,が争点とされた。裁判所は,非公開決定の通知書に付記すべき理由は,単に非公開の根拠規定を示すだけでは不十分であるが,本件決定に係る通知書は,理由付記の要件を欠いた違法な処分であり,本件決定は取り消しを免れないとした上で,本件情報が非公開情報に該当するか否かについては,部分開示の可否を含めて慎重に検討すべきであるとした事例


大阪地方裁判平成24年2月29日
場外車券発売施設の設置許可処分の取消しを求める訴えにつき,近隣に医療施設を設置する原告らの原告適格を認めた上で,当該設置許可処分は適法であるとして,原告らの請求をいずれも棄却した事例



最判平成24年2月9日
1 処分の差止めの訴えについて行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる場合
2 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に係る職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めを求める訴えについて行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められた事例
3 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に係る職務命令に基づく義務の不存在の確認を求める訴えについていわゆる無名抗告訴訟としては不適法であるとされた事例
4 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱時の起立斉唱等に係る職務命令に基づく義務の不存在の確認を求める訴えについて公法上の法律関係に関する確認の訴えとして確認の利益があるとされた事例

要旨
1 処分の差止めの訴えについて行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるためには,処分がされることにより生ずるおそれのある損害が,処分がされた後に取消訴訟又は無効確認訴訟を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく,処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要する。
2 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること又はピアノ伴奏をすることを命ずる旨の校長の職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めを求める訴えについて,次の(1),(2)など判示の事情の下では,行政事件訴訟法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる。
(1) 当該地方公共団体では,教育委員会が各校長に対し上記職務命令の発出の必要性を基礎付ける事項等を示達した通達を踏まえ,多数の公立高等学校等の教職員が,毎年度2回以上の各式典に際し,上記職務命令を受けている。
(2) 上記職務命令に従わない教職員については,過去の懲戒処分の対象と同様の非違行為を再び行った場合には処分を加重するという方針の下に,おおむね,その違反が1回目は戒告,2,3回目は減給,4回目以降は停職という処分量定に従い,懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされる危険がある。
3 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること又はピアノ伴奏をすることを命ずる旨の校長の職務命令に基づく義務の不存在の確認を求める訴えは,上記職務命令の違反を理由としてされる蓋然性のある懲戒処分の差止めの訴えを法定の類型の抗告訴訟として適法に提起することができ,その本案において当該義務の存否が判断の対象となるという事情の下では,上記懲戒処分の予防を目的とするいわゆる無名抗告訴訟としては,他に適当な争訟方法があるものとして,不適法である。
4 公立高等学校等の教職員が卒業式等の式典における国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること又はピアノ伴奏をすることを命ずる旨の校長の職務命令に基づく義務の不存在の確認を求める訴えは,次の(1),(2)など判示の事情の下では,上記職務命令の違反を理由とする行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする公法上の法律関係に関する確認の訴えとして,確認の利益がある。
(1) 当該地方公共団体では,教育委員会が各校長に対し上記職務命令の発出の必要性を基礎付ける事項等を示達した通達を踏まえ,多数の公立高等学校等の教職員が,毎年度2回以上の各式典に際し,上記職務命令を受けている。
(2) 上記職務命令に従わない教職員については,その違反及びその累積が懲戒処分の処分事由及び加重事由との評価を受けることに伴い,勤務成績の評価を通じた昇給等に係る不利益という行政処分以外の処遇上の不利益が反復継続的かつ累積加重的に発生し拡大する危険がある。


東京高裁判平成24年1月18日
刑事手続で実刑判決を受けた控訴人(1審原告)が,柔道整復師法8条1項に基づき,柔道整復師の免許を取り消す旨の処分(本件処分)を受けたことから,本件処分の取消しを求めた事案で,原審は,請求を棄却した。控訴審は,控訴人の主張する①手続き上の瑕疵については,柔道整復師法8条1項に基づく処分について,その処分基準が策定・公表されていないこと自体は,本件処分に瑕疵をもたらさず,②裁量権の範囲の逸脱の有無については,本件詐欺事件の犯行態様からすれば,本件処分が社会通念上著しく妥当を欠き,裁量権の範囲を逸脱するものとはいえないとして,控訴を棄却した事例


最判成24年1月16日
1 公立の高等学校又は養護学校の教職員が卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること又は国歌のピアノ伴奏を行うことを命ずる旨の校長の職務命令に従わなかったことを理由とする戒告処分が,裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとして違法であるとはいえないとされた事例
2 公立養護学校の教職員が卒業式において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱することを命ずる旨の校長の職務命令に従わなかったことを理由とする減給処分が,裁量権の範囲を超えるものとして違法であるとされた事例

要旨
1 公立の高等学校又は養護学校の教職員が,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱すること又は国歌のピアノ伴奏を行うことを命ずる旨の校長の職務命令に従わず起立しなかったこと又は伴奏を拒否したことを理由に,教育委員会から戒告処分を受けた場合において,上記不起立又は伴奏拒否が当該教職員の歴史観ないし世界観等に起因するもので,積極的な妨害等の作為ではなく,物理的に式次第の遂行を妨げるものではなく,当該式典の進行に具体的にどの程度の支障や混乱をもたらしたかの客観的な評価が困難なものであったとしても,次の(1)〜(3)など判示の事情の下では,上記戒告処分は,同種の行為による懲戒処分等の処分歴の有無等にかかわらず,裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとして違法であるとはいえない。
(1) 上記職務命令は,学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿って,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえ,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに式典の円滑な進行を図るものであった。
(2) 上記不起立又は伴奏拒否は,当該式典における教職員による職務命令違反として,式典の秩序や雰囲気を一定程度損なう作用をもたらし,式典に参列する生徒への影響も伴うものであった。
(3) 戒告処分に伴う当該教職員に係る条例及び規則による給与上の不利益は,勤勉手当の1支給期間(半年間)の10%にとどまるものであった。
2 公立養護学校の教職員が,卒業式において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱することを命ずる旨の校長の職務命令に従わず起立しなかったことを理由に,教育委員会から,過去の懲戒処分の対象と同様の非違行為を再び行った場合には処分を加重するという方針の下に減給処分を受けた場合において,上記職務命令が生徒等への配慮を含め教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに式典の円滑な進行を図るものであり,上記不起立が当該式典における教職員による職務命令違反として式典の秩序や雰囲気を一定程度損なう作用をもたらし式典に参列する生徒への影響も伴うものであったとしても,次の(1)〜(3)など判示の事情の下では,上記減給処分は,減給の期間の長短及び割合の多寡にかかわらず,裁量権の範囲を超えるものとして違法である。
(1) 上記不起立は,当該教職員の歴史観ないし世界観等に起因するもので,積極的な妨害等の作為ではなく,物理的に式次第の遂行を妨げるものではなく,当該式典の進行に具体的にどの程度の支障や混乱をもたらしたかの客観的な評価が困難なものであった。
(2) 処分の加重の理由とされた過去の懲戒処分の対象は,入学式の際の服装等に関する校長の職務命令に違反した行為であって,積極的に式典の進行を妨害する行為ではなく,当該1回のみに限られており,上記不起立の前後における態度において特に処分の加重を根拠付けるべき事情もうかがわれない。
(3) 上記方針の下に,上記教育委員会の通達を踏まえて毎年度2回以上の卒業式や入学式等の式典のたびに不起立又はこれと同様の行為を理由とする懲戒処分が累積して加重されると短期間で反復継続的に不利益が拡大していくこととなる状況にあった。
3 公立養護学校の教員が,同校の記念式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱することを命ずる旨の校長の職務命令に従わず起立しなかったことを理由に,教育委員会から,過去の懲戒処分の対象と同様の非違行為を再び行った場合には処分を加重するという方針の下に停職処分を受けた場合において,上記職務命令が生徒等への配慮を含め教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに式典の円滑な進行を図るものであり,上記不起立が当該式典における教員による職務命令違反として式典の秩序や雰囲気を一定程度損なう作用をもたらし式典に参列する生徒への影響も伴うものであったとしても,次の(1)〜(3)など判示の事情の下では,上記停職処分は,停職期間の長短にかかわらず,裁量権の範囲を超えるものとして違法である。
(1) 上記不起立は,当該教員の歴史観ないし世界観等に起因するもので,積極的な妨害等の作為ではなく,物理的に式次第の遂行を妨げるものではなく,当該式典の進行に具体的にどの程度の支障や混乱をもたらしたかの客観的な評価が困難なものであった。
(2) 処分の加重の理由とされた過去の懲戒処分の対象は,いずれも上記と同様の不起立であって,積極的に式典の進行を妨害する内容の非違行為は含まれておらず,いまだ過去2年度の3回の卒業式等に係るものにとどまり,今回の不起立の前後における態度において特に処分の加重を根拠付けるべき事情もうかがわれない。
(3) 上記方針の下に,上記教育委員会の通達を踏まえて毎年度2回以上の卒業式や入学式等の式典のたびに不起立を理由とする懲戒処分が累積して加重されると短期間で反復継続的に不利益が拡大していくこととなる状況にあった。
4 公立中学校の教員が,卒業式において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して斉唱することを命ずる旨の校長の職務命令に従わず起立しなかったことを理由に,教育委員会から,過去の懲戒処分の対象と同様の非違行為を再び行った場合には処分を加重するという方針の下に3月の停職処分を受けた場合において,上記不起立が当該教員の歴史観ないし世界観等に起因するもので,積極的な妨害等の作為ではなく,物理的に式次第の遂行を妨げるものではなく,当該式典の進行に具体的にどの程度の支障や混乱をもたらしたかの客観的な評価が困難なものであったとしても,次の(1)〜(3)など判示の事情の下では,上記停職処分は,裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとして違法であるとはいえない。
(1) 上記職務命令は,学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿って,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえ,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに式典の円滑な進行を図るものであった。
(2) 上記不起立は,当該式典における教員による職務命令違反として,式典の秩序や雰囲気を一定程度損なう作用をもたらし,式典に参列する生徒への影響も伴うものであった。
(3) 処分の加重の理由とされた過去の懲戒処分等は,卒業式における校長による国旗の掲揚の妨害と引き降ろしなど積極的に式典や研修の進行を妨害する行為に係る処分2回及び不起立に係る処分2回を含む懲戒処分5回,国旗や国歌に係る対応につき校長を批判する内容の文書の生徒への配布等に係る文書訓告2回であった。