最判平成20年1月28日 銀行の取締役の善管注意義務

最判平成20年1月28日 銀行の取締役の善管注意義務

銀行の取締役には、銀行であるがゆえに一般事業会社の取締役とは別個のレベルの善管注意義務が課されることを明らかにした判例のひとつ

事件番号
 平成17(受)1440
事件名
 損害賠償請求事件
裁判年月日
 平成20年01月28日
法廷名
最高裁判所第二小法廷
裁判種別
 判決
結果
 破棄自判
判例集等巻・号・頁
 集民 第227号105頁
原審裁判所名
札幌高等裁判所
原審事件番号
 平成15(ネ)92
原審裁判年月日
 平成17年03月25日
判示事項
 1 銀行が,第三者割当増資を計画する企業から新株引受先として予定された当該企業の関連会社に対する引受代金相当額の融資を求められ,これを実行した場合において,融資を決定した取締役らに忠実義務,善管注意義務違反があるとされた事例
2 銀行が,積極的な融資の対象であったが大幅な債務超過となって破たんに直面した企業に対し,同企業を数か月延命させる目的で追加融資を実行した場合において,追加融資を決定した取締役らに忠実義務,善管注意義務違反があるとされた事例
裁判要旨
 1 A銀行が,第三者割当増資を計画するB社から,発行する新株の相当部分を引き受ける予定のB社の関連会社に対する引受代金相当額の融資を求められ,これを実行した場合において,次の(1)〜(4)など判示の事情の下では,A銀行の取締役らが上記求めに応じて融資を決定したことは,当該融資が,A銀行が当時採用していた企業育成路線の一環としてされたものであったとしても,A銀行の取締役としての忠実義務,善管注意義務に違反する。
 (1) 当該融資は,引受予定のB社の新株を担保とし,弁済期に当該株式を売却した代金で融資金の返済を受けることを予定したもので,保証人となるB社代表者の資産も大部分はB社の株式であり,債権の回収は専らB社の業績及び株価の動向のみに依存するものであった。
 (2) 当該融資の額は200億円近い巨額のものであった。
 (3) 新株発行後のB社の発行済株式総数に占める担保株式の割合等に照らし,融資先が弁済期に担保株式を一斉に売却すれば株価が暴落するおそれがあることは容易に推測できた。
 (4) A銀行が以前に行った調査において,B社につき,財務内容が極めて不透明であり,借入金が過大で財務内容は良好とはいえないとの報告がされていた。
2 A銀行が,新興企業育成路線に基づく積極的な融資の対象であったが大幅な債務超過となり破たんに直面するに至ったB社に対し,もはやB社の存続が不可能であるとの認識を前提に,B社がA銀行から資金の融資を受けて継続中の大規模なリゾート開発事業が完成する予定の数か月後までB社を延命させる目的でそれに必要な資金409億円の追加融資を実行した場合において,次の(1)〜(3)など判示の事情の下では,A銀行の取締役らが追加融資を決定したことは,A銀行の取締役としての忠実義務,善管注意義務に違反する。
 (1) 追加融資に際し新たに担保を設定した不動産等の担保価値は到底追加融資相当額に見合うものではなく,追加融資の大部分は当初から回収の見込みがなかった。
 (2) 上記事業は,完成したとしてもその採算性が疑わしく,中長期的にも,上記事業を独立して継続させることにより追加融資に見合う額の債権回収が期待できたということはできない。
 (3) B社を数か月間延命させたとしても,それにより関連企業の連鎖倒産を避けられたとも,B社に多額の資金を融資していた信用組合が破たんしてA銀行に支援要請が来る事態を回避できたとも考え難い。
参照法条
 商法(平成17年法律第87号による改正前のもの)254条3項,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの)254条ノ3,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの)266条1項5号,民法644条,会社法423条1項


判旨

主文
1 原判決中,被上告人らに関する上告人敗訴部分を破棄する。
2 前項の部分につき,被上告人らの控訴をいずれも棄却する。
3 第1項の部分に関する控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。

理由
上告代理人菊池史憲ほかの上告受理申立て理由について

1 本件は,預金保険法附則7条1項所定の整理回収業務を行う上告人が,経営破たんしたA銀行(以下「A銀行」という。)の取締役であった被上告人らに対し,A銀行のB社に対する融資の際に被上告人らに忠実義務,善管注意義務違反があったと主張して,商法(平成17年法律第87号による改正前のもの。以下同じ。)266条1項5号に基づく損害賠償の一部請求をする事案である。

2 原審が適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 当事者等
被上告人Y は,平成元年4月から1 同6年6月までA銀行の代表取締役頭取の地位にあった。被上告人Y2は,昭和63年4月にA銀行の代表取締役副頭取に就任し,以後は東京に駐在して本州地区の統括業務を担当していたが,平成2年6月に取締役を退任した。被上告人Y3は,同元年4月から同5年6月までA銀行の代表取締役副頭取の地位にあった。被上告人Y4は,同元年4月にA銀行の常務取締役に就任し,同6年6月から同9年11月まで代表取締役頭取の地位にあった。


A銀行は,平成9年11月に経営が破たんし,同10年11月11日,株式会社整理回収銀行に対し,A銀行の役職員に対する損害賠償請求権等を含む資産を売り渡した。A銀行は,同年12月,内容証明郵便をもって,同債権譲渡の事実を被上告人らに通知した。



上告人は,その前身である株式会社住宅金融債権管理機構が,平成11年4月1日に株式会社整理回収銀行を吸収合併し,その商号を株式会社整理回収機構(現商号)に改めた会社である。


(2) 融資に至る経緯

アC社(昭和63年9月にB社に商号変更した。以下,商号変更前のC社を含めて「B社」という。)は,昭和46年にDによって設立され,同59年から不動産の賃貸,仲介,売買等を業とするようになり,B社の株式は平成元年3月に社団法人日本証券業協会に店頭売買有価証券として店頭登録され,同3年3月の時点でB社及びその関連企業(以下,併せて「Bグループ」ということがある。)は約40社に達し,同年6月の第三者割当増資後のB社の資本の額は約483億円であった。



イA銀行は,昭和60年ころから,道内における中小の成長企業を主体に経営情報サービスの提供を通して企業の成長とA銀行の利益を拡大することなどを目標に掲げ,道内の若手経営者を中心に企業育成を行うようになった。このような企業育成路線の採用は,当初は,バブル経済を背景に道内新興企業育成において成果を上げ,A銀行に一定の収益をもたらしていた。



ウB社の代表者であったDは,昭和60年ころ,A銀行の常務取締役であった被上告人Y に対し,B社の企業戦略3 として,土地の売買,建設工事の受発注,完成建物の売買等をすべてBグループ内で行った上でグループ外に売却するプロジェクト(以下「自社開発プロジェクト」という。)によって利益を上げ,リゾート開発等も行い事業を多角化することで景気変動に影響されない安定した経営ができるようにする方針であることなどを説明した上,A銀行に主力銀行となることを要請した。



A銀行の第1支店部は,上記要請を受けて,B社の業績や財務状況等について調査(以下「昭和60年調査」という。)を行ったが,その結果は,B社の代表者の手腕,実績には評価できる面もあるが,財務内容は極めて不透明で,依頼した資料の提出も拒否されており,とても主力銀行として永続的な取引関係を維持することは期待できない状況にあり,当面は従来どおり保全重視でプロジェクトごとの個別対応にすべきであるというものであった。


当時A銀行の頭取であったE及び被上告人Y3は,昭和60年5月,子会社の財務諸表を公開することなどを要請した上でA銀行がB社の主力銀行になることを了承した。



エ昭和63年にA銀行の融資部事業調査室が行ったB社の調査(以下「昭和63年調査」という。)では,売上げ及び収益は順調な伸びを示しているが,子会社との仕組み取引を含む自社開発プロジェクトによるものが相当額認められ,借入金が過大で資金繰りは多忙であり,不健全資産比重も高いなど財務内容は良好とはいえず,今後取引する場合には,プロジェクトごとに貸付金の使途を管理すること,グループ全体の業況について定期的に調査し,担保の管理を行うこと,B社に関する情報を充実させることなどに留意すべきことなどが指摘された。



オB社は,昭和63年,関連会社であるF社(平成5年3月19日にGに商号変更した。以下,商号変更前のF社を含めて「G」という。)を事業主体とし,B社が建設工事を受注する形で,総工費515億円で洞爺湖近くの山上にホテルを中核とする会員制総合リゾート施設である「Gリゾート洞爺」を建設運営する事業(以下「G事業」という。)を計画した。



カA銀行は,Gの会員権の販売が終了するまでのつなぎ資金を融資するとともに,自らも会員権の一部を販売し,関連会社であるH保証株式会社にGの預託金返還債務を保証させるなどしてG事業を支援することとした。


キ平成元年3月22日の時点におけるA銀行のB社に対する総融資残高は97億9600万円となっていた。


(3) 第1融資


アB社は,平成2年2月,東京証券取引所2部上場及びプロジェクト資金の調達を目的として,発行価額1株当たり1万5500円で350万株,総額542億5000万円の第三者割当増資を行うことを計画し,A銀行に対し,このうち109万5000株,総額169億7250万円を引き受ける予定のB社の関連企業である12社にその資金を融資するよう要請した。当時のB社の発行済株式総数は518万5000株であった。



イA銀行では,30億円を超える融資案件については,頭取,副頭取及び担当本部長により構成される投融資会議で決することとされていた。


平成2年2月13日,被上告人らが出席して投融資会議が開催され,B社の関連企業である12社に対し,上記109万5000株の引受代金及びこれに対する2年間の利息相当額として合計195億7000万円を融資することにつき審議された。


上記会議では,B社の売上げ及び経常利益は急伸しており,同社の株価は平成2年1月31日現在で2万0500円と高値であること,今後の金融環境の変化の中で不動産事業の冷え込みも予想されるが,同社は札幌市内中心部の土地を多く有しており保有土地の値下がりは考えられないこと,主力銀行としてのA銀行の指導力を保持すれば業績悪化を回避できること,代表者であるDは若手経営者のリーダー的存在であり,道内の若手経営者に対するA銀行のビジネスチャンスが拡大することなどを理由として,上記の融資(以下「第1融資」という。)を行うことが決定された。第1融資は,弁済期である3年後に引受株式の売却代金で返済される予定であり,債権の保全としては,引受株式に担保を設定するほか,Dが個人保証をすることとされていたが,同人の資産の大半はB社の株式であった。


第1融資は,平成2年2月20日から同3年8月20日までの間に順次実行された。

ウ平成2年4月から不動産関連融資に係るいわゆる総量規制が実施され,同年11月ころから国内の不動産市況が沈静化するようになった。札幌市周辺の地価は同3年中ころをピークに下落し始め,G会員権の販売も不振であったため,B社の現預金資産は,前記の第三者割当増資にもかかわらず大幅に減少していった。B社の株価は,平成2年7月に3万9000円となりピークを迎えたが,翌8月には下降に転じ,同3年1月の終値は2万2000円となった。同2年10月以降,A銀行は,第1融資の融資先に対し,前記の新株発行後に行われた無償増資による株式を売却して返済に充てるよう要請したが,Dから,大量の株式を売りに出せば株価が下落するおそれがあるとの懸念が表明され,上記株式の売却は実施されなかった。B社の株価は,同3年9月以降大きく下降し始め,同年12月の終値は9590円となった。第1融資の担保とされた引受株式は,同4年2月までは融資相当額を保持していたが,その後は株式だけでは保全不足の状態になった。



エ大量のB社株を売却することは更に株価の暴落を招きかねないため,実際上,担保権の実行による債権回収は困難となり,第1融資に係る貸付金195億7000万円のうち192億1798万3951円が未回収のままとなった。



(4) 第2融資


ア平成3年12月にA銀行に対する日銀考査が実施され,その際,A銀行のB社に対する債権の一部はS分類(現在のところ最終的な回収には疑問はないが,イ現に延滞し,又は今後延滞が見込まれるもの,ロ赤字補てん,滞貨,減産資金等資金使途に問題があるもの,ハ金利減免,棚上げ等貸出金条件に問題があるもの等,その資産価値に瑕疵を生じている貸出し)に相当する懸念があるとの指摘があった。



A銀行の役員らは,日銀考査を契機にB社への融資の不良債権化を危惧し,平成4年以降,B社に関する案件は,投融資会議の上部機関であって,経営に関する重要事項を協議し業務執行の方針を確立する意思決定機関である経営会議に付議されるようになった。



イA銀行の総合開発部は,平成4年3月の経営会議において,B社が同月期に初めて減収減益となったことを報告した上,Bグループは借入金に見合う資産を有しているなどとして,B社の同年度中の資金需要に対し,500億円を限度として融資に応じたい旨の意見を具申した。同経営会議では,Bグループ全体の財務状況を明らかにすることなどを求め,いったん貸出しについては未了承とした。


ウ 被上告人Y1及び同Y3が出席した平成4年4月3日の経営会議では,Bグループ4社の連結貸借対照表等の資料の提出を受けて,B社に対してプロジェクト資金160億円を融資することが決定され,これに基づき,同月6日から同月30日までの間に同融資が実行された。その後,A銀行は,B社に対して平成4年度中に500億円を限度に融資を行うとの方針に基づき,経営会議の決裁を経て,同年8月25日までに合計380億円をB社に融資した(以下,上記の合計540億円の融資を併せて「第2融資」という。)。



第2融資に際し,B社の所有する不動産に根抵当権が設定されたが,その時価にA銀行の評価基準による一定の掛け目を乗じた担保価格から先順位の被担保債権額を控除した価格(以下「実効担保価格」という。)は,合計164億1200万円であった。


エ第2融資については,一部が返済されたものの,540億円のうち308億9450万円が回収困難となった。


(5) 第3融資

アA銀行の頭取であった被上告人Y1は,平成4年6月,総合開発部に対し,B社の実態を洗い直すよう指示した。


総合開発部による調査の結果,平成4年9月までに,G会員権は販売が停滞してキャンセルが相次いでおり,会員権売上げ約334億円のうち約153億円をB社が流用していた事実が判明したこと,不動産市況が現状のまま推移すれば,平成6年3月期において不動産及びその他の資産についてBグループ全体で2032億円の含み損が発生し,899億円の債務超過になること,A銀行及びその関連会社からBグループに対する融資残高は同4年9月30日現在で2597億円であり,時価評価で1940億円の保全不足になっているが,この保全不足はG事業の完成に伴う担保物件の価値の増加によって417億円減少すると見込まれることなどが報告された。また,G事業については,第2次正会員権が全く売れない場合には,B社が流用資金を返還したとしても,事業の完成には更に307億円が必要となるとする一方で,第1次正会員権が完売できたと仮定した場合,第2次正会員権を販売せずに必要な事業費を全額借入れで賄ったとしても,金利逓減等の措置を用いれば10年後には単年度決算が黒字に転換するので事業化が可能であるとの報告がされたが,ホテルの稼働率やそれを前提とした将来の収益予測等について具体的な検討はされていなかった。



イ 上記の調査結果を踏まえ,被上告人Y1及び同Y3が出席した平成4年10月26日開催の経営会議で善後策が協議された。同席上で,B社はもはや存続不可能と判断される一方,A銀行はG事業に深く関与しておりこれを完成させる責任があること,同5年3月までにB社による合計約389億円の手形決済が予定されており,A銀行は道内のリーディングバンクとして企業の連鎖倒産を避ける必要があること,Bグループに総額368億円を貸し出しているI組合が破たんするおそれがあり,その場合はA銀行に支援要請が来ると考えられることなどの指摘があった。協議の結果,上記経営会議において,G事業に係るホテルが開業する予定の平成5年6月までB社の延命に最低限必要な資金を融資しながら,その間に,①B社の保有物件をA銀行の関連会社に購入させ,売却代金をA銀行に対する返済に充てさせること,②未登記の担保権について正式に担保設定登記をし,担保に入っていない物件に追加担保を設定し,海外部門の物件を売却して債権回収に充てること,③G等の自立して収益可能な企業を分離独立させることなどが提案され,これが了承された。


ウ上記の基本方針に基づき,A銀行は,平成4年11月2日から同5年3月31日にかけて,B社に合計409億円を融資した(以下「第3融資」という。)。第3融資については,G会員権の在庫や海外物件の売却代金から回収されることが予定され,新たに不動産や株式に担保が設定されたが,その実効担保価格は約110億円であった。また,同年6月までに未登記の担保権について登記手続がされたが,その実効担保価格は合計約53億円であった。



エその後,DがB社の関連会社に手形を発行させて自己の債務の弁済に充てたことが判明するなどしたため,A銀行は,平成5年10月26日開催の取締役会でB社に対する支援を打ち切ることを決定した。B社は,現在も存続しているが支払不能に陥っている。


オG事業に係るホテルは平成5年6月に開業したが,赤字経営が続き,平成4年4月から同9年3月までにA銀行からGに対して行われた融資合計額は約400億円を超えた。この間,Gはホテルの運営を第三者に委託して再建を試みたが,同年11月にA銀行が破たんして資金援助が断たれたことにより,Gも平成10年3月に破産した。Gの破産管財人は,平成12年10月,ホテルを含むリゾート施設全体を60億円で売却した。


カ第3融資については,409億円のうち374億9557万7000円が回収困難となっている。


3 第1審は,第1融資ないし第3融資につき,それぞれ関与した被上告人らに忠実義務,善管注意義務違反があったと判断して,上告人の被上告人らに対する請求をいずれも認容した。これに対し,原審は,第2融資に関する上告人の被上告人Y1及び同Y3に対する請求をいずれも認容すべきものとしたが,第1融資及び第3融資については,次のとおり判断して,これに関する上告人の被上告人らに対する請求をいずれも棄却すべきものとした。


(1) 第1融資について


第1融資は,A銀行が昭和60年ころから採用してきた企業育成路線の一環として,B社に十分な自己資金を形成させるためのものであり,同社の育成ひいてはA銀行が支援していたG事業の推進につながるものであった。昭和60年代当時においては,A銀行が選択した企業育成路線が不当であったと断じることはできないし,企業の収益性に重点を置き,当該企業の増資引受先に引受資金を融資した上,引受株式に担保を設定させて保全を図るなどの融資方法も第1融資当時の金融取引の実状として承認されていたと認められるから,第1融資がB社の新株を担保とするものであったことをとらえて第1融資が不相当であったとはいえない。また,A銀行が育成対象企業としてB社を選択し,同社の新株を担保として徴求した判断については,平成2年2月13日開催の投融資会議で提示された資料等に照らし,相当性を認めることができる。


したがって,第1融資を行うことを決定した被上告人らに銀行の取締役としての忠実義務,善管注意義務違反があったということはできない。



(2) 第3融資について


第3融資は,既に破たんに直面したB社に対する融資であるが,同社の即時の倒産を回避して,A銀行の取引先企業等を巻き込む関連倒産を防止し,北海道内の金融秩序を維持して経済的混乱を回避するとともに,A銀行が支援してきたG事業の継続を図り,A銀行の対外的信用を維持するという目的の下,そのために要する数か月間のB社の延命に最低限必要な資金を融資する目的で行われたものであり,それまでの経緯に照らせばこのような選択も必ずしも不合理とはいえない。また,A銀行にとっても,G事業の完成によって社会的責任を果たせるだけではなく,G関連融資の担保対象物件の価値が約417億円増加することが見込まれることなどのメリットもあったことに照らせば,その相当性を認めることができる。関連企業の倒産防止やG事業を継続してA銀行の信用を維持することによる利害得失は,第3融資の額を基準として単純にその回収額の多寡によって評価できるものではなく,被上告人Y1及び同Y3が第3融資を行った場合にこれを確実に回収できるかということを最重視するような審議,調査を行わなかったことをもって直ちに不当ということはできない。



したがって,第3融資を行う方針を決定した被上告人Y1及び同Y3の判断につき,銀行の取締役としての忠実義務,善管注意義務違反があったとは認められない。



4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。


(1) 第1融資について



前記認定事実によれば,第1融資は,B社の発行する新株を引き受ける予定の関連企業に対し,引受予定の新株を担保としてその引受代金を融資し,弁済期に当該株式を売却した代金で融資金の弁済を受けることを予定したもので,保証人となるDの資産も大部分はB社の株式であったから,第1融資に係る債権の回収は専らB社の業績及び株価に依存するものであったということができる。株式は不動産等と比較して価格の変動幅が大きく,景気動向や企業の業績に依存する度合いが極めて高いものであることに加えて,融資先はいずれもB社の関連企業であり,いったんB社の業績が悪化した場合には,B社の株価すなわち担保価値の下落と融資先の業績悪化とが同時に生じ,たちまち債権の回収が困難となるおそれがあるから,上記のように,銀行が融資先の関連企業の業績及び株価のみに依存する形で195億7000万円もの巨額の融資を行うことは,そのリスクの高さにかんがみ,特に慎重な検討を要するものというべきである。しかも,第1融資は,当時の発行済株式総数が518万5000株であったB社が新たに350万株を発行するに当たり,そのうち109万5000株の引受代金等として融資されるものであったから,新株発行後のB社の発行済株式総数に占める担保株式の割合等に照らし,融資先が弁済期に担保株式を一斉に売却すれば,それによって株価が暴落するおそれがあることは容易に推測できたはずであるが,その危険性及びそれを回避する方策等について検討された形跡はない。一般に,銀行が,特定の企業の財務内容,事業内容及び経営者の資質等の情報を十分把握した上で,成長の可能性があると合理的に判断される企業に対し,不動産等の確実な物的担保がなくとも積極的に融資を行ってその経営を金融面から支援することは,必ずしも一律に不合理な判断として否定されるべきものではないが,B社については,第1融資を決定する以前の昭和60年調査及び昭和63年調査において,その財務内容が極めて不透明であるとか,借入金が過大で財務内容は良好とはいえないなどの報告がされていたもので,このような調査結果に照らせば,A銀行が当時採用していた企業育成路線の対象としてB社を選択した判断自体に疑問があるといわざるを得ないし,B社を企業育成路線の対象とした場合でも,個別のプロジェクトごとに融資の可否を検討するなどその支援方法を選択する余地は十分にあったものと考えられ,あえて第1融資のようなリスクの高い融資を行ってB社を支援するとの判断に合理性があったとはいい難い。




そうすると,第1融資を行うことを決定した被上告人らの判断は,第1融資が当時A銀行が採用していた企業育成路線の一環として行われたものであったことを考慮しても,当時の状況下において,銀行の取締役に一般的に期待される水準に照らし,著しく不合理なものといわざるを得ず,被上告人らには銀行の取締役としての忠実義務,善管注意義務違反があったというべきである。したがって,被上告人らは,商法266条1項5号に基づき,第1融資によってA銀行に生じた損害を連帯して賠償すべき責任を負うところ,前記事実関係によれば,第1融資により,回収困難となっている貸付残高相当額192億1798万3951円の損害がA銀行に生じたことが明らかである。



(2) 第3融資について前記認定事実によれば,第3融資は,大幅な債務超過となって破たんに瀕したB社に対し,もはや同社の存続は不可能であるとの認識を前提に,G事業が完成する予定の平成5年6月まで同社を延命させることを目的として行われたものである。第3融資に際し,B社の所有する不動産等に新たに担保が設定されたが,その実効担保価格は約110億円にすぎず,また,同月までの間に未登記の担保権について登記手続がされたが,その実効担保価格も合計約53億円であって,これらを合わせても,第3融資の額である409億円に到底見合うものではなく,第3融資はその大部分につき当初から回収の見込みがなかったことは明らかである。




もっとも,A銀行は,既にG事業のために多額の資金を融資し,その大部分が未回収となっていたから,G事業が完成した後に独立して採算を得られる見込みが十分にあったとすれば,第3融資を実行してでもG事業を完成させ,そこから債権を回収することによって,短期的には損失を計上しても中長期的にはA銀行にとって利益になるとの判断もあながち不合理なものとはいえない。しかし,前記認定事実によれば,経営会議において第3融資を行うとの方針を決定した時点では,既にG会員権の販売不振や相次ぐキャンセルに加え,G会員権の売上金約334億円のうち約153億円をB社が流用していた事実が判明していた上,B社がその流用資金を返還したとしても,G事業の完成には更に307億円が必要となると報告されていたというのであって,これらの事実に照らせば,G事業自体の採算性について大きな疑問があり,中長期的にも,G事業を独立して継続させることにより第3融資に見合う額の債権の回収が期待できたということはできない。なお,A銀行の総合開発部の調査の結果として,G事業の完成に伴う担保物件の価値の増加により保全不足が417億円減少することが見込まれるとか,G事業について,金利逓減等の措置を用いれば10年後には単年度決算が黒字に転換するなどの報告がされているけれども,前記2(5)の経緯に照らし,そのような報告内容が十分な資料の検討に基づく合理的なものといえないことは明らかである。



また,前記認定事実によれば,被上告人Y1及び同Y3は,関連企業の連鎖倒産を避ける必要があること,Bグループに巨額の資金を貸し付けているI組合が破たんするおそれがあることなどを考慮して,B社の延命のために追加融資を行うとの方針を決めたというのである。しかし,第3融資は,B社を再建,存続させるためのものではなく,もはや同社は存続不可能との前提でその破たんの時期を数か月遅らせるためのものにすぎなかったというのであるから,第3融資を実行してB社を数か月間延命させたとしても,それにより関連企業の連鎖倒産を回避できたとも,I組合の破たん及びA銀行に対するその支援要請を回避することができたとも考え難い。したがって,関連企業の連鎖倒産のおそれやI組合の破たんによりA銀行にその支援要請が来るおそれがあったことをもって,第3融資を行うとの判断に合理性があるということはできない。



そうすると,第3融資を行うことを決定した被上告人Y1及び同Y3の判断は,当時の状況下において,銀行の取締役に一般的に期待される水準に照らし,著しく不合理なものといわざるを得ず,被上告人Y1及び同Y3には銀行の取締役としての忠実義務,善管注意義務違反があったというべきである。したがって,被上告人Y1及び同Y3は,商法266条1項5号に基づき,第3融資によってA銀行に生じた損害を連帯して賠償すべき責任を負うところ,前記事実関係によれば,第3融資により,回収困難となっている貸付残高相当額374億9557万7000円の損害がA銀行に生じたことが明らかである。



5 以上と異なる見解の下に,第1融資及び第3融資に関する上告人の被上告人らに対する請求をいずれも棄却すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中,被上告人らに関する上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,第1審判決中,第1融資及び第3融資に関する上告人の被上告人らに対する請求を認容した部分は正当であり,上記各部分についての被上告人らの控訴はいずれも棄却すべきである。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官中川了滋裁判官津野修裁判官今井功裁判官
古田佑紀)