ほっとレモン事件 知財高裁 平成25年8月28日

平成25年8月28日判決言渡
平成24年(行ケ)第10352号 商標登録取消決定取消請求事件


■ 当事者・代理人

原告 カルピス株式会社
訴訟代理人弁護士 熊 倉 禎 男
同 相 良 由 里 子
同 佐 竹 勝 一
訴訟代理人弁理士 中 山 真 理 子
同 苫 米 地 正 啓

被告 特許庁長官

指定代理人 野 口 美 代 子
同 豊 瀬 京 太 郎
同 堀 内 仁 子

■ 主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

第1 請求
特許庁が異議2011−900380号事件について平成24年9月4日にした異議の決定を取り消す。
第2 前提となる事実
特許庁における手続の経緯等
原告は,第32類「レモンを加味した清涼飲料,レモンを加味した果実飲料」を指定商品として,別紙商標目録記載1のとおりの構成からなる登録第5427470号商標(平成21年12月1日登録出願,平成23年6月27日登録査定。以下「本件商標」という。)の商標権者である。

訴外サントリーホールディングス株式会社は,平成23年10月21日,本件商標は,自他商品識別標識としての機能を果たし得ず(商標法3条1項3号),また,本件商標は,需要者が何人かの業務に係る商品であるかを認識することができない商標に該当する(同項6号)として,登録異議の申立てをした。また,訴外キリンホールディングス株式会社は,同月24日,本件商標は,自他商品識別標識としての機能を果たし得ない(同項3号)として,登録異議の申立てをした。

上記2件の登録異議の申立ては,異議2011−900380号事件として特許庁で審理され,特許庁は,平成24年9月4日,本件商標の商標登録を取り消す旨の決定をし(以下「決定」という。),その謄本は,同月13日,原告に送達された。

2 決定の概要
決定の理由は,別紙決定書写に記載のとおりである。決定は,要するに,本件商標は,商標法3条1項3号に該当し,また,本件商標について使用により自他商品識別力を獲得したものと認められないから,同条2項に該当しないとするものである。

裁判所の判断

2 商標法3条1項3号該当性についての判断(取消事由1)

(1) 本件商標の構成等
本件商標は,別紙商標目録記載1のとおり,本件文字部分を上下二段に横書きし,これを本件輪郭部分で囲んだ構成からなり,これらの文字と輪郭線とを同じ赤系色で彩色したものである。

本件文字部分のうち,片仮名「レモン」部分は,指定商品(第32類「レモンを加味した清涼飲料,レモンを加味した果実飲料」)を含む清涼飲料・果実飲料との関係では,果実の「レモン」又は「レモン果汁を入れた飲料又はレモン風味の味付けをした飲料」であることを意味し,また本件文字部分のうち,平仮名「ほっと」部分は,上記指定商品との関係では,「熱い」,「温かい」を意味すると理解するのが自然である(上記1(3)及び同(4)参照)。また,本件輪郭部分については,上辺中央を上方に湾曲させた輪郭線により囲み枠を設けることは,清涼飲料水等では,比較的多く用いられているといえるから(上記1(6)参照),本件輪郭部分が,需要者に対し,強い印象を与えるものではない。さらに,「ほっとレモン」の書体についても,通常の工夫の範囲を超えるものとはいえない。

この点,原告は,「ほっと」は,「人をほっとさせる」「人がほっとしたいとき」を意味し,「温かい」を意味するものではないかのような主張をする。しかし,①「温かいレモン風味の味付け等をした飲料」を総称する名称(称呼)としては,「ほ」「っ」「と」「れ」「も」「ん」があり,それ以外の名称(称呼)を一般的に確認することはできないこと,②「温かいレモン風味の味付け等をした飲料」としての「ほ」「っ」「と」「れ」「も」「ん」の表記は,「ホットレモン」のみならず片仮名と平仮名の組合せである「ほっとレモン」も用いられていたこと(上記1(3)参照),③「レモン」以外の果実等の風味を付加し,温かい状態で飲まれることを想定した清涼飲料水等においても,平仮名「ほっと」の文字が使用される例は,少なくないこと(上記1(4)参照)等に照らすならば,原告の上記主張を採用することはできない。

すなわち,本件に現れたすべての証拠によるも,本件商標について,「熱い」,「温かい」との観念が生じることを否定する事実は認められない。

(2) 小括

そうすると,「ほっとレモン」との文字及びそれを囲む輪郭部分の組合せからなる本件商標は,本件商標の指定商品(「レモンを加味した清涼飲料,レモンを加味した果実飲料」)との関係では,商標法3条1項3号所定の「商品の・・・品質,原材料・・・を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」に該当するというべきである。

以上のとおり,商標法3条1項3号に該当しないとする原告の主張は,採用できない。



3 商標法3条2項該当性についての判断(取消事由2)

商標法3条2項は,商品等の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標として同条1項3号に該当する商標であっても,使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるものについては,商標登録を受けることができる旨を規定する。

上記1で認定した事実に基づいて検討すると,本件商標が使用されたことにより,需要者において,何人かの業務に係る商品であるかを認識することができたと判断することはできない。

その理由は,以下のとおりである。

(1) 本件商標の各部分及び全体について本件商標は,本件輪郭部分と「ほっとレモン」との本件文字部分から構成されている。

ア 使用商標における「輪郭部分」は,右上隅以外の隅がレモンの図形等により隠され,その全体の形状を確認することができない

したがって,輪郭部分の形状が長く使用され,その特徴によって,商品の出所識別機能を有するに至ったと解することは到底できない。

イ 使用商標における「レモン」の文字部分については,以下のとおりの理由から,商品の出所識別機能を有するに至ったとすることはできない。

すなわち,
①使用商標には,レモンの図柄が描かれていること,
②使用商標には,レモンを連想させる色彩でグラデーションされた円形図形が施されていること,
③使用商標には,輪郭部分の外側においても,レモンを連想する彩色が施されていること
④一般に,本件商標の指定商品を含む清涼飲料・果実飲料においては,各種果物がその原材料として使用されていること等の事実を総合すれば,「レモン」の文字部分は,当該商品が,果実の「レモン」又は「レモン果汁を入れた飲料又はレモン風味の味付けをした飲料」であることを端的に示したものと合理的に理解されるから,「レモン」の文字部分が長く使用され,その特徴によって,商品の出所識別機能を有するに至ったとすることは到底できない。

ウ 使用商標における「ほっと」の文字部分は,以下のとおりの理由から,商品の出所識別機能を有するに至ったとすることはできない。

すなわち,

①使用商標では,「輪郭部分」及び「『ほっとレモン』の文字部分」は,いずれも「温かさ」,「暖かさ」を連想させる赤色に彩色されていること(この点は,本件商標も同様である。),

②使用商標では,上段に「ほっと」,下段に「レモン」が,丸みを帯びた赤く彩色された書体により,まとまりよく表記されていることから,一連の意味を持つものとの印象を需要者に与え,そうであるとすると「温かいレモン飲料」を容易に想起させ得ること,

③「ホットレモン」との語が,レモン果汁を入れた温かい飲料又はレモン風味の味付けをした温かい飲料を意味するものとして定着していると認められること,

④平仮名「ほっと」については,本件商標の指定商品を含む清涼飲料・果実飲料においては,「ほっとドリンクゆず」,「ほっとカシス」,「ほっとりんご」,「ほっとアセロラ」,「ほっと金柑」,「ほっと梅」,「ほっとアップル」,「ほっとゼリー」,「ほっとゆずれもん」,「ほっとグレープフルーツ」が販売され,「ほっと」と「果物等の素材」とを組み合わせた文字は,当該商品が果物等の素材を原材料とし,あるいは加味した,温かい清涼飲料・果実飲料であることを示す語として普通に使用されていることから,需要者は,上記のように認識,理解していると解するのが合理的であること,

⑤原告商品それ自体も,「温かいレモン果汁を入れた飲料又はレモン風味の味付けをした飲料」であること等の事実を総合すれば,使用商標における「ほっと」の文字部分は,温かい状態で飲まれることを想定した清涼飲料等であることを示す表記であるといえる。したがって,使用商標中の「ほっと」の文字部分が長く使用され,その特徴等によって,商品の出所識別機能を有するに至ったとすることは到底できない。

エ さらに,以上に指摘した各事情を考慮すると,本件輪郭部分と本件文字部分からなる本件商標は,これを全体としてみたとしても,商品の出所識別機能を有するに至ったとすることはできない。

(2) 「ほっとレモン」,「ホットレモン」等の名称に関する調査結果等について調査会社が,平成24年12月に,原告からの依頼を受けて行った本件商標に関連した調査結果(甲24)には,以下の記載がある。

すなわち,①「『缶やペットボトル入りの温かいレモン飲料』ときくと,なんという商品名やメーカー(会社名)が思い浮かぶか」との質問に対して,「ホットレモン」と回答した者は全体の27.3%であり,「ほっとレモン」と回答した者は全体の20.3%であったとの結果が得られたとしている。②「ホットレモン」と回答した者のうち,メーカー名について回答した者は,「わからない」との回答者が一番多く(全体の14.7%),原告であると回答した者は,全体の1.0%であった。③「ほっとレモン」と回答した者のうち,メーカー名について回答した者は,同様に「わからない」との回答者が一番多く(全体の11.0%),原告であると回答した者は,メーカー5社中最下位(全体の0.3%)に位置し,「ほっとレモン」の文字を含む商品を市場に提供していないメーカーと対比しても低いことが記載されている。

同調査結果によれば,「ほっとレモン」の文字,及び同文字の一部である平仮名「ほっと」が,調査時点において,「缶やペットボトル入りの温かいレモン飲料」との品質,原材料等を説明的に示すものとして使用されており,それを超えて,特定の出所識別機能を有するものとして使用されているということはできない。

なお,原告は,本件訴訟において,本件商標中の平仮名「ほっと」との文字部分は,「人をほっとさせる」「人がほっとしたいとき」との観念を需要者に与えるものであって,「温かい(レモン飲料)」との観念を需要者に与えるものではないと主張する。

しかし,上記調査は,「『缶やペットボトル入りの温かいレモン飲料』と聞くと何という商品名やメーカー(会社名)が思い浮かぶか」など,温かい飲料を前提とする質問から構成され,本件商標の指定商品を対象とするものではない。

その調査結果から,原告の主張に沿った結論を得ることはできない。

同調査結果は,その他の質問回答もされているが,本件商標が,その使用によって,特定の出所識別機能を有するものとなったことを認定するに足りる調査結果を見出すことはできない。

(3) 「ほっとレモン」の文字を輪郭線で囲んだ商標の他社の使用の有無

現時点において,「ほっとレモン」との文字を輪郭線で囲んだ形状の商標を使用している飲料メーカーは,原告のみである。

しかし,他社が,「ほっとレモン」との文字を輪郭線で囲んだ形状の商標の使用を控えているのは,法的紛争をあえて避けるなど様々な理由が推認されるところであり,また,本件商標に対する登録異議は,原告からの使用の差止めを求められたメーカーによって申し立てられた経緯を考慮するならば,「ほっとレモン」との文字を輪郭線で囲んだ形状の商標を使用している他の飲料メーカーが存在しないことが,本件における判断を直ちに左右するものではない。

4 結論
以上によれば,決定には原告の主張に係る取消事由はなく,原告の請求は理由がない。原告は,その他,手続違反など縷々主張するが,いずれも採用の限りではない。よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。


知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官
飯 村 敏 明
裁判官
八 木 貴 美 子
裁判官
小 田 真 治