東日本大震災の地震発生後,高台にある幼稚園から眼下の海沿いの地域に向けて幼稚園送迎バスを出発させ,園児4名が津波に被災して死亡するに至った事案について,被告幼稚園長には情報収集義務違反の懈怠があり,被告幼稚園経営法人と共に損害賠償責任があると判断された事例 仙台高裁 (1)当事者の主張平成25年09月17日

東日本大震災地震発生後,高台にある幼稚園から眼下の海沿いの地域に向けて幼稚園送迎バスを出発させ,園児4名が津波に被災して死亡するに至った事案について,被告幼稚園長には情報収集義務違反の懈怠があり,被告幼稚園経営法人と共に損害賠償責任があると判断された事例 仙台高裁  平成25年09月17日

主 文

1 被告らは,原告A1,同A2,同A3,同A4,同A5及び同A6各自に対し,連帯して,それぞれ2223万4967円及びこれに対する平成23年8月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告らは,原告A7及び同A8各自に対し,連帯して,それぞれ2161万6586円及びこれに対する平成23年8月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用は,原告らに生じた各費用についてはこれを3分し,その2を被告らの負担とし,その余を当該原告の負担とし,被告らに生じた各費用についてはこれを24分し,その16を当該被告の負担とし,その余を原告らの負担とする。

5 この判決は,第1,2項に限り,仮に執行することができる。

事 実 及 び 理 由

第1 請求の趣旨

1 被告らは,原告A1,同A2,同A3,同A4,同A5及び同A6各自に対し,連帯して,それぞれ3353万2270円及びこれに対する平成23年8月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告らは,原告A7及び同A8各自に対し,連帯して,それぞれ3285万2108円及びこれに対する平成23年8月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要等
1 事案の概要

本件は,宮城県石巻市内の被告B1(以下「被告B1学院」という。)が設置するC幼稚園(以下「本件幼稚園C」という。)に子供を入園させていた原告らが,平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(同地震を「本件地震」といい,同地震による被災を「東日本大震災」ということがある。)によって発生した津波(以下「本件津波」という。)に流されて,子供らが乗車した本件幼稚園Cの送迎バスが横転し,その後に発生した火災にも巻き込まれるなどし,上記子供らが死亡するに至ったのは,本件地震発生当時の本件幼稚園Cの園長であった被告B2(以下「被告B2園長」という。)らが津波に関する情報収集を懈怠し,送迎バスの出発や避難に係る指示・判断を誤ったことなどによるものである旨主張して,被告B1学院に対しては安全配慮義務違反の債務不履行又は民法715条1項の不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告B2園長に対しては民法709条の不法行為による損害賠償請求権に基づき,それぞれ損害金及びその遅延損害金の連帯支払を求めたという事案である。

その中心的争点は,

①被告B1学院の安全配慮義務違反の債務不履行責任又は不法行為責任の有無,
②被告B2園長の不法行為責任の有無,
③損害額である。

2 前提事実

以下の事実は,当事者間に争いがないか,又は括弧書きで摘示した証拠等により認めることができる。

(1) 当事者等

ア 原告ら

(ア) 原告A1及び同A2は,本件幼稚園Cに入園した亡D(年長組在園児。以下「亡D」という。)の父及び母である(以下,原告A1を「原告亡D父」といい,原告A2を「原告亡D母」といい,両者を併せて「原告亡D両親」という。)。

(イ) 原告A3及び同A4は,本件幼稚園Cに入園した亡E(年長組在園児。以下「亡E」という。)の父及び母である(以下,原告A3を「原告亡E父」といい,同A4を「原告亡E母」といい,両者を併せて「原告亡E両親」という。)。

(ウ) 原告A5及び同A6は,本件幼稚園Cに入園した亡F(年長組在園児。以下「亡F」という。)の父及び母である(以下,原告A5を「原告亡F父」といい,同A6を「原告亡F母」といい,両者を併せて「原告亡F両親」という。)。

(エ) 原告A7及び同A8は,本件幼稚園Cに入園した亡G(年中組在園児。以下「亡G」という。)の父及び母である(以下,原告A7を「原告亡G父」といい,同A8を「原告亡G母」といい,両者を併せて「原告亡G両親」という。)。

イ 被告ら

昭和29年10月に設立された被告B1学院は,本件幼稚園Cの設置者であり,被告B2園長は,平成20年4月1日から平成23年3月31日まで,本件幼稚園Cの園長を務めていた者である。

(2) 本件地震発生当日の状況について

ア 亡D,亡E,亡F及び亡G(以下,その両親が原告となっている4名の園児を併せて「本件被災園児ら4名」という。)及び亡H(以下「亡H」といい,両親が原告となっていない亡Hも併せて「本件被災園児ら5名」という。)は,平成23年3月11日(以下,単に日付のみを記載したものは平成23年3月の日付を指す。),登園していた本件幼稚園Cから,午後3時7分頃発の送迎バスにより,本来は海側とは反対側の送迎コースを通って降園する予定であった(甲6)。

イ 11日午後2時46分頃,宮城県沖を震源地とするマグニチュード9.0の本件地震が発生した。

ウ 被告B2園長は,11日午後3時頃,本件幼稚園Cに待機していた2台の送迎バスのうち小さい方のバス(以下「本件小さいバス」といい,もう1台の送迎バスを「本件大きいバス」という。)に,海側に向けたコース(別紙「2便送迎ルート図」・甲135参照)を通って同バスにより先に送迎される予定の2便目の園児7名のみならず,いったん同バスが本件幼稚園Cに戻ってきた後に内陸側へ向けて送迎される予定の3便目の本件被災園児
ら5名も一緒に乗せ,高台にある本件幼稚園Cから海側に向けて本件小さいバスを出発させた。

本件小さいバスの運転手I(以下「I運転手」という。)及びその妻である添乗員J(以下「J添乗員」という。)は,海側にある宮城県石巻市南浜町及び同市門脇町を通り,途中,指定避難場所とされていた石巻市立門脇小学校(以下「門脇小学校」という。)に停車するなどして,本件被災園児ら5名を除く7名の園児らを,順次保護者に引き渡した。

エ 11日午後3時45分頃,宮城県石巻市南浜地区に津波が到達し,本件小さいバスは,同市門脇町五丁目付近の高台の本件幼稚園C側に向けて上り坂となっていた入口付近(以下「本件被災現場」という。別紙「被災現場付近概況図」〔甲11〕参照)において渋滞に巻き込まれている最中に後方から本件津波に襲われて横転し,流された。I運転手のみが津波に流されながらも九死に一生を得たものの,同バスに取り残されていた本件被災園児ら5名とJ添乗員が死亡した。

(3) 原告らによる本件被災園児ら4名の相続

原告亡D両親は亡Dの死亡により同人の権利義務を,原告亡E両親は亡Eの死亡により同人の権利義務を,原告亡F両親は亡Fの死亡により同人の権利義務を,原告亡G両親は亡Gの死亡により同人の権利義務を,それぞれ2分の1の割合で相続した。

3 (原告らの主張)

(1) 原告らの主張の骨子

被告B1学院は,原告らとの間の在園契約から生じる付随義務として,本件被災園児ら4名が本件幼稚園Cにおいて過ごす間,本件被災園児ら4名の生命・身体を保護する義務を負っており,被告B2園長も,一般不法行為法上,同様の義務を負っていた。

しかし,以下に述べるとおり,被告B1学院の被告B2園長は,①本件地震発生後に必要とされる防災行政無線やラジオ放送等による情報収集を懈怠した上,仮にその情報収集が不十分なままであったとしても,被告B1学院が定めた「地震発生時の園児誘導と職員の役割分担」(甲8。以下「本件幼稚園C地震マニュアル」という。)においては,大地震発生時には本件幼稚園Cにおいて園児を保護者に引き渡すと定められていたのであって,一般的にも大地震発生後には津波の発生が予想されていたのであるから,その津波被害を避けるため,園児らを安全な高台にある本件幼稚園Cから海側に連れて行かないようにする安全配慮義務があるのにこれを怠り,本件被災園児ら5名とその他の園児ら7名を本件小さいバスに乗せ,高台にある本件幼稚園Cから海側へ向けて出発させた上,②本件小さいバスが門脇小学校に避難していることを幼稚園教諭の電話連絡により知り,幼稚園教諭2名を同小学校に向かわせた際にも,津波被害を避けるためには,直ちに同教諭2名において幼稚園児らを降車させて門脇小学校脇にある階段を徒歩で上って避難するよう具体的に指示をすべきであったのにこれをせず,単に「バスを戻す」ことを指示したにとどまり,その結果,渋滞が予想される中を園児らの乗った本件小さいバスを戻らせて津波被災を招き,③そもそも被告B1学院は本件幼稚園C地震マニュアルを自ら策定し,大地震発生時には本件幼稚園Cにおいて園児を保護者に引き渡すと定めていたにもかかわらず,そのマニュアルを被告B2園長及びその他の職員ら(以下「被告B2園長ら職員」という。)の間に周
知徹底せず,本件幼稚園C地震マニュアルを実践するための避難訓練を行っていなかった。

上記①ないし③は,被告B1学院において在園契約から生じる付随義務としての本件被災園児ら4名に対する安全配慮義務に違反し,又はその被用者である被告B2園長の不法行為法上の安全配慮義務に違反するものであり,それらの義務違反の結果,本件被災園児ら4名が死亡したから,その遺族である原告らに対し,被告B1学院は民法415条の債務不履行責任又は民法715条1項の不法行為責任を負い,被告B2園長は民法709条の不法行為責任を負う。以下,具体的に主張する。

(2) 本件幼稚園Cから送迎バスを海側に向けて出発させた責任

ア 結果回避義務の前提となる予見可能性

結果回避義務を課すためには,その結果について予見可能性のあることが必要である。しかし,安全配慮義務の対象が幼稚園児である場合には,そもそも自ら危険を判断し身を守ることができない以上,教諭への従属性が一段と高く,教諭の園児に対する安全配慮義務における注意義務の程度としては極めて高度なものが要求されるべきであるから,その前提となる予見可能性もより広く認める必要がある。

また,予見の対象が自然災害の場合には,そのすべてが科学で完全に解明されているわけではなく,人知を超えた自然災害も発生し得るから,その発生規模や細部にわたる機序に
ついてまで具体的に予見することは必要ではない(自然災害による事故に関する最高裁昭和62年(オ)第520号平成2年3月23日第二小法廷判決,最高裁平成17年(受)第76号平成18年3月13日第二小法廷判決参照)。

そうすると,本件のように保護すべき園児に自然災害を原因とする被害が発生したような場合における予見可能性については,現に被害を想定していたことが必要ではないことはもちろん,現に発生した災害の規模及びそれによる被害の発生機序等を具体的に予見することができたことまでは必要ではなく,園児を保護すべき高度の注意義務を負う者において期待される結果回避行動を執る契機となる程度の自然災害が発生することの予見可能性があれば足りると考えるべきである。本件津波の規模や本件の被災に至る具体的な機序まで想定することができなくても,津波被害を回避するために高台に位置する本件幼稚園Cにとどまらせる契機となる程度の津波の危険性を予見することができれば足りる。


イ 情報収集義務の懈怠

一般に,地震が発生した場合,津波,火災,崖崩れ,建物の倒壊,交通の途絶等の被害が発生することが予見されるのであるから,まず速やかにラジオや防災行政無線等により,震源地,津波発生のおそれ,火災,崖崩れ,建物の倒壊,交通の途絶等について可能な限り情報収集を行う必要がある。


また,宮城県教育委員会が策定した「震災応急対策マニュアル」(甲7。以下「宮城県教育委員会震災マニュアル」という。)においても,震災発生時,「指定職員はラジオ等により情報収集に努める。」ことが定められているところ,学校保健安全法上の「学校」には幼稚園が含まれ,同法29条1項により危険発生時対処要領の作成が求められていることからすれば,幼稚園にも同様の対応が求められているといえる。

そして,実際に,本件において,防災行政無線とラジオ等により情報収集をしようとすれば,それは極めて容易であった。すなわち,本件地震発生後,本件幼稚園Cのすぐ近くにある防災行政無線からは,地震発生後の午後2時48分以降立て続けに,「大地震発生,大地震発生。津波の恐れがありますので,沿岸や河口付近から離れて下さい。」,「大津波警報大津波警報宮城県沖に大津波警報が発表されました。沿岸・河口付近から離れて下さい。至急高台へ避難してください。」,「車での避難は控えて下さい。渋滞になります(なっています)。」等のアナウンスが繰り返されていた(甲9)。現に,被告B2園長は,本件小さいバスを出発させた後,遅くとも午後3時10分頃までには,防災行政無線で大津波警報が発令されたことを聞いていたことを認めている(甲5)。

なお,被告らは,被告B2園長以外の他の教諭らが防災行政無線から放送された大津波警報を聞いていなかった旨主張するが,被告B2園長のみが聞いて,他の教諭らが聞いていなかったというのは不自然である。


また,本件幼稚園Cにラジオがあれば,ラジオにより詳細な情報を直ちに収集することができたし,仮に本件幼稚園Cにラジオがないとしても,バスのラジオを聞くことができた。

現に,本件大きいバスの運転手であったK(以下「K運転手」という。)は,午後3時5分頃,女川において10m位の津波が発生したとのニュースを本件大きいバスのラジオで聞き,本件幼稚園Cに引き返している(甲5)。


その他にも,ワンセグ機能付きの携帯電話があれば,たとえインターネット回線が繋がらず携帯電話が通じなくとも,テレビの電波を直接に受信することができたから,テレビのニュースを聞くことができた。本件地震発生時,本件幼稚園Cには,被告B2園長,主任,教諭6名及び運転手の9名の職員がおり,その多くがワンセグ機能付きの携帯電話を持っていたと思われ,これらによる情報収集は容易であった。


本件においてこれらの防災行政無線やラジオ等による情報収集をしていれば,被告B1学院の履行補助者又は被用者である被告B2園長ら職員は,本件地震発生直後に大津波警報が発令され,高台に避難しなければならない状況であることを容易に把握することができ,高台にある安全な本件幼稚園Cからあえて津波被害のおそれのある海側に向けて送迎バスを出発させることはなかったはずである。


ところが,被告B2園長ら職員は,防災行政無線やラジオ等を聞こうともせず,何ら情報収集をしないまま,被告B2園長において本件被災園児ら4名を海側に送迎する指示をし,他の職員らもこれに従ったものであるから,被告B2園長ら職員には,災害発生時における情報収集の懈怠という安全配慮義務違反が認められる。特に被告B2園長は,本件幼稚園Cの園長として,学校教育法(27条4項)に基づき,学校設置者に代わり所属職員を監督し,園務を司る立場にあるから,その情報収集義務違反は重い。


ウ 本件被災園児ら4名を海側へ連れて行った判断・指示の誤り


児童を預かる教諭には児童を危険から守る高度の注意義務が課されており,当時の科学的知見や,これまでの危険の発生状況,当該場面における具体的事情に基づき,危険を予見し,回避する高度な注意義務が課せられている(前掲最高裁昭和62年(オ)第520号平成2年3月23日第二小法廷判決,最高裁平成17年(受)第76号平成18年3月13日第二小法廷判決参照)。特に幼稚園児は危険を予見し回避することができないのであるから,幼稚園児を預かる園長や教諭には,一層高度な注意義務が課せられるべきである。


そして,一般に,大地震が起きた場合,海沿いの地域においては津波が発生する可能性があることは公知の事実であり,本件地震が尋常ならざる強い揺れを長く伴うものであったことからすれば,被告B2園長ら職員が仮に十分な情報を把握していなかったとしても,津波の発生する可能性が高いことを容易に予見することができた。

その場合,津波の大きさ(高さ)について具体的に予見することができないとしても,可能な限り高い場所(高台)に避難することが必須であり,津波が到達する危険のある海沿いには,その危険がなくなるまで,絶対に近づかないことが鉄則である。


宮城県教育委員会震災マニュアルにおいても,情報収集の上,「津波警報等の発令時(見込みを含む。)は,更に高台等に二次避難する。」ことを定めている(甲7)。


また,被告B1学院自身も,本件幼稚園C地震マニュアル(甲8)において,「地震の震度が高く,災害が発生する恐れがある時は,全員を北側園庭に誘導し,動揺しないように声掛けして,落ち着かせて園児を見守る。園児は保護者のお迎えを待って引き渡すようにする。」と自ら定めていた。

さらに,本件被災園児ら4名は,本来は本件小さいバスの3便目である内陸側のコースを送迎される(海側の門脇町・南浜町には行かない)予定であったのに,先に海側の門脇町・南浜町に向けたコースを送迎される2便目の園児ら7名と一緒に本件小さいバスに同乗させられていたという事情もあり,被告B2園長の指示は,予め保護者らに知らせていた送迎バスの送迎コースや手順にも反するものであった。


このような諸事情にも照らせば,仮に防災行政無線やラジオ放送等による情報収集が不十分なままであったとしても,被告B2園長ら職員は,津波を予見し,幼稚園児らを可能な限り高い場所(高台)に避難させ,津波の危険がある海側に近づけないようにする安全配慮義務を負っていたのであって,本件幼稚園C地震マニュアル等に従っても地震発生時には保護者らに引き渡すまでは幼稚園児らを本件幼稚園Cにおいて安全に保護する義務を負っていたものであるから,高台に位置する本件幼稚園Cを離れて,津波の危険がある海側へ本件被災園児ら4名を送迎バスに同乗させて連れて行ったことは,前記義務に違反する。


(3) 門脇小学校から本件小さいバスを出発させた責任


本件小さいバスは,11日午後3時10分頃,指定避難場所とされていた門脇小学校の校庭に停車していた。


その午後3時10分頃までには被告B2園長は,単なる津波警報ではなく,大津波警報が発令されたことを防災行政無線により知っていた(甲5)。


また,本件大きいバスのK運転手も,午後3時5分頃に本件幼稚園Cを出発した後,ラジオにより,女川方面で10m近い津波が発生したとの情報を得て,危険を感じ,途中で海側に向かわずに本件幼稚園C方向に引き返しており,午後3時10分頃には本件幼稚園Cに戻っていた(甲5)。

そして,被告B2園長は,午後3時10分頃,いったん本件幼稚園Cを出発したはずの本件大きいバスが同幼稚園に戻ってきたことを確認していたのであるから(甲5),その戻ってきた事情を確認すべきであり,被告B2園長とK運転手は,幼稚園児の生命・身体を守る安全配慮義務の一環として,相互に津波に関する情報を伝えたり,確認したりすべき注意義務があった。


そうしていれば,遅くとも午後3時10分頃までには,被告B2園長は,K運転手から女川で10m近い津波が来たことを知らされ,石巻にも10m近い巨大な津波が襲来するかもしれず,本件小さいバスに乗車している園児らの生命・身体に重大な危険が及ぶ可能性のあることを具体的に予見することが可能であった。


そのような大津波警報が出されている危険な状況において,被告B2園長は,本件小さいバスが指定避難場所とされている門脇小学校に避難していることを幼稚園教諭から知らされたが,門脇小学校は日和山の麓付近にあり,同小学校からは隣接する墓地の階段(以下「本件階段」という。その距離約91m)を1分程度歩くことにより本件幼稚園Cとほぼ同じ高さに達し,更に日和山に登っていくことが可能であったから(甲10〜12),その本件階段を上って徒歩で直ちに避難するよう指示すべきであった。現に,門脇小学校の小学生は,津波被害を避けるため,本件地震発生直後に本件階段を歩いて日和山に避難をしていた。


本件幼稚園Cは,門脇小学校から本件階段を上った先に位置しており,門脇小学校からは直線距離にして約200m,歩いて5分程度の極めて近い距離(約268m)にあったのであり(甲10及び12参照),実際に門脇小学校に派遣された職員2名は,門脇小学校脇の墓地の本件階段を下りて門脇小学校に向かい,本件階段を上って本件幼稚園Cに戻っているから,上記2名の幼稚園教諭が本件幼稚園Cに戻る際に,I運転手及びJ添乗員と共に,本件小さいバスにそのときに乗車していた園児7名を伴って本件階段を上って避難することは可能かつ容易なことであった。門脇小学校から本件被災現場までは約800mもあり(甲122),渋滞に巻き込まれることも予想されたから,バスで移動させるべきではなかった。


また,被告B2園長としては,本件小さいバスに乗車中の幼稚園児らを確実かつ安全に避難させるために,職員に対する指示を具体的に徹底する義務があった。


宮城県教育委員会震災マニュアル(甲7)においても,「所属所長は,災害に対応するための職員の役割分担を再確認し,職員に徹底する。」とされていた。



したがって,被告B2園長としては,2名の職員に対し門脇小学校に避難している本件小さいバスに二次避難の指示をする際にも,同職員らに対し,大津波警報が発令されたことを明確に告げた上,幼稚園児らを本件小さいバスから直ちに降車させ,隣接する墓地の本件階段を歩いて日和山方向の高台に避難するよう具体的に指示すべきであった。



そうであるのに,被告B2園長は上記職員らに対し「バスを戻す」という不適切な指示をしたのみであって,幼稚園児らの避難について当然に行うべき具体的な指示を怠った。このため,門脇小学校に派遣された職員2名は,本件小さいバスのI運転手に対し,「バスを戻す」という被告B2園長の指示のみを伝え,本件被災園児ら5名と,その他園児2名を乗せたまま本件小さいバスを出発させた(甲5)。



(4) 地震時のマニュアル周知と避難訓練を怠った責任



幼稚園も学校保健安全法にいう「学校」に含まれるから,被告B1学院は幼稚園設置者として,危険等発生時において幼稚園の職員が執るべき措置の具体的内容及び手順を定めた対処要領(「危険等発生時対処要領」)を作成すべき義務がある(同法29条1項)。また,被告B2園長は,園長として,上記の危険等発生時対処要領を幼稚園職員に周知徹底し,同マニュアルに基づく避難等の訓練を実施する義務があった(同法29条2項)。すなわち,被告B1学院は,在園契約に付随する安全配慮義務の一つとして,上記危険等発生時対処要領を作成し,園長である被告B2園長をして,同要領の周知と避難等の訓練を実施させる義務を負っていた。



幼稚園に危険等発生時対処要領作成が義務づけられているのは,災害発生時には,幼稚園職員が恐怖や不安等に襲われ精神的な混乱に陥る可能性が高く園児の生命を護るべき適切な行動を選択することが困難であることから,日頃から災害時に発生する危険を予測し適切な危険回避のための行動指針を具体的に決めておく必要があるからである。



また,園長に,上記要領の周知と訓練実施義務が課せられているのは,予め災害時の行動指針を決めていても,その指針が園児を保護すべき職員に知らされていなければ現実に災害が発生したときの行動指針として役立たないからである。


また,単に上記要領を知識として有しているのみでは,混乱時のとっさの行動指針としては有効に機能しないから,要領の趣旨と内容が体にしみこむように理解されるよう,要領を実践する形での模擬的訓練が必要なのである。


そして,被告B1学院は,前記危険等発生時対処要領に相当するものとして,本件幼稚園C地震マニュアル(甲8)を策定しているが,津波被害との関係では,「地震の震度が高く,災害が発生する恐れがある時は,全員を北側園庭に誘導し,動揺しないように声掛けして,落ち着かせて園児を見守る。


園児は保護者のお迎えを待って引き渡すようにする。」との規定があり,大地震の場合の行動指針として,保護者の迎えがあるまで園児を本件幼稚園C内にとどめて待機すべきことが明記されている。


この規定は,津波被害の可能性のある地域においては地震後の津波から逃れるためには迅速に高台へ避難することを最優先させるべきことが鉄則であるところ,本件幼稚園Cはもともと高台に設置されているため,地の利を活かして本件幼稚園C内にとどまることが最も安全であることを明記したものである。


この行動指針は,極めて明快な内容であり,かつ,低地から高台への積極的移動を伴う避難行動ではなく,ただ単に本件幼稚園Cにとどまれば良いのであるから,その指針のとおりに行動することは極めて容易な内容である。


そうすると,被告B2園長が本件幼稚園C地震マニュアルを職員間に周知し避難等の訓練を実践してさえいれば,被告B2園長ら職員は,津波の予兆である大地震が発生した場合には,ほぼ間違いなく本件幼稚園C内にとどまるという適切な行動を選択することができたはずである。


しかしながら,被告B2園長は,本件幼稚園C地震マニュアルを職員間に周知せず,これを模擬的に実践する避難等の訓練も行わず,わざわざ低地の方に向かって下りていく行動を選択した結果,本件被災園児ら4名の死亡を招いた。



以上のとおり被告B1学院の履行補助者又は被用者である被告B2園長ら職員には重大な注意義務違反があったといえる以上,被告B1学院は債務不履行責任又は民法715条1項の使用者責任を免れず,被告B2園長自身も民法709条の不法行為責任を免れない。


(5) 損害ア 本件被災園児ら4名の逸失利益

(ア) 亡D,亡E及び亡F(当時各6歳)について


470万5700円(賃金センサス平成21年男女計学歴計全年齢平均賃金)×10.1170(死亡時6歳,就労可能年数49年のライプニッツ係数)×(1−0.4〔生活費控除割合〕)=2856万4540円


(イ) 亡G(当時5歳)について

470万5700円(賃金センサス平成21年男女計学歴計全年齢平均賃金)×9.6352(死亡時5歳,就労可能年数49年のライプニッツ係数)×(1−0.4〔生活費控除割合〕)=2720万4216円

イ 本件被災園児ら4名の慰謝料

本件被災園児ら4名は,大地震により精神的に不安な中,自分達の命を守るために最善の行動を取ってくれるものと被告らを信頼し,その指示に従い本件小さいバスに乗車したにもかかわらず,その信頼を裏切られ,命を失ったものであり,その精神的苦痛を慰謝するには各2500万円が相当である。

ウ 原告らは,各々自らの子の上記逸失利益及び慰謝料の損害賠償請求権を2分の1の割合で相続した(甲1〜4)。

エ 原告ら固有の慰謝料 各300万円

原告らは,これまで大切に育て,今後の成長を楽しみにしていた5歳又は6歳という幼い我が子を失った。原告らは,特に,①被告B2園長ら職員が,わざわざ安全な高台にある本件幼稚園Cから標高が低く海に近い場所に本件被災園児ら4名を移動させた結果,その命を失わせたことについて,裏切られたという思いや憤りを抑えることができない。

また,原告らは,②被告B1学院が本来は海側とは反対の内陸側にある自宅に向けて3便目に乗る予定の本件被災園児ら4名を,保護者との約束に反して海側へ向かう2便目のバスに乗せ,その結果海側に自宅のある園児らが保護者に引き渡されて全員が無事であったのに対し,内陸側に自宅のある本件被災園児ら4名が死亡してしまったという点においても,被告らを許せない気持ちでいる。

さらに,③本訴提起前の被告B2園長の原告らに対する説明によれば,被告B2園長は,11日の日暮れ前には,本件小さいバスが津波にのみ込まれた本件被災現場を概ね把握していたのに,その日のうちに被告B1学院の職員に本件小さいバスの捜索を指示しておらず,また,保護者に対しても本件被災現場を知らせなかったものであり,本件被災園児
ら4名が本件小さいバスで発見されたとき,その遺体は焼け焦げ,原告らが生前の我が子の面影をうかがうことが全くできない状態であったことについても被告らを許せない気持ちでいる(甲13参照)。本件被災園児ら4名の死因及び死亡時刻が特定されていない以上,本件被災園児ら4名は本件小さいバスが津波に流された時点では生きており,その後の深夜の火災により焼死した可能性もあり,救命が可能であったかもしれないからである。

現に,本件小さいバスが津波に流された本件被災現場付近に住む住民は,11日深夜,付近から子どもの泣き声が聴こえたと話している。もし被告B2園長が11日に本件小さいバスが津波にのみ込まれた場所を把握した時点で,被告B1学院の職員に捜索を指示し,又は保護者らに対して本件被災現場を伝えてくれていれば,本件被災園児ら4名の捜索が行われ,救助することができた可能性がある。仮に救命が困難であったとしても,焼け焦げていない状態の我が子の遺体と原告らが対面できた可能性がある。


原告らはそのような無念さを一生抱えて生きていかなければならなくなったものであり,このような原告らの著しい精神的苦痛を慰謝するためには少なくとも1人当たり300万円の慰謝料が相当である。

オ 原告らが負担した葬儀費用 各75万円

本件被災園児ら4名の葬儀費用については,1人当たり150万円を下らず,原告らは,その2分の1(75万円)ずつを負担した。

カ 原告らが負担した弁護士費用 各300万円

相当な弁護士費用は,原告1人当たり300万円を下らない。

キ 損害のまとめ

(ア) 原告亡D両親,同亡E両親及び同亡F両親について

逸失利益相続分 各1428万2270円
慰謝料相続分 各1250万円
固有の慰謝料 各300万円
葬儀費用 各75万円
弁護士費用 各300万円
以上合計 各3353万2270円

(イ) 原告亡G両親について

逸失利益相続分 各1360万2108円
慰謝料相続分 各1250万円
固有の慰謝料 各300万円
葬儀費用 各75万円
弁護士費用 各300万円
以上合計 各3285万2108円

よって,民法415条の債務不履行による損害賠償請求権,又は民法715条1項若しくは709条の不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告らに対し,原告亡D両親,同亡E両親及び同亡F両親においては各損害金3353万2270円,原告亡G両親においては各損害金3285万2108円及びこれらに対する平成23年8月26日(不法行為の後の日又は本件訴状送達による催告の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による各遅延損害金の連帯支払をそれぞれ求める。


4 (被告らの主張)

(1) 被告らの主張の骨子(注意義務違反がないこと)

原告ら主張のとおり被告B1学院が在園契約に伴って,付随的に園児の生命身体を守るべき保護義務を負っており,被告B2園長も一般不法行為法上,同様の義務を負っていることは認める。

しかし,その注意義務の具体的内容は,予見可能性(及び予見義務)と結果回避義務(及び結果回避可能性)であり,その判断は合理的平均人を基準とすべきものである。


そうであるところ,地震学者もマグニチュード9.0という巨大な本件地震が発生することを予想していなかった。

また,これまでの津波被害において,門脇小学校付近にこれほどまでの高さの津波が襲った記録はない。すなわち,本件被災園児ら4名が津波被害にあった門脇小学校付近は,海岸線から約700m以上も離れた距離の市街地にあるにもかかわらず,別紙「津波浸水図」記載のとおり,約6.97mの高さの津波に襲われた(甲11,乙1)。石巻市が作成した別紙「津波ハザードマップ」(乙3)によると,津波発生の場合には門脇小学校を避難場所として指定しており,また,津波による浸水域については海沿いしか想定していなかった。そのため,石巻市は海に近い北上川河口付近に,昭和61年に石巻文化センターを,平成10年に石巻市立病院を,それぞれ設立している(乙18〜20)。石巻市は,過去の津波被害を踏まえて別紙「津波ハザードマップ」を作成しているのであるから,石巻市においてもこれほどの津波が発生することを予見していなかったものである。


このように地方公共団体でさえも本件津波を予見していなかったのであり,石巻市の市街地を約7mの津波が襲うというような千年に一度の大地震及びそれによる大津波(本件津波)を合理的平均人において予見するのは,困難であったから,被告B2園長ら職員には何らの注意義務違反もない。

確かに,被告B2園長は,内陸地で居住してきたため津波に対する意識が低く,本件地震発生直後には津波について全く念頭になかったが,たとえ地震が発生すれば津波の発生があり得ることを予想していたとしても,これほどの規模の津波が発生するとは到底予想することができなかったから,注意義務違反はない。


(2) 本件幼稚園Cから送迎バスを海側に向けて出発させた責任に対して

ア 情報収集義務の懈怠に対して

仮に被告B2園長ら職員に情報収集義務があったとしても,次の(ア)ないし(オ)の諸事情からすれば,それを怠ったことに関して帰責性又は過失はなく,被告らが法的責任を負うことはない。

(ア) 本件地震により本件幼稚園Cの周囲の民家にも大した被害がなかったから,被告B2園長ら職員は,今までの地震と変わらず,地震後に更なる災害が発生するとは想像し得なかった。

(イ) しかも,今回の地震の2日前に発生した大規模な地震の際には津波が発生しなかったから,本件地震の揺れが大きいとはいっても,石巻市の市街地にまで到達するような大津波が発生するとは予想し得なかった。

(ウ) 被告B2園長は,本件地震が収まった後,本件幼稚園Cの職員室にあるテレビで震度を確認しようと考えたが,地震直後から停電となり,テレビを見ることができなかった。


(エ) 本件地震当日,本件幼稚園Cには45名の園児が在園しており,職員らとともに,本件地震により不安になっている園児の対応に追われていたため,被告B2園長ら職員は,ラジオ等で情報収集をする余裕がなかった。また,本件地震後,停電となったため,各教室にあったカセットデッキでラジオを聞くことができなかった。電池の備えは職員室にあっ
たが,本件地震後の園児の対応に追われていたため,電池をカセットデッキに入れてラジオを聴取しようということに配慮が及ばなかった。本件地震発生後から,本件大きいバス及び本件小さいバスともにラジオを入れていたが,石巻市付近の津波の情報を聞くことはなく,ラジオの情報によっても今回の津波を予見することはできなかった。


職員らが所持していた携帯電話にはワンセグ機能が付いたものもあったが,職務中は携帯電話を手元には置いておらず,本件地震発生後から保護者や園児の対応に追われていた被告B2園長ら職員が携帯電話を確認する余裕はなかった。また,仮に携帯電話等で情報収集をしていたとしても,石巻市を襲った津波の情報がどれほど流れていたのかは明らか
ではない。

(オ) 原告らは防災行政無線で情報が流れていた旨を指摘するが,防災行政無線も沿岸や河口付近に近付かないように注意する簡単な情報が流れていただけであり(甲9),具体的にどの程度の津波がどこまでくるのかを情報として流していたわけではなく,門脇小学校付近まで津波が来るということは情報として流されていなかったのであるから,防災行政無線
の情報があったとしても,本件津波を予見することはできなかった。


イ 本件被災園児ら4名を海側へ連れて行った判断・指示の誤りに対して本件地震当日は,雪が降り,風も強かったため,園庭に避難していた園児が寒さで震えており,しかも,地震によりショックを受けていて余震が起きるたびに不安な顔を見せていたため,被告B2園長は,一刻でも早く園児を保護者の元へ送迎して,園児を安心させたいと考えた。


なお,本件小さいバスの2便目の園児らの自宅が,本件幼稚園Cを基準にすれば海側
にあっただけであって,被告らが3便目の園児らをわざわざ海側に連れ出そうと考えたわけではない。

しかも,本件地震の2日前に発生した大地震の際には津波が発生しておらず,これまでの経験からしても,大規模な地震があっても石巻市の市街地にまで到達するような大津波が発生したことがなかったため,被告B2園長ら職員としては,大津波が発生することを全く想定しておらず,石巻市に大津波が到達するということを具体的に予見することが不可能であった。

よって,被告B2園長ら職員には注意義務違反がなく,被告B2園長が本件小さいバスを出発させる指示を出したことにより,被告らが債務不履行責任又は不法行為責任を負うことはない。

なお,本来の運行予定であれば,本件小さいバスは,2便目の門脇町・南浜町方面の園児を送迎し,本件幼稚園Cに戻ってきた上で,3便目の蛇田・貞山・新橋方面の園児を送迎することとなっていたが,本件小さいバスの定員を超えない場合には,送迎時間を短縮するために,3便目の蛇田・貞山・新橋方面の園児も2便目のバスに同乗させて送迎することがあった。

時間短縮のために2便目と3便目の園児を同じバスに同乗させて送迎したことに関しては,これまでに保護者から指摘を受けたことがない。本件地震当日も,一刻も早く園児を保護者の元へ返してあげたいという思いが強く,時間短縮のために,同乗させたものである。


(3) 門脇小学校から本件小さいバスを出発させた責任に対して


ア 被告B2園長は,本件大きいバスが出発してから5分後頃に,防災行政無線で大津波警報が発令されていることを初めて聞いたため,即座に,職員らに対して,バスの運転手と連絡を取ってバスをすぐに本件幼稚園Cに戻すよう指示を出した。


この時,被告B2園長は,大津波警報が発令されていることを聞いたのみであって,どこでどの程度の津波が発生しているかまでは全く分からなかった。そもそも,被告B2園長としては,これまでの経験から,大津波警報が発令されたとはいっても,海岸線にいれば津波の被害に遭う可能性があるという程度の認識であって,市街地にまで大津波が襲来することを予想したことがなかった。


それゆえ,被告B2園長としては,幼稚園バスが津波の被害に遭う危険を具体的に予見してバスを本件幼稚園Cに戻すよう指示を出したわけではなく,大津波警報が発令された以上,園児らが万が一にも危険な目に遭うことを避け,その生命・身体を守るために,上記指示を出したにすぎない。


イ 被告B2園長が上記指示を出してすぐに,本件大きいバスが本件幼稚園


Cに戻ってきており,被告B2園長も,そのことを確認した。ただし,被告B2園長は,本件幼稚園Cに待機している園児やその保護者らの対応に追われていたので,ラジオなどで情報収集をする余裕がなく,本件大きいバスのK運転手から事情を聞く余裕もなかった。そのため,本件地震当日の午後3時10分頃の段階において,被告B2園長には女川方面で10m規模の津波が発生しているという認識はなく,当然に,石巻市にも同程度の津波が到来する可能性のあることを予見することができなかった。


ウ また,職員が本件幼稚園Cの電話で本件小さいバスのI運転手に電話をかけたところ,本件小さいバスが門脇小学校に停車していることを確認することができた。この職員より,本件小さいバスが門脇小学校に停車していることを聞いた被告B2園長は,職員2名に対して,本件小さいバスのI運転手に対してすぐに本件幼稚園Cに戻るよう伝えるために門脇小学校に向かうよう指示を出した。この時,被告B2園長は,職員らに対して大津波警報が出ていることを告げていないが,あえて告げなかったわけではなく,職員らも防災行政無線を聞いて大津波警報が発令されていることを知っていると思っていたためである。また,被告B2園長は,職員らに対して,具体的な避難方法について指示を出していないが,門脇小学校周辺の被害状況が分からず,職員らやI運転手などが相談して,その状況に応じた避難方法を柔軟に選択できるものと判断して,具体的な指示まで出さなかったにすぎない。


エ 2名の教諭は,門脇小学校に到着後,I運転手及びJ添乗員らに対して被告B2園長からの指示を伝え,4人でどのようにして本件幼稚園Cに戻るかを検討した。この時,門脇小学校は指定避難場所になっていたため多くの住民が避難していたが,津波の発生について話をしている人はおらず,2名の教諭,I運転手及びJ添乗員も,実際に津波が発生していることを知らず,石巻市街地にまで到達する大津波が発生しているということを全く予見することができなかった。そのため,4名で検討した結果,園児らを抱えて門脇小学校の脇の本件階段を上って本件幼稚園Cに戻るのではなく,バスで戻ることを選択した。


オ 以上からすれば,被告B2園長ら職員において,石巻市街地に到達する大津波が発生していることを具体的に予見することができなかったし,被告B2園長が職員に対してした指示も,現場で柔軟に対応することができるように細かい指示を出さなかったというものであるから,当時の状況からすれば適切な指示であった。


したがって,本件小さいバスが出発後に出した被告B2園長の指示に関しても,被告らが債務不履行責任又は不法行為責任を負うことはない。


(4) 地震時のマニュアル周知と避難訓練を怠った責任に対して

ア そもそも,被告B1学院が経営する本件幼稚園Cは私立学校であるため,宮城県総務部私学文書課の管轄となっており,公立学校を対象にした宮城県教育委員会の管轄下にあるわけではない。それゆえ,被告らとしては,宮城県教育委員会震災マニュアルの具体的な内容まで知らず,また,これに従う義務はない。



被告B1学院が,本件幼稚園C地震マニュアルを策定したのは,宮城県教育委員会震災マニュアルに従ったわけではなく,平成18年に消防署から指導を受けたためである。



イ 本件幼稚園C地震マニュアル策定後は,本件幼稚園Cにおいて,同マニュアルを基に,年に1度,保育中に地震が起きたことを想定して避難訓練を実施するのみでなく,保育中に火災が発生したことを想定した避難訓練も年に1度実施してきた。


他方,本件幼稚園Cにおいて,降園時に災害が発生したことまでを想定した避難訓練は実施しておらず,その場合の保護者との対応等について十分な訓練ができていなかったことは否定しない。


そうであるとしても,本件幼稚園Cにおいて,本件幼稚園C地震マニュアルの周知・避難訓練の実施が一切されていなかったというわけではなく,上記のように最低限のことはされていた。

以上からすれば,被告らが本件幼稚園C地震マニュアルの周知・避難訓練の実施を怠ったということはなく,債務不履行責任又は不法行為責任を負うことはない。


(5) 損害に対して
ア 原告ら主張の損害額に係る主張を争う。

イ なお,本件小さいバスが津波被害に遭った後,被告B2園長はその被害現場に向かったが,現場周辺の津波による被害がすさまじく,同バスを確認することができなかった。このような状況において,被告B2園長が,本件小さいバスを個人的に捜索することは不可能であり,津波の被害で混乱している状況の中で職員らと捜索をすることも危険であったため,本件幼稚園Cとして捜索することができなかった。そのため,被告B2園長は,被害現場周辺を通りがかった消防隊員に対して本件小さいバスの捜索をお願いしたが,津波による被害がひどく他の現場に行かなければならないということで,断られてしまった。


ウ また,本件地震当日の夕方頃,原告亡D母から,本件小さいバスが被害にあった場所を聞かれたため,L1主任教諭(以下「L1主任教諭」という。)が一緒に高台に行き,その場所から大まかな被災場所を説明した。

エ 見舞金等の支払

(ア) 被告B1学院は,原告らに対し,各金200万円の弔慰金を支払った。

(イ) また,被告B1学院は,独立行政法人日本スポーツ振興センターの災害給付制度に加入しているが,同制度によれば本来は震災の場合には適用がなく,給付金が支給されないはずであるが,関係者に対して,本件のような大震災の場合には例外的に適用されるべきであると働きかけた結果,その例外的適用が認められ,原告ら各遺族に対して給付金500
万円が各支給された。