会社法423条1項 任務懈怠の判例整理1

会社法423条1項 任務懈怠の判例整理1

会社法423条1項
取締役、会計参与、監査役、執行役または会計監査人は、「その任務を怠ったとき」ときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

「その任務を怠ったとき」とは、役員等が負うべき債務の不完全履行を基礎づける法令・定款違反行為又は善管注意義務違反行為をいう。

1 法令・定款違反行為
(1)最判平成12年7月7日 野村証券損失補てん株主代表訴訟事件

 一 株式会社の取締役は、取締役会の構成員として会社の業務執行を決定し、あるいは代表取締役として業務の執行に当たるなどの職務を有するものであって、商法二六六条は、その職責の重要性にかんがみ、取締役が会社に対して負うべき責任の明確化と厳格化を図るものである。本規定は、右の趣旨に基づき、法令に違反する行為をした取締役はそれによって会社の被った損害を賠償する責めに任じる旨を定めるものであるところ、取締役を名あて人とし、取締役の受任者としての義務を一般的に定める商法二五四条三項(民法六四四条)、商法二五四条ノ三の規定(以下、併せて「一般規定」という。)及びこれを具体化する形で取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別的に定める規定が、本規定にいう「法令」に含まれることは明らかであるが、さらに、商法その他の法令中の、会社を名あて人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定もこれに含まれるものと解するのが相当である。けだし、会社が法令を遵守すべきことは当然であるところ、取締役が、会社の業務執行を決定し、その執行に当たる立場にあるものであることからすれば、会社をして法令に違反させることのないようにするため、その職務遂行に際して会社を名あて人とする右の規定を遵守することもまた、取締役の会社に対する職務上の義務に属するというべきだからである。したがって、取締役が右義務に違反し、会社をして右の規定に違反させることとなる行為をしたときには、取締役の右行為が一般規定の定める義務に違反することになるか否かを問うまでもなく、本規定にいう法令に違反する行為をしたときに該当することになるものと解すべきである。
 二 これを本件について見ると、証券会社が、一部の顧客に対し、有価証券の売買等の取引により生じた損失を補てんする行為は、証券業界における正常な商慣習に照らして不当な利益の供与というべきであるから、A證券がBとの取引関係の維持拡大を目的として同社に対し本件損失補てんを実施したことは、一般指定の9(不当な利益による顧客誘引)に該当し、独占禁止法一九条に違反するものと解すべきである。そして、独占禁止法一九条の規定は、同法一条所定の目的達成のため、事業者に対して不公正な取引方法を用いることを禁止するものであって、事業者たる会社がその業務を行うに際して遵守すべき規定にほかならないから、本規定にいう法令に含まれることが明らかである。したがって、被上告人らが本件損失補てんを決定し、実施した行為は、本規定にいう法令に違反する行為に当たると解すべきものである。
 しかるに、原審は、独占禁止法一九条に違反する行為が当然に本規定にいう法令に違反する行為に当たると解するのは相当でないと判断しているのであって、この点において、原審は法令の解釈を誤ったものといわなければならない。

(2)東京地判平成8年6月20日 日本航空電子工業事件

 四 争点2(ローレロン不正輸出の責任)について
 1 被告甲野、同乙山
 既に認定したとおり、被告甲野がローレロンの不正輸出を知り、これを承認したのは、被告乙山らから報告を受けた昭和六二年九月三日であり、被告乙山が右不正輸出を知り、これを承認したのは、丁原から事情を聞き出した昭和六一年一二月頃であると認められ、両被告らが右時点より前に右不正輸出を知っていたものと認めるに足りる証拠はない。
 なお、原告は、ローレロンの不正輸出について、被告甲野及び同乙山には、取締役就任時点で会社、殊に航機事業部の業務運営に重大な法律違反行為がないかどうか調査すべき義務があり、両被告はこの義務を怠った旨主張する。しかし、前記認定のとおり、ローレロンは、粉体流量計の部品であるフライホイールないしはカウンターホイールとして正規の手続きを仮装して、被告丙川や丁原らによって秘密裡に輸出されていたものであり、被告甲野及び同乙山がフライホイール等の名で取引されている商品がミサイルの部分品であるローレロンであり、しかも取引先がイラクと交戦中のイランであることを発見できなかったことをともって、取締役としての監督・調査義務を懈怠したものとまで認めるに足りる証拠はない。
 ところで、ローレロンの不正輸出は、関税法及び外為法に違反し、会社に重大な不利益・損害を及ぼす蓋然性の高い行為であるから、右不正輸出を知りながらこれを阻止せず承認した両被告の行為が取締役の善管注意義務・忠実義務に違反することは明らかである。確かに、両被告は既契約分で要修理品として輸入済みのローレロンに限って契約の履行を承認しただけで、不正輸出を積極的に支持したわけでも、取引の全てに責任があるわけでもない。この点は、後記のように、両被告の負うべき損害賠償責任の金額を定めるに当たって考慮すべきであるが、取引を中止すればそれによるトラブルを避けられず、過去の不正輸出も露顕することになって会社が多大な損失を被る可能性があったとしても、違法行為の露顕を防ぐために違法行為を継続することが正当化されるはずもないから、右事情は、被告らの善管注意義務違反・忠実義務違反の判断に影響を及ぼすものではない。
 そうすると、被告甲野及び同乙山は、別紙二の一覧表記載の不正輸出のうち、昭和六二年一一月一日から平成元年四月四日までの間におけるローレロン合計一三八七個の不正輸出について、取締役としての善管注意義務・忠実義務違反の責を負う。
 2 被告丙川
 被告丙川は、昭和六〇年九月頃に丁原からミサイルの部分品であるローレロンの修理取引の承諾を求められて、受注を指示し、その後も丁原から報告を受けていたのであるから、同被告は、取締役に就任した昭和六一年六月二七日以降の不正輸出について、これを認識ないし認容していたと認めるのが相当である。そして、右行為が善管注意義務・忠実義務違反に当たることは既に述べたところから明らかである。
 そうすると、被告丙川は、別紙二の一覧表記載の不正輸出のうち、昭和六一年九月二日から平成元年四月四日までの間におけるローレロン合計一五七五個の不正輸出について、取締役としての善管注意義務・忠実義務違反の責を負う。

(3)東京地判平成6年12月22日 ハザマ株主代表訴訟事件 刑法違反

一 本件行為が代表訴訟の対象となるか否か
 商法二六六条一項五号にいう「行為」は、それが法令又は定款に違反する行為であることからしても、取締役の固有の権限に基づく行為に限られるものではなく、取締役の地位にある者が会社の業務に関してした行為であれば足りると解するべきである。そして、本件贈賄は、共謀行為こそ被告の取締役就任前に行われているものの(《証拠略》)、その共謀に基づく贈賄交付行為は被告の取締役就任後に実行されたのであるから、取締役としての行為というべきであって、その責任の追及は代表訴訟の対象となる。
二 本件行為が商法二六六条一項五号の法令・定款違反行為となるか否か
 会社がその企業活動を行うに当たって法令を遵守すべきであることはいうまでもないが、とりわけ贈賄のような反社会性の強い刑法上の犯罪を営業の手段とするようなことが、およそ許されるべきでないのは当然である。それにより会社に利益がもたらされるとか、慣習化し同業者がやっているため贈賄をしないと仕事をとれないおそれがあるといった理由で、営業活動としての贈賄行為を正当化し得るものではない。したがって、贈賄行為は、たとえ会社の業績の向上に役立ち、会社のための営業活動の一環であるとの意識の下に行われたものであったとしても、定款の目的の範囲内の行為と認める余地はなく、取締役の正当な業務執行権限を逸脱するものであり、かつ、贈賄行為を禁ずる刑法規範は、取締役が業務を執行するに当たり従うべき法規の一環をなすものとして、商法二六六条一項五号の「法令」に当たるというべきである。
 そうすると、被告の本件贈賄行為は、それが同時に政治資金規正法に違反するかどうかにかかわらず、法令及び定款に違反する行為として、会社に対する損害賠償責任を生じさせることになる。
三 本件行為により会社に損害が生じたか否か
 取締役がその任務に違反して会社の出捐により贈与を行った場合は、それだけで会社に右出捐額の損害が生じたものとしてよいと解されるが、とくに贈賄の場合は公序良俗に反する行為であり、交付した賄賂は不法原因給付として返還を求めることができないものであるから、本件において賄賂として供与した一四〇〇万円が会社の損害となることは明らかである。
 本件贈賄行為により三和町から工事を受注することができた結果、間組が利益を得た事実があるとしても、右利益は、工事を施工したことによる利益であって、例えば賄賂が返還された場合のように、贈賄による損害を直接に填補する目的、機能を有するものではないから、損害の原因行為との間に法律上相当な因果関係があるとはいえず、損益相殺の対象とすることはできないと解すべきである。したがつて、被告は供与した賄賂相当額全額について会社に対する損害賠償義務を負う。

(4)大阪地判平成12年9月20日 大和銀行株主代表訴訟事件
外国法令違反
リスク管理体制を構築すべき義務違反

□ 外国法令
1 法令遵守経営
 取締役は、会社経営を行うに当たり、株主利益の最大化を究極の目的としつつも、目的達成の過程では、須く、法令を遵守することが求められているのであり、法令遵守は、会社経営の基本である。商法二六六条一項五号は、取締役に対し、我が国の法令に遵うことを求めているだけでなく、外国に支店、駐在事務所等の拠点を設けるなどして、事業を海外に展開するに当たっては、その国の法令に遵うこともまた求めている。外国法令に遵うことは、商法二五四条三項において準用する民法六四四条が規定する受任者たる取締役の善管注意義務の内容をなすからである。

(二)取締役は、営利を目的とする会社の経営を委ねられた専門家として、長期的な視点に立って全株主にとって最も利益となるように職務を遂行すべき善管注意義務及び忠実義務を負っている(商法二五四条三項、民法六四四条、商法二五四条ノ三)。そして、事業を営み利益を上げるためには、会社の状況、会社を取り巻く市場及び業界の状況、国内・国外の情勢等、時々刻々変化するとともに相互に影響し合いかつ流動的な考慮要素を的確に把握して総合的に評価し、短期的・長期的な将来予測を行った上、時機を失することなく経営判断を積み重ねていかなければならないから、専門家である取締役には、その職務を遂行するに当たり、広い裁量が与えられているものと言わなければならない。したがって、取締役に対し、過去の経営上の措置が善管注意義務及び忠実義務に違背するとしてその責任を追及するためには、その経営上の措置を執った時点において、取締役の判断の前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがあったか、あるいは、その意思決定の過程、内容が企業経営者として特に不合理、不適切なものであったことを要するものと解するのが相当である。もっとも、このように、取締役には広い裁量が与えられているが、前判示のとおり、取締役は、会社経営を行うに当たり、外国法令を含む法令を遵守することが求められているのであり、取締役に与えられた裁量も法令に違反しない限りにおいてのものであって、取締役に対し、外国法令を含む法令に遵うか否かの裁量が与えられているものではない。


□ リスク管理体制
1 リスク管理
 健全な会社経営を行うためには、目的とする事業の種類、性質等に応じて生じる各種のリスク、例えば、信用リスク、市場リスク、流動性リスク、事務リスク、システムリスク等の状況を正確に把握し、適切に制御すること、すなわちリスク管理が欠かせず、会社が営む事業の規模、特性等に応じたリスク管理体制(いわゆる内部統制システム)を整備することを要する。そして、重要な業務執行については、取締役会が決定することを要するから(商法二六〇条二項)、会社経営の根幹に係わるリスク管理体制の大綱については、取締役会で決定することを要し、業務執行を担当する代表取締役及び業務担当取締役は、大綱を踏まえ、担当する部門におけるリスク管理体制を具体的に決定するべき職務を負う。この意味において、取締役は、取締役会の構成員として、また、代表取締役又は業務担当取締役として、リスク管理体制を構築すべき義務を負い、さらに、代表取締役及び業務担当取締役がリスク管理体制を構築すべき義務を履行しているか否かを監視する義務を負うのであり、これもまた、取締役としての善管注意義務及び忠実義務の内容をなすものと言うべきである。監査役は、商法特例法二二条一項の適用を受ける小会社を除き、業務監査の職責を担っているから、取締役がリスク管理体制の整備を行っているか否かを監査すべき職務を負うのであり、これもまた、監査役としての善管注意義務の内容をなすものと言うべきである。
 もっとも、整備すべきリスク管理体制の内容は、リスクが現実化して惹起する様々な事件事故の経験の蓄積とリスク管理に関する研究の進展により、充実していくものである。したがって、様々な金融不祥事を踏まえ、金融機関が、その業務の健全かつ適切な運営を確保するとの観点から、現時点で求められているリスク管理体制の水準をもって、本件の判断基準とすることは相当でないと言うべきである。また、どのような内容のリスク管理体制を整備すべきかは経営判断の問題であり、会社経営の専門家である取締役に、広い裁量が与えられていることに留意しなければならない。
2 ニューヨーク支店におけるリスク管理
 争点1で問われているのは、主として、被告らのうち、大和銀行代表取締役の地位にあった者及び取締役在任中にニューヨーク支店長の地位にあった者が、同支店における財務省証券取引及びカストディ業務に内在する、価格変動リスク等の市場リスク及び事務リスクのうち、特に事務リスクを適切に管理する仕組み、すなわちリスク管理体制を整備していたか否か、また、その余の被告らに、取締役又は監査役としての監視義務違反又は監査義務違反が認められるか否かである。
 ところで、取締役は、自ら法令を遵守するだけでは十分でなく、従業員が会社の業務を遂行する際に違法な行為に及ぶことを未然に防止し、会社全体として法令遵守経営を実現しなければならない。しかるに、事業規模が大きく、従業員も多数である会社においては、効率的な経営を行うため、組織を多数の部門、部署等に分化し、権限を部門、部署等の長、さらにはその部下へ委譲せざるを得ず、取締役が直接全ての従業員を指導・監督することは、不適当であるだけでなく、不可能である。そこで、取締役は、従業員が職務を遂行する際違法な行為に及ぶことを未然に防止するための法令遵守体制を確立するべき義務があり、これもまた、取締役の善管注意義務及び忠実義務の内容をなすものと言うべきである。この意味において、事務リスクの管理体制の整備は、同時に法令遵守体制の整備を意味することになる。
 財務省証券取引には、取引担当者が自己又は第三者の利益を図るため、その権限を濫用する誘惑に陥る危険性があるとともに、価格変動リスク(市場リスク)が現実化して損失が生じた場合に、その隠ぺいを図ったり、その後の取引で挽回をねらいかえって損失を拡大させる危険性(事務リスク)を抱えている。また、カストディ業務には、保管担当者が自己又は第三者の利益を図って保管物を無断で売却して代金を流用する等、権限を濫用する危険性(事務リスク)が内在している。このような不正行為を未然に防止し、損失の発生及び拡大を最小限に止めるためには、そのリスクの状況を正確に認識・評価し、これを制御するため、様々な仕組みを組み合せてより効果的なリスク管理体制(内部統制システム)を構築する必要がある。

2 善管注意義務違反
(1)経営判断原則と裁量権範囲の逸脱
東京地判平成5年9月16日 野村証券損失補てん事件第1審

第三 争点に対する判断
一 善管注意義務、忠実義務違反について
1 取締役は会社の経営に関し善良な管理者の注意をもって忠実にその任務を果たすべきものであるが、企業の経営に関する判断は、不確実かつ流動的で複雑多様な諸要素を対象にした専門的、予測的、政策的な判断能力を必要とする総合的判断であるから、その裁量の幅はおのずと広いものとなり、取締役の経営判断が結果的に会社に損失をもたらしたとしても、それだけで取締役が必要な注意を怠ったと断定することはできない。会社は、株主総会で選任された取締役に経営を委ねて利益を追求しようとするのであるから、適法に選任された取締役がその権限の範囲内で会社のために最良であると判断した場合には、基本的にはその判断を尊重して結果を受容すべきであり、このように考えることによって、初めて、取締役を萎縮させることなく経営に専念させることができ、その結果、会社は利益を得ることが期待できるのである。
 このような経営判断の性質に照らすと、取締役の経営判断の当否が問題となった場合、取締役であればそのときどのような経営判断をすべきであったかをまず考えたうえ、これとの対比によって実際に行われた取締役の判断の当否を決定することは相当でない。むしろ、裁判所としては、実際に行われた取締役の経営判断そのものを対象として、その前提となった事実の認識について不注意な誤りがなかったかどうか、また、その事実に基づく意思決定の過程が通常の企業人として著しく不合理なものでなかったかどうかという観点から審査を行うべきであり、その結果、前提となった事実認識に不注意な誤りがあり、又は意思決定の過程が著しく不合理であったと認められる場合には、取締役の経営判断は許容される裁量の範囲を逸脱したものとなり、取締役の善管注意義務又は忠実義務に違反するものとなると解するのが相当である。

(2)銀行取締役の融資業務について 最決平成21年11月9日 旧拓銀特別背任事件
実質倒産状態にある会社に実質的に無担保で追加投資を行った場合

 (1) そこで検討すると,銀行の取締役が負うべき注意義務については,一般の株式会社取締役と同様に,受任者の善管注意義務民法644条)及び忠実義務(平成17年法律第87号による改正前の商法254条の3,会社法355条)を基本としつつも,いわゆる経営判断の原則が適用される余地がある。しかし,銀行業が広く預金者から資金を集め,これを原資として企業等に融資することを本質とする免許事業であること,銀行の取締役は金融取引の専門家であり,その知識経験を活用して融資業務を行うことが期待されていること,万一銀行経営が破たんし,あるいは危機にひんした場合には預金者及び融資先を始めとして社会一般に広範かつ深刻な混乱を生じさせること等を考慮すれば,融資業務に際して要求される銀行の取締役の注意義務の程度は一般の株式会社取締役の場合に比べ高い水準のものであると解され,所論がいう経営判断の原則が適用される余地はそれだけ限定的なものにとどまるといわざるを得ない。
 したがって,銀行の取締役は,融資業務の実施に当たっては,元利金の回収不能という事態が生じないよう,債権保全のため,融資先の経営状況,資産状態等を調査し,その安全性を確認して貸付を決定し,原則として確実な担保を徴求する等,相当の措置をとるべき義務を有する。例外的に,実質倒産状態にある企業に対する支援策として無担保又は不十分な担保で追加融資をして再建又は整理を目指すこと等があり得るにしても,これが適法とされるためには客観性を持った再建・整理計画とこれを確実に実行する銀行本体の強い経営体質を必要とするなど,その融資判断が合理性のあるものでなければならず,手続的には銀行内部での明確な計画の策定とその正式な承認を欠かせない。
 (2) これを本件についてみると,Dグループは,本件各融資に先立つ平成6年3月期において実質倒産状態にあり,グループ各社の経営状況が改善する見込みはなく,既存の貸付金の回収のほとんど唯一の方途と考えられていたG地区の開発事業もその実現可能性に乏しく,仮に実現したとしてもその採算性にも多大の疑問があったことから,既存の貸付金の返済は期待できないばかりか,追加融資は新たな損害を発生させる危険性のある状況にあった。被告人A及び同Bは,そのような状況を認識しつつ,抜本的な方策を講じないまま,実質無担保の本件各追加融資を決定,実行したのであって,上記のような客観性を持った再建・整理計画があったものでもなく,所論の損失極小化目的が明確な形で存在したともいえず,総体としてその融資判断は著しく合理性を欠いたものであり,銀行の取締役として融資に際し求められる債権保全に係る義務に違反したことは明らかである。そして,両被告人には,同義務違反の認識もあったと認められるから,特別背任罪における取締役としての任務違背があったというべきである。これと同旨の原判断は正当である。

(3)裁量権の範囲内とされた事例 アパマンショップHD株主代表訴訟事件
 最判平成22年7月15日

前記事実関係によれば,本件取引は,AをBに合併して不動産賃貸管理等の事業を担わせるという参加人のグループの事業再編計画の一環として,Aを参加人の完全子会社とする目的で行われたものであるところ,このような事業再編計画の策定は,完全子会社とすることのメリットの評価を含め,将来予測にわたる経営上の専門的判断にゆだねられていると解される。そして,この場合における株式取得の方法や価格についても,取締役において,株式の評価額のほか,取得の必要性,参加人の財務上の負担,株式の取得を円滑に進める必要性の程度等をも総合考慮して決定することができ,その決定の過程,内容に著しく不合理な点がない限り,取締役としての善管注意義務に違反するものではないと解すべきである。
 以上の見地からすると,参加人がAの株式を任意の合意に基づいて買い取ることは,円滑に株式取得を進める方法として合理性があるというべきであるし,その買取価格についても,Aの設立から5年が経過しているにすぎないことからすれば,払込金額である5万円を基準とすることには,一般的にみて相応の合理性がないわけではなく,参加人以外のAの株主には参加人が事業の遂行上重要であると考えていた加盟店等が含まれており,買取りを円満に進めてそれらの加盟店等との友好関係を維持することが今後における参加人及びその傘下のグループ企業各社の事業遂行のために有益であったことや,非上場株式であるAの株式の評価額には相当の幅があり,事業再編の効果によるAの企業価値の増加も期待できたことからすれば,株式交換に備えて算定されたAの株式の評価額や実際の交換比率が前記のようなものであったとしても,買取価格を1株当たり5万円と決定したことが著しく不合理であるとはいい難い。そして,本件決定に至る過程においては,参加人及びその傘下のグループ企業各社の全般的な経営方針等を協議する機関である経営会議において検討され,弁護士の意見も聴取されるなどの手続が履践されているのであって,その決定過程にも,何ら不合理な点は見当たらない。
 以上によれば,本件決定についての上告人らの判断は,参加人の取締役の判断として著しく不合理なものということはできないから,上告人らが,参加人の取締役としての善管注意義務に違反したということはできない。

(4)裁量権の範囲内とされた事例 経営状態が悪化していた政治資金の寄付の事例
 熊谷組株主代表訴訟事件 最決平18年11月14日

本件政治資金の寄附がされた平成八年ないし平成一二年当時、熊谷組の資本の額は八二〇億八五〇〇万円であり(乙八の一ないし六)、その売上高も、いわゆるバブル経済崩壊後の厳しい経済環境にありながら、約八〇〇〇億円ないし一兆円にも達し、建設業界の中でもその企業規模や経営実績は上位に位置するものであったといえるのに対し(乙六によれば、資本金平均第三位、売上高平均第五位であった。)。本件政治資金の寄附額は前記前提事実(四)のとおり一年間当たり約一二〇〇万円ないし二八〇〇万円程度と政治資金規正法二一条の三第二項による制限額(熊谷組の場合、八七〇〇万円)と比較してかなり低額にとどまっており、かつ、上記経済環境のもとで、熊谷組の資産、経営等につき種々の改善の必要性があったとしても、同社による寄附額は年々減額されており、特に平成八年時と平成一二年時を比較すれば、半額以下にまで減額されていること、熊谷組は、建設業界の統一的な産業団体である日建連の法人会員であり(甲四三)、本件政治資金の寄附の中に日建連の要請を受けてなされたものがあるとしても、上記要請に応ずることが相当でないとはいえないこと、本件政治資金の寄附の相手方である国民政治協会(甲一〇の一ないし三)は、もとより適法な組織団体であり、その寄附を受ける適格性に何ら問題はないこと等の事情に照らすと、本件政治資金の寄附は合理的な範囲内にあるというべきであり、不相応な寄附とまではいえないから、一審被告らに取締役の善管注意義務違反があったということはできない。


(5)財務内容が不透明である会社に対する貸付行為
 最判平成20年1月28日

第1融資は,カブトデコムの発行する新株を引き受ける予定の関連企業に対し,引受予定の新株を担保としてその引受代金を融資し,弁済期に当該株式を売却した代金で融資金の弁済を受けることを予定したもので,保証人となる秋山四郎の資産も大部分はカブトデコムの株式であったから,第1融資に係る債権の回収は専らカブトデコムの業績及び株価に依存するものであったということができる。株式は不動産等と比較して価格の変動幅が大きく,景気動向や企業の業績に依存する度合いが極めて高いものであることに加えて,融資先はいずれもカブトデコムの関連企業であり,いったんカブトデコムの業績が悪化した場合には,カブトデコムの株価すなわち担保価値の下落と融資先の業績悪化とが同時に生じ,たちまち債権の回収が困難となるおそれがあるから,上記のように,銀行が融資先の関連企業の業績及び株価のみに依存する形で195億7000万円もの巨額の融資を行うことは,そのリスクの高さにかんがみ,特に慎重な検討を要するものというべきである。しかも,第1融資は,当時の発行済株式総数が518万5000株であったカブトデコムが新たに350万株を発行するに当たり,そのうち109万5000株の引受代金等として融資されるものであったから,新株発行後のカブトデコムの発行済株式総数に占める担保株式の割合等に照らし,融資先が弁済期に担保株式を一斉に売却すれば,それによって株価が暴落するおそれがあることは容易に推測できたはずであるが,その危険性及びそれを回避する方策等について検討された形跡はない。一般に,銀行が,特定の企業の財務内容,事業内容及び経営者の資質等の情報を十分把握した上で,成長の可能性があると合理的に判断される企業に対し,不動産等の確実な物的担保がなくとも積極的に融資を行ってその経営を金融面から支援することは,必ずしも一律に不合理な判断として否定されるべきものではないが,カブトデコムについては,第1融資を決定する以前の昭和60年調査及び昭和63年調査において,その財務内容が極めて不透明であるとか,借入金が過大で財務内容は良好とはいえないなどの報告がされていたもので,このような調査結果に照らせば,拓銀が当時採用していた企業育成路線の対象としてカブトデコムを選択した判断自体に疑問があるといわざるを得ないし,カブトデコムを企業育成路線の対象とした場合でも,個別のプロジェクトごとに融資の可否を検討するなどその支援方法を選択する余地は十分にあったものと考えられ,あえて第1融資のようなリスクの高い融資を行ってカブトデコムを支援するとの判断に合理性があったとはいい難い。
 そうすると,第1融資を行うことを決定した被上告人らの判断は,第1融資が当時拓銀が採用していた企業育成路線の一環として行われたものであったことを考慮しても,当時の状況下において,銀行の取締役に一般的に期待される水準に照らし,著しく不合理なものといわざるを得ず,被上告人らには銀行の取締役としての忠実義務,善管注意義務違反があったというべきである。