警職法2条1項 職務質問 判例整理

警察官職務執行法
(質問)
第二条  警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。
2  その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。
3  前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。
4  警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。

(1)職務質問のための停止

警察官が職務質問を続行するため立ち去ろうとする相手方の手首をつかんで停止を求めたことが正当な職務執行の範囲を逸脱したものとまではいえないとされた事例

東京高裁昭和49年9月30日

いうまでもなく、警察官職務執行法二条一項の警察官の質問はもっぱら犯罪予防または鎮圧のために認められる任意手段であり、同条項にいう「停止させる」行為も質問のため本人を静止状態におく手段であって、口頭で呼びかけ若しくは説得的に立ち止まることを求め或いは口頭の要求に添えて本人に注意を促す程度の有形的動作に止まるべきで、威嚇的に呼び止め或いは本人に静止を余儀なくさせるような有形的動作等の強制にわたる行為は許されないものと解され、同条二項もこの趣旨から特に規定されたものというべきである。



これを本件について入ると、前記のとおり、小幡巡査は、歩いて立ち去ろうとする被告人の背後から「待ちなさい。」 という言葉に添えて、右手で被告人の右手首を掴んだもので、その強さは必ずしも力を入れたという程ではなく、それは被告人の注意を促す程度の有形的な動作であると認めることができる。証人小幡徹の原審及び当審公判における供述によると、右の当時はすでに当初の職務質問の開始から一〇分近く過ぎており、その間小幡巡査の被告人に対する質問は前記のとおりであって、被告人の住所、年令、職業等の質問はせず、被告人が日本人ではないなと感じながら、外国人登録証明書の呈示も求めていないのである。そこでこのような職務質問の推移及び小幡巡査が被告人に対し抱いた前記の疑念の程度から考えると、小幡巡査が右のような有形的動作によって被告人を停止させて質問を続行する必要があったかどうか、同巡査は応答を拒否して少くとも三度までもその場から歩いて立ち去ろうとした被告人に対しその翻意を求め、説得する意思であったのかどうかについて若干疑問があり、具体的な犯罪による被害事実があったことを念頭にして被告人に対し疑念を抱いたわけでもない小幡巡査としては、この段階において職務質問を中止するのが妥当であったというべきで、執拗に質問を続行しようとした同巡査の行為は行き過ぎの謗を免れない。しかし、前記のとおり、同巡査の行為が職務質問の続行のための停止にあたるという点で、当時の客観的状況をもとに考えると、いまだ正当な職務執行の範囲を逸脱したものとまではいえないので、小幡巡査の前記職務行為は適法であると考えることができる。


最決平成15年5月26日
警察官がホテルの責任者から料金不払や薬物使用の疑いがある宿泊客を退去させてほしい旨の要請を受けて、客室に赴き職務質問を行った際、宿泊客が料金の支払について何ら納得し得る説明をせず、制服姿の警察官に気付くといったん開けたドアを急に閉めて押さえたなど判示の事情の下においては、警察官がドアを押し開けその敷居上辺りに足を踏み入れて、ドアが閉められるのを防止した措置は、適法である事例

警察官がホテル客室に赴き宿泊客に対し職務質問を行ったところ、覚せい剤事犯の嫌疑が飛躍的に高まったことから、客室内のテーブル上にあった財布について所持品検査を行い、ファスナーの開いていた小銭入れの部分から覚せい剤を発見したなど判示の事情の下においては、所持品検査に際し警察官が暴れる全裸の宿泊客を約三〇分間にわたり制圧していた事実があっても、当該覚せい剤の証拠能力を肯定することができるとした事例

 1 警察官が内ドアの敷居上辺りに足を踏み入れた措置について
 一般に,警察官が警察官職務執行法2条1項に基づき,ホテル客室内の宿泊客に対して職務質問を行うに当たっては,ホテル客室の性格に照らし,宿泊客の意思に反して同室の内部に立ち入ることは,原則として許されないものと解される。



 しかしながら,前記の事実経過によれば,被告人は,チェックアウトの予定時刻を過ぎても一向にチェックアウトをせず,ホテル側から問い合わせを受けても言を左右にして長時間を経過し,その間不可解な言動をしたことから,ホテル責任者に不審に思われ,料金不払,不退去,薬物使用の可能性を理由に110番通報され,警察官が臨場してホテルの責任者から被告人を退去させてほしい旨の要請を受ける事態に至っており,被告人は,もはや通常の宿泊客とはみられない状況になっていた。そして,警察官は,職務質問を実施するに当たり,客室入口において外ドアをたたいて声をかけたが,返事がなかったことから,無施錠の外ドアを開けて内玄関に入ったものであり,その直後に室内に向かって料金支払を督促する来意を告げている。これに対し,被告人は,何ら納得し得る説明をせず,制服姿の警察官に気付くと,いったん開けた内ドアを急に閉めて押さえるという不審な行動に出たものであった。このような状況の推移に照らせば,被告人の行動に接した警察官らが無銭宿泊や薬物使用の疑いを深めるのは,無理からぬところであって,質問を継続し得る状況を確保するため,内ドアを押し開け,内玄関と客室の境の敷居上辺りに足を踏み入れ,内ドアが閉められるのを防止したことは,警察官職務執行法2条1項に基づく職務質問に付随するものとして,適法な措置であったというべきである。本件においては,その直後に警察官らが内ドアの内部にまで立ち入った事実があるが,この立入りは,前記のとおり,被告人による突然の暴行を契機とするものであるから,上記結論を左右するものとは解されない。



 2 財布に係る所持品検査について
 職務質問に付随して行う所持品検査は,所持人の承諾を得てその限度でこれを行うのが原則であるが,捜索に至らない程度の行為は,強制にわたらない限り,たとえ所持人の承諾がなくても,所持品検査の必要性,緊急性,これによって侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し,具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合がある(最高裁昭和51年(あ)第865号同53年9月7日第一小法廷判決・刑集32巻6号1672頁参照)。


 前記の事実経過によれば,財布に係る所持品検査を実施するまでの間において,被告人は,警察の許可を得て覚せい剤を使用している旨不可解なことを口走り,手には注射器を握っていた上,覚せい剤取締法違反の前歴を有することが判明したものであって,被告人に対する覚せい剤事犯(使用及び所持)の嫌疑は,飛躍的に高まっていたものと認められる。また,こうした状況に照らせば,覚せい剤がその場に存在することが強く疑われるとともに,直ちに保全策を講じなければ,これが散逸するおそれも高かったと考えられる。そして,眼前で行われる所持品検査について,被告人が明確に拒否の意思を示したことはなかった。他方,所持品検査の態様は,床に落ちていたのを拾ってテーブル上に置いておいた財布について,二つ折りの部分を開いた上ファスナーの開いていた小銭入れの部分からビニール袋入りの白色結晶を発見して抜き出したという限度にとどまるものであった。以上のような本件における具体的な諸事情の下においては,上記所持品検査は,適法に行い得るものであったと解するのが相当である。