横浜地裁平成26年5月21日 航空機運航差止訴訟(厚木基地自衛隊機差止訴訟)

厚木基地自衛隊機について無名抗告訴訟にて差止を認容した有名は裁判例です。行政事件訴訟法上の差止訴訟ではなく、無名抗告訴訟として判断しているのは興味深いですね。

米国との関係や本案の判断にも興味深い部分があるのですが、正直私では本案・差止の当否を判断できる能力はないので、無名抗告訴訟での訴訟要件のみを掲載しています。

判決の当否・分析をしっかりと行うには、まずは全文等を丁寧に読んで、事実関係・背景の状況・前提となる法的知識・(できれば科学的・その他分析に必要な知識)が必要となってくるかと思いますので、興味のある方は、一度全文を読んでみるとよいかと思います。


http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140526111234.pdf


事件番号
 平成19(行ウ)100 等
事件名
 航空機運航差止等請求事件
裁判年月日
平成26年05月21日
裁判所名・部
横浜地方裁判所    第1民事部

判示事項の要旨
  厚木基地に離着陸する航空機(自衛隊機及び米軍機)の発する騒音により被害を受けているとする周辺住民が国に対し行政訴訟として航空機の夜間の運航等の差止めを求めた訴えにつき,米軍機に関する請求は退けられたが,自衛隊機に関する請求は,無名抗告訴訟として,防衛大臣が毎日午後10時から翌日午前6時までやむを得ないと認める場合を除き自衛隊機を運航させてはならない旨を命ずることを求める限度で認容された事例



主文

1 本件各訴えのうち次の部分を却下する。
(1) アメリカ合衆国軍隊の使用する航空機に関する主位的請求(抗告訴訟としての差止請求)に係る部分及び予備的請求その2からその4まで(公法上の法律関係に関する訴訟としての確認請求)に係る部分

(2) 自衛隊の使用する航空機に関する予備的請求その2からその4まで(公法上の法律関係に関する訴訟としての確認請求)に係る部分

(3) 別紙2(死亡・転居原告目録)記載2の原告による自衛隊の使用する航空機に関する主位的請求(抗告訴訟としての差止請求)に係る部分

防衛大臣は,厚木飛行場において,毎日午後10時から翌日午前6時まで,やむを得ないと認める場合を除き,自衛隊の使用する航空機を運航させてはならない。

3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,第1,第2事件を通じ,これを6分し,その5を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。

5 本件訴訟のうち別紙2(死亡・転居原告目録)記載1の原告らによるアメリカ合衆国軍隊の使用する航空機に関する主位的請求に係る部分及び自衛隊の使用する航空機に関する請求に係る部分は,いずれも同別紙記載1の当該原告の死亡日にその死亡により終了した。




第4 本件自衛隊機差止めの訴えについて(その1・一般論)

厚木基地最判の判示

厚木基地最判は,前記のとおり,厚木基地の周辺住民が国(被告)を相手方として提起した第1次厚木基地騒音訴訟の上告審判決である。この訴訟の原告らは毎日午後8時から翌日午前8時までの間の自衛隊機の離着陸及びエンジン作動の差止め並びに航空機騒音についての一定の音量規制を求め(厚木基地最判はこれを「本件自衛隊機の差止請求」という。),最高裁は下記のとおり判示した。なお,そこにいう上告人らは厚木基地の周辺住民,被上告人は国(被告)であり,「本件飛行場」とは厚木基地厚木海軍飛行場)のことである。


本件自衛隊機の差止請求が民事上の請求として許されるかどうかについて,以下に検討する。

自衛隊法3条は,自衛隊は,我が国の平和と独立を守り,国の安全を保つため,直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし,必要に応じ,公共の秩序の維持に当たる旨を定め,同法第6章は,自衛隊の行動として,防衛出動(76条),命令による治安出動(78条),要請による治安出動(81条),海上における警備行動(82条),災害派遣(83条),領空侵犯に対する措置(84条)等の各種の行動を規定している(なお,右の行動に必要な情報の収集,隊員の教育訓練も自衛隊の行動に含まれる。防衛庁設置法5条4号,8号参照)。自衛隊機の運航は,右のような自衛隊の任務,特にその主たる任務である国の防衛を確実,かつ,効果的に遂行するため,防衛政策全般にわたる判断の下に行われるものである。そして,防衛庁長官は,内閣総理大臣の指揮監督を受け,自衛隊の隊務を統括する権限を有し(自衛隊法8条),この権限には,自衛隊機の運航を統括する権限も含まれる。防衛庁長官は,「航空機の使用及びとう乗に関する訓令」(昭和36年1月12日防衛庁訓令第2号)を発し,自衛隊機の具体的な運航の権限を右訓令2条7号に規定する航空機使用者に与えるとともに,右訓令3条において,航空機使用者が所属の航空機を使用することができる場合を定めている。


一方,右のような自衛隊の任務を遂行するため,自衛隊機に関しては,一般の航空機と異なる特殊の性能,運航及び利用の態様等が要求される。

そのため,自衛隊機の運航については,自衛隊法107条1項,4項の規定により,航空機の航行の安全又は航空機の航行に起因する障害の防止を図るための航空法の規定の適用が大幅に除外され,同条5項の規定により,防衛庁長官は,自衛隊が使用する航空機の安全性及び運航に関する基準,その航空機に乗り組んで運航に従事する者の技能に関する基準並びに自衛隊が設置する飛行場及び航空保安施設の設置及び管理に関する基準を定め,その他航空機による災害を防止し,公共の安全を確保するため必要な措置を講じなければならないものとされている。このことは,自衛隊機の運航の特殊性に応じて,その航行の安全及び航行に起因する障害の防止を図るための規制を行う権限が,防衛庁長官に与えられていることを示すものである。

2 以上のように,防衛庁長官は,自衛隊に課せられた我が国の防衛等の任務の遂行のため自衛隊機の運航を統括し,その航行の安全及び航行に起因する障害の防止を図るため必要な規制を行う権限を有するものとされているのであって,自衛隊機の運航は,このような防衛庁長官の権限の下において行われるものである。そして,自衛隊機の運航にはその性質上必然的に騒音等の発生を伴うものであり,防衛庁長官は,右騒音等による周辺住民への影響にも配慮して自衛隊機の運航を規制し,統括すべきものである。

しかし,自衛隊機の運航に伴う騒音等の影響は飛行場周辺に広く及ぶことが不可避であるから,自衛隊機の運航に関する防衛庁長官の権限の行使は,その運航に必然的に伴う騒音等について周辺住民の受忍を義務づけるものといわなければならない。


そうすると,右権限の行使は,右騒音等により影響を受ける周辺住民との関係において,公権力の行使に当たる行為というべきである。


3 上告人らの本件自衛隊機の差止請求は,被上告人に対し,本件飛行場における一定の時間帯(毎日午後8時から翌日午前8時まで)における自衛隊機の離着陸等の差止め及びその他の時間帯(毎日午前8時から午後8時まで)における航空機騒音の規制を民事上の請求として求めるものである。


しかしながら,右に説示したところに照らせば,このような請求は,必然的に防衛庁長官にゆだねられた前記のような自衛隊機の運航に関する権限の行使の取消変更ないしその発動を求める請求を包含することになるものといわなければならないから,行政訴訟としてど
のような要件の下にどのような請求をすることができるかはともかくとして,右差止請求は不適法というべきである。


同じ争点について福岡空港最判も同様の判示をしている。

厚木基地最判の上記判示は,そこにいう防衛庁長官防衛大臣に変更すれば,現行の自衛隊法及び防衛省設置法の下でそのまま妥当するものである。

抗告訴訟提起の可否

厚木基地最判によれば,厚木飛行場における自衛隊機の運航に関する防衛大臣の権限の行使は,その運航に必然的に伴う騒音等について周辺住民の受忍を義務付けるものであるから,同権限の行使は,騒音等により影響を受ける周辺住民との関係において,公権力の行使に当たる行為である(以下,これを「自衛隊機運航処分」という。)。


このように自衛隊機運航処分は防衛施設である飛行場の周辺住民に対し騒音等の受忍を義務付けるものであるが,ここにいう義務付けとは,周辺住民に対し防衛大臣との関係において何らかの作為又は不作為を要求したり,その法的地位に変更を加えたりするものではない。その趣旨は,周辺住民は自衛隊機の運航に伴い必然的に発する騒音等にさらされることとなるが,その騒音等による被害が社会生活上受忍すべき限度にとどまる限り,これを甘受しなければならないというものであると解される(宇賀克也『行政法概説Ⅱ 行政救済法(第4版)』(有斐閣,平成25年)184頁参照)。

自衛隊機運航処分は,公権力の行使に当たる行為である以上,抗告訴訟の対象となる行政処分である(行訴法3条1項,2項参照)。

したがって,自衛隊機運航処分に基づく騒音等により社会生活上受忍すべき限度を超える被害が生じている,あるいは生ずるおそれがあると考える周辺住民は,当該自衛隊機運
航処分を対象とする抗告訴訟を提起して争うことができなければならない。


厚木基地最判は,「行政訴訟としてどのような要件の下にどのような請求をすることができるかはともかくとして」と述べるが,これは自衛隊機運航処分に関する不服の訴訟(すなわち抗告訴訟)が一切許されないという趣旨をいうものとは解されない。

そのような趣旨であるとすればそう明言したと考えられ,上記のようにいう必要はないからである。最高裁が上記のように述べたのは,抗告訴訟にもいくつかの類型が存在するので,自衛隊機運航処分についてそのうちのどの類型の訴訟をどのような要件の下で提起すべきかという問題が残るが,その問題について議論することは当該事案の解決にとって必要でも相当でもないので,その説示をすることを控えたからであると解される。


3 提起すべき抗告訴訟の類型

そこで,厚木飛行場における自衛隊機の一定の態様による運航の差止めを求めようとしている原告らは,どの類型の抗告訴訟を提起すべきであるのかが問題となる。


行訴法3条2項以下は,「処分の取消しの訴え」(同項),「裁決の取消しの訴え」(3項),「無効等確認の訴え」(4項),「不作為の違法確認の訴え」(5項),「義務付けの訴え」(6項)及び「差止めの訴え」(7項)を規定しているが,同条1項は,「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」を包括的に抗告訴訟としていることから,同条2項以下に規定されているこれらの法定抗告訴訟に限らず,ここに規定されていない抗告訴訟すなわち無名抗告訴訟も,抗告訴訟として認める趣旨であると解される。


原告らは,以上の解釈を踏まえ,本件自衛隊機差止めの訴えは同条7項所定の差止訴訟又は無名抗告訴訟のいずれかとして許されると主張するので,以下検討する。


(1) 自衛隊機運航処分の特色

まず自衛隊機運航処分の内容,性格をみると,この処分には次のような特色がある。

第1に,自衛隊機運航処分は法的効果を伴わない事実行為である。前記のとおり,処分の相手方である周辺住民は,その被害が社会生活上受忍すべき限度内にある限りこれを受忍すべきであるとされるにとどまり,防衛大臣との関係においてその法的地位に何の影響も受けない。その効果のみに着目すれば,私人がその発する騒音等によって周辺住民に被害を与える場合と異なるところはない。

一般に,行政処分とは,公権力の主体たる国又は公共団体が法令に基づき行う行為のうち,その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうが(最高裁昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁参照),自衛隊機運航処分はこれに当てはまらない行政処分であり,その性格は,警察官職務執行法3条以下に規定する保護,措置等あるいは「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」29条に規定する措置入院などの即時強制と共通する。


第2に,自衛隊機運航処分は処分の相手方が不特定多数である。

すなわち名宛人が特定していない処分であって,その相手方の数は多数に上る。ある飛行場における自衛隊機の運航が周辺のいかなる範囲の住民を騒音等の影響下に置くかは,一義的には定まらない。当該飛行場において自衛隊機がどのように運航されるかによって,騒音等の大きさも,それが広がる範囲も異なるからである。一方で,周辺に多数の住民が居住する飛行場であれば,騒音等による影響を受ける住民の数が自ずから多数に上ることは明らかである。

第3に,自衛隊機運航処分は,その処分の個数をどのように数えるべきかについて困難な問題がある。自衛隊機の運航は日々継続して行われるものであるから,ある飛行場における自衛隊機運航処分は,その全体を1個の処分ととらえることも可能であろう。他方,これを細分化してとらえることも可能であり,一番細かい単位を考えれば,自衛隊機1機の運航をもって1個の処分とみることもできよう。


しかし,例えば差止訴訟の対象となることを想定すると,離着陸に伴う騒音等による被害が発生するからといって,ある飛行場における自衛隊機の運航全体を差し止めなければならない,すなわち当該飛行場を閉鎖しなければならないとまではいえないし,他方,通常は,自衛隊機1機のみの離着陸によって社会生活上受忍すべき限度を超える被害が発生するとは考え難い。

したがって,上記のいずれのとらえ方も極端にすぎるのであり,その中間において,差止めの対象となる運航の範囲をどのようにとらえるかが問題となる。重要なのはその範囲の定め方であり,処分の個数を検討することに意義は乏しい。


第4に,自衛隊機運航処分は,自衛隊法107条5項を根拠とするものであるが,その違法性の有無は同項の規定の解釈によって一義的に定まるものではない。

自衛隊機の運航に伴う騒音等によって周辺住民が受ける被害が社会生活上受忍すべき限度を超えるか否かは,種々様々な要素を比較検討した結果決まるものだからである(最高裁昭和56年12月16日大法廷判決・民集35巻10号1369頁(以下「大阪空港最判」という。),厚木基地最判及び平成5年横田基地最判参照)。

第5に,以上のような内容,性格からして,自衛隊機運航処分について取消訴訟が機能する余地はない。なぜなら,この処分は事実行為であり,しかも,周辺住民が受ける被害は騒音等にさらされることによる被害に限られるからである。防衛施設である飛行場における自衛隊機の運航に伴う騒音等が周辺住民に対し社会生活上受忍すべき限度を超える被害を与える場合,当該飛行場はその設置又は管理に瑕疵があるものとされ,その設置・管理者であ
る被告は当該住民に対して国家賠償法2条1項に基づく賠償責任を負う。これは確立した判例である(大阪空港最判厚木基地最判及び平成5年横田基地最判参照)。

したがって,被害を受けたと考える周辺住民は,自衛隊機運航処分に対する取消訴訟を提起して判決によりその違法を宣言してもらうなどの対処をする必要は全くなく,直ちに国家賠償請求訴訟を提起すれば足りるのである。

現に原告らも,他の住民とともに被告に対し国家賠償を求める第4次厚木基地騒音訴訟を提起しており,本件と並行して審理されている。

以上のとおり,厚木基地最判という判例によってその存在が認められた自衛隊機運航処分は,通常の行政処分とは性格,内容を異にする特殊な行政処分というべきである。


(2) 法定の差止訴訟か無名抗告訴訟

それでは,周辺住民が自衛隊機運航処分の差止めを求めようとする場合,法定の差止訴訟として訴えを提起すべきか,それとも無名抗告訴訟として訴えを提起すべきか。


上記のとおり,自衛隊機運航処分は,抗告訴訟によってこれを取り消す意味はないが,これを差し止めることには意義を見いだすことができる。そこでまず,法定の差止訴訟の要件を検討する必要がある。

法定の差止訴訟の対象となるのは「一定の処分」であり,その「一定の処分」がされることにより「重大な損害を生ずるおそれがある場合」に限り,訴えを提起することができる(行訴法3条7項,37条の4第1項)。また,その「一定の処分」の差止請求が認容されるのは,「行政庁がその処分…をすべきでないことがその処分…の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ」るとき,又は「行政庁がその処分…をすることがその裁量権の範
囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき」である(同条5項)。


問題となるのは「一定の処分」という要件である。上記のとおり,自衛隊機運航処分を差し止めようとする場合,将来における処分全体を1個の処分とみることは適当でなく,何らかの基準によって差止めの対象となる範囲を限定しなければならない。その限定の仕方としては,時間帯による(例えば,夜間のみの差止め),曜日による(例えば,日曜日のみの差止め),一定の期間内の運航機数による(例えば,1日の運航機数を制限する),機種による(例えば,ジェット機の運航を禁止する),音量による(例えば,特定の場所におけるW値を制限する)など,様々な方法が考えられる。本件自衛隊機差止めの訴えにおいては,差止めの対象を,①毎日午後8時から翌日午前8時までの運航,②訓練のための運航,③自衛隊機の運航により生ずる航空機騒音によって原告らの居住地におけるそれまでの1年間の一切の航空機騒音が75Wを超えることとなる場合の当該自衛隊機の運航,という形で限定
している。

しかし,このように限定するにしても,その場合の差止めの対象は,法定の差止訴訟において差止めの対象となることが想定されている「一定の処分」とは性格,内容がかなり異なるというべきである。


通常の行政処分は,法令によってその成立要件が定められ,行政庁が採るべき手段も特定のものが定められている(複数の手段の中から選択するという場合もあるが,その選択肢は限定されている。)。行訴法3条7項及び37条の4第1項にいう「一定の処分」という要件は,このような法令の定めを前提とした上で,同条に規定するそれ以外の差止めの各要件について裁判所が判断をするためにはそれが可能となる程度に差止めの対象が特定されている必要があるという見地から,設けられたものであると解される。

したがって,そこで想定されている「一定の処分」は,当該行政処分の根拠となる法令の規定によって自ずからその範囲が限定されているものであり,原告がその中から差止めの対象を特定し,これがそのまま裁判所の審理判断の対象となる。


これに対し,自衛隊機運航処分の場合は,差止めの範囲の限定の仕方は多種多様であり,根拠規定である自衛隊法107条5項から導かれるものではなく,むしろ専ら原告がどのように請求の趣旨を構成するかにかかっている。

そして,自衛隊機運航処分の適法性が,当該処分に基づいて周辺住民が受ける被害が社会生活上受忍すべき限度を超えるか否かによって判断されるものである以上,原告によって差止めの対象として特定された「一定の」自衛隊機運航処分が違法といえるか否かについても,同様に,これに基づいて周辺住民が受ける被害が社会生活上受忍すべき限度を超えるか否かによって判断されなければならない。


その判断は,過去及び現在の事実関係を踏まえた総合的な判断であり,法令の規定に定められた処分の要件該当性を一つ一つ検討していくというものではない。しかも,そのような検討の過程においては,原告が当初特定した差止めの対象が当該事案における差止めの対象として適切か否かも考慮の対象となる。すなわち,原告が特定した差止めの対象を前提にすれば差止めは認められないが,その範囲を更に限定すれば差止めは認められるということもあり得るのであり,そのような場合,審理の途中で,判断の対象となる「一定の処分」が変更することになる。


以上の諸点を前提にすると,自衛隊機運航処分について,法定の差止訴訟が想定している「一定の処分」を観念することは困難であるというべきである。


法定の差止訴訟は平成16年法律第84号による行訴法の改正によって導入されたものであるが,同改正の立案に携わった者は,行訴法3条7項にいう「一定の処分」に関して次のように述べている。「民事訴訟などでは,一定の程度を超える騒音を発生させてはならない旨を命ずることを求める差止めの訴えが認められることがありますが,このような差止めを求める行為を処分によってもたらされる結果だけから特定し,その原因となる処分にはさまざまなものがあるため,具体的にどの処分の差止めを求める訴えであるかが特定できないような訴えは,『一定の処分』をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟であるとはいえませんから,第3条第7項の差止めの訴えとしては,適法な訴えとはいえないと考えられます」(小林久起『司法制度改革概説3・行政事件訴訟法』(商事法務,平成16年)185頁〜186頁)。本件自衛隊機差止めの訴えのうち航空機騒音が75Wを超えることと
なる運航の差止めを求める部分は,正にこの記述が想定している抽象的不作為命令(本件に即していえば,「原告らの居住地において75Wを超える騒音を発生させてはならない」という命令)と実質的には同じというべきであり,この記述に従えば,法定の差止訴訟になじまないということになる。

以上の検討によると,自衛隊機運航処分の差止めは,法定の差止訴訟によってこれを求めるのは困難であるといわざるを得ないから,無名抗告訴訟によってこれを求めるべきであり,無名抗告訴訟としてその要件を構成すべきである(塩野宏「無名抗告訴訟の問題点」鈴木忠一=三ヶ月章監修『新・実務民事訴訟講座9』(日本評論社,昭和58年)113頁参照)。法定抗告訴訟に関する行訴法の各規定が想定していない自衛隊機運航処分という特殊な行政処分に対しては,これに応じた特殊な救済方法が認められなければならないのである。


4 無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えの要件

上記3の検討を踏まえ,無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えについて,その訴訟要件及び請求認容要件を検討する。

(1) 請求の特定性

差止めの請求といっても様々なものが考えられるが,参考になるのが平成5年横田基地最判である。当該事案における請求の趣旨の一つは,「被上告人〔国〕は,上告人〔周辺住民〕らのためにアメリカ合衆国軍隊をして,毎日午後9時から翌日午前7時までの間,本件飛行場を一切の航空機の離着陸に使用させてはならず,かつ,上告人らの居住地において55ホン以上の騒音となるエンジンテスト音,航空機誘導音等を発する行為をさせてはならない。」というものである。これについて最高裁は,「被上告人に対して給付を求めるものであることが明らかであり,また,このような抽象的不作為命令を求める訴えも,請求の特定に欠けるものということはできない。」と判示した。さらに,当該請求を主位的請求とする予備的請求の請求の趣旨は,「被告〔国〕は原告〔周辺住民〕らに対し,毎日午後9時から翌日午前7時までの間,原告ら居住家屋内に,横田飛行場より55デシベル(C)を超えるエンジンテスト音及び航空機誘導音並びに同飛行場に離着陸する航空機から発する50デシベル(A)を超える飛行音を到達させてはならない。」というものであったが,控訴審判決は当該請求に係る訴えを却下することなくこの請求を棄却し,最高裁はその判断を是認しているから,最高裁は当該請求も特定性を欠くとはしていないのである。

したがって,判例によれば,一定の時間帯を特定して,その時間帯における航空機騒音が特定の地点において一定のレベルを超えてはならないという抽象的不作為命令を求める訴えは,請求の特定に欠けるところはない。

もちろん,以上は民事上の請求についての判断であるが,自衛隊機運航処分については,前記のとおり,民事上の請求としての差止請求におけるのと同様,一定の基準を設けてその差止めの対象の範囲を特定しなければならないのであるから,上記の判例は無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えにも妥当するというべきである。


(2) 原告適格

行訴法は無名抗告訴訟原告適格について特に定めを置いていないが(同法38条1項参照),無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えは,差止めという点で法定の差止訴訟と共通するから,法定の差止訴訟の原告適格に関する規定を類推適用すべきである。したがって,防衛大臣が特定の飛行場における自衛隊機運航処分を(一定の範囲で)してはならない旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り,提起することが
できるというべきである(同法37条の4第3項)。


この考え方によると,自衛隊機運航処分によって騒音等の受忍を義務付けられる周辺住民は,同処分の相手方であるからその差止めを求める法律上の利益を有し,原告適格を有するが,そうでない者は原告適格を有しないことになると解される。

前記のとおり,防衛施設周辺における第一種区域は,環境整備法,環境整備法施行令及び旧環境整備法施行規則に基づき,昭和56年以降現在に至るまで,75Wという水準によって画されてきた。公共用飛行場周辺の第一種区域も,航空機騒音防止法,旧航空機騒音防止法施行令及び旧航空機騒音防止法施行規則に基づき,同じく,75Wという水準によって画されている。


また,特定空港(成田国際空港)周辺において都道府県知事は,特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法3条1項にいう航空機騒音対策基本方針を定めるに当たり,航空機騒音が75W以上である地域を基準として航空機騒音障害防止地区とすべき地域を定めるものとされている(特定空港周辺航空機騒音対策特別措置法施行令(平成24年政令第253号による改正前のもの)3条1項1号)。このように,航空機騒音に関する法令はいずれも,75Wをもって被告が政策措置を講ずべき最低限の水準としており,これは過去約30年にわたって変化がない。


一方,昭和48年環境基準は,前記のとおり,航空機騒音に係る環境基準を,地域の類型Ⅰにおいて70W,地域の類型Ⅱにおいて75Wと定めており,全ての地域において少なくとも75W以下という環境基準が保たれなければならないとしている。


そして,前記のWHOガイドラインの定めるガイドライン値(その内容は後記第5の4(1)参照)や昭和48年環境基準を参考にすると,75Wという水準はそれ自体,航空機騒音として相当高いレベルであるといえる。

これらの事情を勘案すると,防衛施設である飛行場周辺の75W以上の地域に居住する者は,当該飛行場に離着陸する自衛隊機に関する自衛隊機運航処分につき騒音等の受忍を義務付けられる者であって,無名抗告訴訟としての差止めの訴えの原告適格を有すると解される。一方,75Wの地域よりも外側の地域に居住する者は,自衛隊機運航処分によって騒音等の受忍を義務付けられるとはいえず,無名抗告訴訟としての差止めの訴えの原告適格を有しないというべきである。

(3) 請求認容要件

無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えの請求認容要件を検討する。

ア根拠規定である自衛隊法107条5項によれば,防衛大臣は,航空機による災害を防止し,公共の安全を確保するため必要な措置を講じなければならないとされている。本件で原告らが問題とする航空機騒音についていえば,防衛大臣は,自衛隊機が防衛施設である飛行場に離着陸することに伴う騒音によって周辺住民が社会生活上受忍すべき限度を超えた被害を被ることのないようにするため必要な措置を講ずる義務を負う。この義務に違反する自衛隊機運航処分は違法である。その違法の有無を判断するに当たっては,侵害行為の態様と侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか,侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況,その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容,効果等の事情をも考慮し,これらを総合的に考察してこれを決すべきものであると解される。

これは,防衛施設である飛行場の設置又は管理に瑕疵があるものとして国家賠償法2条1項に基づき被告が周辺住民に対して賠償責任を負うか否かを判断するに当たっての判断枠組みと同じである(第4次厚木基地騒音訴訟における当裁判所の判決を参照)。


ただし,賠償責任の有無を判断する場合と差止めの要否を判断する場合とでは,その判断の仕方に差異が生ずるというべきである。最高裁平成7年7月7日第二小法廷判決・民集49巻7号2599頁は,国道43号線等の道路の周辺住民からその供用に伴う自動車騒音等により被害を受けているとしてその道路の供用の差止めが請求された事案において,「道路等の施設の周辺住民からその供用の差止めが求められた場合に差止請求を認容すべき違法性があるかどうかを判断するにつき考慮すべき要素は,周辺住民から損害の賠償が求められた場合に賠償請求を認容すべき違法性があるかどうかを判断するにつき考慮すべき要素とほぼ共通するのであるが,施設の供用の差止めと金銭による賠償という請求内容の相違に対応して,違法性の判断において各要素の重要性をどの程度のものとして考慮するかにはおのずから相違があるから,右両場合の違法性の有無の判断に差異が生じることがあっても不合理とはいえない。」と判示し,当該事案において差止請求を認容すべき違法性の有無を判断するに当たっては,特に,被侵害利益の性質・内容と侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等の比較検討を重視する判断を示した。

これは民事上の差止請求に関する判示であるが,無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えにも妥当するというべきである。

法定の差止訴訟においては,「重大な損害を生ずるおそれ」があることが要件として規定されているが(行訴法37条の4第1項),無名抗告訴訟としての自衛隊機運航処分差止めの訴えにおいては,以上の枠組みの中でこの要件に関わる事由が検討されることになる。


イ次に,自衛隊機運航処分については,その公共性ないし公益上の必要性について特別な考慮を要すると解される。自衛隊法76条以下に規定されている自衛隊の行動は,その性質上,必要があればいついかなる時においてもとられなければならないものであるから,その公共性ないし公益上の必要性の大きさに鑑みると,無名抗告訴訟として自衛隊機運航処分の差止めが求められ,その差止請求が認容される場合であっても,防衛大臣がやむを得ないと判断するときには自衛隊機運航処分は許されるといわなければならない。

したがって,差止請求を留保なしに認容することはできないというべきであり,差止請求を認容する判決には,「防衛大臣は,やむを得ないと認める場合を除き,〜してはらならない」というように,やむを得ないと認める場合には防衛大臣は判決に拘束されないことを明記すべきである。


第5 本件自衛隊機差止めの訴えについて(その2・本件事案の検討)

1 請求の特定性

本件自衛隊機差止請求の請求の趣旨は,防衛大臣は,厚木飛行場において,自衛隊機について,①毎日午後8時から翌日午前8時までの間の運航,②訓練のための運航,③自衛隊機の運航により生ずる航空機騒音によって原告らの居住地におけるそれまでの1年間の一切の航空機騒音が75Wを超えることとなる場合の当該自衛隊機の運航をさせてはならないというものである。

このうち①及び②は,その請求内容によって差止めの対象が特定していることは明らかである。③については,原告らの居住地における航空機騒音の水準を特定する一方で,それを実現する手段としては航空機を離着陸させないことにとどまらず航空機騒音を抑制するための様々な方策があり得るのにそれが特定していないという点で,抽象的不作為命令に当たるが,平成5年横田基地最判によればこのような訴えも請求の特定に欠けるところはない。

したがって,本件自衛隊機差止請求は請求の特定に欠けるところがない。

原告適格

証拠(甲地域別1,甲地域別2,甲地域別4)及び弁論の全趣旨によれば,別紙2(死亡・転居原告目録)記載2の原告(以下「転居原告」という。)を除く原告らの居住地はいずれも厚木飛行場周辺の75W以上の地域にあることが認められる一方,転居原告が本件口頭弁論終結時より前に75W以上の地域からその外側の地域に転居したことは当裁判所に顕著である。

したがって,転居原告を除く原告らは本件自衛隊機差止めの訴えの原告適格を有するが,転居原告は原告適格を有しない。転居原告の本件自衛隊機差止めの訴えは不適法であり,却下を免れない。

なお,本件自衛隊機差止めの訴えにおいて差止めを求める法律上の利益を基礎付けるものは厚木飛行場周辺の75W以上の地域に居住しているという事実であるから,死亡原告らの本件自衛隊機差止請求に係る訴訟は,これを承継する余地がなく当然に終了するものと解すべきである。したがって,これに関しては訴訟の終了を宣言する。

以下,転居原告を除く原告らの本件自衛隊機差止請求の当否について判断する。