地方自治法4号請求と本件弁済合意による放棄の適法性・有効性 最判平成22年3月25日

地方自治法4号請求と本件弁済合意による放棄の適法性・有効性
最判平成22年3月25日

■ メモ

高槻市の住民らが、職員の福利厚生のための事業を委託している社団法人に対する、同市からの補助金の支出が違法であり、市長に対し支出額に相当する金員を不当利得として返還すべきであるのに、それを怠っているなどと主張して、地方自治法242条の2第1項第4号に基づき、市長に対し当該社団法人に対して不当利得返還を求めて住民訴訟を提起した事例。

*当該社団は第1審継続中に、清算し、原審継続中に補助金相当額について返還債務に充当すること等の本件充当合意を締結した。

*本件充当合意は実質的には、債権を放棄することであり、民事の法領域のみで処理すべきか否かが争われた。

最高裁は、本件充当合意の適法性・有効性を認めている。

*学説上は、①実質的には債権の放棄を内容とするものであり、議会の議決を要すると批判されうるし、本件最高裁判決は、主張を退けるのみで理由が示されていないこと、②訴訟係属中に損害賠償請求権や不当利得返還請求権を放棄する旨の議会議決が行われる場合と同様に本件充当合意を有効とすると公金支出の違法性を問う住民訴訟制度の存在意義を否定しかねないとの批判等が存在する(重判平成22年60-61頁(ジュリスト))平成22年3月25日の解説を参照)。

*4号請求が争われた事例としては
最判平成23年1月14日(公有地を自治法に無償譲渡したことと補助金の交付が違法な財務会計行為であるとして、当該行為をした町長に対して損害賠償を認めた事例)
最判平成22年7月22日(市長が大祭に係る諸事業の賛奉を目的とする団体の発会式に出席し出席に伴う運転職員の手当等に係る違法な公金支出により市が損害を受けたとして、市の住民が当該市長に対する支出相当額の損害賠償を請求することを求めた事例)
最判平成22年7月16日(大阪市職員を組合員とする互助組合が、大阪市から支出を受けた補助金を組合員のために企業年金保険の保険料にあてたことにつき、大阪市の住民らが互助組合等に損害賠償請求ないし不当利得請求を求めるように住民訴訟を提起した事案)等がある。

■ 条文

地方自治法242条の2第1項第4号(住民訴訟
普通地方公共団体の住民は、前条第一項の規定による請求をした場合において、同条第四項の規定による監査委員の監査の結果若しくは勧告若しくは同条第九項の規定による普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関若しくは職員の措置に不服があるとき、又は監査委員が同条第四項の規定による監査若しくは勧告を同条第五項の期間内に行わないとき、若しくは議会、長その他の執行機関若しくは職員が同条第九項の規定による措置を講じないときは、裁判所に対し、同条第一項の請求に係る違法な行為又は怠る事実につき、訴えをもつて次に掲げる請求をすることができる。
一  当該執行機関又は職員に対する当該行為の全部又は一部の差止めの請求
二  行政処分たる当該行為の取消し又は無効確認の請求
三  当該執行機関又は職員に対する当該怠る事実の違法確認の請求
四  当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方に損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを当該普通地方公共団体の執行機関又は職員に対して求める請求。ただし、当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に係る相手方が第二百四十三条の二第三項の規定による賠償の命令の対象となる者である場合にあつては、当該賠償の命令をすることを求める請求
2  前項の規定による訴訟は、次の各号に掲げる期間内に提起しなければならない。
一  監査委員の監査の結果又は勧告に不服がある場合は、当該監査の結果又は当該勧告の内容の通知があつた日から三十日以内
二  監査委員の勧告を受けた議会、長その他の執行機関又は職員の措置に不服がある場合は、当該措置に係る監査委員の通知があつた日から三十日以内
三  監査委員が請求をした日から六十日を経過しても監査又は勧告を行なわない場合は、当該六十日を経過した日から三十日以内
四  監査委員の勧告を受けた議会、長その他の執行機関又は職員が措置を講じない場合は、当該勧告に示された期間を経過した日から三十日以内
3  前項の期間は、不変期間とする。
4  第一項の規定による訴訟が係属しているときは、当該普通地方公共団体の他の住民は、別訴をもつて同一の請求をすることができない。
5  第一項の規定による訴訟は、当該普通地方公共団体の事務所の所在地を管轄する地方裁判所の管轄に専属する。
6  第一項第一号の規定による請求に基づく差止めは、当該行為を差し止めることによつて人の生命又は身体に対する重大な危害の発生の防止その他公共の福祉を著しく阻害するおそれがあるときは、することができない。
7  第一項第四号の規定による訴訟が提起された場合には、当該職員又は当該行為若しくは怠る事実の相手方に対して、当該普通地方公共団体の執行機関又は職員は、遅滞なく、その訴訟の告知をしなければならない。
8  前項の訴訟告知は、当該訴訟に係る損害賠償又は不当利得返還の請求権の時効の中断に関しては、民法第百四十七条第一号 の請求とみなす。
9  第七項の訴訟告知は、第一項第四号の規定による訴訟が終了した日から六月以内に裁判上の請求、破産手続参加、仮差押若しくは仮処分又は第二百三十一条に規定する納入の通知をしなければ時効中断の効力を生じない。
10  第一項に規定する違法な行為又は怠る事実については、民事保全法 (平成元年法律第九十一号)に規定する仮処分をすることができない。
11  第二項から前項までに定めるもののほか、第一項の規定による訴訟については、行政事件訴訟法第四十三条 の規定の適用があるものとする。
12  第一項の規定による訴訟を提起した者が勝訴(一部勝訴を含む。)した場合において、弁護士又は弁護士法人に報酬を支払うべきときは、当該普通地方公共団体に対し、その報酬額の範囲内で相当と認められる額の支払を請求することができる。

■ 概要

事件番号
 平成21(行ヒ)42
事件名
 不当利得金返還等請求事件
裁判年月日
 平成22年03月25日
法廷名
最高裁判所第一小法廷
裁判種別
 判決
結果
 破棄自判
判例集等巻・号・頁
 集民 第233号295頁
原審裁判所名
大阪高等裁判所
原審事件番号
 平成19(行コ)133
原審裁判年月日
 平成20年10月30日

判示事項
 市が,職員の福利厚生のための事業を委託している社団法人に支払った補給金のうち退職した職員に対する退会給付金等の給付に充てられた部分につき,同法人に対し不当利得金の返還請求権を有していた場合において,同法人から退会給付金制度の廃止により不要となった補給金を清算する趣旨で支払われた金員を上記不当利得金の返還債務に充当する旨の市と同法人との間の合意により,上記不当利得金の返還請求権が消滅するとされた事例


裁判要旨
 市が,職員の福利厚生のための事業を委託している社団法人に支払った補給金のうち退職した職員に対する退会給付金等の給付に充てられた部分につき,同法人に対し不当利得金の返還請求権を有していた場合において,同法人から退会給付金制度の廃止により不要となった補給金を清算する趣旨で支払われた金員を上記不当利得金の返還債務に充当する旨の市と同法人との間の合意が,債権の放棄を内容とするものとして議会の議決を要するとはいえず,公序良俗に反するともいえないなど判示の事情の下では,上記合意により上記不当利得金の返還請求権は消滅する。
(補足意見がある。)
参照法条
民法488条,地方自治法242条の2第1項4号


主文

原判決中上告人ら敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。


理由

上告補助参加代理人比嘉廉丈の上告受理申立て理由第2について

■ 事案の概要

1 本件は,高槻市の住民である被上告人が,同市が職員の福利厚生のための事業を委託している上告補助参加人に対する同市からの補給金の支出が違法であり,上告補助参加人は同市に対して上記支出額に相当する金員を不当利得として返還すべきであるのに,上告人らはその返還請求を違法に怠っているなどと主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,上告人らに対し,上告補助参加人に対して上記不当利得の返還請求をすべきこと等を求めている事案である。


2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

■ 事実関係

(1) 上告補助参加人は,大阪府下の市町村及び一部事務組合の常勤の職員等を会員とし,会員の福利増進,生活の向上を期すること等を目的とする社団法人であり,その給付事業として,退職等によって会員資格を喪失した者に対する退会給付金の給付等を行っていた。


上告補助参加人は,事業の経費に充てるため,会員から毎月会費を徴収するほか,会員の所属する市町村等から毎月補給金の払込みを受けていた。

(2) 高槻市は,高槻市職員の厚生制度に関する条例(昭和52年高槻市条例第1号)に基づき,上告補助参加人との間で職員の福利厚生事業に係る委託契約を締結し,平成7年度から同16年度まで及び平成17年4月から同年11月までの間,上告補助参加人に対し,第1審判決別紙補給金支出額一覧表記載の補給金(以下「本件補給金」という。)を支出した。


(3) 上告補助参加人は,平成17年11月,退会給付金制度を廃止し,上告補助参加人の流動資産のうち100億円を上記制度の廃止に伴う清算金として各市町村等に返還することとし,高槻市に対しては,同年12月,4億6835万7550円(以下「本件清算金」という。)を返還した。高槻市は,本件清算金について,平成17年度において歳入の調定をし,予算科目を雑入として,4億0531万1683円を一般会計(市長部局)に,2642万6456円を水道事業会計に,3421万6100円を自動車運送事業会計に区分して収納した。


(4) 上告補助参加人は,平成20年6月19日付け書面をもって,上告人らに対し,本件訴訟において本件補給金相当額が不当利得に当たるとされる場合には,本件清算金を平成17年4月分から同年11月分までの返還債務に充当し,その残額については,平成16年度分,同15年度分及び同14年度分の返還債務に順次充当することを申し入れ,上告人らは同20年6月23日これを承諾した(以下,これによる合意を「本件充当合意」という。)。


3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断し,被上告人の請求を,上告人らがそれぞれ上告補助参加人に対し下記(1)の各金額の不当利得返還請求をするよう求める限度で認容すべきものとした。


(1) 平成16年8月分から同17年11月分までの本件補給金のうち,退会給付金等の給付に充てられた部分(市長部局につき1億7649万7481円,水道事業につき1110万3988円,自動車運送事業につき1334万0843円)に係る支出は,給与条例主義を潜脱するものとして違法であり,高槻市は,上告補助参加人に対し,上記と同額の不当利得返還請求権(以下「本件請求権」という。)を有する。


(2) 本件清算金の返還は,退会給付金制度の廃止により不要となった補給金を不当利得として清算する趣旨でされたものであるところ,高槻市は,受領した本件清算金につき,平成17年度において歳入の調定をし,予算科目を雑入として収納手続を完了したことが認められるから,その時点で清算金の返還に関する債権債務は消滅したものというべきである。


そうすると,それから2年6か月以上が経過した後にされた本件充当合意がその効力を有するということはできない。

最高裁の判断
4 しかしながら,原審の上記3(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

本件充当合意は,前記2(4)のとおりのものであり,上告補助参加人が高槻市に対して本件清算金を返還した時点でいったん生じていた,清算金の返還に関する債権債務の消滅という効果を排除した上で,改めて本件清算金を本件訴訟において請求すべきことが求められている不当利得返還債務に充当するというものであると解されるところ,いったん弁済によって生じた法律上の効果を当事者双方の合意により排除することは妨げられないものというべきであるから(最高裁昭和33年(オ)第581号同35年7月1日第二小法廷判決・民集14巻9号1641頁参照),本件充当合意が清算金の返還に関する債権債務の消滅後にされたことのみを理由として,その効力を否定することはできない。このことは,本件清算金について歳入の調定及び収納がされたことによって左右されるものではない。



なお,被上告人は,本件充当合意につき,実質的には債権の放棄を内容とするものであり議会の議決を要するとか,公序良俗に反するなどとも主張するが,前記事実関係の下では,上記各主張のようにいうことはできず,その他,本件充当合意の効力を否定すべき理由は見当たらない。

したがって,高槻市が上告補助参加人に対して有していた本件請求権は,本件充当合意により,そのすべてが消滅したものというべきである。

5 以上によれば,本件充当合意の効力を否定した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上記部分に関する被上告人の請求を棄却した第1審判決の結論は正当であるから,同部分につき被上告人の控訴を棄却することとする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官宮川光治の補足意見がある。

宮川光治裁判官の補足意見

裁判官宮川光治の補足意見は,次のとおりである。

上告補助参加人が高槻市に本件清算金を返還した後,高槻市は歳入の調定をして収納手続を終えていたところ,返還後約2年6か月を経過した時点で,上告補助参加人と上告人らは,本件訴訟において本件補給金相当額が不当利得に当たるとされる場合には,本件清算金を順次さかのぼって充当するという合意をした。


本件充当合意は,本件訴訟を終わらせるという意図の下に行われたとみることができるが,
被上告人は,こうした行為は裁判を通じて公金支出の違法性を問おうとする住民訴訟制度の趣旨を損なうものであるとして,公序良俗に反し無効というべきであるとする。


しかしながら,当事者の合意により,いったん弁済により消滅した債権を復活させ,当該弁済金を他の債権の弁済に充当することは可能である。

保証人等の第三者に不利益を及ぼす場合には,その第三者に対しては復活の効力を認めないということが考えられるが,本件は,そのような場合ではない。本件充当合意の効力を否定することはできない。


本件では,上告補助参加人は,大阪府下の市町村等に対し,退会給付金制度の廃止に伴う清算金として上告補助参加人の流動資産のうち100億円を返還し,会員には残りの流動資産により積立金を返還する等して解散することを予定していたことがうかがわれる。


大阪府下の市町村はそれぞれ高槻市と同様に補給金相当額の不当利得返還請求権を本来有していたのであるから,多数の市町村に対する返還処理はそのことをも考慮して公平に行われるべきであり,他方で清算事務を早期に結了することも必要である。


こうした事情の下では,本件充当合意を相当でないということはできない。

(裁判長裁判官宮川光治
裁判官櫻井龍子
裁判官金築誠志
裁判官横田尤孝
裁判官白木勇)