最判平成23年4月19日 吸収合併等の反対株主の株式買い取り請求に係る『公正な価格』 株式買取請求がなされた日のナカリセバ価格

事件番号
 平成22(許)30
事件名
 株式買取価格決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件
裁判年月日
平成23年04月19日
法廷名
最高裁判所第三小法廷
裁判種別
 決定
結果
 棄却
判例集等巻・号・頁
民集 第65巻3号1311頁
原審裁判所名
東京高等裁判所
原審事件番号
 平成22(ラ)588
原審裁判年月日
 平成22年07月07日
判示事項
 1 吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生じない場合に消滅株式会社等の反対株主がした株式買取請求に係る「公正な価格」の意義
2 株式買取請求がされた日における吸収合併契約等を承認する旨の株主総会の決議がされることがなければその株式が有したであろう価格を算定するに当たって参照すべき市場株価として,同日における市場株価やこれに近接する一定期間の市場株価の平均値を用いることが,裁判所の裁量の範囲内にあるとされる場合

裁判要旨
 1 会社法782条1項所定の吸収合併等によりシナジー(組織再編による相乗効果)その他の企業価値の増加が生じない場合に,同項所定の消滅株式会社等の反対株主がした株式買取請求に係る「公正な価格」は,原則として,当該株式買取請求がされた日における,吸収合併契約等を承認する旨の株主総会の決議がされることがなければその株式が有したであろう価格をいう。
2 会社法782条1項所定の吸収合併等により企業価値が増加も毀損もしないため,当該吸収合併等が同項所定の消滅株式会社等の株式の価値に変動をもたらすものではなかった場合には,株式買取請求がされた日における吸収合併契約等を承認する旨の株主総会の決議がされることがなければその株式が有したであろう価格を算定するに当たって参照すべき市場株価として,同日における市場株価やこれに近接する一定期間の市場株価の平均値を用いることは,当該事案の事情を踏まえた裁判所の合理的な裁量の範囲内にある。
(1につき,補足意見及び意見がある。)


判旨
1 本件は,相手方を吸収分割株式会社,Aを吸収分割承継株式会社とする吸収分割に反対した相手方の株主である抗告人が,相手方に対し,抗告人の有する株式を公正な価格で買い取るよう請求したが,その価格の決定につき協議が調わないため,抗告人及び相手方が,会社法786条2項に基づき,それぞれ価格の決定の申立てをした事案である。
ア 相手方は,その株式が東京証券取引所の市場第一部に上場されている株式会
社であるところ,平成20年12月16日に開催された株主総会において,吸収分
割の方法により,相手方がテレビ放送事業及び映像・文化事業に関して有する権利
義務を完全子会社であるAに承継させ,Aから相手方に対してその対価を何ら交付
しないことなどを内容とする吸収分割契約を承認する旨の決議(以下「本件決議」
といい,本件決議に係る吸収分割を「本件吸収分割」という。)がされた。本件吸
収分割は,同年4月1日に施行された認定放送持株会社制度の導入を内容とする放
送法等の一部を改正する法律(平成19年法律第136号)に基づき,相手方を認
放送持株会社に移行させるために行われたものであった。
イ 抗告人は,合計3777万0700株の株式(以下「本件株式」という。)
保有する相手方の株主であるが,上記株主総会に先立ち,本件吸収分割に反対す
る旨を相手方に通知し,上記株主総会において本件決議が行われるに当たり,これ
に反対した上,会社法785条5項所定の期間(株式買取請求期間)の満了日であ
る平成21年3月31日,相手方に対し,本件株式を公正な価格で買い取ることを
請求した(以下,この請求を「本件買取請求」という。)。
東京証券取引所における相手方の株式の同日の終値は,1株1294円であっ
た。
ウ 本件吸収分割により相手方の事業がAに承継されても,シナジー(組織再編
による相乗効果)は生じず,また,本件吸収分割は,相手方の企業価値や株主価値
を毀損するものではなく,相手方の株式の価値に変動をもたらすものでもなかっ
た。
(2) 原審は,上記事実関係の下で,要旨次のとおり判断して,本件株式の買取
価格を1株につき1294円と定めるべきものとした。
完全子会社を吸収分割承継株式会社とする吸収分割に際し,吸収分割株式会社の
反対株主が株式買取請求をした場合における株式の「公正な価格」は,吸収分割契
約を承認する旨の株主総会の決議がなかったとしたらその株式が有していたであろ
う価格を基礎として算定すべきであり,「公正な価格」を定める基準日は,株式買
取請求期間の満了日とするのが相当である。そして,本件株式は上場株式であるか
ら,当該市場における株式の価格(以下「市場株価」という。)が企業の客観的価値を反映しないなどの特段の事情がない限り,市場株価を算定の基礎に用いるのが
相当であり,また,相手方の認定放送持株会社化と連動した本件吸収分割が相手方
企業価値又は株主価値を毀損したものとは認められないから,本件における「公
正な価格」は,株式買取請求期間の満了日の市場株価を上回るものではあり得な
い。本件における株式買取請求期間の満了日は平成21年3月31日であるとこ
ろ,東京証券取引所における相手方の株式の同日の終値は1株1294円であるか
ら,これをもって本件株式の「公正な価格」と認めるのが相当である。
(3) 所論は,株式買取請求がされた場合における「公正な価格」を定める基準
日を株式買取請求期間の満了日であるとし,かつ,本件吸収分割が公表される前の
市場株価を参照しなかった原決定には法令の解釈の誤りがあるなどというものであ
る。


(4)ア 吸収合併,吸収分割又は株式交換(以下「吸収合併等」という。)が行われる場合,会社法785条2項所定の株主(以下「反対株主」という。)は,吸収合併消滅株式会社,吸収分割株式会社又は株式交換完全子会社(以下「消滅株式会社等」という。)に対し,自己の有する株式を「公正な価格」で買い取るよう請求することができる(同条1項)。

このように反対株主に「公正な価格」での株式の買取りを請求する権利が付与された趣旨は,吸収合併等という会社組織の基礎に本質的変更をもたらす行為を株主総会の多数決により可能とする反面,それに反対する株主に会社からの退出の機会を与えるとともに,退出を選択した株主には,吸収合併等がされなかったとした場合と経済的に同等の状況を確保し,さらに,吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生ずる場合には,上記株主に対してもこれを適切に分配し得るものとすることにより,上記株主の利益を一定の範囲で保障することにある。


以上のことからすると,裁判所による買取価格の決定は,客観的に定まっている過去のある一定時点の株価を確認するものではなく,裁判所において,上記の趣旨に従い,「公正な価格」を形成するものであり,また,会社法が価格決定の基準について格別の規定を置いていないことからすると,その決定は,裁判所の合理的な裁量に委ねられているものと解される(最高裁昭和47年(ク)第5号同48年3月1日第一小法廷決定・民集27巻2号161頁参照)。


イ 上記の趣旨に照らせば,吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生じない場合には,増加した企業価値の適切な分配を考慮する余地はないから,吸収合併契約等を承認する旨の株主総会の決議がされることがなければその株式が有したであろう価格(以下「ナカリセバ価格」という。)を算定し,これをもって「公正な価格」を定めるべきである。


そして,消滅株式会社等の反対株主が株式買取請求をすれば,消滅株式会社等の承諾を要することなく,法律上当然に反対株主と消滅株式会社等との間に売買契約が成立したのと同様の法律関係が生じ,消滅株式会社等には,その株式を「公正な価格」で買い取るべき義務が生ずる反面(前掲最高裁昭和48年3月1日第一小法廷決定参照),反対株主は,消滅株式会社等の承諾を得なければ,その株式買取請求を撤回することができないことになる(会社法785条6項)ことからすれば,売買契約が成立したのと同様の法律関係が生ずる時点であり,かつ,株主が会社から退出する意思を明示した時点である株式買取請求がされた日を基準日として,「公正な価格」を定めるのが合理的である。


仮に,反対株主が株式買取請求をした日より後の日を基準として「公正な価格」を定めるものとすると,反対株主は,自らの意思で株式買取請求を撤回することができないにもかかわらず,株式買取請求後に生ずる市場の一般的な価格変動要因による市場株価への影響等当該吸収合併等以外の要因による株価の変動によるリスクを負担することになり,相当ではないし,また,上記決議がされた日を基準として「公正な価格」を定めるものとすると,反対株主による株式買取請求は,吸収合併等の効力を生ずる日の20日前の日からその前日までの間にしなければならないこととされているため(会社法785条5項),上記決議の日から株式買取請求がされるまでに相当の期間が生じ得るにもかかわらず,上記決議の日以降に生じた当該吸収合併等以外の要因による株価の変動によるリスクを反対株主は一切負担しないことになり,相当ではない。



そうすると,会社法782条1項所定の吸収合併等によりシナジーその他の企業価値の増加が生じない場合に,同項所定の消滅株式会社等の反対株主がした株式買取請求に係る「公正な価格」は,原則として,当該株式買取請求がされた日におけるナカリセバ価格をいうものと解するのが相当である。



会社法が「公正な価格」の決定を裁判所の合理的な裁量に委ねていることは前記のとおりであるところ,株式が上場されている場合,一般に,市場株価には,当該企業の資産内容,財務状況,収益力,将来の業績見通しなどが考慮された当該企業の客観的価値が,投資家の評価を通して反映されているということができるから,上場されている株式について,反対株主が株式買取請求をした日のナカリセバ価格を算定するに当たっては,それが企業の客観的価値を反映していないことをうかがわせる事情があれば格別,そうでなければ,その算定における基礎資料として市場株価を用いることには,合理性が認められる。


そして,反対株主が株式買取請求をした日における市場株価は,通常,吸収合併等がされることを織り込んだ上で形成されているとみられることからすれば,同日における市場株価を直ちに同日のナカリセバ価格とみることは相当ではなく,上記ナカリセバ価格を算定するに当たり,吸収合併等による影響を排除するために,吸収合併等を行う旨の公表等がされる前の市場株価(以下「参照株価」という。)を参照してこれを算定することや,その際,上記公表がされた日の前日等の特定の時点の市場株価を参照するのか,それとも一定期間の市場株価の平均値を参照するのか等については,当該事案における消滅株式会社等や株式買取請求をした株主に係る事情を踏まえた裁判所の合理的な裁量に委ねられているものというべきである。


また,上記公表等がされた後株式買取請求がされた日までの間に当該吸収合併等以外の市場の一般的な価格変動要因により,当該株式の市場株価が変動している場合に,これを踏まえて参照株価に補正を加えるなどして同日のナカリセバ価格を算定するについても,同様である。


もっとも,吸収合併等により企業価値が増加も毀損もしないため,当該吸収合併等が消滅株式会社等の株式の価値に変動をもたらすものではなかったときは,その市場株価は当該吸収合併等による影響を受けるものではなかったとみることができるから,株式買取請求がされた日のナカリセバ価格を算定するに当たって参照すべき市場株価として,同日における市場株価やこれに近接する一定期間の市場株価の平均値を用いることも,当該事案に係る事情を踏まえた裁判所の合理的な裁量の範囲内にあるものというべきである。


エ これを本件についてみるに,前記事実関係によれば,本件吸収分割により相手方の事業がAに承継されてもシナジーが生じるものではないというのであり,また,本件吸収分割により相手方の企業価値が増加したとの事実も原審において認定されていない。そうすると,本件買取請求に係る「公正な価格」は,本件買取請求がされた平成21年3月31日におけるナカリセバ価格をいうものと解するのが相当である。


前記事実関係によれば,相手方の市場株価が相手方の客観的価値を反映していないとの事情はうかがわれないから,本件買取請求がされた日のナカリセバ価格を算定するに当たっては,その市場株価を算定資料として用いることは相当であるというべきであり,また,本件吸収分割は相手方の株式の価値に変動をもたらすものではないというのであるから,これを算定するに当たって,原審が,同日の市場株価を用いて同日のナカリセバ価格を算定したことは,その合理的な裁量の範囲内にあるものということができる。他にこの市場株価をもって同日のナカリセバ価格を算定することが相当でないことをうかがわせる事情はない。以上によれば,本件買取請求の日である平成21年3月31日の東京証券取引所における相手方の株式の終値(1株当たり1294円)をもって,本件株式の「公正な価格」であるとした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。