最判平成21年2月17日 持株会からの買戻し合意が有効とされた事例

事件番号
 平成20(受)1207
事件名
株主権確認等,株主名簿名義書換等,株式保有確認等請求事件
裁判年月日
 平成21年02月17日
法廷名
最高裁判所第三小法廷
裁判種別
 判決
結果
 棄却
判例集等巻・号・頁
 集民 第230号117頁
原審裁判所名
東京高等裁判所
原審事件番号
 平成19(ネ)5764
原審裁判年月日
 平成20年04月24日
判示事項
 株式会社の従業員がいわゆる持株会から譲り受けた株式を個人的理由により売却する必要が生じたときは持株会が額面額でこれを買い戻す旨の当該従業員と持株会との間の合意が有効とされた事例
裁判要旨
 いわゆる持株会が採用した株式譲渡ルールに従い,株式会社の従業員が持株会から譲り受けた株式を個人的理由により売却する必要が生じたときは持株会が額面額でこれを買い戻す旨の当該従業員と持株会との間の合意は,次の(1)〜(4)などの判示の事情の下では,会社法107条及び127条の規定に反するものではなく,公序良俗にも反せず,有効である。
(1) 上記株式譲渡ルールは,日刊新聞の発行を目的とし,日刊新聞法1条に基づき定款で株式の譲受人を事業に関係ある者に限ると規定して,株式の保有資格を原則として現役の従業員等に限定する社員株主制度を採用している当該会社において同制度を維持することを前提に,これにより譲渡制限を受ける株式を円滑に現役の従業員等に承継させるためのものである。
(2) 非公開会社である当該会社の株式にはもともと市場性がなく,上記株式譲渡ルールにおいては,従業員が持株会から株式を取得する際の価格も額面額とされていた。
(3) 当該従業員は,上記株式譲渡ルールの内容を認識した上,自由意思により持株会から額面額で株式を買い受けた。
(4) 当該会社が,多額の利益を計上しながら特段の事情もないのに一切配当を行うことなくこれをすべて会社内部に留保していたというような事情はない。
参照法条
会社法107条,会社法127条,民法90条,(日刊新聞法)日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社の株式の譲渡の制限等に関する法律1条


判旨
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人喜田村洋一の上告受理申立て理由について
■ 事案の概要
1 本件は,① 上告人X が,1 上告人X2から被上告人Y1新聞社(以下「被上告会社」という。)の株式400株(以下「本件株式」という。)を譲り受けたと主張して,被上告人らとの間で,上告人X1が本件株式を有する株主であることの確認等を求める第1事件と,② 被上告人Y2(以下「被上告人Y2」という。)が,同被上告人と上告人X2の間における本件株式の買戻し合意に基づき本件株式を取得したと主張して,上告人らとの間で,被上告人Y2が本件株式を有する株主であることの確認等を求める第2事件と,③ 上告人X2が,被上告会社に対し,本件株式につき上告人X2から上告人X1への名義書換等を求める第3事件が併合されたものである。

2 原審の適法に確定した事実関係は,次のとおりである。

(1) 被上告会社は,日刊新聞の発行を目的とする株式会社である。被上告会社は,定款によって,株券を発行しない旨及び株式の譲渡には取締役会の承認を要する旨規定するとともに,日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社の株式の譲渡の制限等に関する法律(以下「日刊新聞法」という。)1条に基づき,被上告会社の株式(以下「Y1株式」という。)の譲受人は同社の事業に関係ある者に限ると規定している。

被上告人Y2は,被上告会社の株主である役員及び従業員によって構成される権利能力なき社団である。

上告人らは,いずれも,被上告会社の従業員であった者である。

(2) 被上告会社は,Y1株式の保有資格を原則として現役の従業員又は役員(以下「従業員等」という。)に限定し,従業員等が退職又は死亡により株主資格を失ったときなどには現役の従業員等に当該株式を引き継がせることを内容とする社員株主制度を採用している。

被上告人Y2は,譲渡制限を受けるY1株式の円滑な運用を行うことを目的として設立されたいわゆる持株会であり,上記社員株主制度を前提に,遅くとも昭和34年ころまでには,被上告人Y2が従業員等にY1株式を譲渡する際の価格を額面額である1株100円とし,株主が退職や死亡によりY1株式の保有資格を失ったとき又は個人的理由によりこれを売却する必要が生じたときは,被上告人Y2が額面額でこれを買い戻すという内容のルール(以下「本件株式譲渡ルール」)が成立していた。


(3) 上告人X2は,本件株式譲渡ルールの存在及び内容を認識した上,昭和39年から同63年にかけて6回にわたり,被上告人Y2から本件株式を含むY1株式合計2740株を1株100円で買い受け,上記各売買に際し,被上告人Y2との間で,本件株式譲渡ルールに従う旨の合意(以下「本件合意」という。)をした。

(4) 上告人X2は,平成17年9月29日,上告人X1に対し,本件株式を1株1000円で売り渡した。上告人X2は,同日,被上告会社に対し,書面をもって,上告人X1に対する本件株式譲渡につき承認を請求したが,被上告会社は,同年10月11日,これを承認しない旨回答した。上告人X2は,同年11月1日,被上告会社に対し,株式譲渡先指定請求書をもって,本件株式につき譲渡の相手方を指定するよう請求した。

(5) 被上告人Y2は,平成17年11月4日,上告人X2に対し,上記(4)の株式譲渡先指定請求書の提出をもって,同上告人の本件株式を売却する確定的な意思が明らかになったとして,被上告人Y2が本件合意に基づき本件株式を譲り受けた旨通知した上,同月7日,被上告会社に対し,本件株式譲渡につき承認を請求したところ,被上告会社はこれを承認した。

3 所論は,本件株式譲渡ルールは,株式の譲渡制限に関する会社法の規定に反し,株式会社の本質に反するから,本件株式譲渡ルールに従う旨の本件合意は無効であるのに,本件合意が有効であるとして上告人らの請求を棄却し,被上告人Y2の請求を認容すべきものとした原審の判断に法令解釈の誤りがあるというものである。


4 そこで検討するに,前記事実関係によれば,被上告会社は,日刊新聞の発行を目的とする株式会社であって,定款で株式の譲渡制限を規定するとともに,日刊新聞法1条に基づき,Y1株式の譲受人を同社の事業に関係ある者に限ると規定し,Y1株式の保有資格を原則として現役の従業員等に限定する社員株主制度を採用しているものである。


被上告人Y2における本件株式譲渡ルールは,被上告会社が上記社員株主制度を維持することを前提に,これにより譲渡制限を受けるY1株式を被上告人Y2を通じて円滑に現役の従業員等に承継させるため,株主が個人的理由によりY1株式を売却する必要が生じたときなどには被上告人Y2が額面額でこれを買い戻すこととしたものであって,その内容に合理性がないとはいえない。


また,被上告会社は非公開会社であるから,もともとY1株式には市場性がなく,本件株式譲渡ルールは,株主である従業員等が被上告人Y2にY1株式を譲渡する際の価格のみならず,従業員等が被上告人Y2からY1株式を取得する際の価格も額面額とするものであったから,本件株式譲渡ルールに従いY1株式を取得しようとする者としては,将来の譲渡価格が取得価格を下回ることによる損失を被るおそれもない反面,およそ将来の譲渡益を期待し得る状況にもなかったということができる。

そして,上告人X2は,上記のような本件株式譲渡ルールの内容を認識した上,自由意思により被上告人Y2から額面額で本件株式を買い受け,本件株式譲渡ルールに従う旨の本件合意をしたものであって,被上告会社の従業員等がY1株式を取得することを事実上強制されていたというような事情はうかがわれない。


さらに,被上告会社が,多額の利益を計上しながら特段の事情もないのに一切配当を行うことなくこれをすべて会社内部に留保していたというような事情も見当たらない。以上によれば,本件株式譲渡ルールに従う旨の本件合意は,会社法107条及び127条の規定に反するものではなく,公序良俗にも反しないから有効というべきである。

これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用することができない。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官堀籠幸男裁判官藤田宙靖裁判官那須弘平裁判官
田原睦夫裁判官近藤崇晴