最判平成19年12月11日  金融機関が民事訴訟において訴訟外の第三者として開示を求められた顧客情報について,当該顧客自身が当該民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には,同情報は,金融機関がこれにつき職業の秘密として保護に値する独自の利益を有するときは別として,民訴法197条1項3号にいう職業の秘密として保護されないとした事例

事件番号
 平成19(許)23
事件名
 文書提出命令に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件
裁判年月日
 平成19年12月11日
法廷名
最高裁判所第三小法廷
裁判種別
 決定
結果
 破棄自判
判例集等巻・号・頁
 第61巻9号3364頁
原審裁判所名
名古屋高等裁判所
原審事件番号
 平成19(ラ)26
原審裁判年月日
 平成19年03月14日
判示事項
 1 金融機関が民事訴訟において訴訟外の第三者として開示を求められた顧客情報について,当該顧客自身が当該民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合に,同情報は,民訴法197条1項3号にいう職業の秘密として保護されるか
2 金融機関と顧客との取引履歴が記載された明細表が,民訴法197条1項3号にいう職業の秘密として保護されるべき情報が記載された文書とはいえないとして,同法220条4号ハ所定の文書に該当しないとされた事例
裁判要旨
 1 金融機関が民事訴訟において訴訟外の第三者として開示を求められた顧客情報について,当該顧客自身が当該民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には,同情報は,金融機関がこれにつき職業の秘密として保護に値する独自の利益を有するときは別として,民訴法197条1項3号にいう職業の秘密として保護されない。
2 A,Bを当事者とする民事訴訟の手続の中で,Aが金融機関Cを相手方としてBとCとの間の取引履歴が記載された明細表を対象文書とする文書提出命令を申し立てた場合において,Bが上記明細表を所持しているとすれば民訴法220条4号所定の事由のいずれにも該当せず提出義務が認められること,Cがその取引履歴を秘匿する独自の利益を有するものとはいえないことなど判示の事情の下では,上記明細表は,同法197条1項3号にいう職業の秘密として保護されるべき情報が記載された文書とはいえず,同法220条4号ハ所定の文書に該当しない。
(1,2につき補足意見がある。)
参照法条
 (1,2につき)民訴法197条1項3号 (2につき)民訴法220条4号ハ


判旨
主文
原決定を破棄し,原々決定に対する抗告を棄却する。
抗告手続の総費用は相手方の負担とする。

理由

抗告代理人城正憲ほかの抗告理由について

1 記録によれば,本件の経緯の概要は,次のとおりである。

(1) 本件の本案の請求は,Aの相続人である抗告人らが,同じく相続人であるBに対し,遺留分減殺請求権を行使したとして,Aの遺産に属する不動産につき共有持分権の確認及び共有持分移転登記手続を,同じく預貯金につき金員の支払等を求めるものである。上記本案訴訟においては,BがAの生前にその預貯金口座から払戻しを受けた金員はAのための費用に充てられたのか,それともBがこれを取得したのかが争われている。
(2) 抗告人らは,BがA名義の預金口座から預貯金の払戻しを受けて取得したのはAからBへの贈与による特別受益に当たる,あるいは,上記払戻しによりBはAに対する不当利得返還債務又は不法行為に基づく損害賠償債務を負ったと主張し,Bがその取引金融機関である相手方(平田支店取扱い)に開設した預金口座に上記払戻金を入金した事実を立証するために必要があるとして,相手方に対し,Bと相手方平田支店との間の平成5年からの取引履歴が記載された取引明細表(以下「本件明細表」という。)を提出するよう求める文書提出命令の申立て(以下「本件申立て」という。)をした。相手方は,本件明細表の記載内容が民訴法220条4号ハ,197条1項3号に規定する「職業の秘密」に該当するので,その提出義務を負わないなどと主張して争っている。
2 原々審は,本件明細表が職業の秘密を記載した文書に当たると認めることはできないとして,抗告人らの本件申立てを認容した。これに対し,原審は,次のとおり判断して,原々決定を取り消し,本件申立てを却下した。金融機関は,顧客との取引及びこれに関連して知り得た当該顧客に関する情報を秘密として管理することによって顧客との間の信頼関係を維持し,その業務を円滑に遂行しているのであって,これを公開すれば,顧客が当該金融機関との取引を避けるなど,業務の維持遂行に困難を来すことが明らかである。金融機関は,顧客との取引内容を明確にする目的で取引履歴を記載した明細表を作成するのであり,取引の当事者以外の者に取引履歴を開示することを予定しておらず,これについて顧客の秘密を保持すべき義務があるから,この義務に反したときには,顧客一般の信頼を損ない,取引を拒否されるなどの不利益を受け,将来の業務の維持遂行が困難となる可能性がある。本件において,Bとの取引の全容が明らかになるような本件明細表が職業の秘密を記載した文書に当たることは明らかである。また,文書の提出を拒否できるか否かを検討するに際しては,真実発見及び裁判の公正も考慮されるべきであるが,本件申立ては,探索的なものといわざるを得ないのであり,いまだ,本件明細表が真実発見及び裁判の公正を実現するために不可欠のものとはいえない。したがって,相手方は,民訴法220条4号ハ,197条1項3号に基づき本件明細表の提出を拒否することができる。
3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。


金融機関は,顧客との取引内容に関する情報や顧客との取引に関して得た顧客の信用にかかわる情報などの顧客情報につき,商慣習上又は契約上,当該顧客との関係において守秘義務を負い,その顧客情報をみだりに外部に漏らすことは許されない。しかしながら,金融機関が有する上記守秘義務は,上記の根拠に基づき個々の顧客との関係において認められるにすぎないものであるから,金融機関が民事訴訟において訴訟外の第三者として開示を求められた顧客情報について,当該顧客自身が当該民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には,当該顧客は上記顧客情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず,金融機関は,訴訟手続において上記顧客情報を開示しても守秘義務には違反しないというべきである。そうすると,金融機関は,訴訟手続上,顧客に対し守秘義務を負うことを理由として上記顧客情報の開示を拒否することはできず,同情報は,金融機関がこれにつき職業の秘密として保護に値する独自の利益を有する場合は別として,民訴法197条1項3号にいう職業の秘密として保護されないものというべきである。


これを本件についてみるに,本件明細表は,相手方とその顧客であるBとの取引履歴が記載されたものであり,相手方は,同取引履歴を秘匿する独自の利益を有するものとはいえず,これについてBとの関係において守秘義務を負っているにすぎない。そして,本件明細表は,本案の訴訟当事者であるBがこれを所持しているとすれば,民訴法220条4号所定の事由のいずれにも該当せず,提出義務の認められる文書であるから,Bは本件明細表に記載された取引履歴について相手方の守秘義務によって保護されるべき正当な利益を有さず,相手方が本案訴訟において本件明細表を提出しても,守秘義務に違反するものではないというべきである。そうすると,本件明細表は,職業の秘密として保護されるべき情報が記載された文書とはいえないから,相手方は,本件申立てに対して本件明細表の提出を拒否することはできない。

4 以上によれば,原審の前記判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,上記の趣旨をいうものとして理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,抗告人らの本件申立てを認容した原々決定は正当であるから,原々決定に対する相手方の抗告を棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。

裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。


本件は,金融機関が顧客との取引によって得た顧客情報に係る文書の提出命令を求める事案であり,法廷意見は,本件文書は,民訴法197条1項3号の職業の秘密として保護されるべき情報が記載された文書に該らないとして原決定を破棄すべきものとしたが,原決定が,本件文書は,同号の職業の秘密を記載した文書に該るとしているところから,顧客情報と職業の秘密との関係について,以下に私の意見を述べる。
金融機関は,顧客との取引を通じて,取引内容に関する情報や取引に関連して顧客の様々な情報を取得する(以下,これらを併せて「顧客情報」という。)。これらの顧客情報は,おおむね次のように分類される。①取引情報(預金取引や貸付取引の明細,銀行取引約定書,金銭消費貸借契約書等),②取引に付随して金融機関が取引先より得た取引先の情報(決算書,附属明細書,担保権設定状況一覧表,事業計画書等),③取引過程で金融機関が得た取引先の関連情報(顧客の取引先の信用に関する情報,取引先役員の個人情報等),④顧客に対する金融機関内部での信用状況解析資料,第三者から入手した顧客の信用情報等。このうち,①,②は,顧客自身も保持する情報であるが,③,④は金融機関独自の情報と言えるものである。
ところで,金融機関は,顧客との間で顧客情報について個別の守秘義務契約を締結していない場合であっても,契約上(黙示のものを含む。)又は商慣習あるいは信義則上,顧客情報につき一般的に守秘義務を負い,みだりにそれを外部に漏らすことは許されないと解されているが,その義務の法的根拠として挙げられている諸点から明らかなように,それは当該個々の顧客との関係での義務である。時として,金融機関が,顧客情報について全般的に守秘義務を負うとの見解が主張されることがあるが,それは個々の顧客との一般的な守秘義務の集積の結果,顧客情報について広く守秘義務を負う状態となっていることを表現したものにすぎないというべきである。その点で,民訴法197条1項2号に定める医師や弁護士等の職務上の守秘義務とは異なる。
そして,この顧客情報についての一般的な守秘義務は,上記のとおりみだりに外部に漏らすことを許さないとするものであるから,金融機関が法律上開示義務を負う場合のほか,その顧客情報を第三者に開示することが許容される正当な理由がある場合に,金融機関が第三者に顧客情報を開示することができることは言うまでもない。その正当な理由としては,原則として,金融庁,その他の監督官庁の調査,税務調査,裁判所の命令等のほか,一定の法令上の根拠に基づいて開示が求められる場合を含むものというべきであり,金融機関がその命令や求めに応じても,金融機関は原則として顧客に対する上記の一般的な守秘義務違反の責任を問われることはないものというべきである。
また,この守秘義務は,上記のとおり個々の顧客との関係で認められるものであるから,当該顧客が自ら第三者に対して特定の顧客情報を開示している場合や,第三者に対して自ら所持している特定の顧客情報につき開示義務を負っている場合には,当該顧客は,特段の事由のない限り,その第三者との関係では,金融機関の当該顧客情報の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず,金融機関が当該情報をその第三者に開示しても,守秘義務違反の問題は生じないものというべきである。
したがって,民事訴訟手続において,顧客に対して裁判所より特定の顧客情報の提出が求められた場合に,当該顧客においてそれに応ずべきものであるときは,金融機関が裁判所の求めに応じて当該顧客情報を提出したとしても,特段の事情のない限り,守秘義務違反の問題は生じないものというべきである。このような顧客情報としては,前記の①,②に分類される顧客情報が該当するといえる。本件で提出が求められている文書は,前記の①に分類される文書であるところ,法廷意見にて指摘しているとおり,相手方の顧客たるBが所持している場合には,同人は本案訴訟の当事者として,その文書提出命令の申立てを受けた際には,同人には,民訴法220条4号所定のいずれの事由も認められないところから,その提出義務を負う文書である。したがって,相手方が本件提出命令に応じても,上記の正当な理由の有無を問うまでもなく,守秘義務違反の問題は生じないというべきである。
他方,金融機関に対して文書提出命令が申し立てられた対象文書が,上記の①,
②に分類される文書であっても,当該顧客が訴訟当事者として提出義務を負う文書以外の文書や,対象文書の顧客情報が訴訟当事者以外の第三者に係るものである場合には,金融機関が顧客に対して負っている上記一般的な守秘義務との関係で,その提出命令に応じることが前記の正当な理由に当たるか否かが問題となる。また,上記の③,④に分類される文書は,金融機関が独自に集積した情報として金融機関自体に独自の秘密保持の利益が認められるものであるが,その点は別として,当該顧客情報に係る個々の顧客との間でも,前記の一般的な守秘義務の対象となる情報に該当するものである。
ところで,金融機関が顧客に対して守秘義務を負う顧客情報と金融機関に対する文書提出命令との関係について考えるに,文書提出命令は,公正な裁判を実現すべく一般義務として定められたものであるから,金融機関が文書提出命令に応じることは,原則として,当該顧客との一般的な守秘義務の関係では,前記の正当な理由に該当するということができ,金融機関がその命令に応じることをもって,当該顧客は,金融機関の守秘義務違反の責任を問うことはできないものというべきである。
他方,金融機関が顧客情報につき文書提出命令を申し立てられた場合に,顧客との間の守秘義務を維持することが,金融機関の職業の秘密として保護するに値するときは,金融機関は,民訴法220条4号ハ,197条1項3号により,その文書提出命令の申立てを拒むことができる。金融機関が民訴法197条1項3号の職業上の秘密に該当するとしてその提出を拒むことができる顧客情報とは,当該顧客情報が金融機関によってその内容が公開されると,当該顧客との信頼関係に重大な影響を与え,又,そのため顧客がその後の取引を中止するに至るおそれが大きい等,その公開により金融機関としての業務の遂行が困難となり,金融機関自体にとってその秘密を保持すべき重大な利益がある場合であると解される(最高裁平成11年(許)第20号同12年3月10日第一小法廷決定・民集54巻3号1073頁参照)。当該顧客情報が上記の意味での職業の秘密に該るか否かは,当該事案ごとに守秘義務の対象たる秘密の種類,性質,内容及び秘密保持の必要性,並びに法廷に証拠として提出された場合の金融機関の業務への影響の性質,程度と,当該文書が裁判手続に証拠として提出されることによる実体的真実の解明の必要性との比較衡量により決せられるものである。
ところで,金融機関は,顧客との守秘義務契約上,第三者から文書提出命令の申立てがなされた場合に,その契約上の守秘義務に基づき,当該文書が職業上の秘密に該り,文書提出命令の申立てには応じられない旨申し立てるべき義務を負う場合がある。例えば,金融機関が,M&Aに係る融資の申込みを受ける際に顧客との間で守秘義務契約を締結した上で提出を受けたM&Aの契約書案等の顧客情報を有しており,これにつき文書提出命令の申立てを受けた場合等には,当該金融機関は,同守秘義務契約に基づいて,当該情報が職業上の秘密に該ることを主張すべき契約上の義務があるというべきである。また,文書提出命令の申立てを受けた顧客情報に係る文書が,前記の一般的な守秘義務の範囲にとどまる文書であっても,当該文書が当該顧客において提出を拒絶することができるものであることが,金融機関において容易に認識し得るような文書である場合には,金融機関は,当該守秘義務に基づき,上記顧客情報が職業上の秘密に該ることを主張すべき義務が存するものというべきである。
金融機関が上記義務が存するにもかかわらず,その主張をすることなく文書提出命令に応じて対象文書を提出した場合には,金融機関は,当該顧客に対して,債務不履行による責任を負うことがあり得るものというべきである。他方,金融機関がかかる主張をなしたにもかかわらず,裁判所がその主張を踏まえて検討した上で,なおその顧客情報が職業上の秘密に該らないとして文書提出命令を発したときは,金融機関は,それに応じる義務があり,またそれに応じたことによって,顧客から守秘義務違反の責任を問われることはないものというべきである。
金融機関が保持する顧客情報が職業の秘密に該当するものか否かは,上記のとおり,個々の事案ごとに個別に検討されるべき事柄であるが,金融機関が顧客との間の守秘義務の存在をもって,職業の秘密に該ると主張し得る情報としては,上記の特別の守秘義務契約を交わしている顧客情報や当該顧客自身において提出拒絶することが明らかな顧客情報のほか,前記分類の中では,②に分類される情報のうちの,開発中の技術情報や当該顧客のM&Aや経営戦略に係る情報等,秘匿性の高いと一般に認められる情報,③,④に分類されるもののうちの一部が含まれると考えられる。もっとも,④に分類されるものは,顧客情報であるとともに,当該金融機関独自の観点からの職業上の秘密が問題となり得る情報とも言えるが,その点はここでの意見の枠外の事柄である。
以上,述べたところは,法廷意見に対する補足意見としての枠を超えるものであるが,金融機関の保持する顧客情報と文書提出命令の関係について,原決定が論及していることを踏まえて,私の意見を敷衍したものである。


(裁判長裁判官田原睦夫裁判官藤田宙靖裁判官堀籠幸男裁判官
那須弘平裁判官近藤崇晴