最判平成23年12月15日 行政委員会委員の月額報酬を定める条例の適法性

事件番号
 平成22(行ツ)300
事件名
 公金支出差止請求上告,同附帯上告事件
裁判年月日
平成23年12月15日
法廷名
最高裁判所第一小法廷
裁判種別
 判決
結果
 その他
判例集等巻・号・頁
民集 第65巻9号3393頁
原審裁判所名
大阪高等裁判所
原審事件番号
 平成21(行コ)32
原審裁判年月日
 平成22年04月27日
判示事項
滋賀県選挙管理委員会の委員長以外の委員について月額報酬を定める滋賀県特別職の給与等に関する条例(昭和28年滋賀県条例第10号。平成23年滋賀県条例第17号による改正前のもの)の規定と地方自治法203条の2第2項
裁判要旨
滋賀県選挙管理委員会の委員長以外の委員について月額報酬を定める滋賀県特別職の給与等に関する条例(昭和28年滋賀県条例第10号。平成23年滋賀県条例第17号による改正前のもの)4条,別表2の規定は,地方自治法203条の2第2項が滋賀県議会に与えた裁量権の範囲を超え又はこれを濫用したものとして違法,無効であるとはいえない。
(補足意見がある。)

参照法条
地方自治法203条の2第2項,地方自治法242条の2第1項1号,滋賀県特別職の給与等に関する条例(昭和28年滋賀県条例第10号。平成23年滋賀県条例第17号による改正前のもの)4条,滋賀県特別職の給与等に関する条例(昭和28年滋賀県条例第10号。平成23年滋賀県条例第17号による改正前のもの)別表2


■ 判旨
主 文

1 原判決中第1審被告敗訴部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消す。
2 前項の部分につき,滋賀県労働委員会及び滋賀県収用委員会の各委員の月額報酬に係る公金の支出の差
止めを求める訴えを却下し,第1審原告のその余の訴えに係る請求を棄却する。
3 本件附帯上告を棄却する。
4 訴訟の総費用は第1審原告の負担とする。

理 由

第1 事案の概要

本件は,滋賀県の住民である第1審原告が,滋賀県特別職の給与等に関する条例(昭和28年滋賀県条例第10号。平成23年滋賀県条例第17号による改正前のもの。以下「本件条例」という。)の規定のうち滋賀県労働委員会滋賀県収用委員会及び滋賀県選挙管理委員会の各委員に月額制の報酬を支給することを定める規定が地方自治法(以下「法」という。)203条の2第2項に反する違法,無効なものであると主張して,第1審被告に対し,法242条の2第1項1号に基づき上記報酬に係る公金の支出の差止めを求める事案である。

第2 上告代理人飯田和宏の上告理由について

民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは,民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ,本件上告理由は,違憲をいうが,その実質は単なる法令違反を主張するものであって,上記各項に規定する事由のいずれにも該当しない。

第3 附帯上告人の附帯上告理由について

民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは,民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ,本件附帯上告理由は,違憲をいうが,その実質は単なる法令違反を主張するものであって,上記各項に規定する事由のいずれにも該当しない。

第4 職権による検討

記録によれば,月額報酬制を採っていた平成23年3月分までの滋賀県労働委員会及び滋賀県収用委員会の各委員(会長を含む。以下同じ。)の報酬は,既に全額が支給されていることが認められる。さらに,本件条例の規定は,平成23年滋賀県条例第17号により改正され,上記各委員会に関しては,それぞれ勤務日数1日につき,会長に各2万7800円,それ以外の委員に各2万4700円の報酬を支給する日額報酬制を採ることとされ,上記改正条例は平成23年4月1日から施行されているところである。以上によれば,滋賀県が将来において滋賀県労働委員会及び滋賀県収用委員会の各委員について月額報酬に係る公金を支出する蓋然性は存しない。


そうすると,上記各委員会については,法242条の2第1項1号に基づく差止めの対象となる行為が相当程度の確実さをもって予測されるとはいえないことが明らかである。


したがって,第1審原告が第1審被告に対し滋賀県労働委員会及び滋賀県収用委員会の各委員の月額報酬に係る公金の支出の差止めを求める訴えは,不適法というべきである。

第5 上告代理人飯田和宏の上告受理申立て理由(前記第4の訴えに係る部分を除く。)について

1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1) 昭和31年法律第147号による改正(以下「昭和31年改正」という。)前の地方自治法は,普通地方公共団体の議会の議員,委員会の委員等の普通地方公共団体の非常勤の職員に対しては報酬及び費用弁償を支給し(同法203条1項,2項),普通地方公共団体の常勤の職員に対しては給料及び旅費を支給し(同法204条1項),これらの額及び支給方法については条例で定めることとしていた(同法203条3項,204条2項)。

(2) 昭和31年改正において,閣議決定を経て国会に提出された当初の法律案(以下「政府案」という。)は,同改正前の地方自治法203条1項の次に2項として,単に「前項の職員の中議会の議員以外の者に対する報酬は,その勤務日数に応じてこれを支給する。」との規定を新設するというものであったが,衆議院地方行政委員会における政府案についての審議では,いわゆる行政委員会の委員を念頭において上記規定を設けることに反対する趣旨の質問が複数の議員からされるなどし,上記規定に「但し,条例で特別の定をした場合は,この限りでない。」とのただし書を加える修正案が議員により提出された。そして,上記修正を加えた内容で地方自治法の一部を改正する法律案が可決されて成立した。

(3) 昭和31年改正によって新設された上記修正後の上記規定は,平成20年法律第69号による改正により,法203条の2第2項として規定されることとなった。

(4) 本件条例4条及び別表2は,法203条の2第2項ただし書に基づく特別の定めとして,滋賀県選挙管理委員会の委員長以外の委員(以下「本件委員」という。)の報酬について,月額制を採りその月額を20万2000円とする旨を定めている(以下,この規定を「本件規定」という。なお,平成23年滋賀県条例第17号により,その月額は17万8000円に減額された。)。

(5) 滋賀県選挙管理委員会は,4名の委員によって構成され,委員の中から1名が選挙で委員長に選出される。同委員会の業務は,衆議院小選挙区選出)議員,参議院(選挙区選出)議員,県議会の議員及び県知事の選挙の管理(公職選挙法5条),選挙に関する啓発,周知(同法6条1項),選挙の効力等に関する異議の申出や審査の申立てに係る業務(同法202条等),条例の制定又は改廃の請求に係る業務(法74条等)等であり,選挙の管理に係る業務は,選挙人名簿の登録・管理,選挙の告示,開票,当選人の決定等に係る各種事務のほか,選挙運動の規制など広範で多岐にわたっている。また,同委員会は,地方公務員法6条1項に基づき,その職員の任命等を行う権限も有している。

滋賀県選挙管理委員会の委員は,月1回開催される定例会及び臨時に開催される臨時会に出席して,選挙や政治団体等に関連する事項について議決,協議等を行っている。選挙関係の用務や各種団体の総会への出席も,委員の職務である。本件委員につき,定例会,臨時会,選挙用務及び各種団体行事に係る出席等の日数のうち同一の日にされたものを1日として算定した平成15年度から同20年度までの1人当たりの月間の平均登庁実日数(以下,単に「平均登庁実日数」という。)は,1.89日であり,これを基にした1日当たりの報酬は,国における非常勤の職員に係る報酬の上限の3.02倍になる。


2 原審は,上記事実関係等の下において,要旨,次のとおり判断して,本件委員の月額報酬に係る公金の支出の差止めを求める第1審原告の請求を認容すべきものとした。


(1) 本件委員の報酬については,その職務の内容・性質,勤務態様,地方の実情等に照らし,法203条の2第2項本文の日額報酬制の原則によらずに月額報酬制を採ることを相当とするような特別な事情があるかどうかを検討し,本件規定が同項本文の原則に矛盾抵触して著しく妥当性を欠く状態になっており,そのような状態が相当期間内に是正されていないといえる場合には,本件委員について月額報酬制を定める本件規定は,議会の裁量権の範囲を逸脱するものとして,同項に違反し違法,無効となるというべきである。


(2) 本件委員の平均登庁実日数は1.89日であり,これを基にした1日当たりの報酬は国における非常勤の職員に係る報酬の上限の3.02倍になるというのであり,登庁実日数に係る勤務以外にも実質的に勤務を要することがあり得ることを考慮しても,本件委員につき月額報酬制を採ることを相当とする特別な事情があると認めることは困難であって,本件委員について月額報酬制を採る本件規定は,法203条の2第2項本文の原則に矛盾抵触して著しく妥当性を欠く状態になっており,そのような状態が平成15年度以降継続し,既に是正のために必要な相当期間が経過していると認めるのが相当であるから,議会の裁量権の範囲を逸脱するものとして,同項に違反し違法,無効というべきである。

3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 法203条の2第2項ただし書は,普通地方公共団体が条例で日額報酬制以外の報酬制度を定めることができる場合の実体的な要件について何ら規定していない。また,委員会の委員を含め,職務の性質,内容や勤務態様が多種多様である普通地方公共団体の非常勤の職員(短時間勤務職員を除く。以下「非常勤職員」という。)に関し,どのような報酬制度が当該非常勤職員に係る人材確保の必要性等を含む当該普通地方公共団体の実情等に適合するかについては,各普通地方公共団体ごとに,その財政の規模,状況等との権衡の観点を踏まえ,当該非常勤職員の職務の性質,内容,職責や勤務の態様,負担等の諸般の事情の総合考慮による政策的,技術的な見地からの判断を要するものということができる。このことに加え,前記1(2)の昭和31年改正の経緯も併せ考慮すれば,法203条の2第2項は,
普通地方公共団体の委員会の委員等の非常勤職員について,その報酬を原則として勤務日数に応じて日額で支給するとする一方で,条例で定めることによりそれ以外の方法も採り得ることとし,その方法及び金額を含む内容に関しては,上記のような事柄について最もよく知り得る立場にある当該普通地方公共団体の議決機関である議会において決定することとして,その決定をこのような議会による上記の諸般の事情を踏まえた政策的,技術的な見地からの裁量権に基づく判断に委ねたものと解するのが相当である。


したがって,普通地方公共団体の委員会の委員を含む非常勤職員について月額報酬制その他の日額報酬制以外の報酬制度を採る条例の規定が法203条の2第2項に違反し違法,無効となるか否かについては,上記のような議会の裁量権の性質に鑑みると,当該非常勤職員の職務の性質,内容,職責や勤務の態様,負担等の諸般の事情を総合考慮して,当該規定の内容が同項の趣旨に照らした合理性の観点から上記裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものであるか否かによって判断すべきものと解するのが相当である。



(2) 本件における上記の諸般の事情のうち,まず,職務の性質,内容,職責等については,そもそも選挙管理委員会を始め,労働委員会,収用委員会等のいわゆる行政委員会は,独自の執行権限を持ち,その担任する事務の管理及び執行に当たって自ら決定を行いこれを表示し得る執行機関であり(法138条の3,138条の4,180条の5第1項から3項まで),その業務に即した公正中立性,専門性等の要請から,普通地方公共団体の長から独立してその事務を自らの判断と責任において,誠実に管理し執行する立場にあり(法138条の2),その担任する事務について訴訟が提起された場合には,その長に代わって普通地方公共団体を代表して訴訟追行をする権限も有する(法192条等)など,その事務について最終的な責任を負う立場にある。その委員の資格についても,一定の水準の知識経験や資質
等を確保するための法定の基準(法182条1項,土地収用法52条3項等)又は手続(法182条1項,労働組合法19条の12第3項,土地収用法52条3項等)が定められていることや上記のような職責の重要性に照らせば,その業務に堪え得る一定の水準の適性を備えた人材の一定数の確保が必要であるところ,報酬制度の内容いかんによっては,当該普通地方公共団体におけるその確保に相応の困難が生ずるという事情があることも否定し難いところである。


そして,滋賀県選挙管理委員会の業務も,前記1(5)のとおり,国会及び県議会の議員並びに県知事の選挙の管理という重要な事項に関わるものを中心とする広範で多岐にわたる業務であり,公正中立性に加えて一定の専門性が求められるものということができる。


また,勤務の態様,負担等については,本件委員の平均登庁実日数は1.89日にとどまるものではあるものの,前記1(5)のように広範で多岐にわたる一連の業務について執行権者として決定をするには各般の決裁文書や資料の検討等のため登庁日以外にも相応の実質的な勤務が必要となる上,選挙期間中における緊急事態への対応に加えて衆議院や県議会の解散等による不定期な選挙への対応も随時必要となるところであり,また,事件の審理や判断及びこれらの準備,検討等に相当の負担を伴う不当労働行為救済命令の申立てや権利取得裁決及び明渡裁決の申立て等を処理する労働委員会や収用委員会等と同様に,選挙管理委員会も選挙の効力に関する異議の申出や審査の申立て等の処理については争訟を裁定する権能を有しており(公職選挙法202条等),これらの争訟に係る案件についても,登庁日以外にも書類や資料の検討,準備,事務局等との打合せ等のために相応の実質的な勤務が必要となるものといえる。さらに,上記のような業務の専門性に鑑み,その業務に必要な専門知識の習得,情報収集等に努めることも必要となることを併せ考慮すれば,選挙管理委員会の委員の業務については,形式的な登庁日数のみをもって,その勤務の実質が評価し尽くされるものとはいえず,国における非常勤の職員の報酬との実質的な権衡の評価が可能となるものともいえない。なお,上記の争訟の裁定に係る業務について,一時期は申立て等が少ないとしても恒常的に相当数の申立てを迅速かつ適正に処理できる態勢を整備しておく必要のあることも否定し難いところである。


以上の諸般の事情を総合考慮すれば,本件委員について月額報酬制を採りその月額を20万2000円とする旨を定める本件規定は,その内容が法203条の2第2項の趣旨に照らして特に不合理であるとは認められず,県議会の裁量権の範囲を超え又はこれを濫用するものとはいえないから,同項に違反し違法,無効であるということはできない。


4 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,論旨は理由がある。

第6 結論


以上説示したところによれば,原判決のうち第1審被告敗訴部分は破棄を免れず,同部分につき第1審判決を取り消し,本件訴えのうち前記第4の訴えを却下し,第1審原告のその余の訴えに係る請求を棄却すべきであり,本件附帯上告は棄却すべきである。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官横田尤孝の補足意見がある。

裁判官横田尤孝の補足意見は,次のとおりである。
事案に鑑み,若干の意見を述べる。
選挙管理委員会等の行政委員会の委員を含む普通地方公共団体の非常勤職員に対する報酬の在り方は,地方公共団体内部の組織の在り方の一部をなす事項であり,地方公共団体自治組織権に含まれるものであって,本来的には地方公共団体の自主的な決定によるのが相当な事柄であるといえる。地方自治法(以下「法」という。)の昭和31年改正の趣旨は,このような事柄の性質も踏まえた上で,非常勤職員の報酬制度について,地方公共団体の非常勤職員には本件のような行政委員会の委員のほかに審議会の委員,投票管理者,選挙立会人など様々な者が含まれるという前提の下,その職務内容,勤務実態等について最もよく知り得る立場にありその住民によって民主的に選挙されて当該地方公共団体の意思を決定し得る機関である地方公共団体の議会の政策的な判断に委ねたものと解されるのである。したがって,地方公共団体は,各非常勤職員の勤務日数・時間(登庁日以外の実質的な仕事
の負担・対応を含む。)のみならず,職務の性質,権限の性質・内容,職責,選任されることにより受ける各種の制約,人材を確保するための報酬額の在り方,その他当該地方公共団体の財政規模とその状況等の諸般の事情を総合考慮して,自主的に条例で定めることができるものというべきである。


このように,法は,いかなる非常勤職員について,その報酬の支給を日額報酬制以外のいかなる方法をもってするかについて,地方公共団体の議会に裁量権を付与したものと解するのが相当であるが,他方,地方公共団体の議会の裁量権は無限定ではなく,報酬というものの性質や法203条の2第2項ただし書が地方公共団体の議会に裁量権を与えた趣旨等からする合理的限界が存するのは当然のことというべきである。

この点に関し,原判決は,「今日では,多くの地方公共団体において財政的困難に直面し,首長等が法や条例で規定されている給与を一部カットする非常措置をとったり,職員の給与に減額措置をとるような状況に立ち至っていることは周知の事実である。また,一般にも,より適正,公正,透明で,説明可能な行政運営が強く求められる社会状況になって」いると判示しているところ,その状況認識・指摘自体は妥当なものと思われる。また,被上告人の主張によれば,本件の1審判決後少なからざる地方公共団体において行政委員会の委員の月額報酬条例が日額報酬制に改正されているとのことであり,滋賀県においても,同県労働委員会及び収用委員会の各委員(会長を含む。)について,平成23年4月1日から,それまでの月額報酬制を日額報酬制に変更しているところである。

このような社会状況の変化等にも鑑みると,地方公共団体にあっては,当該地方公共団体における非常勤職員の報酬制度につき,報酬額の水準等を含め,法203条の2第2項の趣旨にのっとった適正,公正で住民に対して十分に説明可能な合理的内容のものとなるよう,前記考慮事情を踏まえながら適切かつ柔軟に対応することが望まれる。

(裁判長裁判官 横田尤孝 裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官
金築誠志 裁判官 白木 勇)