最判平成12年7月7日 取締役の責任と法令違反

最判平成12年7月7日 取締役の責任と法令違反

会社法423条の『法定』の意義について非限定説に立ち、独占禁止法違反を含まれるとした事例。

事件番号
 平成8(オ)270
事件名
 取締役損失補填責任追及請求控訴及び共同訴訟参加事件
裁判年月日
 平成12年07月07日
法廷名
最高裁判所第二小法廷
裁判種別
 判決
結果
 棄却
判例集等巻・号・頁
民集 第54巻6号1767頁
原審裁判所名
東京高等裁判所
原審事件番号
 平成5(ネ)3788
原審裁判年月日
 平成7年09月26日
判示事項
 一 商法二六六条一項五号にいう「法令」の意義
二 会社がその業務を行うに際して遵守すべき規定に会社をして違反させることとなる取締役の行為と商法二六六条一項五号にいう法令違反行為
三 複数の株主が共同して追行する株主代表訴訟において共同訴訟人の一部の者が上訴をした場合に上訴をしなかった者の上訴審における地位
裁判要旨
 一 商法二六六条一項五号にいう「法令」には、取締役を名あて人とし、取締役の受任者としての義務を一般的に定める商法二五四条三項(民法六四四条)、商法二五四条ノ三の規定及び取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別的に定める規定のほか、会社を名あて人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定が含まれる。
二 取締役が会社をして会社がその業務を行うに際して遵守すべき規定に違反させることとなる行為をしたときは、右行為が取締役の受任者としての義務を一般的に定める規定に違反することになるか否かを問うまでもなく、商法二六六条一項五号にいう法令に違反する行為をしたときに該当する。
三 複数の株主が共同して追行する株主代表訴訟において、共同訴訟人である株主の一部の者が上訴をした場合、上訴をしなかった者は、上訴人にはならない。
(一、二につき補足意見がある。)
参照法条
 商法266条1項5号・商法267条 民訴法40条1項



         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 第一 本件の概要
 一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 D證券株式会社(以下「D證券」という。)は、有価証券の売買、その媒介、取次ぎ及び代理、有価証券の引受け及び売出し等を目的とする我が国最大手の証券会社であり、被上告人らは、平成二年三月当時D證券の代表取締役の地位にあった者であり、上告人らは、D證券の株主である。
 2 E放送株式会社(以下「E放送」という。)は、D證券の大口顧客であり、D證券は、昭和四八年三月からE放送と有価証券の売買等による資金運用の取引を継続し、また、E放送の証券発行に際しては主幹事証券会社の地位にあって、多額の手数料収入を得ていた。
 主幹事証券会社になると多額の引受手数料等の収入を得ることができるため、主幹事となることにつき証券会社相互間で競争があり、また、いったん主幹事から外れるとこれを取り返すことには困難が伴うため、各証券会社は、証券発行を行う事業法人との取引関係の維持、拡大に努めている。
 3(一) 委託者が受託者である信託銀行と締結した特定金銭信託契約に基づき、信託銀行が、証券会社にそのための口座を開設して、委託者の指図に従い有価証券の売買等を行う取引(以下「特金勘定取引」という。)のうち、委託者が投資顧問業者と投資顧問契約を締結することなく、専ら証券会社が委託者に代わって信託銀行に指図することにより運用されていたものがあり、「営業特金」と呼ばれていた。
 (二) E放送は、平成元年四月、F信託銀行株式会社(以下「F信託銀行」という。)との間で、E放送を委託者、F信託銀行を受託者とし、期間を平成二年三月までとする特定金銭信託契約を締結して一〇億円を信託し、これに基づきF信託銀行がD證券に取引口座を開設して、有価証券の売買によるE放送のための資金運用が開始された。E放送は右取引につき投資顧問業者との間で投資顧問契約を締結しておらず、営業特金による取引であった。
 (三) E放送のための特金勘定取引口座には、平成元年末ころに約二億七〇〇〇万円の損失が生じており、平成二年一月ころからの株式市況の急激な悪化によって、更に損失が拡大し、期間満了を待たずに取引を終了させた同年二月末ころには、損失額は約三億六〇〇〇万円となっていた。
 4(一) G証券株式会社が大口顧客に対して約一〇〇億円に上る損失補てんをしていたなどと報道される中で、大蔵省は、平成元年一二月二六日、H協会会長あてに、「証券会社の営業姿勢の適正化及び証券事故の未然防止について」と題する証券局長通達(以下「本件通達」という。)を発し、法令上の禁止行為である損失保証による勧誘や特別の利益提供による勧誘はもとより、事後的な損失の補てんや特別の利益提供も厳にこれを慎むこと、特金勘定取引について、原則として、顧客と投資顧問業者との間に投資顧問契約が締結されたものとすること等について、所属証券会社に周知徹底させるべきものとした。その趣旨を徹底するために、同日付けの大蔵省証券局業務課長による各財務(支)局理財部長あての事務連絡が発せられ、証券会社に対し、既存の特金勘定取引について本件通達に沿う所要の措置を講ずべき期限は平成二年末までとし、各年三月末及び九月末に特金勘定取引の口座数、そのうち投資顧問契約のないものの口座数等を報告させるなどの指導をすべきものとされた。
 (二) H協会は、平成元年一二月二六日、本件通達を受けて、同協会の内部規則である公正慣習規則第九号「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則」(以下「本件規則」という。)を改正し、「協会員は、損失保証による勧誘、特別の利益提供による勧誘を行なわないことはもとより、事後的な損失の補填や特別の利益提供も厳にこれを慎む」ものとする旨の規定(同規則八条)を新設した。
 (三) D證券を始めとする証券会社は、本件通達等の主眼が早急に営業特金の解消を求める点にあると理解し、株式市況が急激に悪化する中で顧客との関係を良好に維持しつつ営業特金の解消を進めていくためには、損失補てんを行うこともやむを得ないという考え方が大勢を占めるようになった。
 5(一) D證券の担当者は、本件通達の直後から、E放送の財務部長らと営業特金の解消について交渉したが解決に至らず、損失補てんをしなければ今後の取引関係に重大な影響が生ずると考えて、管理部門の最高責任者であった被上告人Bに対し、損失補てんの必要がある旨の報告をした。被上告人Bは、E放送の営業特金については、有価証券市場が好況であった当時から損失が生じており、将来のE放送の証券発行に際しての主幹事証券会社の地位を失うおそれがあることも考慮して、損失補てんを実施する必要があると判断した。平成二年三月一三日、被上告人らが出席したD證券の専務会において、被上告人Bから、E放送ほかの顧客に生じた損失について総額約一六一億円の補てんをすることが提案され、了承された。なお、被上告人らは、右損失補てんの実施を決定するに当たり、その違法性の有無につき法律家等の専門家の意見を徴することをしなかった。
 (二) D證券のE放送に対する損失補てん(以下「本件損失補てん」という。)の具体的な方法は、市場や一般投資者に影響が及ばないように外貨建てワラント相対取引によることとされ、平成二年三月一四日、I証券取引所に上場のJ建設ワラントをD證券がE放送に売却し、即日買い戻すという方法により実施された。この結果、E放送は三億六〇一九万一一二七円の利益を得て、営業特金による損失が補てんされ、営業特金も解消された。
 6 本件損失補てん後、D證券とE放送との取引関係は維持され、E放送が平成四年七月に三〇〇億円、平成五年三月に二〇〇億円の社債を発行した際、D證券は、その主幹事証券会社として一億二〇〇〇万円余の手数料を得るなど、既に相当額の収入を得ており、かつ今後も得られる見込みである。
 二 本件は、D證券の株主である上告人らにおいて、本件損失補てんにつき、当時D證券の代表取締役であった被上告人らが取締役としての義務に違反して会社に損害を被らせたものであると主張して、被上告人らに対し、商法二六六条一項五号の規定(以下「本規定」という。)に基づく取締役の責任を追及する株主代表訴訟である。
 原審は、(一) 本件損失補てんは、平成三年法律第九六号による改正前の証券取引法(以下「旧証券取引法」という。)五〇条一項三号、四号、五八条一号に違反しない、(二) 本件損失補てんは、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)二条九項三号に基づき公正取引委員会が指定した不公正な取引方法(昭和五七年同委員会告示第一五号。以下「一般指定」という。)の9(不当な利益による顧客誘引)に該当し、同法一九条に違反する、(三) しかし、同条は競争者の利益を保護することを意図した規定であって、同条違反の行為により損害を被るのは当該会社ではないから、同条違反が本規定にいう法令違反に含まれると解するのは相当でないなどとして、上告人らの本訴請求を棄却すべきものと判断した。
 本件上告は、原審の右(一)及び(三)の判断が違法であるとして、原判決の破棄を求めるものである。
 第二 上告人兼上告人Aの代理人亀田信男、上告代理人吉武伸剛、同飯田秀人の
上告理由中、旧証券取引法違反に関する点について
 前記事実関係の下において、本件損失補てんが、旧証券取引法五〇条一項三号、四号、五八条一号に違反するものとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。


 第三 その余の上告理由について


 一 株式会社の取締役は、取締役会の構成員として会社の業務執行を決定し、あるいは代表取締役として業務の執行に当たるなどの職務を有するものであって、商法二六六条は、その職責の重要性にかんがみ、取締役が会社に対して負うべき責任の明確化と厳格化を図るものである。本規定は、右の趣旨に基づき、法令に違反する行為をした取締役はそれによって会社の被った損害を賠償する責めに任じる旨を定めるものであるところ、【要旨1】取締役を名あて人とし、取締役の受任者としての義務を一般的に定める商法二五四条三項(民法六四四条)、商法二五四条ノ三の規定(以下、併せて「一般規定」という。)及びこれを具体化する形で取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別的に定める規定が、本規定にいう「法令」に含まれることは明らかであるが、さらに、商法その他の法令中の、会社を名あて人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定もこれに含まれるものと解するのが相当である。けだし、会社が法令を遵守すべきことは当然であるところ、取締役が、会社の業務執行を決定し、その執行に当たる立場にあるものであることからすれば、会社をして法令に違反させることのないようにするため、その職務遂行に際して会社を名あて人とする右の規定を遵守することもまた、取締役の会社に対する職務上の義務に属するというべきだからである。したがって、【要旨2】取締役が右義務に違反し、会社をして右の規定に違反させることとなる行為をしたときには、取締役の右行為が一般規定の定める義務に違反することになるか否かを問うまでもなく、本規定にいう法令に違反する行為をしたときに該当することになるものと解すべきである。



 二 これを本件について見ると、証券会社が、一部の顧客に対し、有価証券の売買等の取引により生じた損失を補てんする行為は、証券業界における正常な商慣習に照らして不当な利益の供与というべきであるから、D證券がE放送との取引関係の維持拡大を目的として同社に対し本件損失補てんを実施したことは、一般指定の9(不当な利益による顧客誘引)に該当し、独占禁止法一九条に違反するものと解すべきである。そして、独占禁止法一九条の規定は、同法一条所定の目的達成のため、事業者に対して不公正な取引方法を用いることを禁止するものであって、事業者たる会社がその業務を行うに際して遵守すべき規定にほかならないから、本規定にいう法令に含まれることが明らかである。したがって、被上告人らが本件損失補てんを決定し、実施した行為は、本規定にいう法令に違反する行為に当たると解すべきものである。



 しかるに、原審は、独占禁止法一九条に違反する行為が当然に本規定にいう法令に違反する行為に当たると解するのは相当でないと判断しているのであって、この点において、原審は法令の解釈を誤ったものといわなければならない。


 三 しかしながら、株式会社の取締役が、法令又は定款に違反する行為をしたとして、本規定に該当することを理由に損害賠償責任を負うには、右違反行為につき取締役に故意又は過失があることを要するものと解される(最高裁昭和四八年(オ)第五〇六号同五一年三月二三日第三小法廷判決・裁判集民事一一七号二三一頁参照)。



 原審の適法に確定したところによれば、(一) 被上告人らは、本件損失補てんが旧証券取引法あるいは本件通達に違反するものでないかどうかについては重大な関心を有していたが、それが一般の投資家に対して取引を勧誘するような性質のものではなかったことから、独占禁止法一九条に違反するか否かの問題については思い至らなかった、(二) 被上告人らのみならず、関係当局においても、証券取引については所管の大蔵省によって証券取引法及びその関連法令を通じて規制が行われるべきであるとの基本的理解から、証券取引に伴う損失補てんが独占禁止法に違反するかどうかという問題は、本件損失補てんが行われた後一年半余にわたって取り上げられることがなかった、(三) 公正取引委員会は、第一二一回衆議院証券及び金融問題に関する特別委員会が開催された平成三年八月三一日の時点においても、なお損失補てんが独占禁止法に違反するとの見解を採っておらず、公正取引委員会が、本件損失補てんを含む証券会社の一連の損失補てんが不公正な取引方法に該当し独占禁止法一九条に違反するとして、同法四八条二項に基づく勧告を行ったのは、同年一一月二〇日であった、というのである。



 右事実関係の下においては、被上告人らが、本件損失補てんを決定し、実施した
平成二年三月の時点において、その行為が独占禁止法に違反するとの認識を有する
に至らなかったことにはやむを得ない事情があったというべきであって、右認識を
欠いたことにつき過失があったとすることもできないから、本件損失補てんが独占
禁止法一九条に違反する行為であることをもって、被上告人らにつき本規定に基づ
く損害賠償責任を肯認することはできない。

 四 以上のとおりであるから、被上告人らが本件損失補てんを決定し、実施したことにつき、本規定に基づく損害賠償責任を否定すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響しない事項についての違法をいうものに帰し、採用することができない。



 第四 K及び株式会社L電気設計事務所の上告審における地位について 

 商法二六七条に規定する株主代表訴訟は、株主が会社に代位して、取締役の会社に対する責任を追及する訴えを提起するものであって、その判決の効力は会社に対しても及び(民訴法一一五条一項二号)、その結果他の株主もその効力を争うことができなくなるという関係にあり、複数の株主の追行する株主代表訴訟は、いわゆる類似必要的共同訴訟と解するのが相当である。



 類似必要的共同訴訟において共同訴訟人の一部の者が上訴すれば、それによって原判決の確定が妨げられ、当該訴訟は全体として上訴審に移審し、上訴審の判決の効力は上訴をしなかった共同訴訟人にも及ぶと解される。しかしながら、合一確定のためには右の限度で上訴が効力を生ずれば足りるものである上、取締役の会社に対する責任を追及する株主代表訴訟においては、既に訴訟を追行する意思を失った者に対し、その意思に反してまで上訴人の地位に就くことを求めることは相当でないし、複数の株主によって株主代表訴訟が追行されている場合であっても、株主各人の個別的な利益が直接問題となっているものではないから、提訴後に共同訴訟人たる株主の数が減少しても、その審判の範囲、審理の態様、判決の効力等には影響がない。そうすると、【要旨3】株主代表訴訟については、自ら上訴をしなかった共同訴訟人を上訴人の地位に就かせる効力までが民訴法四〇条一項によって生ずると解するのは相当でなく、自ら上訴をしなかった共同訴訟人たる株主は、上訴人にはならないものと解すべきである(最高裁平成四年(行ツ)第一五六号同九年四月二日大法廷判決・民集五一巻四号一六七三頁参照)。


 したがって、本件において自ら上告を申し立てなかったK及び株式会社L電気設計事務所は上告人ではないものとして、本判決をする。

 よって、裁判官河合伸一の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文
のとおり判決する。

 裁判官河合伸一の補足意見は、次のとおりである。
 法廷意見は、本規定にいう「法令」には、商法その他の法令中の、会社を名あて人とし、会社として遵守すべきすべての規定(以下「対会社規定」という。)が含まれることを明らかにした上、取締役が会社をして対会社規定に違反させることとなる行為をしたときは、一般規定の定める取締役の義務に違反するか否かを問うまでもなく、本規定に該当すると解している。すなわち、本規定に基づく取締役の責任は会社に対する債務不履行責任であるところ、本規定は、取締役が右のような行為をしたときは、当然に、民法四一五条所定の「債務ノ本旨ニ従ヒタル履行ヲ為ササル」との要件(以下「不履行要件」という。)を充足すると定めるものであって、その意味で同条に対する特則を成すと解するものである。



 これに対し、対会社規定の全部又は一部について、取締役がそれらの規定に違反しても直ちに不履行要件を充足すると解すべきではなく、取締役の行為が一般規定の定める義務に違反するもの(以下「任務懈怠」という。)と評価されて初めて、これを充足することになると解する説(以下「反対説」という。)が唱えられており、原審もこれによったものと思われる。



 私は、反対説には解釈論として相当の難点がある上、具体的事案の処理においても、法廷意見による場合に対比して、少なくとも右難点を無視するに足るほどの利点があるとはいえないと考えるので、以下、その概要を述べておきたい。



 一 営利法人たる会社を経営する取締役の任務は、約言すれば、会社の最善の利益を図るため善良な管理者の注意をもってその職務を遂行することにある。反対説が、取締役の行為に対会社規定違反があっても、なお任務懈怠の評価を経るべきものとするのは、取締役の行為を、右違反の点をも含め、全体として観察すれば、任務懈怠とはいえない場合がある、すなわち前記の取締役の任務にかなうものと評価できる場合があるとの理解を前提とするのであろう。それは、結局、取締役が会社をして対会社規定に違反させることになる行為をしても、それが会社の利益を図るものであれば、会社に対する関係では債務不履行とはならない場合のあることを承認するものであり、換言すれば、会社の利益を図るためには、会社をして法令に違反させることになるような行為をすることもなお取締役の任務に属する場合があることを承認するものではなかろうか。しかし、私は、そのようなことを承認することには、とうてい賛成できない。



 また、反対説は、商法の規定の構成や文理にも整合しないように思われる。本規定にいう「法令」に一般規定が含まれることについては、反対説の論者にも異論はない。対会社規定がこれに含まれるかは必ずしも一致していないが、もし含まれるとするのであれば、対会社規定は一般規定の下部規範でありながら、両者が同一条文中に並列的に置かれていることになるし、もし含まれていないとするのであれば、本規定は「取締役ガ其ノ任務ヲ怠リタルトキ」と定めていた昭和二五年改正前の二六六条一項とほとんど同じものとなり、右改正において、取締役の地位及び権限の強化に伴い、その責任の明確化と厳格化を図るため現行のように改められた趣旨にそぐわないことになる。商法が、監査役について、取締役に関する規定の多くを準用しながら、会社に対する責任については本規定を準用せず、「其ノ任務ヲ怠リタルトキ」と定めている(二七七条)こととも整合しない。商法二五四条ノ三にいう「法令」が対会社規定を含むことは明らかであるところ、同じく取締役の義務に関する本規定中の「法令」を別異に解することも、容易に理解し難いところである。



 二 反対説には右のような難点があるが、それにもかかわらず反対説が提唱される理由には、法廷意見のように解すると取締役に対し不当に苛酷な責任を負わせることになるとの憂慮があるように思われる。



 たしかに、対会社規定には多種多様なものがあり、取締役がそのすべてに通じていることは期し難いから、本件のように、取締役の行為が思いがけず対会社規定に違反する結果となる場合の生じ得ることを否定できない。その場合、取締役が当然に商法二六六条の定める責任を負うことになれば、その責任はきわめて厳格なものである。さらに、近年、本規定に基づいて取締役の責任を追及する代表訴訟が増加し、ことに商法二六七条四項の改正後は、その請求額が巨額に及ぶ例も少なくない。これらのことからすると、右の憂慮を故なきものということはできない。



 ところで、取締役は、会社を取り巻く複雑かつ流動的な諸状況の下で、その任務を遂行するため、専門的な知識と経験に基づき、諸種の配慮をめぐらして経営上の判断をしなければならない。このような取締役の経営上の判断については、その性質上おのずから広い裁量が認められるべきであって、取締役のある判断が結果的に会社に損害をもたらしたとしても、それだけで直ちに取締役に任務懈怠があったとすることはできず、具体的事案における諸事情を総合勘案して評価決定すべきものとするのが、一般的理解である。反対説は、取締役が対会社規定に違反して会社に損害が生じた場合においても、右の経営判断に関する一般的理解に従い、具体的諸事情を総合勘案して任務懈怠と評価できるか否かを決することにより、取締役が前記の苛酷な責任から救済される可能性を拡大しようとするものと思われるのである。



 しかし、私は、本規定に基づく取締役の責任の諸要件をより具体的に検討すれば、両説のいずれを採るかにより、結論においてそれほどの差を生じるものではないと考える。


 1 まず、取締役の対会社規定に違反する行為の結果会社に損害が生じた場合において、取締役が、その行為をするに際し、それが対会社規定に違反するものであることを認識していたときには、前記の一般的理解によっても、取締役に任務懈怠なしとすることはできないであろう。取締役の裁量権には、法令に違反し、あるいは会社をして違反させることは含まれないはずであり、会社の利益を図るためには故意に法令を犯してもよいとはいえないからである。現に、反対説の論者も、多くは右の結論を認めているように思われる。


 2 右の場合において、取締役が、自己の行為が対会社規定に違反することを認識していないときは、どうであろうか。
 法廷意見の立場からは、債務不履行責任における帰責要件としての過失の問題となるところ、これについては一般に、債務者が取引関係上通常要求される程度の注意を欠いたがゆえに債務不履行という結果の発生を認識しなかったか否かが問われるのであって、右の場合に即していえば、当該行為をめぐる諸般の状況の下で、取締役が前記のような経営上の判断をするに際し、同様の状況にある通常の取締役に要求される程度の注意、すなわち善管注意を欠いたがゆえに、対会社規定違反となることを認識しなかったか否かが問われるのである。


 反対説の立場からは、必ずしも帰責要件の問題とはされず、むしろ、あるいはまず、不履行要件の問題とされる如くであるが、いずれにしても、右の善管注意を欠いたか否かを基準として決せられることになると思われ、そうだとすれば、判断基準において法廷意見と差がないと考えられる。ただ、この立場においては、認識すべきものとされる対象が、法廷意見の立場におけるそれと異なることになるであろうが、そうであっても、その対象の中に当該行為が対会社規定に違反するという事実が含まれなければならない以上、右の差異によって結論が左右される事例は、次に述べるような場合を除き、容易に想定することができない。



 3 取締役が善管注意を尽くせば対会社規定違反となることを認識し得たと判断されるけれども、この判断に供せられた事実関係に加えて、当該行為をめぐる状況を更に広く考察すれば、なお任務懈怠とは評価できないという場合はあり得るかも知れない。しかし、ここで更に考察の対象に加えられる事実関係ないしその評価とは、ほとんどの場合、通常の債務不履行の要件論において違法性阻却又は責任阻却事由として位置付けられるものではなかろうか。法廷意見の立場からも、緊急避難等の違法性阻却事由や、期待可能性等の責任阻却事由の存在が認められるときは、取締役の責任は否定されることになるのである。



 4 あるいは、主張立証責任の所在については、両説のいずれを採るかにより、理論上、差異を生じるかも知れない。本規定に基づいて取締役の責任が追及される事案のほとんどはいわゆる不完全履行の類型に属するであろうが、同類型においては、不完全な履行があったこと、すなわち不履行要件の存在の主張立証責任は債権者側にあると解するのが一般である。これを前提とすると、法廷意見の立場からは、取締役が対会社規定に違反する行為をしたことが立証されれば、それだけで不履行要件を充足し、帰責事由の不存在又は違法性・責任阻却事由の存在は、すべて取締役が主張立証責任を負うことになる。これに対し、反対説の立場では、これらの事由は、ほとんどすべてが不履行要件たる任務懈怠の中に溶融され、取締役の責任を追及する側が主張立証責任を負うことになる。



 もっとも、右は理論上のものに過ぎず、訴訟の実践の場においてはそれほどの差を生じないであろうが、もし右の理論のとおりに訴訟が運ばれるとすれば、反対説を採ることにより、取締役の責任が否定される場合が増えるであろう。



 しかし、私は、右の理論にも、反対説によるその結果の妥当性にも、疑問を呈さざるを得ない。たとえば一定の品質を有すべき物の給付債務など、債務の内容が客観的、具体的に明確であり、それが完全に履行されたか否かを債権者が普通に知り得るものについては、その不履行要件についての主張立証責任を債権者に課すことは正当であろう。しかし、反対説がいうように、任務懈怠をもって不履行要件とするなら、そこで認定判断されるべき事柄は複雑多岐にわたり、しかもそのほとんどは取締役の関与領域内にあるから、物の給付債務などについてと同断には論じ得ないし、ことに代表訴訟の場合を考えると、原告にその主張立証責任を課すことにより取締役が勝訴するという結果は、公平でなく、妥当でもないと考えるのである。



 三 本規定に基づき取締役に命じられる賠償額についても言及しておきたい。 前述のとおり、反対説が提唱される理由に、取締役に対し不当に苛酷な責任を負わせることへの憂慮があるとすれば、私も、それに共感を覚える場合がないわけではない。しかし、そのような結果を回避することは、反対説のように、不履行要件を任務懈怠として、対会社規定に違反した取締役の責任を全面的に否定する方法によってではなく、その責任を肯定した上、要賠償額の量定を妥当なものとする方法によってされる方が望ましく、現行法の下においても、その余地があると考えるからである。


 1 たとえば、いわゆる損益相殺である。取締役の本規定該当の行為によって会社が損害を被ったが、同時に利益をも得ている場合、原則として、その差額をもって要賠償額とするものである。商法二六六条が会社の被った損害を取締役に賠償させる制度である以上、右のように損益相殺することは、むしろ当然のことといえる。 もっとも、取締役の行為から会社に利益が生じているにしても、その行為が刑事犯罪に該当するなど、その利益をもって損益相殺することが社会的に正当視できない場合はあろう。しかし、そのような場合は、会社に生じた損害をそのまま取締役に負わせても、不当に苛酷なものとはいえないと考える。


 2 過失相殺の規定(民法四一八条)を適用し、あるいはその趣旨を類推適用することも、検討されるべきである。


 取締役は会社の機関であり、対外的には一体と見るべきものであるが、会社の取締役に対する損害賠償請求権が訴求されているときには、たとえ取締役が現在もその地位にあるとしても、両者は債権者と債務者の関係にあるから、右規定が適用されることは自然である。


 また、たとえば取締役の行為が本規定に該当するものではあるが、それは会社の歴代の経営者がしてきたことを継承するものであるとか、会社の組織や管理体制に牢固たる欠陥があるなど、いわば会社の体質にも起因するところがある場合には、損害賠償制度の根本理念である公平の原則、あるいは債権法を支配する信義則に照らし、右規定を類推適用することが許されてよいと考える(最高裁昭和五九年(オ)第三三号同六三年四月二一日第一小法廷判決・民集四二巻四号二四三頁、最高裁昭和六三年(オ)第一〇九四号平成四年六月二五日第一小法廷判決・民集四六巻四号四〇〇頁参照)。



 もっとも、右の例のような場合、取締役は会社の体質を改善すべき義務を負うものであることも、考慮されなければならない。また、本規定に基づく責任が関与した取締役の連帯責任とされていることが、過失相殺規定の適用又は類推適用を困難にする場合もあろう。しかし、そのようなことも考慮しつつ、なおこれによって妥当な結論を導き得る場合があると考えるのである。



 要賠償額を具体的事情に適合する合理的、現実的なものにするため、解釈論として用い得る調整手法は、右以外にもあり得よう。そして、このような調整をすることは、決して、商法二六六条ないし代表訴訟制度の目的に反するものではなく、その機能を減殺するものでもない。ことに、訴額に関する法改正により取締役の職務是正機能が鮮明になってきた代表訴訟制度にとっては、むしろ、これをより活性化することにつながるものである。



 現行法の下では、右の合理的調整をするのに相当の困難があることは否定できない。これを適切かつ十分に行い得るようにするには、本来、法改正が必要であって、その早期の実現が待たれるところである。しかし、これが実現するまでの間にあっても、法解釈を工夫することによって不当な結果を回避し得る余地が多分にあると考える次第である。

(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山
継夫 裁判官 梶谷 玄)