最判平成24年2月29日  現住建造物等放火被告事件につき,ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火し,台所に充満したガスに引火,爆発させたとの訴因に対し,訴因変更手続を経ることなく,何らかの方法により上記ガスに引火,爆発させたと認定したことは,引火,爆発の原因が上記スイッチの作動以外の行為であるとした場合の被告人の刑事責任について検察官の予備的な主張がなく,そのような行為に関し求釈明や証拠調べにおける発問等もされていなかったなどの審理経過の下では,被告人に不意打ちを与えるものとして違法であるとした事例

最判平成24年2月29日  現住建造物等放火被告事件につき,ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火し,台所に充満したガスに引火,爆発させたとの訴因に対し,訴因変更手続を経ることなく,何らかの方法により上記ガスに引火,爆発させたと認定したことは,引火,爆発の原因が上記スイッチの作動以外の行為であるとした場合の被告人の刑事責任について検察官の予備的な主張がなく,そのような行為に関し求釈明や証拠調べにおける発問等もされていなかったなどの審理経過の下では,被告人に不意打ちを与えるものとして違法であるとした事例

事件番号
 平成23(あ)775
事件名
 現住建造物等放火被告事件
裁判年月日
平成24年2月29日
法廷名
最高裁判所第二小法廷
裁判種別
 決定
結果
 棄却
判例集等巻・号・頁
刑集 第66巻4号589頁
原審裁判所名
 福岡高等裁判所
原審事件番号
 平成22(う)320
原審裁判年月日
平成23年4月13日
判示事項
 現住建造物等放火被告事件につき,訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる放火方法を認定したことが違法とされた事例
裁判要旨
 現住建造物等放火被告事件につき,ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火し,台所に充満したガスに引火,爆発させたとの訴因に対し,訴因変更手続を経ることなく,何らかの方法により上記ガスに引火,爆発させたと認定したことは,引火,爆発の原因が上記スイッチの作動以外の行為であるとした場合の被告人の刑事責任について検察官の予備的な主張がなく,そのような行為に関し求釈明や証拠調べにおける発問等もされていなかったなどの審理経過の下では,被告人に不意打ちを与えるものとして違法である。
参照法条
 刑訴法312条1項,刑訴法312条2項


判旨
主 文
本件上告を棄却する。
当審における未決勾留日数中200日を本刑に算入する。


理 由
弁護人梅田尚彦の上告趣意は,違憲をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。


なお,所論に鑑み,職権で判断する。
1 本件公訴事実は,要旨,「被告人は,借金苦等からガス自殺をしようとして,平成20年12月27日午後6時10分頃から同日午後7時30分頃までの間,長崎市内に所在するAらが現に住居に使用する木造スレート葺2階建ての当時の被告人方(総床面積約88.2㎡)1階台所において,戸を閉めて同台所を密閉させた上,同台所に設置されたガス元栓とグリル付ガステーブル(以下「本件ガスコンロ」という。)を接続しているガスホースを取り外し,同元栓を開栓して可燃性混合気体であるP13A都市ガスを流出させて同台所に同ガスを充満させたが,同ガスに一酸化炭素が含まれておらず自殺できなかったため,同台所に充満した同ガスに引火,爆発させて爆死しようと企て,同日午後7時30分頃,同ガスに引火させれば爆発し,同被告人方が焼損するとともにその周辺の居宅に延焼し得ることを認識しながら,本件ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火し,同ガスに引火,爆発させて火を放ち,よって,上記Aらが現に住居に使用する同被告人方を全焼させて焼損させるとともに,Bらが現に住居として使用する木造スレート葺2階建て居宅(総床面積約84.93㎡)の軒桁等約8.6㎡等を焼損させたものである」というものである。第1審判決は,被告人が上記ガスに引火,爆発させた方法について,訴因の範囲内で,被告人が点火スイッチを頭部で押し込み,作動させて点火したと認定した。しかし,原判決は,このような被告人の行為を認定することはできないとして第1審判決を破棄し,訴因変更手続を経ずに,上記ガスに引火,爆発させた方法を特定することなく,被告人が「何らかの方法により」上記ガスに引火,爆発させたと認定した。



2 所論は,原判決が訴因変更手続を経ずに上記ガスに引火,爆発させた方法について訴因と異なる認定をしたことは違法であると主張する。


そこで検討するに,被告人が上記ガスに引火,爆発させた方法は,本件現住建造物等放火罪の実行行為の内容をなすものであって,一般的に被告人の防御にとって重要な事項であるから,判決において訴因と実質的に異なる認定をするには,原則として,訴因変更手続を要するが,例外的に,被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし,被告人に不意打ちを与えず,かつ,判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には,訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為を認定することも違法ではないと解される(最高裁平成11年(あ)第423号同13年4月11日第三小法廷決定・刑集55巻3号127頁参照)。



原審において訴因変更手続が行われていないことは前記のとおりであるから,本件が上記の例外的に訴因と異なる実行行為を認定し得る場合であるか否かについて検討する。第1審及び原審において,検察官は,上記ガスに引火,爆発した原因が本件ガスコンロの点火スイッチの作動による点火にあるとした上で,被告人が同スイッチを作動させて点火し,上記ガスに引火,爆発させたと主張し,これに対して被告人は,故意に同スイッチを作動させて点火したことはなく,また,上記ガスに引火,爆発した原因は,上記台所に置かれていた冷蔵庫の部品から出る火花その他の火源にある可能性があると主張していた。そして,検察官は,上記ガスに引火,爆発した原因が同スイッチを作動させた行為以外の行為であるとした場合の被告人の刑事責任に関する予備的な主張は行っておらず,裁判所も,そのような行為の具体的可能性やその場合の被告人の刑事責任の有無,内容に関し,求釈明や証拠調べにおける発問等はしていなかったものである。このような審理の経過に照らせば,原判決が,同スイッチを作動させた行為以外の行為により引火,爆発させた具体的可能性等について何ら審理することなく「何らかの方法により」引火,爆発させたと認定したことは,引火,爆発させた行為についての本件審理における攻防の範囲を越えて無限定な認定をした点において被告人に不意打ちを与えるものといわざるを得ない。そうすると,原判決が訴因変更手続を経ずに上記認定をしたことには違法があるものといわざるを得ない。



3 しかしながら,訴因と原判決の認定事実を比較すると,犯行の日時,場所,目的物,生じた焼損の結果において同一である上,放火の実行行為についても,上記台所に充満したガスに引火,爆発させて火を放ったという点では同一であって,同ガスに引火,爆発させた方法が異なるにすぎない。そして,引火,爆発時に被告人が1人で台所にいたことは明らかであることからすれば,引火,爆発させた方法が,本件ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火する方法である場合とそれをも含め具体的に想定し得る「何らかの方法」である場合とで,被告人の防御は相当程度共通し,上記訴因の下で現実に行われた防御と著しく異なってくることはないものと認められるから,原判決の認定が被告人に与えた防御上の不利益の程度は大きいとまではいえない。のみならず,原判決は被告人が意図的な行為により引火,
爆発させたと認定している一方,本件ガスコンロの点火スイッチの作動以外の着火原因の存在を特にうかがわせるような証拠は見当たらないことからすれば,訴因の範囲内で実行行為を認定することも可能であったと認められるから,原審において更に審理を尽くさせる必要性が高いともいえない。また,原判決の刑の量定も是認することができる。そうすると,上記の違法をもって,いまだ原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない。


よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官千葉勝美の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。



裁判官千葉勝美の反対意見は,次のとおりである。


私は,原審が訴因の変更手続を経ずに「何らかの方法により引火,爆発させた」と認定し有罪としたことには訴訟手続に違法があるとする点について,多数意見と見解を同じくするものである。しかし,多数意見が,結論として,この違法をもっていまだ原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められないとする点については,賛成することができない。


以下,1及び2においては,まず,訴因変更手続の要否の問題を生じさせるに至った原審の審理・判決について,私が考える問題点を指摘し,3においては,反対意見として,多数意見に賛成できない理由を述べることとする。


1 本件において,台所に充満したガスに着火させた具体的な方法については,第1審判決は,被告人が点火スイッチを頭部で押し込み,作動させて引火,爆発させたと認定したため,原審においては,この点が証拠上認定できるかを中心に審理が行われ,結局,原判決は,この行為は証拠上認定することができないと判断している。ところで,被告人の頭を使った点火スイッチの作動が認定できないとされる場合であっても,そのことから直ちに被告人が上記ガスに着火させたこと自体が全て否定されるわけではなく,他の方法により放火がされることもあり得るところである(例えば,単純に手などで点火スイッチを押し込んで着火させた等)。そして,原審は,ガスへの引火が被告人の関与しない冷蔵庫の部品から出る火花その他の火源等によるものとは認定できず,被告人が意図的な行為により引火,爆発させたこと自体は認定できるとしているのである。そうであれば,原審としては,検察官に対して,これまで具体的な着火方法として主張している「頭を使った点火スイッチの作動」以外の着火方法の追加主張や,従前の主張の変更(例えば,点火スイッチを作動させて着火させたとだけ主張し,作動させた具体的方法は限定しない等)等があるか否かについて,あらかじめ求釈明や証拠調べにおける発問等を行い,その対応に応じて的確な争点の設定をした上で審理を進めるべきであったというべきである。(なお,記録によれば,本件においては,多数意見が指摘するとおり,本件ガスコンロの点火スイッチの作動以外の着火原因の存在を特にうかがわせるような証拠は見当たらないのであるから,点火スイッチを作動させてガスに着火させたという訴因のままの実行行為を認定することが十分に可能であったと思われ,そうであれば,あえて具体的な作動方法を特定しないことにしてそれを前提に審理をすることが十分に考えられるところである。)


2 ところが,原審は,頭で点火スイッチを作動させた点は認められないことから,訴因変更手続はもちろん,検察官による具体的着火方法の主張の追加・変更等をさせずに,いきなり上記ガスに「何らかの方法により引火,爆発させた」と認定している。このような原審の審理方法及び有罪認定は,刑事裁判の審理等の在り方からして,次のような問題があると考える。


まず,一般的には,このような犯罪事実の認定であっても,犯行の日時,場所,目的物,生じた結果は特定されており,原審の認定した罪となるべき事実は,現住建造物等放火罪の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかになっているので,この点で不十分な点があるとはいえない。


しかしながら,頭でスイッチを押し込んだという事実が認定できない場合であっても,点火スイッチを作動させたという訴因の範囲内では認定が可能である場合には(前記のとおり,本件ではそれが可能であったと思われる。),そのように,求釈明等により検察官の主張の修正を促し,争点を点火スイッチを作動させたかどうかという訴因の範囲内として攻撃防御を尽くさせ,証拠上可能であれば,訴因どおりの認定(点火スイッチを作動させて着火させたというもの)をすべきであり,そのような求釈明等の手当をしないまま,いきなり,着火方法を全く特定しないで,「何らかの方法により」着火させたとするべきではない。



そもそも,本件のような放火事件で,「何らかの方法により」着火させたという認定がされるのは,通常は,放火の実行行為はあったが,具体的な方法が全く不明である場合や,着火させた方法として考えられるものが多数あり,そのうちどの方法を採ったかは証拠上決め手がなく,いずれとも特定できない場合などであろう。


しかし,本件では,ライターやマッチを使って点火した等の考え得る他の方法により着火させたとはうかがわれず,冷蔵庫の部品からの火花等によることもあり得ないとすれば,考えられる着火方法としては,点火スイッチを作動させて着火させることである。したがって,本件は,着火方法が全く不明であったり,考えられる方法が多数ありそのうちどの方法を採ったのか決め手がないという場合ではない。原審としては,そのように検察官側からの主張の修正を促す等により,対応できるはずであり,訴因の内容を更に限定したりせず,そのまま攻撃防御を尽くさせ,その上で,証拠上可能な場合にはそのような認定をすべきである。


加えて,被告人の防御という観点からみても,「何らかの方法により」という認定がされることになるのであれば,被告人としては,防御方法としては,①具体的な着火方法を特定して主張されない以上防御ができない旨を主張して争うか,あるいは,②被告人の関与しない他の原因による着火の可能性がある点をより真剣に反論していくことになり,防御の仕方,内容が異なってくる可能性があり(なお,上記②の点では,被告人は,原審では冷蔵庫の部品からの火花による着火を原因として挙げてはいるが,頭でスイッチを押し込んだ点の反論に力が入っていたはずであり,他の原因の存在について十分な防御がされていたとはいえない。),その負担もより大きくなろう。訴因記載の着火方法の有無を争点とすることが可能であるのであれば,それを基に審理を進めるよう対応すべきものであり,原審が,このような方法について検討することなく,いきなり「何らかの方法で」という認定をしたのであれば,刑事裁判の審理の在り方からして疑問であると考える。


3 ところで,本件の処理については,多数意見は,本件ガスに引火,爆発させた方法が,本件ガスコンロの点火スイッチを作動させて点火する方法である場合とそれをも含め具体的に想定し得る「何らかの方法」である場合とで,被告人の防御は相当程度共通し,上記訴因の下で現実にされた防御と著しく異なってくることはないものと認められるから,原判決の認定が被告人に与えた防御上の不利益は大きいとまではいえない点や,証拠の関係からすると,訴因の範囲内での実行行為を認定することも可能であり,原審において更に審理を尽くさせる必要性が高いとはいえず,原判決の刑の量定も是認できることを理由に,この違法は,いまだ原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められないとしている。証拠からうかがわれる本件の内容によれば,私も,原審で更に審理を尽くさせる実質的な必要性が高いといえるかは疑問があり,訴訟経済や当事者の負担の点からすると,理解
できる見解ではある。しかし,刑事訴訟手続における審理の基本構造は,訴因を基に検察官と弁護人とが攻撃防御を尽くし,適正な手続に基づいて審理を尽くすというものであるから,訴因の変更の要否についての手続的な過誤は,それが,被告人に不意打ちを与えるものとして,違法とされ,訴因変更手続を経るべきであるとされた以上は,この過誤は刑事裁判における手続的正義に反する重大なものというべきであり,被告人の納得も得られないところである。さらに,前記のとおり,被告人の防御方法,内容が変わり得るものである以上,適正な手続に従った十分な防御がされたということもできない。


以上によれば,私は,多数意見が,原判決につき,訴因の変更をしなかった法令違反を認めながらそれが著しく正義に反しないものと評価したことは,訴因を対象として攻撃防御を尽くすという刑事裁判の手続的正義の観点から賛成することはできず,当審としては,原判決を破棄し,原審に差し戻すべきであると考える。


(裁判長裁判官 竹内行夫 裁判官 古田佑紀 裁判官 須藤正彦 裁判官千葉勝美)