最判平成21年11月30日 分譲マンションの各住戸に政党の活動報告等を記載したビラ等を投かんする目的で,同マンションの共用部分に管理組合の意思に反して立ち入った行為をもって刑法130条前段の罪に問うことが,憲法21条1項に違反しないとされた事例

最判平成21年11月30日 分譲マンションの各住戸に政党の活動報告等を記載したビラ等を投かんする目的で,同マンションの共用部分に管理組合の意思に反して立ち入った行為をもって刑法130条前段の罪に問うことが,憲法21条1項に違反しないとされた事例

事件番号
 平成20(あ)13
事件名
 住居侵入被告事件
裁判年月日
 平成21年11月30日
法廷名
最高裁判所第二小法廷
裁判種別
 判決
結果
 棄却
判例集等巻・号・頁
刑集 第63巻9号1765頁
原審裁判所名
東京高等裁判所
原審事件番号
 平成18(う)2754
原審裁判年月日
 平成19年12月11日
判示事項
 1 分譲マンションの各住戸にビラ等を投かんする目的で,同マンションの共用部分に立ち入った行為につき,刑法130条前段の罪が成立するとされた事例
2 分譲マンションの各住戸に政党の活動報告等を記載したビラ等を投かんする目的で,同マンションの共用部分に管理組合の意思に反して立ち入った行為をもって刑法130条前段の罪に問うことが,憲法21条1項に違反しないとされた事例
裁判要旨
 1 分譲マンションの各住戸のドアポストにビラ等を投かんする目的で,同マンションの集合ポストと掲示板が設置された玄関ホールの奥にあるドアを開けるなどして7階から3階までの廊下等の共用部分に立ち入った行為は,同マンションの構造及び管理状況,そのような目的での立入りを禁じたはり紙が玄関ホールの掲示板にちょう付されていた状況などの本件事実関係(判文参照)の下では,同マンションの管理組合の意思に反するものであり,刑法130条前段の罪が成立する。
2 分譲マンションの各住戸のドアポストに政党の活動報告等を記載したビラ等を投かんする目的で,同マンションの玄関ホールの奥にあるドアを開けるなどして7階から3階までの廊下等の共用部分に,同マンションの管理組合の意思に反して立ち入った行為をもって刑法130条前段の罪に問うことは,憲法21条1項に違反しない。
参照法条
 (1,2につき)刑法130条前段 (2につき)憲法21条1項


判旨
主文
本件上告を棄却する。


理由
第1 弁護人後藤寛ほか及び被告人本人の各上告趣意のうち,本件被告人の行為をもって刑法130条前段の罪に問うことは憲法21条1項に違反するとの主張について

1 原判決の認定及び記録によれば,本件の事実関係は,次のとおりである。

(1) 本件マンションの構造等
ア 本件マンションは,東京都葛飾区亀有2丁目所在の地上7階,地下1階建ての鉄筋コンクリート造りの分譲マンションであり,1階部分は4戸の店舗・事務所として,2階以上は40戸の住宅として分譲されている。1階の店舗・事務所部分への出入口と2階以上の住宅部分への出入口とは完全に区分されている。

イ 2階以上の住宅部分への出入口としては,本件マンション西側の北端に設置されたガラス製両開きドアである玄関出入口と,敷地北側部分に設置された鉄製両開き門扉である西側敷地内出入口とがある。住宅部分への出入口である玄関出入口から本件マンションに入ると,玄関ホールがあり,玄関ホールの奥にガラス製両開きドアである玄関内東側ドアがあり,これを開けて,1階廊下を進むと,突き当たりの右手側にエレベーターがあり,左手側に鉄製片開きドアである東側出入口がある。東側出入口から本件マンションの敷地内に出ると,すぐ左手に2階以上に続く階段がある。


(2) 玄関出入口及び玄関ホール内の状況

ア 玄関出入口付近の壁面には警察官立寄所のプレートが,玄関出入口のドアには「防犯カメラ設置録画中」のステッカーがちょう付されていた。

イ 玄関ホール南側には掲示板と集合ポストが,北側には同ホールに隣接する管理人室の窓口があり,掲示板には,A4版大の白地の紙に本件マンションの管理組合(以下「本件管理組合」という。)名義で「チラシ・パンフレット等広告の投函は固く禁じます。」と黒色の文字で記載されたはり紙と,B4版大の黄色地の紙に本件管理組合名義で「当マンションの敷地内に立ち入り,パンフレットの投函,物品販売などを行うことは厳禁です。工事施行,集金などのために訪問先が特定している業者の方は,必ず管理人室で『入退館記録簿』に記帳の上,入館(退館)願います。」と黒色の文字で記載されたはり紙がちょう付されていた。これらのはり紙のちょう付されている位置は,ビラの配布を目的として玄関ホールに立ち入った者には,よく目立つ位置である。

ウ 管理人室の窓口からは,玄関ホールを通行する者を監視することができ,本件管理組合から管理業務の委託を受けた会社が派遣した管理員が,水曜日を除く平日の午前8時から午後5時まで,水曜日と土曜日は午前8時から正午までの間,勤務していた。


(3) 本件マンションの管理組合規約は,本件マンションの共用部分の保安等の業務を管理組合の業務とし,本件管理組合の理事会が同組合の業務を担当すると規定していたところ,同理事会は,チラシ,ビラ,パンフレット類の配布のための立入りに関し,葛飾区の公報に限って集合ポストへの投かんを認める一方,その余については集合ポストへの投かんを含めて禁止する旨決定していた。


(4) 被告人は,平成16年12月23日午後2時20分ころ,日本共産党葛飾区議団だより,日本共産党都議会報告,日本共産党葛飾区議団作成の区民アンケート及び同アンケートの返信用封筒の4種(以下「本件ビラ」という。)を本件マンションの各住戸に配布するために,本件マンションの玄関出入口を開けて玄関ホールに入り,更に玄関内東側ドアを開け,1階廊下を経て,エレベーターに乗って7階に上がり,各住戸のドアポストに,本件ビラを投かんしながら7階から3階までの各階廊下と外階段を通って3階に至ったところを,住人に声をかけられて,本件ビラの投かんを中止した(以下,この本件マンションの廊下等共用部分に立ち入った行為を「本件立入り行為」という。)。当時,被告人は,上記1(2)イの玄関出入口及び玄関ホール内の状況を認識していた。

2 以上の事実関係によれば,本件マンションの構造及び管理状況,玄関ホール内の状況,上記はり紙の記載内容,本件立入りの目的などからみて,本件立入り行為が本件管理組合の意思に反するものであることは明らかであり,被告人もこれを認識していたものと認められる。そして,本件マンションは分譲マンションであり,本件立入り行為の態様は玄関内東側ドアを開けて7階から3階までの本件マンションの廊下等に立ち入ったというものであることなどに照らすと,法益侵害の程度が極めて軽微なものであったということはできず,他に犯罪の成立を阻却すべき事情は認められないから,本件立入り行為について刑法130条前段の罪が成立するというべきである。


3(1) 所論は,本件立入り行為をもって刑法130条前段の罪に問うことは憲法21条1項に違反する旨主張する。

(2) 確かに,表現の自由は,民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならず,本件ビラのような政党の政治的意見等を記載したビラの配布は,表現の自由の行使ということができる。しかしながら,憲法21条1項も,表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく,公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであって,たとえ思想を外部に発表するための手段であっても,その手段が他人の権利を不当に害するようなものは許されないというべきである(最高裁昭和59年(あ)第206号同年12月18日第三小法廷判決・刑集38巻12号3206頁参照)。



本件では,表現そのものを処罰することの憲法適合性が問われているのではなく,表現の手段すなわちビラの配布のために本件管理組合の承諾なく本件マンション内に立ち入ったことを処罰することの憲法適合性が問われているところ,本件で被告人が立ち入った場所は,本件マンションの住人らが私的生活を営む場所である住宅の共用部分であり,その所有者によって構成される本件管理組合がそのような場所として管理していたもので,一般に人が自由に出入りすることのできる場所ではない。たとえ表現の自由の行使のためとはいっても,そこに本件管理組合の意思に反して立ち入ることは,本件管理組合の管理権を侵害するのみならず,そこで私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害するものといわざるを得ない。したがって,本件立入り行為をもって刑法130条前段の罪に問うことは,憲法21条1項に違反するものではない。このように解することができることは,当裁判所の判例(昭和41年(あ)第536号同43年12月18日大法廷判決・刑集22巻13号1549頁,昭和42年(あ)第1626号同45年6月17日大法廷判決・刑集24巻6号280頁)の趣旨に徴して明らかである(最高裁平成17年(あ)第2652号同20年4月11日第二小法廷判決・刑集62巻5号1217頁参照)。所論は理由がない。

第2 その余の主張について


弁護人後藤寛ほかの上告趣意のうち,憲法21条1項の解釈の誤りをいう点は,原判決は所論のような趣旨を判示したものではないから前提を欠き,最高裁昭和43年(あ)第837号同48年4月25日大法廷判決・刑集27巻3号418頁を引用して判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法31条違反,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であり,被告人本人の上告趣意は,憲法14条,31条違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。


よって,同法408条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官今井功裁判官中川了滋裁判官古田佑紀裁判官竹内行夫