憲法 外国人の人権主体性

1 外国人の人権享有主体性
高橋和之等『ケースブック憲法』1-10頁参照(有斐閣・2011)

(1)外国人の人権享有主体性の問題

*人権は、人種、性、身分などの区別に関係なく、人間である以上当然に享有できる普遍的な権利である。

日本国憲法は、…、第三章には「国民の権利及び義務」という表題をつけ、人権の主体を一般国民に限定するような外観をとっている。

*しかし、人権を保障するという国家による責務を考えるとき、国家による保障を享受するのは、国家の構成員に限定されるとも思える。特に、人権侵害に対する救済を国家が提供していることを考えると、国家に人権侵害に対する救済というサービスを提供しうるのは、原則的に国民に限られるのではないか。

*一方で、近代国家が一定の地理的領域に対する排他的支配権をもつものである以上、その領域内にある外国人にも支配権を及ぼすことが想定される。国家が支配権を行使する以上は、支配権に対置する自然権を認める必要性が高く、支配権への服従の対応として国家に人権侵害に対する救済のサービスの提供を引き受けるべき責務が国家にあると考えられる。

*人権は前国家的・前憲法的性格を有するもので、憲法が国際主義の立場から条約及び確率された国際法規の遵守を定め(憲法98条)、かつ、国際人権規約等にみられるように人権の国際化の傾向が顕著なことを考慮するならば、外国人にも権利の性質上適用可能な人権規定はすべて及ぶと考えるのが通説・判例である。

(2)論文試験問題レベルで、総論としての外国人の人権享有主体性が問題となる場面はほとんどない。むしろ、当該権利・自由が具体的にいかなる個人・社会との関係で、憲法
どのような根拠から、どの程度保護されるべきか否かを具体的に論じたほうがいいと思われる。

2 外国人管理法制
(1)国際法と国内法の区別
国際法レベルで、国際関係における外国人の処遇は各国家が自由に決定する権限を有するとの問題と、国内法レベルで、憲法・法律解釈により、外国人にどの程度の人権が保障されるかのレベルは別の問題である。
・国家 vs  国家 (国際法レベル)
・国家 vs 支配権が及ぶ人々(国民・外国人・法人等)(国内法レベル)

そうだとすると、国際法上国家が自由に決定できる・人権条約により外国人の人権保障を義務づけられているという議論は、国際法レベルでの正当化根拠となっても、国内法レベルでの議論の正当化根拠としては、間接的な意味しかもたないように思える。

(2)出入国管理及び難民認定法
(目的)
第一条  出入国管理及び難民認定法は、本邦に入国し、又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理を図るとともに、難民の認定手続を整備することを目的とする。
在留資格及び在留期間)
第二条の二  本邦に在留する外国人は、出入国管理及び難民認定法及び他の法律に特別の規定がある場合を除き、それぞれ、当該外国人に対する上陸許可若しくは当該外国人の取得に係る在留資格技能実習在留資格にあつては、別表第一の二の表の技能実習の項の下欄に掲げる第一号イ若しくはロ又は第二号イ若しくはロの区分を含む。以下同じ。)又はそれらの変更に係る在留資格をもつて在留するものとする。
2  在留資格は、別表第一の上欄(技能実習在留資格にあつては、二の表の技能実習の項の下欄に掲げる第一号イ若しくはロ又は第二号イ若しくはロの区分を含む。以下同じ。)又は別表第二の上欄に掲げるとおりとし、別表第一の上欄の在留資格をもつて在留する者は当該在留資格に応じそれぞれ本邦において同表の下欄に掲げる活動を行うことができ、別表第二の上欄の在留資格をもつて在留する者は当該在留資格に応じそれぞれ本邦において同表の下欄に掲げる身分若しくは地位を有する者としての活動を行うことができる。
3  第一項の外国人が在留することのできる期間(以下「在留期間」という。)は、各在留資格について、法務省令で定める。この場合において、外交、公用及び永住者の在留資格以外の在留資格に伴う在留期間は、五年を超えることができない。

   附 則 (平成二五年一一月二七日法律第八六号) 抄

(施行期日)
第一条  この法律は、公布の日から起算して六月を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。


別表第一(第二条の二、第五条、第七条、第七条の二、第十九条、第十九条の十六、第十九条の十七、第二十条の二、第二十二条の三、第二十二条の四、第二十四条、第六十一条の二の二、第六十一条の二の八関係)


在留資格 本邦において行うことができる活動
・外交 日本国政府が接受する外国政府の外交使節団若しくは領事機関の構成員、条約若しくは国際慣行により外交使節と同様の特権及び免除を受ける者又はこれらの者と同一の世帯に属する家族の構成員としての活動
・公用 日本国政府の承認した外国政府若しくは国際機関の公務に従事する者又はその者と同一の世帯に属する家族の構成員としての活動(この表の外交の項の下欄に掲げる活動を除く。)
・教授 本邦の大学若しくはこれに準ずる機関又は高等専門学校において研究、研究の指導又は教育をする活動
・芸術 収入を伴う音楽、美術、文学その他の芸術上の活動(二の表の興行の項の下欄に掲げる活動を除く。)
・宗教 外国の宗教団体により本邦に派遣された宗教家の行う布教その他の宗教上の活動
・報道 外国の報道機関との契約に基づいて行う取材その他の報道上の活動


別表第一の二

在留資格 本邦において行うことができる活動
・投資・経営 本邦において貿易その他の事業の経営を開始し若しくは本邦におけるこれらの事業に投資してその経営を行い若しくは当該事業の管理に従事し又は本邦においてこれらの事業の経営を開始した外国人(外国法人を含む。以下この項において同じ。)若しくは本邦におけるこれらの事業に投資している外国人に代わつてその経営を行い若しくは当該事業の管理に従事する活動(この表の法律・会計業務の項の下欄に掲げる資格を有しなければ法律上行うことができないこととされている事業の経営若しくは管理に従事する活動を除く。)
・法律・会計業務 外国法事務弁護士、外国公認会計士その他法律上資格を有する者が行うこととされている法律又は会計に係る業務に従事する活動
・医療 医師、歯科医師その他法律上資格を有する者が行うこととされている医療に係る業務に従事する活動
・研究 本邦の公私の機関との契約に基づいて研究を行う業務に従事する活動(一の表の教授の項の下欄に掲げる活動を除く。)
・教育 本邦の小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、専修学校又は各種学校若しくは設備及び編制に関してこれに準ずる教育機関において語学教育その他の教育をする活動
・技術 本邦の公私の機関との契約に基づいて行う理学、工学その他の自然科学の分野に属する技術又は知識を要する業務に従事する活動(一の表の教授の項の下欄に掲げる活動並びにこの表の投資・経営の項、医療の項から教育の項まで、企業内転勤の項及び興行の項の下欄に掲げる活動を除く。)
・人文知識・国際業務 本邦の公私の機関との契約に基づいて行う法律学、経済学、社会学その他の人文科学の分野に属する知識を必要とする業務又は外国の文化に基盤を有する思考若しくは感受性を必要とする業務に従事する活動(一の表の教授の項、芸術の項及び報道の項の下欄に掲げる活動並びにこの表の投資・経営の項から教育の項まで、企業内転勤の項及び興行の項の下欄に掲げる活動を除く。)
・企業内転勤 本邦に本店、支店その他の事業所のある公私の機関の外国にある事業所の職員が本邦にある事業所に期間を定めて転勤して当該事業所において行うこの表の技術の項又は人文知識・国際業務の項の下欄に掲げる活動
・興行 演劇、演芸、演奏、スポーツ等の興行に係る活動又はその他の芸能活動(この表の投資・経営の項の下欄に掲げる活動を除く。)
・技能 本邦の公私の機関との契約に基づいて行う産業上の特殊な分野に属する熟練した技能を要する業務に従事する活動
技能実習
一 次のイ又はロのいずれかに該当する活動
 イ 本邦の公私の機関の外国にある事業所の職員又は本邦の公私の機関と法務省令で定める事業上の関係を有する外国の公私の機関の外国にある事業所の職員がこれらの本邦の公私の機関との雇用契約に基づいて当該機関の本邦にある事業所の業務に従事して行う技能、技術若しくは知識(以下「技能等」という。)の修得をする活動(これらの職員がこれらの本邦の公私の機関の本邦にある事業所に受け入れられて行う当該活動に必要な知識の修得をする活動を含む。)
 ロ 法務省令で定める要件に適合する営利を目的としない団体により受け入れられて行う知識の修得及び当該団体の策定した計画に基づき、当該団体の責任及び監理の下に本邦の公私の機関との雇用契約に基づいて当該機関の業務に従事して行う技能等の修得をする活動
二 次のイ又はロのいずれかに該当する活動
 イ 前号イに掲げる活動に従事して技能等を修得した者が、当該技能等に習熟するため、法務大臣が指定する本邦の公私の機関との雇用契約に基づいて当該機関において当該技能等を要する業務に従事する活動
 ロ 前号ロに掲げる活動に従事して技能等を修得した者が、当該技能等に習熟するため、法務大臣が指定する本邦の公私の機関との雇用契約に基づいて当該機関において当該技能等を要する業務に従事する活動(法務省令で定める要件に適合する営利を目的としない団体の責任及び監理の下に当該業務に従事するものに限る。)


別表第一の三

在留資格 本邦において行うことができる活動
・文化活動 収入を伴わない学術上若しくは芸術上の活動又は我が国特有の文化若しくは技芸について専門的な研究を行い若しくは専門家の指導を受けてこれを修得する活動(四の表の留学の項から研修の項までの下欄に掲げる活動を除く。)
・短期滞在 本邦に短期間滞在して行う観光、保養、スポーツ、親族の訪問、見学、講習又は会合への参加、業務

(3)基本判例 指紋押捺拒否を理由とする再入国不許可処分
平成10年4月10日最高裁第2小法廷・平成10年4月10日最高裁第2小法廷判決


   主    文

原判決中被上告人の上告人に対する請求に関する部分を破棄し、右部分
についての被上告人の控訴を棄却する。

前項の部分に係る控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

         理    由

 上告代理人増井和男、同鈴木健太、同河村吉晃、同佐村浩之、同福原申子、同吉
野孝義、同菊川秀子、同青木康博、同坂中英徳、同黒田一博、同沖貴文、同清水洋
樹、同井上淳、同永住優二、同大野和則の上告理由第一点について

>>
 再入国の許可申請に対する不許可処分を受けた者が再入国の許可を受けないまま本邦から出国した場合には、右不許可処分の取消しを求める訴えの利益は失われるものと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。

 本邦に在留する外国人が再入国の許可を受けないまま本邦から出国した場合には、同人がそれまで有していた在留資格は消滅するところ、出入国管理及び難民認定法二六条一項に基づく再入国の許可は、本邦に在留する外国人に対し、新たな在留資格を付与するものではなく、同人が有していた在留資格を出国にもかかわらず存続させ、右在留資格のままで本邦に再び入国することを認める処分であると解される。

そうすると、再入国の許可申請に対する不許可処分を受けた者が再入国の許可を受けないまま本邦から出国した場合には、同人がそれまで有していた在留資格が消滅することにより、右不許可処分が取り消されても、同人に対して右在留資格のままで再入国することを認める余地はなくなるから、同人は、右不許可処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を失うに至るものと解すべきである。

そして、右の理は、右不許可処分を受けた者が日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別法(以下「出入国管理特別法」という。)一条の許可を受けて本邦に永住していた場合であっても、異なるところがないというべきである。

<<


 これを本件についてみると、原審の適法に確定したところによれば、被上告人は、昭和四四年一〇月一日付けで出入国管理特別法一条の許可を受けて本邦に永住していたものであるが、昭和六元年五月三〇日付けでした再入国の許可申請に対して上告人が同年六月二四日付けで不許可処分(以下「本件不許可処分」という。)をしたにもかかわらず、再入国の許可を受けないまま、同年八月一四日に本邦から出国したというのであるから、本件不許可処分の取消しを求める訴えの利益は失われたものというべきである。右と異なり本件不許可処分取消しの訴えを適法とし本案につき判断した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決中被上告人の上告人に対する請求に関する部分は破棄を免れない。

そして、以上によれば、右請求に係る被上告人の訴えを却下した第一審判決の結論は正当であるから、右部分については被上告人の控訴を棄却すべきである。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    根   岸   重   治
            裁判官    大   西   勝   也
            裁判官    河   合   伸   一
            裁判官    福   田       博



         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。

         理    由
 上告代理人橋本千尋、同八尋光秀、同木下隆一の上告理由第一の第一点について 我が国に在留する外国人は、憲法上、外国へ一時旅行する自由を保障されているものでないことは、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和二九年(あ)第三五九四号同三二年六月一九日判決・刑集一一巻六号一六六三頁、最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二三頁)の趣旨に徴して明らかである(最高裁平成元年(行ツ)第二号同四年一一月一六日第一小法廷判決・裁判集民事一六六号五七五頁参照)。右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、論旨は採用することができない。

 同第一の第二点及び第三点について
 原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
 同第二について
一 原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
 1 上告人は、昭和三四年一二月一日、大韓民国籍を有する父及び母の長女として本邦において出生した大韓民国国民である。

 2 上告人は、日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定(以下「日韓地位協定」という。)一条1(b)に該当するものとして、昭和四四年一〇月一日付けで日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別法(以下「出入国管理特別法」という。)一条の許可を受けて、本邦で永住することができる地位(以下右地位のことを「協定永住資格」という。)を取得した。

 3 上告人は、外国人登録法(昭和五七年法律第七五号による改正前のもの)一四条の規定により指紋の押なつが義務付けられる年齢(一四歳)に達した後の昭和四九年一二月二日及び昭和五二年一二月二日に同法一一条一項所定の確認を申請した際には、いずれも、指紋を押なつの上、新たな登録証明書の交付を受けたが、昭和五六年一月九日に右確認を申請した際、区役所職員の度重なる説得にも応じず、指紋の押なつを拒否したため、昭和五八年五月一四日、同法一八条一項八号に該当するとして告発され、同年一一月二六日、同法違反の罪により起訴されて、昭和六〇年八月二三日、福岡地方裁判所小倉支部において有罪判決を受けた。

しかし、上告人は、昭和六一年一月四日に外国人登録法(昭和六二年法律第一〇二号による改正前のもの)一一条一項所定の確認を申請した際にも、同法一四条一項の規定する指紋の押なつを拒否し、その後の区役所職員による説得にも応じなかった。

 4 法務大臣は、上告人が指紋の押なつを拒否するようになって以降、上告人が、旅行目的を親族訪問とし、渡航先を韓国及び米国としてした再入国の許可申請に対しては、昭和五六年四月六日付けで許可処分をしたが、上告人が、旅行目的を女性コーラス団のピアノ伴奏とし、渡航先をカナダとしてした再入国の許可申請に対しては、上告人が指紋の押なつを拒否している事情を考慮して、昭和六〇年三月一三日付けで不許可処分をした。

 5 上告人は、昭和六一年五月三〇日付けで、旅行目的を米国D大学留学、渡航先を米国、出発予定年月日を同年七月一〇日、再入国予定年月日を昭和六二年七月とする再入国の許可申請(以下「本件許可申請」という。)をしたが、法務大臣は、上告人の外国人登録法違反の状態が依然として継続し、しかも、翻意の可能性が認められないことなどから、同年六月二四日付けで右申請に対する不許可処分(以下「本件不許可処分」という。)をした。

 6 上告人は、再入国の許可を受けないまま、同年八月一四日、D大学留学のため米国に向けて本邦から出国した。その結果、上告人は、協定永住資格を喪失するに至った。

 7 上告人は、昭和六三年六月二八日、我が国の査証を受けないで米国から本邦に入国しようとして上陸の申請をしたが、出入国管理及び難民認定法(平成元年法律第七九号による改正前のもの)七条一項一号に規定された上陸のための条件に適合していないと認定されたため、同法一一条に基づいて法務大臣に対し異議の申出をしたところ、法務大臣は、同法一二条一項三号に基づき上告人に対して上陸を特別に許可するとともに、同法四条一項一六号、出入国管理及び難民認定法施行規則(平成二年法務省令第一五号による改正前のもの)二条三号の在留資格及び在留期間一八〇日を付与した。

 8 上告人は、右在留期間の更新を受けた後、平成一年一二月には在留期間六か月を付与され、平成二年六月には定住者として在留期間一年の指定を受け、平成三年九月にも定住者として在留期間一年の指定を受けた。上告人は、平成元年八月及び平成二年一〇月の二回にわたり指紋の押なつを拒否したが、昭和六三年七月、平成元年一月及び平成二年六月の三回にわたり再入国の許可を受けている。

 9 上告人は、出生以来本邦に居住しており、義務教育課程を経て私立の高等学校を卒業後愛知県立E大学F学部G科(ピアノ専攻)に入学し、同大学を卒業後、同大学大学院修士課程I科G科(ピアノ専攻)に進み、昭和六〇年に同大学院を卒業したが、同大学院に在学中、米国インディアナ州立D大学大学院の教授の知遇を得て、その指導を受けることになり、昭和六一年四月に同大学院I科(ピアノ専攻)の入学許可を得た。上告人がした本件許可申請は、D大学における右の留学目的を実現するために行ったものであった。

 10 他方、被上告人においては、当時指紋押なつ拒否者の数が増加する傾向を示していたことから、その対応策として、外国人登録法の一部を改正する法律(昭和五七年法律第七五号)の施行(同年一〇月一日)を機に、指紋押なつ拒否者に対して原則として再入国の許可を与えない方針が打ち出され、本件不許可処分も、右方針に基づいてされたものであった。また、本件不許可処分がされた当時は、指紋押なつ拒否運動が全国的な広がりを見せ、在日外国人団体において、指紋押なつ制度反対の意思の表明方法として、登録証明書の切替交付に際して指紋を押なつしない意向を示し、当局の説得期間中も押なつを拒否する、いわゆる留保運動を展開したため、指紋の押なつを留保する者が続出するという社会情勢にあった。

 11 昭和六二年法律第一〇二号による外国人登録法の改正により、指紋の押なつ義務は原則として最初の一回のみとされ(同法一四条一項、五項)、さらに、平成四年法律第六六号による外国人登録法の改正により、協定永住資格を有する大韓民国国民につき指紋押なつ制度が廃止された(同法一四条一項、日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法三条)。

二 右事実関係等に基づいて、本件不許可処分の適否につき検討する。

>>
 1 一般に、出入国に関する事務は国際法上国内事項とされていて、外国人の入国にいかなる条件を課するかは専らその国の立法政策にゆだねられているところ、我が国の出入国管理及び難民認定法は、再入国の許可を受けて本邦から出国した外国人に限って、当該外国人の有していた在留資格のままで本邦に再び入国することを認めるものとしている。そして、再入国の許可の要件について、同法二六条一項は、法務大臣は、本邦に在留する外国人(同法一三条から一八条までに規定する上陸の許可を受けている者を除く。)がその在留期間(在留期間の定めのない者にあっては、本邦に在留し得る期間)の満了の日以前に本邦に再び入国する意図をもって出国しようとするときは、法務省令で定める手続により、その者の申請に基づき、再入国の許可を与えることができる旨規定するのみで、右許可の判断基準について特に規定していないが、右は、再入国の許否の判断を法務大臣の裁量に任せ、その
裁量権の範囲を広範なものとする趣旨からであると解される。


なぜならば、法務大臣は、再入国の許可申請があったときは、我が国の国益を保持し出入国の公正な管理を図る観点から、申請者の在留状況、渡航目的、渡航の必要性、渡航先国と我が国との関係、内外の諸情勢等を総合的に勘案した上、その許否につき判断すべきであるが、右判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければ到底適切な結果を期待することができないものだからである。


 右のような再入国の許否の判断に関する法務大臣裁量権の性質にかんがみると、再入国の許否に関する法務大臣の処分は、その判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったものとして違法となるものというべきである(最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁参照)。

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>>
 2 以上の見地に立って、本件不許可処分に係る法務大臣の判断が裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法であるか否かにつき検討する。


 前記事実関係等によれば、本件不許可処分は、協定永住資格を有する上告人が、渡航先国である米国における大学留学を旅行目的として本件許可申請をしたのに対し、被上告人が指紋押なつ拒否者の増加という事態に対する対応策として打ち出した指紋押なつ拒否者に対しては原則として再入国の許可を与えないという方針に基づき、上告人が外国人登録法(昭和六二年法律第一〇二号による改正前のもの)一四条一項の規定に違反して指紋の押なつを拒否していることを専らその理由としてされたものであって、他に法務大臣が上告人の右許可申請に対する許否の判断に当たり右申請を許可することが相当でない事由として考慮した事情の存在はうかがわれない。


 出入国管理特別法一条の規定に基づき本邦で永住することを許可されている大韓民国国民については、日韓地位協定三条、出入国管理特別法六条一項所定の事由に該当する場合に限って、出入国管理及び難民認定法二四条の規定による退去強制をすることができるものとされていることに加えて、日韓地位協定四条(a)の規定により、日本国政府は我が国における教育、生活保護及び国民健康保険に関する事項について妥当な考慮を払うものとされ、右規定の趣旨に沿って行政運用上日本国民と同等の取扱いがされているのであって、このような協定永住資格を有する者による再入国の許可申請に対する法務大臣の許否の判断に当たっては、その者の本邦における生活の安定という観点をもしんしゃくすべきである。

しかるところ、本件不許可処分がされた結果、上告人は、協定永住資格を保持したまま留学を目的として米国へ渡航することが不可能となり、協定永住資格を保持するために右渡航を断念するか又は右渡航を実現するために協定永住資格を失わざるを得ない状況に陥ったものということができるのであって、本件不許可処分によって上告人の受けた右の不利益は重大である。

 しかしながら、そもそも、外国人登録法が定める指紋押なつ制度は、本邦に在留する外国人の登録を実施することによって外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資するという目的を達成するため、戸籍制度のない外国人の人物特定につき最も確実な制度として規定されたものであって、出入国の公正な管理を図るという出入国管理行政の目的にも資するものであるから、法務大臣が、指紋押なつの拒否が出入国管理行政にもたらす弊害にかんがみ、再入国の許可申請に対する許否の判断に当たって、右申請をした外国人が同法の規定に違反して指紋の押なつを拒否しているという事情を右申請を許可することが相当でない事由として考慮すること自体は、法務大臣の前記裁量権の合理的な行使として許容し得るものというべきである。のみならず、その後の推移はともかく、本件不許可処分がされた当時は、指紋押なつ拒否運動が全国的な広がりを見せ、指紋の押なつを留保する者が続出するという社会情勢の下にあって、出入国管理行政に少なからぬ弊害が生じていたとみられるのであり、被上告人において、指紋押なつ制度を維持して在留外国人及びその出入国の公正な管理を図るため、指紋押なつ拒否者に対しては再入国の許可を与えないという方針で臨んだこと自体は、その必要性及び合理性を肯定し得るところであり、その結果、外国人の在留資格いかんを問わずに右方針に基づいてある程度統一的な運用を行うことになったとしても、それなりにやむを得ないところがあったというべきである。

他方で、前記事実関係等によれば、上告人は、本件不許可処分の前のみならずその後も指紋押なつの拒否を繰り返しており、上告人が外国人登録制度を遵守しないことを表明し、これを実施したものと被上告人に受け止められても無理からぬ面があったといえなくもない。


 右のような本件不許可処分がされた当時の社会情勢や指紋押なつ制度の維持による在留外国人及びその出入国の公正な管理の必要性その他の諸事情に加えて、前示のとおり、再入国の許否の判断に関する法務大臣裁量権の範囲がその性質上広範なものとされている趣旨にもかんがみると、協定永住資格を有する者についての法務大臣の右許否の判断に当たってはその者の本邦における生活の安定という観点をもしんしゃくすべきであることや、本件不許可処分が上告人に与えた不利益の大きさ、本件不許可処分以降、在留外国人の指紋押なつ義務が軽減され、協定永住資格を有する者についてはさらに指紋押なつ制度自体が廃止されるに至った経緯等を考してもなお、右処分に係る法務大臣の判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるとはいまだ断ずることができないものというべきである。

したがって、右判断は、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったものとして違法である
とまでいうことはできない。

<<

四 以上によれば、本件不許可処分が違法であることを理由に国家賠償法一条一項に基づき被上告人に対して慰謝料の支払を求める上告人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であり、右請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において正当である。論旨は、原判決の結論に影響しない点の違法をいうものに帰し、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    根   岸   重   治
            裁判官    大   西   勝   也
            裁判官    河   合   伸   一
            裁判官    福   田       博