最決定平成23年10月11日 弁護士会綱紀委員会議事録と自己利用文章

事件番号
 平成23(行ト)42
事件名
 文書提出命令申立て却下決定に対する特別抗告及び許可抗告事件
裁判年月日
平成23年10月11日
法廷名
最高裁判所第三小法廷
裁判種別
 決定
結果
 棄却
判例集等巻・号・頁
 集民 第238号35頁
原審裁判所名
東京高等裁判所
原審事件番号
 平成22(行タ)123
原審裁判年月日
平成23年04月15日
判示事項
弁護士会の綱紀委員会の議事録のうち「重要な発言の要旨」に当たる部分が民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に該当するとされた事例
裁判要旨
弁護士会の綱紀委員会の議事録のうち「重要な発言の要旨」に当たる部分は,次の(1)及び(2)の事情の下では,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に該当する。
(1) 当該弁護士会の会則等の内部規則において,綱紀委員会の議事及び議事録は非公開とされており,綱紀委員会の議決に基づき懲戒委員会に対し事案の審査を求めるに当たって提出すべき綱紀委員会の調査記録等にも,その議事録は含まれていない。
(2) 上記部分は,当該弁護士会の綱紀委員会内部における意思形成過程に関する情報が記載されているものである。
(補足意見がある。)
参照法条
 民訴法220条4号ニ,弁護士法58条


主 文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。

理 由
第1 平成23年(行ト)第42号事件について

抗告代理人武内更一ほかの抗告理由について
民事事件について特別抗告をすることが許されるのは,民訴法336条1項所定の場合に限られるところ,本件抗告理由は,違憲をいうが,その実質は原決定の単なる法令違反を主張するものであって,同項に規定する事由に該当しない。

第2 平成23年(行フ)第2号事件について
抗告代理人武内更一ほかの抗告理由について
1 記録によれば,本件の経緯等は次のとおりである。

本件の本案訴訟(東京高等裁判所平成22年(行ケ)第3号)は,相手方に所属する弁護士である抗告人が,相手方から戒告の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)を受け,日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)に対してした審査請求を棄却する裁決を受けたため,本件懲戒処分は,懲戒事由がないのに,日弁連の会長選挙に立候補する意向を有していた抗告人を懲戒してその被選挙権を失わせるという不当な目的で行われたなどと主張して,弁護士法61条に基づき,日弁連に対し上記裁決の取消し等を求める事案である。
本件は,抗告人が,本件懲戒処分が上記の不当な目的で行われたとする主張との関係で,相手方の綱紀委員会における議論の経過を立証するために必要であるとして,相手方の所持する下記の各文書について文書提出命令の申立てをした事案である(以下,抗告人が提出を求める当該各文書を「本件各文書」といい,このうち下記(1)の文書を「本件議事録」,下記(2)の文書を「本件議案書」という。)。抗告人は,本件各文書は,民訴法220条3号所定の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された」文書(以下「法律関係文書」という。)に該当し,また,同条4号イないしホ所定の文書のいずれにも該当しないと主張している。

(1) 平成21年5月15日に開催された相手方の綱紀委員会の議事録のうち本件懲戒処分の議事に関する部分
(2) 上記(1)の議事に関して委員に配布された議案書2 原審は,本件議事録は法律関係文書に当たるが,関係者のプライバシーの保護や綱紀委員会委員の自由な意見交換の保障が必要であることなどからすれば相手方が提出を拒むことに正当な理由があり,また,本件議案書は法律関係文書に当たらないとして,本件申立てを却下した。


3(1) ある文書が,その作成目的,記載内容,これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯,その他の事情から判断して,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には,特段の事情がない限り,当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である(最高裁平成11年(許)第2号同年11月12日第二小法廷決定・民集53巻8号1787頁参照)。


(2) 弁護士法は,弁護士会の綱紀委員会又はその部会が議決をしたときは速やかに理由を付した議決書を作成しなければならないと規定しているが(70条の8,70条の9),綱紀委員会の議事録の作成及び保存を義務付ける規定を置いていない。これは,弁護士会の自主性や自律性を尊重し,その議事録の作成及び保存に関する規律を弁護士会に委ねる趣旨であると解される。


記録によれば,相手方の会則,綱紀委員会会規,懲戒委員会会規及び綱紀委員会細則は,次のとおり規定している。すなわち,相手方の綱紀委員会の議事は非公開とされ,特に綱紀委員会の承認を得た者のみが傍聴することができる(会則62条,綱紀委員会会規8条1項)。綱紀委員会は議事録を作成し保存しなければならず,その記載事項は,①開催の日時及び場所,②出席した委員及び予備委員並びに立ち会った書記の氏名,③議事の順序及び重要な発言の要旨,④議決及び賛否の数,⑤その他委員長が必要と認める事項とされているが(会則63条,同会規5条,36条1項),それは非公開とされ,議事録以外の保存記録については閲覧,謄写又は録音の聴取等が許される場合があるのに対し,議事録はいかなる場合にもこれが許されない(同会規8条2項,36条2項)。さらに,相手方において,綱紀委員会の議決に基づき懲戒委員会に対し事案の審査を求めるに当たって提出すべき綱紀委員会の調査記録等にも,その議事録は含まれていない(懲戒委員会会規15条,綱紀委員会細則11条)。


以上のような弁護士法の委任を受けて定められた相手方の内部規則の規定の内容等に鑑みると,本件議事録は,専ら相手方の内部の利用に供する目的で作成され,外部に開示することが予定されていない文書であると解するのが相当であり,綱紀委員会の審議の参考に供するためその議案を示すものとして委員に配布される文書である本件議案書も,同様の目的及び性格を有する文書であると解するのが相当である。

(3) 本件議事録のうち審議の内容である「重要な発言の要旨」に当たる部分は,相手方の綱紀委員会内部における意思形成過程に関する情報が記載されているものであり,その記載内容に照らして,これが開示されると,綱紀委員会における自由な意見の表明に支障を来し,その自由な意思形成が阻害されるおそれがあることは明らかである。綱紀委員会の審議の内容と密接な関連を有する本件議案書についても,これと別異に解すべき理由はない。


(4) そして,抗告人は,その立証趣旨に照らすと,本件議事録のうち審議の内容である「重要な発言の要旨」に当たる部分の提出を求め,これと関連する限りにおいてのみその他の記載事項の部分及び本件議案書の提出を求めているものと解されるのであって,以上によれば,前記の特段の事情の存在のうかがわれない本件各文書は,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるというべきである。


4 本件各文書が,「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると
解される以上,法律関係文書に該当しないことはいうまでもない。


5 以上によれば,相手方は本件各文書の提出義務を負うものではなく,本件申
立ては理由がないから,これを却下した原審の判断は結論において是認することが
できる。論旨は採用することができない。
なお,文書の所持者が訴訟当事者以外の第三者である文書提出命令申立て事件において申立ての相手方となるのは,当該第三者であり,訴訟の相手方当事者ではない。本案訴訟の被告である日弁連を本件申立ての相手方とした原決定には当事者を誤った違法があるが,この誤りは原決定の結論に影響を及ぼすものではない。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官田原睦夫の補足意見がある。


裁判官田原睦夫の補足意見は,次のとおりである。


本件申立てに係る(1)の「相手方の綱紀委員会の議事録のうち本件懲戒処分に係る部分」には,法廷意見にて指摘する議事録の記載事項の全てが含まれているところ,原決定は本件議事録の全体を法律関係文書に当たると解した。それに対して法廷意見は,抗告人はその立証趣旨に照らし,本件議事録のうち審議の内容である「重要な発言の要旨」に当たる部分の提出を求め,これと関連する限りにおいてのみその他の記載事項の部分の提出を求めているものと解した上で,当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると判断し,本件議事録のうち,当該議案に係る「重要な発言の要旨」に関する部分以外の記載内容については,判断を示していない。


私は,一通の文書においても,その内容において明確に区分し得る場合には,「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たる部分と,それに当たらず文書提出命令を発することができる部分とが存し得ると考えるものであり,本件において法廷意見が判断を示していない部分は,以下に述べるとおり「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」には当たらないものと考える。記録によれば,相手方の懲戒手続は,原則として綱紀委員会の「被調査人につき懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当と認める」旨の議決を経て開始されるものとされていることからして,綱紀委員会にて適正な議決がなされたか否かは,懲戒処分に係る手続要件をなしていると解することができる。そして,綱紀委員会の手続が適正になされたか否かに関しては,同委員会の議事録は重要な証拠と位置付けられるところ,法廷意見第2の3(2)掲記の議事録の記載事項のうち,①開催の日時及び場所,②出席した委員及び予備委員並びに立ち会った書記の氏名,④議決及び賛否の数の記載部分は,適正に議決がなされていることを証明する上で不可欠な事項である。また,それらの記載事項が明らかになっても,綱紀委員会内部における自由な意思形成が阻害されるおそれがあるとは認められず,他にそれらの記載事項を秘匿すべき特段の事由が存するとも認められない。そうすると,本件議事録のうち上記各部分は,「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たるということはできないと解されるが,法廷意見にて指摘するとおり,本件申立ては,その立証趣旨からして,上記各部分の提出を求めているものとは解されないから,その部分について提出命令を発すべきものとはいえないというべきである。
(裁判長裁判官 田原睦夫 裁判官 那須弘平 裁判官 岡部喜代子 裁判官
大谷剛彦 裁判官 寺田逸郎)