多額の借財

□ 多額の借財
 多額の借財について取締役会決議を要求した趣旨は、多額の借財をすると多額の利息負担等により会社の経営に影響を及ぼすことから慎重な判断をなさしめるためである。
 そこで、362条4項2号にいう「多額の借財」に該当するか否かは会社の経営に影響を及ばす程度のものであるかを、当該財産の価格その会社の総資産に占める割合、当該財産の保有の目的、処分行為の態様及び会社における儒全の取り扱い等を総合的に考慮して判断すると解する(最判平成6年1月20日)

*多額の借財に該当するか否かは、当該財産の額、その会社の純資産及び経常利益に占める割合、当該借財の目的及び会社における従来の取り扱い等を総合的に考慮して検討する(東京地判平成9年3月17日)

*借財には、金銭消費貸借契約のみならず、保証・デリバリティブ取引も含まれる。

*多額の借財に該当する場合は、取締役会決議を経ているかが問題となる。

*効力について
 取締役会決議を経ない取引も取引の安全から原則として有効である。
 しかし、相手方が決議を経ていないことを知りまたは知りうべかりしときは無効となると解する(民法93条但し書き類推適用)。なぜならば、経済的利益帰属の観点から、取締役会決議等の会社の内心的意思と代表者の外形的意思表示の不一致をみると、心裡留保と似た構造を有するからである。

A 心裡留保説(判例
 民法93条但し書を類推し、原則として有効であるが、相手方が決議を経ていないことを知り又は知り得べかりしときは無効。
 取締役会の決議を経ない代表取締役の行為は、内部的意思決定を欠くにとどまるから、民法93条但し書きと類似する常況にあること、および当該行為は法令上の制限であり、定款で代表取締役の権原を制限した場合(359条5項)のような内部的制限とは異なるため、相手方に調査義務を課しても酷ではない。
批判 ①相手方に過失がある場合にも無効とするのは相手方保護に欠ける
   ②代表取締役は行為の効力を会社に帰属させる意思で取引行為をしたのであ、表示行為と内心的効果意思とは一致しており、心裡留保に該当しない


B 権利濫用説
 取締役の行為は原則として有効であるが、取締役会決議を経ていないことにつき悪意の者が有効を主張することは、信義則又は権利濫用であるから、権利濫用あるいは信義則違反の抗弁を対抗できる
批判 信義則・権利濫用の安易に用いるべきではない

C 代表権制限説
 取締役会の承認を要することは、相手方にとって代表権の制限を加えた場合(349条5項)と同様の状況であり、取引の安全の要請が働くべきであるとして、会社は、相手方の承認を得ていないことにつき、善意の場合には、取締役会の承認を要することを対抗できないが、悪意の場合にはその取引行為の無効を主張できる

批判 取締役会の決議は会社の内部的手続にすぎないので、これを代表権の制限と解することは妥当ではない。

*悪意・過失の有無についての判断は、会社を代表した者について判断する(民法101条2項類推適用)

*過失の判断について
 ・調査義務を果たしていたか   ・当該会社との取引は初めてか、これまでもあったか
 ・経営者との面会をしていたか  ・融資担当者と面会したか
 ・確認書のみでたりケースか

*必要な取締役会の決議を経ないでなされた取引の無効主張
 株式会社の代表取締役が取締役会の決議を経ないで重要な業務執行に該当する取引をした場合に、取締役会の決議を経ていないことを理由とする取引の無効は、原則として会社のみが主張することができ、会社以外の者は、当該会社の取締役会が取引の無効を主張する旨の決議をしている等の特段の事情がない限り、取引の無効を主張することはできない(最判平成21年4月17日)

*株主全員の同意がある場合の取締役会決議を経ない「多額の借財」の効力
 多額の借財について取締役会決議を要求する趣旨が、会社に重要な影響を与ええる業務執行について慎重な意思決定を要求することにより、会社の利益、ひいては会社の実質的所有者である株主の利益を保護することにあることからすると、取締役会決議を経ない「多額の借財」も株主全員の同意があれば有効であると解する