最判平成26年10月23日 女性労働者につき労働基準法65条3項に基づく妊娠中の軽易な業務への転換を契機として降格させる事業主の措置と雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律9条3項
最判平成26年10月23日 女性労働者につき労働基準法65条3項に基づく妊娠中の軽易な業務への転換を契機として降格させる事業主の措置と雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律9条3項
事件番号
平成24(受)2231
事件名
地位確認等請求事件
裁判年月日
平成26年10月23日
法廷名
最高裁判所第一小法廷
裁判種別
判決
結果
破棄差戻
判例集等巻・号・頁
民集 第68巻8号1270頁
原審裁判所名
広島高等裁判所
原審事件番号
平成24(ネ)165
原審裁判年月日
平成24年7月19日
判示事項
女性労働者につき妊娠中の軽易な業務への転換を契機として降格させる事業主の措置の,「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」9条3項の禁止する取扱いの該当性
裁判要旨
女性労働者につき労働基準法65条3項に基づく妊娠中の軽易な業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は,原則として「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」9条3項の禁止する取扱いに当たるが,当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき,又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易な業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって,上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは,同項の禁止する取扱いに当たらない。
参照法条
雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律9条3項,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律施行規則2条の2第6号,労働基準法65条3項
判旨
主文
原判決を破棄する。
本件を広島高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人下中奈美,同鈴木泰輔の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,被上告人に雇用され副主任の職位にあった理学療法士である上告人が,労働基準法65条3項に基づく妊娠中の軽易な業務への転換に際して副主任を免ぜられ,育児休業の終了後も副主任に任ぜられなかったことから,被上告人に対し,上記の副主任を免じた措置は雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」という。)9条3項に違反する無効なものであるなどと主張して,管理職(副主任)手当の支払及び債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)被上告人は,医療介護事業等を行う消費生活協同組合であり,A病院(以下「本件病院」という。)など複数の医療施設を運営している。
上告人は,平成6年3月21日,被上告人との間で,理学療法士として理学療法の業務に従事することを内容とする期間の定めのない労働契約を締結し,本件病院の理学療法科(その後,リハビリテーション科に名称が変更された。以下,名称変更の前後を通じて「リハビリ科」という。)に配属された。
(2)上告人は,その後,診療所等での勤務を経て,平成15年12月1日,再びリハビリ科に配属された。その当時,リハビリ科に所属していた理学療法士は,同科の科長を除き,患者の自宅を訪問してリハビリテーション業務を行うチーム(以下,「訪問リハビリチーム」といい,その業務を「訪問リハビリ業務」という。)又は本件病院内においてリハビリテーション業務を行うチーム(以下,「病院リハビリチーム」といい,その業務を「病院リハビリ業務」という。)のいずれかに所属するものとされており,上告人は訪問リハビリチームに所属することとなった。
(3)上告人は,平成16年4月16日,訪問リハビリチームから病院リハビリチームに異動するとともに,リハビリ科の副主任に任ぜられ,病院リハビリ業務につき取りまとめを行うものとされた。
その頃に第1子を妊娠した上告人は,平成18年2月12日,産前産後の休業と育児休業を終えて職場復帰するとともに,病院リハビリチームから訪問リハビリチームに異動し,副主任として訪問リハビリ業務につき取りまとめを行うものとされた。
(4)被上告人は,平成19年7月1日,リハビリ科の業務のうち訪問リハビリ業務を被上告人の運営する訪問介護施設であるB(以下「B」という。)に移管した。この移管により,上告人は,リハビリ科の副主任からBの副主任となった。
(5)上告人は,平成20年2月,第2子を妊娠し,労働基準法65条3項に基づいて軽易な業務への転換を請求し,転換後の業務として,訪問リハビリ業務よりも身体的負担が小さいとされていた病院リハビリ業務を希望した。これを受けて,被上告人は,上記の請求に係る軽易な業務への転換として,同年3月1日,上告人をBからリハビリ科に異動させた。その当時,同科においては,上告人よりも理学療法士としての職歴の3年長い職員が,主任として病院リハビリ業務につき取りまとめを行っていた。
(6)被上告人は,平成20年3月中旬頃,本件病院の事務長を通じて,上告人に対し,手続上の過誤により上記(5)の異動の際に副主任を免ずる旨の辞令を発することを失念していたと説明し,その後,リハビリ科の科長を通じて,上告人に再度その旨を説明して,副主任を免ずることについてその時点では渋々ながらも上告人の了解を得た。
その頃,上告人は,被上告人の介護事務部長に対し,平成20年4月1日付けで副主任を免ぜられると,上告人自身のミスのため降格されたように他の職員から受け取られるので,リハビリ科への異動の日である同年3月1日に遡って副主任を免じてほしい旨の希望を述べた。
上記のような経過を経て,被上告人は,平成20年4月2日,上告人に対し,同年3月1日付けでリハビリ科に異動させるとともに副主任を免ずる旨の辞令を発した(以下,上告人につき副主任を免じたこの措置を「本件措置」という。)。
(7)上告人は,平成20年9月1日から同年12月7日まで産前産後の休業をし,同月8日から同21年10月11日まで育児休業をした。
被上告人は,リハビリ科の科長を通じて,育児休業中の上告人から職場復帰に関する希望を聴取した上,平成21年10月12日,育児休業を終えて職場復帰した上告人をリハビリ科からBに異動させた。その当時,Bにおいては,上告人よりも理学療法士としての職歴の6年短い職員が本件措置後間もなく副主任に任ぜられて訪問リハビリ業務につき取りまとめを行っていたことから,上告人は,再び副主任に任ぜられることなく,これ以後,上記の職員の下で勤務することとなった。上記の希望聴取の際,育児休業を終えて職場復帰した後も副主任に任ぜられないことを被上告人から知らされた上告人は,これを不服として強く抗議し,その後本件訴訟を提起するに至った。
(8)被上告人は,被上告人が運営する病院,診療所等の各部及び各科に配置する管理者の任務,権限,責任及びその任免について,「管理職務規定」を定めており,同規定が対象とする管理者の範囲は,部長,科長,課長,師長,医長,主任又は副主任の職位にある者とされている。また,被上告人の職員の給与については,その職種,経験,学歴,勤続年数等に応じて決定される基本給のほか,扶養手当,管理職手当等の諸手当があり,管理職手当の金額は,その職位ごとに定められており,副主任の場合は月額9500円とされていた。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断して,上告人の請求をいずれも棄却すべきものとした。
本件措置は,上告人の同意を得た上で,被上告人の人事配置上の必要性に基づいてその裁量権の範囲内で行われたものであり,上告人の妊娠に伴う軽易な業務への転換請求のみをもって,その裁量権の範囲を逸脱して均等法9条3項の禁止する取扱いがされたものではないから,同項に違反する無効なものであるということはできない。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,以下のとおりである。
(1)ア 均等法は,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図るとともに,女性労働者の就業に関して妊娠中及び出産後の健康の確保を図る等の措置を推進することをその目的とし(1条),女性労働者の母性の尊重と職業生活の充実の確保を基本的理念として(2条),女性労働者につき,妊娠,出産,産前休業の請求,産前産後の休業その他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として解雇その他不利益な取扱いをしてはならない旨を定めている(9条3項)。そして,同項の規定を受けて,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律施行規則2条の2第6号は,上記の「妊娠又は出産に関する事由」として,労働基準法65条3項の規定により他の軽易な業務に転換したこと(以下「軽易業務への転換」という。)等を規定している。
上記のような均等法の規定の文言や趣旨等に鑑みると,同法9条3項の規定は,上記の目的及び基本的理念を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり,女性労働者につき,妊娠,出産,産前休業の請求,産前産後の休業又は軽易業務への転換等を理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは,同項に違反するものとして違法であり,無効であるというべきである。
イ 一般に降格は労働者に不利な影響をもたらす処遇であるところ,上記のような均等法1条及び2条の規定する同法の目的及び基本的理念やこれらに基づいて同法9条3項の規制が設けられた趣旨及び目的に照らせば,女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は,原則として同項の禁止する取扱いに当たるものと解されるが,当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度,上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして,当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき,又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって,その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして,上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは,同項の禁止する取扱いに当たらないものと解するのが相当である。
そして,上記の承諾に係る合理的な理由に関しては,上記の有利又は不利な影響の内容や程度の評価に当たって,上記措置の前後における職務内容の実質,業務上の負担の内容や程度,労働条件の内容等を勘案し,当該労働者が上記措置による影響につき事業主から適切な説明を受けて十分に理解した上でその諾否を決定し得たか否かという観点から,その存否を判断すべきものと解される。また,上記特段の事情に関しては,上記の業務上の必要性の有無及びその内容や程度の評価に当たって,当該労働者の転換後の業務の性質や内容,転換後の職場の組織や業務態勢及び人員配置の状況,当該労働者の知識や経験等を勘案するとともに,上記の有利又は不利な影響の内容や程度の評価に当たって,上記措置に係る経緯や当該労働者の意向等をも勘案して,その存否を判断すべきものと解される。
均等法10条に基づいて定められた告示である「労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し,事業主が適切に対処するための指針」(平成18年厚生労働省告示第614号)第4の3(2)が,同法9条3項の禁止する取扱いに当たり得るものの例示として降格させることなどを定めているのも,上記のような趣旨によるものということができる。
(2)ア これを本件についてみるに,上告人は,妊娠中の軽易業務への転換としてのBからリハビリ科への異動を契機として,本件措置により管理職である副主任から非管理職の職員に降格されたものであるところ,上記異動により患者の自宅への訪問を要しなくなったものの,上記異動の前後におけるリハビリ業務自体の負担の異同は明らかではない上,リハビリ科の主任又は副主任の管理職としての職務内容の実質が判然としないこと等からすれば,副主任を免ぜられたこと自体によって上告人における業務上の負担の軽減が図られたか否か及びその内容や程度は明らかではなく,上告人が軽易業務への転換及び本件措置により受けた有利な影響の内容や程度が明らかにされているということはできない。
他方で,本件措置により,上告人は,その職位が勤続10年を経て就任した管理職である副主任から非管理職の職員に変更されるという処遇上の不利な影響を受けるとともに,管理職手当の支給を受けられなくなるなどの給与等に係る不利な影響も受けている。
そして,上告人は,前記2(7)のとおり,育児休業を終えて職場復帰した後も,本件措置後間もなく副主任に昇進した他の職員の下で,副主任に復帰することができずに非管理職の職員としての勤務を余儀なくされ続けているのであって,このような一連の経緯に鑑みると,本件措置による降格は,軽易業務への転換期間中の一時的な措置ではなく,上記期間の経過後も副主任への復帰を予定していない措置としてされたものとみるのが相当であるといわざるを得ない。
しかるところ,上告人は,被上告人からリハビリ科の科長等を通じて副主任を免ずる旨を伝えられた際に,育児休業からの職場復帰時に副主任に復帰することの可否等について説明を受けた形跡は記録上うかがわれず,さらに,職場復帰に関する希望聴取の際には職場復帰後も副主任に任ぜられないことを知らされ,これを不服として強く抗議し,その後に本訴の提起に至っているものである。
以上に鑑みると,上告人が軽易業務への転換及び本件措置により受けた有利な影響の内容や程度は明らかではない一方で,上告人が本件措置により受けた不利な影響の内容や程度は管理職の地位と手当等の喪失という重大なものである上,本件措置による降格は,軽易業務への転換期間の経過後も副主任への復帰を予定していないものといわざるを得ず,上告人の意向に反するものであったというべきである。それにもかかわらず,育児休業終了後の副主任への復帰の可否等について上告人が被上告人から説明を受けた形跡はなく,上告人は,被上告人から前記2(6)のように本件措置による影響につき不十分な内容の説明を受けただけで,育児休業終了後の副主任への復帰の可否等につき事前に認識を得る機会を得られないまま,本件措置の時点では副主任を免ぜられることを渋々ながら受入れたにとどまるものであるから,上告人において,本件措置による影響につき事業主から適切な説明を受けて十分に理解した上でその諾否を決定し得たものとはいえず,上告人につき前記(1)イにいう自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできないというべきである。
イ また,上告人は,前記のとおり,妊娠中の軽易業務への転換としてのBからリハビリ科への異動を契機として,本件措置により管理職である副主任から非管理職の職員に降格されたものであるところ,リハビリ科においてその業務につき取りまとめを行うものとされる主任又は副主任の管理職としての職務内容の実質及び同科の組織や業務態勢等は判然とせず,仮に上告人が自らの理学療法士としての知識及び経験を踏まえて同科の主任とともにこれを補佐する副主任としてその業務につき取りまとめを行うものとされたとした場合に被上告人の業務運営に支障が生ずるのか否か及びその程度は明らかではないから,上告人につき軽易業務への転換に伴い副主任を免ずる措置を執ったことについて,被上告人における業務上の必要性の有無及びその内容や程度が十分に明らかにされているということはできない。
そうすると,本件については,被上告人において上告人につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに業務上の必要性から支障があったか否か等は明らかではなく,前記のとおり,本件措置により上告人における業務上の負担の軽減が図られたか否か等も明らかではない一方で,上告人が本件措置により受けた不利な影響の内容や程度は管理職の地位と手当等の喪失という重大なものである上,本件措置による降格は,軽易業務への転換期間の経過後も副主任への復帰を予定していないものといわざるを得ず,上告人の意向に反するものであったというべきであるから,本件措置については,被上告人における業務上の必要性の内容や程度,上告人における業務上の負担の軽減の内容や程度を基礎付ける事情の有無などの点が明らかにされない限り,前記(1)イにいう均等法9条3項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情の存在を認めることはできないものというべきである。したがって,これらの点について十分に審理し検討した上で上記特段の事情の存否について判断することなく,原審摘示の事情のみをもって直ちに本件措置が均等法9条3項の禁止する取扱いに当たらないと判断した原審の判断には,審理不尽の結果,法令の解釈適用を誤った違法がある。
5 以上のとおり,原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上記の点について更に審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官櫻井龍子の補足意見がある。
裁判官櫻井龍子の補足意見は,次のとおりである。
上告人が妊娠中の軽易業務への転換を請求したことに伴う本件措置が均等法9条3項に違反する措置であるか否かの判断については,以上の法廷意見のとおりであり私も賛同するものであるが,本件の第1審,原審では,育児休業から復帰後の配置等が同項等に違反するか否かについても争われ,判断の対象とされているものであり,予備的請求原因として位置付けられるため当審における判示の対象には含まれていないものの,上告受理申立て理由の一つとして主張されていることも踏まえ,その点に関し,以下,念のため,私の意見を補足的に申し述べておきたい。
1 原審認定事実によると,被上告人は,上告人が平成21年10月12日に育児休業から復帰した際も副主任の地位に復帰させていないが,この措置(以下「本件措置2」という。)について,原審は,上告人が配置されるなら辞めるという理学療法士が2人いる職場があるなど復帰先が絞られ,軽易業務への転換前の職場であったBが復帰先になったところ,Bには既に副主任として配置されていた理学療法士がおり,上告人を副主任にする必要がなかったのであるから,均等法等に違反するものでも人事権の濫用に当たるものでもない旨判示する。
2 しかしながら,本件措置2についても,以下のとおり,原審の判断は十分に審理が尽くされた上での判断とはいえないといわざるを得ない。
(1)育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下「育児・介護休業法」という。)は,育児休業,介護休業制度等を設けることにより,子の養育又は家族の介護を行う労働者の雇用の継続等を図り,その職業生活と家庭生活の両立に寄与することを目的とする(1条)ものであり,そのため,労働者が育児休業申出をし,又は育児休業をしたことを理由として,解雇その他不利益な取扱いをしてはならない(10条)と定めるものである。
同法10条の規定が強行規定と解すべきことは,法廷意見において均等法9条3項について述べるところと同様であろうし,一般的に降格が上記規定の禁止する不利益な取扱いに該当することも同様に解してよかろう。
本件の場合,上告人が産前産後休業に引き続き育児休業を取得したときは,妊娠中の軽易業務への転換に伴い副主任を免ぜられた後であったため,育児休業から復帰後に副主任の発令がなされなくとも降格には当たらず不利益な取扱いには該当しないとする主張もあり得るかもしれないが,軽易業務への転換が妊娠中のみの一時的な措置であることは法律上明らかであることからすると,育児休業から復帰後の配置等が降格に該当し不利益な取扱いというべきか否かの判断に当たっては,妊娠中の軽易業務への転換後の職位等との比較で行うものではなく,軽易業務への転換前の職位等との比較で行うべきことは育児・介護休業法10条の趣旨及び目的から明らかである。
そうすると,本件の場合,主位的請求原因に係る本件措置の適否に関する判断が差戻審において改めて行われるものであるが,予備的請求原因に係る本件措置2の適否に関する判断の要否は措くとしても,本件措置2については,それが降格に該当することを前提とした上で,育児・介護休業法10条の禁止する不利益な取扱いに該当するか否かが慎重に判断されるべきものといわなければならない。
(2)もとより,法廷意見が均等法9条3項について述べるところを踏まえれば,そのような育児休業から復帰後の配置等が,円滑な業務運営や人員の適正配置などの業務上の必要性に基づく場合であって、その必要性の内容や程度が育児・介護休業法10条の趣旨及び目的に実質的に反しないと認められる特段の事情が存在するときは,同条の禁止する不利益な取扱いに当たらないものと解する余地があることは一般論としては否定されない。
そして,上記特段の事情の存否に係る判断においては,当該労働者の配置後の業務の性質や内容,配置後の職場の組織や業務態勢及び人員配置の状況,当該労働者の知識や経験等が勘案された上で検討されるべきことも同様であろう。
(3)とりわけ,育児・介護休業法21条及び22条が,事業主の努力義務として,育児休業後の配置等その他の労働条件についてあらかじめ定めておき,労働者に周知させておくべきこと,また,育児休業後の就業が円滑に行われるよう,当該労働者が雇用される事業所の労働者の配置その他の雇用管理等に関し必要な措置を講ずべきことを定め,さらにこれらの運用に係る指針(平成16年厚生労働省告示第460号。平成21年厚生労働省告示第509号による改正前のもの)において,育児休業後には原則として原職又は原職相当職に復帰させることが多く行われていることを前提として他の労働者の配置その他の雇用管理が行われるように配慮すべきことが求められているなど,これら一連の法令等の規定の趣旨及び目的を十分に踏まえた観点からの検討が行われるべきであろう。これらの法令等により求められる措置は,育児休業が相当長期間にわたる休業であることを踏まえ,我が国の企業等の人事管理の実態と育児休業をとる労働者の保護の調整を行うことにより,法の実効性を担保し育児休業をとりやすい職場環境の整備を図るための制度の根幹に関わる部分である。
本件においては,上告人が職場復帰を前提として育児休業をとったことは明らかであったのであるから,復帰後にどのような配置を行うかあらかじめ定めて上告人にも明示した上,他の労働者の雇用管理もそのことを前提に行うべきであったと考えられるところ,法廷意見に述べるとおり育児休業取得前に上告人に復帰後の配置等について適切な説明が行われたとは認められず,しかも本件措置後間もなく上告人より後輩の理学療法士を上告人が軽易業務への転換前に就任していた副主任に発令,配置し,専らそのゆえに上告人に育児休業から復帰後も副主任の発令が行われなかったというのであるから,これらは上記(2)に述べた特段の事情がなかったと認める方向に大きく働く要素であるといわざるを得ないであろう。
3 なお,上告人は育児休業を取得する前に産前産後休業を取得しているため,本件措置2が育児・介護休業法10条の禁止する不利益な取扱いに該当すると認められる場合には,産前産後休業を取得したことを理由とする不利益な取扱いを禁止する均等法9条3項にも違反することとなることはいうまでもない。
最判平成26年10月29日 岡山県議会の議員が県から交付された政務調査費の支出に係る1万円以下の支出に係る領収書その他の証拠書類等及び会計帳簿が民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらないとされた事例
最判平成26年10月29日 岡山県議会の議員が県から交付された政務調査費の支出に係る1万円以下の支出に係る領収書その他の証拠書類等及び会計帳簿が民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらないとされた事例
事件番号
平成26(行フ)3
事件名
文書提出命令に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件
裁判年月日
平成26年10月29日
法廷名
最高裁判所第二小法廷
裁判種別
決定
結果
破棄自判
判例集等巻・号・頁
原審裁判所名
広島高等裁判所 岡山支部
原審事件番号
平成26(行ス)1
原審裁判年月日
平成26年5月29日
判示事項
岡山県議会の議員が県から交付された政務調査費の支出に係る1万円以下の支出に係る領収書その他の証拠書類等及び会計帳簿が民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらないとされた事例
裁判要旨
岡山県議会の議員が県から交付された政務調査費の支出に係る1万円以下の支出に係る領収書その他の証拠書類等及び会計帳簿は,次の(1)〜(3)など判示の事情の下では,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらない。
(1) 岡山県議会の政務調査費の交付に関する条例(平成13年岡山県条例第43号。平成24年岡山県条例第86号による改正前のもの)においては,平成21年岡山県条例第34号による改正により,政務調査費の交付を受けた議員は収支報告書に1万円を超える支出に係る領収書の写しその他の議長が定める書類を添付して議長に提出しなければならず,何人も議長に対してこれらの書類の閲覧を請求することができることとされた。
(2) 上記条例の委任を受けた岡山県議会の政務調査費の交付に関する規程(平成13年岡山県議会告示第1号。平成24年岡山県議会告示第2号による改正前のもの)においては,政務調査費の支出につき,その金額の多寡にかかわらず,議員に対して領収書その他の証拠書類等の整理保管及び保存が義務付けられており,上記改正後の上記条例の下では,上記領収書その他の証拠書類等は,議長において上記条例に基づく調査を行う際に必要に応じて支出の金額の多寡にかかわらず直接確認することが予定されているものである。
(3) 会計帳簿は,領収書その他の証拠書類等を原始的な資料とし,これらの資料から明らかとなる情報が一覧し得る状態で整理されたものであるところ,上記条例の委任を受けた上記規程においては,政務調査費の支出につき,議員に対して会計帳簿の調製及び保存が義務付けられており,上記改正後の上記条例の下では,上記会計帳簿は,議長において上記条例に基づく調査を行う際に必要に応じて直接確認することが予定されているものである。
参照法条
民訴法220条4号ニ,地方自治法(平成24年法律第72号による改正前のもの)100条14項,地方自治法(平成24年法律第72号による改正前のもの)100条15項,岡山県議会の政務調査費の交付に関する条例(平成13年岡山県条例第43号。平成24年岡山県条例第86号による改正前のもの)8条1項,岡山県議会の政務調査費の交付に関する条例(平成13年岡山県条例第43号。平成24年岡山県条例第86号による改正前のもの)8条3項,岡山県議会の政務調査費の交付に関する条例(平成13年岡山県条例第43号。平成24年岡山県条例第86号による改正前のもの)9条,岡山県議会の政務調査費の交付に関する条例(平成13年岡山県条例第43号。平成24年岡山県条例第86号による改正前のもの)11条1項,岡山県議会の政務調査費の交付に関する条例(平成13年岡山県条例第43号。平成24年岡山県条例第86号による改正前のもの)11条2項,岡山県議会の政務調査費の交付に関する規程(平成13年岡山県議会告示第1号。平成24年岡山県議会告示第2号による改正前のもの)6条,岡山県議会の政務調査費の交付に関する規程(平成13年岡山県議会告示第1号。平成24年岡山県議会告示第2号による改正前のもの)7条
判旨
主文
原決定を破棄し,原々決定に対する抗告を棄却する。
抗告手続の総費用は相手方らの負担とする。
理由
抗告代理人光成卓明の抗告理由について
1 記録によれば,本件の経緯等は,次のとおりである。
(1)岡山県(以下「県」という。)に主たる事務所を有する特定非営利活動法人である抗告人は,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,県知事に対し,県議会の議員である相手方らが平成22年度に受領した政務調査費のうち使途基準に違反して支出した金額に相当する額について,相手方らに不当利得の返還請求をすることを求める訴えを本案事件(岡山地方裁判所平成24年(行ウ)第14号)として提起している。
本件は,抗告人が,相手方らの所持する平成22年度分の政務調査費の支出に係る1万円以下の支出に係る領収書その他の証拠書類等及び会計帳簿である原々決定別紙文書目録記載の文書(以下「本件各文書」という。)について,文書提出命令の申立てをした事案であり,相手方らは,本件各文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると主張している。
(2)県では,地方自治法(平成24年法律第72号による改正前のもの。以下同じ。)100条14項及び15項の規定を受けて,岡山県議会の政務調査費の交付に関する条例(平成13年岡山県条例第43号。以下,後記の各改正の前後を通じて「本件条例」という。)及び本件条例の委任に基づく岡山県議会の政務調査費の交付に関する規程(平成13年岡山県議会告示第1号。以下,後記の各改正の前後を通じて「本件規程」という。)が定められ,県議会の議員に対して政務調査費を交付することとされている。
平成21年岡山県条例第34号による改正(以下「平成21年条例改正」という。)前の本件条例は,政務調査費の交付を受けた議員は,政務調査費に係る収入及び支出の報告書(以下「収支報告書」という。)を各年度ごとに所定の様式により議長に提出しなければならない旨(8条1項),議長は,政務調査費の適正な運用を期すため,収支報告書が提出されたときは必要に応じ調査を行うものとする旨(9条)、議長は提出された収支報告書をその提出すべき期間の末日の翌日から起算して5年を経過する日まで保存しなければならず,何人も議長に対し収支報告書の閲覧を請求することができる旨(11条1項,2項)を規定し,平成21年岡山県議会告示第1号による改正(以下「平成21年規程改正」という。)前の本件規程は,議長は提出された収支報告書を知事に送付するものとする旨(5条)を規定していた。しかるところ,平成21年4月1日以後に交付される政務調査費について適用される平成21年条例改正後の本件条例(ただし,平成24年岡山県条例86号による改正前のもの。以下同じ。)においては,収支報告書には,当該収支報告書に記載された政務調査費の支出(1件当たりの金額が1万円を超えるものに限る。)に係る領収書の写しその他の議長が定める書類(以下「領収書の写し等」ともいい,収支報告書と併せて「収支報告書等」という。)を添付しなければならない旨定められ(8条3項),上記の書類は,収支報告書とともに議長による保管及び議長に対する閲覧の請求の対象とされることとされ(11条1項,2項),平成21年規程改正後の本件規程(ただし,平成24年岡山県議会告示第2号による改正前のもの。以下同じ。)においては,本件条例8条3項の議長が定める書類は,領収書の写しその他の支出を証すべき書面であって当該支出の相手方から徴したものの写し(社会慣習その他の事情によりこれを徴し難いときは,金融機関が作成した当該支出に係る振込みの明細書の写し又は支払証明書)とする旨定められ(5条1項),議長は上記の書類(領収書の写し等)を含む収支報告書等の写しを知事に送付するものとされた(6条)。なお,平成21年規程改正の前後を通じて,本件規程は,議員は,政務調査費の支出について会計帳簿を調製するとともに証拠書類等を整理保管し,これらの書類を当該政務調査費に係る収支報告書等を提出すべき期間の末日の翌日から起算して5年を経過する日まで保存しなければならない旨を規定している(上記改正前の6条,同改正後の7条)。また,本件条例に基づき定められた収支報告書の様式を見ると,使途基準に従って支出した項目ごとにその支出額の合計と主たる支出の内訳につき概括的な記載が予定されており,個々の支出の金額や支出先,当該支出に係る調査研究活動の目的や内容等を具体的に記載すべきものとはされておらず,議長が収支報告書等について具体的に採ることのできる調査の方法も,本件条例及び本件規程において定められていない。
2 原審は,要旨次のとおり判示し,本件各文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると判断して,これに当たらないとして相手方らに対し本件各文書の提出を命じた原々決定を取消し,本件申立てを却下すべきものとした。
(1)本件規程により議員に調製及び整理保管が義務付けられている領収書その他の証拠書類等及び会計帳簿のうち,1万円を超える支出に係る領収書その他の証拠書類等については,平成21年条例改正後の本件条例により,その写しを収支報告書に添付して議長に提出しなければならないとされているものの,これを除く領収書その他の証拠書類等及び会計帳簿については,議長等による事情聴取に対し確実な証拠に基づいてその説明責任を果たすことができるようにその基礎資料を整えておくことを求めたものであり,議長等の第三者による調査等の際にこれらを提出させることまで予定したものではないと解するのが相当である。そうすると,1万円以下の支出に係る領収書その他の証拠書類等及び会計帳簿である本件各文書は,専ら所持者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であると認められる。
(2)本件各文書が外部に開示された場合に,県議会の議員である相手方らの調査研究活動が執行機関や他の会派等からの干渉によって阻害され,又は第三者のプライバシーが侵害されるおそれがあると認められる。
3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ある文書が,その作成目的,記載内容,これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯,その他の事情から判断して,専ら内部の者の利用に供する目的で作成され,外部の者に開示することが予定されていない文書であって,開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど,開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には,特段の事情がない限り,当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である(最高裁平成11年(許)第2号同年11月12日第二小法廷決定・民集53巻8号1787頁,最高裁平成17年(行フ)第2号同年11月10日第一小法廷決定・民集59巻9号2503頁,最高裁平成21年(行フ)第3号同22年4月12日第二小法廷決定・裁判集民事234号1頁等参照)。
(2)これを本件各文書についてみると,次のとおりである。
ア 地方自治法100条14項は,「普通地方公共団体は,条例の定めるところにより,その議会の議員の調査研究に資するため必要な経費の一部として,その議会における会派又は議員に対し,政務調査費を交付することができる。」と規定し,同条15項は,「政務調査費の交付を受けた会派又は議員は,条例の定めるところにより,当該政務調査費に係る収入及び支出の報告書を議長に提出するものとする。」と規定している。
これらの規定による政務調査費の制度は,議会の審議能力を強化し,議員の調査研究活動の基盤の充実を図るため,議会における会派又は議員に対する調査研究の費用等の助成を制度化し,併せて政務調査費の使途の透明性を確保しようとしたものである。もっとも,これらの規定は,政務調査費の使途の透明性を確保するための手段として,条例の定めるところにより政務調査費に係る収入及び支出の報告書を議長に提出することのみを定めており,地方自治法は,その具体的な報告の程度,内容等については,各地方公共団体がその実情に応じて制定する条例の定めに委ねることとしている。
イ 本件条例においては,平成21年条例改正により,政務調査費の交付を受けた議員は収支報告書に1万円を超える支出に係る領収書の写し等を添付して議長に提出しなければならず,何人も議長に対して当該領収書の写し等の閲覧を請求することができることとされたものである。
議員による個々の政務調査費の支出について,その具体的な金額や支出先等を逐一公にしなければならないとなると,当該支出に係る調査研究活動の目的,内容等を推知され,当該議員の活動に対して執行機関や他の議員等からの干渉を受けるおそれが生ずるなど,調査研究活動の自由が妨げられ,議員の調査研究活動の基盤の充実という制度の趣旨,目的を損なうことにもなりかねず,そのような観点から収支報告書の様式も概括的な記載が予定されているものと解されるが,上記のような改正後の本件条例の定めに鑑みると,平成21年条例改正は,従前の取扱いを改め,政務調査費によって費用を支弁して行う調査研究活動の自由をある程度犠牲にしても,政務調査費の使途の透明性の確保を優先させるという政策判断がされた結果と見るべきものである。
そして,平成21年条例改正後の本件条例の定めは,1万円を超える支出に係る領収書の写し等につき議長への提出を義務付けており,1万円以下の支出に係る領収書の写し等についてまでこれを義務付けてはいないが,議員が行う調査研究活動にとっては,一般に,1万円以下の比較的少額の支出に係る物品や役務等の方が1万円を超えるより高額の支出に係る物品や役務等よりもその重要性は低いといえるから,前者の支出に係る金額や支出先等を公にされる方が,後者の支出に係る金額や支出先等を公にされるよりも上記の調査研究活動の自由を妨げるおそれは小さいものといえる。そうすると,平成21年条例改正後の本件条例における領収書の写し等の提出に係る上記の定めは,1万円以下の支出に係る領収書その他の証拠書類等につきおよそ公にすることを要しないものとして調査研究活動の自由の保護を優先させたものではなく,これらの書類に限って議長等が直接確認することを排除する趣旨に出たものでもないと解されるのであって,領収書の写し等の作成や管理等に係る議員や議長等の事務の負担に配慮する趣旨に出たものと解するのが相当である。
また,本件条例の委任を受けた本件規程においては,政務調査費の支出につき,その金額の多寡にかかわらず,議員に対して領収書その他の証拠書類等の整理保管及び保存が義務付けられているところ,以上のような平成21年条例改正の趣旨に鑑みると,同改正後の本件条例の下では,上記領収書その他の証拠書類等は,議長において本件条例に基づく調査を行う際に必要に応じて支出の金額の多寡にかかわらず直接確認することが予定されているものと解すべきである。
そして,本件規程においては,議員に対して会計帳簿の調製及び保存も義務付けられているところ,会計帳簿は,領収書その他の証拠書類等を原始的な資料とし,これらの資料から明らかとなる情報が一覧し得る状態で整理されたものであるといえるから,上記領収書その他の証拠書類等と同様に,平成21年条例改正後の本件条例の下では,議長において本件条例に基づく調査を行う際に必要に応じて直接確認することが予定されているものと解すべきである。
そうすると,上記の領収書その他の証拠書類等及び会計帳簿である本件各文書は,外部の者に開示することが予定されていない文書であるとは認められないというべきである。
(3)以上によれば,本件各文書は,民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たらないというべきである。
4 これと異なる原審の前記判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,相手方らに対し本件各文書の提出を命じた原々決定は正当であるから,原々決定に対する抗告を棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 鬼丸かおる 裁判官 千葉勝美 裁判官 小貫芳信 裁判官 山本庸幸)
最判平成26年12月12日 共同相続された委託者指図型投資信託の受益権につき,相続開始後に元本償還金又は収益分配金が発生し,それが預り金として上記受益権の販売会社における被相続人名義の口座に入金された場合,上記預り金の返還を求める債権は当然に相続分に応じて分割されることはなく,共同相続人の1人は,上記販売会社に対し,自己の相続分に相当する金員の支払を請求することができないとした事例
最判平成26年12月12日 共同相続された委託者指図型投資信託の受益権につき,相続開始後に元本償還金又は収益分配金が発生し,それが預り金として上記受益権の販売会社における被相続人名義の口座に入金された場合,上記預り金の返還を求める債権は当然に相続分に応じて分割されることはなく,共同相続人の1人は,上記販売会社に対し,自己の相続分に相当する金員の支払を請求することができないとした事例
事件番号
平成24(受)2675
事件名
相続預り金請求事件
裁判年月日
平成26年12月12日
法廷名
最高裁判所第二小法廷
裁判種別
判決
結果
棄却
判例集等巻・号・頁
原審裁判所名
高松高等裁判所
原審事件番号
平成24(ネ)34
原審裁判年月日
平成24年9月11日
判示事項
共同相続された委託者指図型投資信託の受益権につき,相続開始後に元本償還金又は収益分配金が発生し預り金として上記受益権の販売会社における被相続人名義の口座に入金された場合に,共同相続人の1人が自己の相続分に相当する金員の支払を請求することの可否
裁判要旨
共同相続された委託者指図型投資信託の受益権につき,相続開始後に元本償還金又は収益分配金が発生し,それが預り金として上記受益権の販売会社における被相続人名義の口座に入金された場合,上記預り金の返還を求める債権は当然に相続分に応じて分割されることはなく,共同相続人の1人は,上記販売会社に対し,自己の相続分に相当する金員の支払を請求することができない。
参照法条
民法427条,民法898条,民法899条,投資信託及び投資法人に関する法律6条3項
判旨
平成24年(受)第2675号 相続預り金請求事件
平成26年12月12日 第二小法廷判決
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人島内保夫の上告受理申立て理由について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 上告人は,平成8年10月に死亡した亡Aの子である。亡Aの法定相続人は,上告人を含めて3名であり,その法定相続分は各3分の1である。
(2) 亡Aは,その死亡時において,販売会社であるB証券株式会社から購入した複数の投資信託(以下「本件投資信託」という。)に係る受益権(以下「本件投信受益権」という。)を有していた。
(3) 平成8年11月から平成10年9月までの間に発生した本件投資信託の収益分配金及び平成16年に発生した本件投資信託の元本償還金は,B証券又は同社を吸収合併した被上告人の亡A名義の口座に預り金として入金された(以下,この預り金を「本件預り金」といい,その返還を求める債権を「本件預り金債権」という。)。
2 本件は,上告人が,被上告人に対し,本件預り金の3分の1に当たる金員及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
3 原審は,本件預り金債権は当然に相続分に応じて分割されるものではないなどとして,上告人の請求を棄却すべきものとした。
4 所論は,本件投信受益権が亡Aの相続開始後に金銭債権である本件預り金債権になった以上,本件預り金債権は当然に相続分に応じて分割されるというものである。
5 本件投信受益権は,委託者指図型投資信託(投資信託及び投資法人に関する法律2条1項)に係る信託契約に基づく受益権であるところ,共同相続された委託者指図型投資信託の受益権は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないものというべきである(最高裁平成23年(受)第2250号同26年2月25日第三小法廷判決・民集68巻2号173頁参照)。そして,元本償還金又は収益分配金の交付を受ける権利は上記受益権の内容を構成するものであるから,共同相続された上記受益権につき,相続開始後に元本償還金又は収益分配金が発生し,それが預り金として上記受益権の販売会社における被相続人名義の口座に入金された場合にも,上記預り金の返還を求める債権は当然に相続分に応じて分割されることはなく,共同相続人の1人は,上記販売会社に対し,自己の相続分に相当する金員の支払を請求することができないというべきである。
これを本件についてみると,共同相続された本件投信受益権につき,亡Aの相続開始後に元本償還金及び収益分配金が発生して預り金として本件投信受益権の販売会社であるB証券又は被上告人における亡A名義の口座に入金されたものであるところ,共同相続人の1人である上告人は,被上告人に対し,当然には自己の相続分に相当する金員の支払を請求することができない。
6 以上によれば,上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山本庸幸 裁判官 千葉勝美 裁判官 小貫芳信 裁判官鬼丸かおる)
最判平成27年4月15日 準強制わいせつ被告事件において保釈を許可した原々決定を取り消して保釈請求を却下した原決定に刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
最判平成27年4月15日 準強制わいせつ被告事件において保釈を許可した原々決定を取り消して保釈請求を却下した原決定に刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
事件番号
平成27(し)223
事件名
保釈許可決定に対する抗告の決定に対する特別抗告事件
裁判年月日
平成27年4月15日
法廷名
最高裁判所第三小法廷
裁判種別
決定
結果
その他
判例集等巻・号・頁
原審裁判所名
名古屋高等裁判所 金沢支部
原審事件番号
平成27(く)18
原審裁判年月日
平成27年4月1日
判示事項
準強制わいせつ被告事件において保釈を許可した原々決定を取り消して保釈請求を却下した原決定に刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
裁判要旨
参照法条
刑訴法90条,刑訴法411条1項,刑訴法426条,刑訴法434条
決定要旨
平成27年(し)第223号
保釈許可決定に対する抗告の決定に対する特別抗告事件平成27年4月15日 第三小法廷決定
主 文
原決定を取り消す。
原々決定に対する抗告を棄却する。
理 由
1 本件抗告の趣意は,憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法433条の抗告理由に当たらない。
2 しかし,所論に鑑み,職権により調査する。
(1) 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,柔道整復師の資格を有し,予備校理事長の職にあったものであるが,平成25年12月30日午後4時頃から同日午後5時15分頃までの間,予備校2階にある接骨院内において,予備校生徒である当時18歳の女性に対し,同女が被告人の学習指導を受ける立場で抗拒不能状態にあることに乗じ,施術を装い,その胸をもみ,膣内に指を挿入するなどのわいせつな行為をした」というものである。
(2) 一件記録によれば,被告人は,第1回公判期日において,「被告人と被害者が2人で犯行場所とされる部屋に入った事実はなく,公訴事実記載の行為は一切していない」旨述べて公訴事実を争ったこと,第2回公判期日において,被害者の証人尋問が実施され,被害者は公訴事実に沿う証言をしたことが認められる。また,今後の審理予定として,弁護人は,被告人質問のほか,犯行現場の使用状況等に関し,被害者証言を弾劾する趣旨で,本件当時,本件予備校に通っていた元生徒1名の証人尋問を請求する方針を示している。
(3) 原々決定は,第2回公判期日後に,保証金額を300万円と定め,被害者,上記元生徒及び本件予備校関係者らとの接触を禁止するなどの条件を付した上,被告人の保釈を許可した。
(4) これに対し,原決定は,弁護人が請求を予定している元生徒の証人尋問が未了であり,本件予備校理事長の職にあった被告人が,上記元生徒ら関係者に働き掛けるなどして罪証を隠滅することは容易で,その実効性も高いと指摘し,被告人の保釈を許可した原々決定を取り消した。
(5) しかしながら,原々審が原審に送付した意見書によれば,原々審は,既に検察官立証の中核となる被害者の証人尋問が終了していることに加え,受訴裁判所として,当該証人尋問を含む審理を現に担当した結果を踏まえて,被告人による罪証隠滅行為の可能性,実効性の程度を具体的に考慮した上で,現時点では,上記元生徒らとの通謀の点も含め,被告人による罪証隠滅のおそれはそれほど高度のものとはいえないと判断したものである。それに加えて,被告人を保釈する必要性や,被告人に前科がないこと,逃亡のおそれが高いとはいえないことなども勘案し,上記の条件を付した上で裁量保釈を許可した原々審の判断は不合理なものとはいえず,原決定は,原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない。そうすると,原々決定を裁量の範囲を超えたものとして取り消し,保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。
3 よって,刑訴法411条1号を準用して原決定を取り消し,同法434条,426条2項により更に裁判すると,上記のとおり,本件については保釈を許可した原々決定に誤りがあるとはいえないから,それに対する抗告は,同条1項により棄却を免れず,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 大谷剛彦 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大橋正春 裁判官 木内道祥 裁判官 山崎敏充)
最判平成23年9月14日 被害者の証人尋問において,捜査段階で撮影された被害者による被害再現写真を示すことを許可し,証人に示した写真を証人尋問調書に添付した裁判所の措置に違法がないとされた事例
最判平成23年9月14日 被害者の証人尋問において,捜査段階で撮影された被害者による被害再現写真を示すことを許可し,証人に示した写真を証人尋問調書に添付した裁判所の措置に違法がないとされた事例
事件番号
平成21(あ)1125
事件名
強制わいせつ被告事件
裁判年月日
平成23年9月14日
法廷名
最高裁判所第一小法廷
裁判種別
決定
結果
棄却
判例集等巻・号・頁
刑集 第65巻6号949頁
原審裁判所名
東京高等裁判所
原審事件番号
平成20(う)2460
原審裁判年月日
平成21年6月2日
判示事項
1 被害者の証人尋問において,捜査段階で撮影された被害者による被害再現写真を示すことを許可した裁判所の措置に違法がないとされた事例
2 証人に示した写真を刑訴規則49条に基づいて証人尋問調書に添付する措置について,当事者の同意は必要か
3 独立した証拠として採用されていない被害再現写真を示して得られた証言を事実認定の用に供することができるか
裁判要旨
1 被害者の証人尋問において,検察官が,証人から被害状況等に関する具体的な供述が十分にされた後に,その供述を明確化するため,証拠として採用されていない捜査段階で撮影された被害者による被害再現写真を示すことを求めた場合において,写真の内容が既にされた供述と同趣旨のものであるときは,刑訴規則199条の12に基づきこれを許可した裁判所の措置に違法はない。
2 証人に示した写真を刑訴規則49条に基づいて証人尋問調書に添付する措置について,当事者の同意は必要ではない。
3 証人に示された被害再現写真が独立した証拠として採用されていなかったとしても,証人がその写真の内容を実質的に引用しながら証言した場合には,引用された限度において写真の内容は証言の一部となり,そのような証言全体を事実認定の用に供することができる。
参照法条
(1〜3につき)刑事訴訟規則199条の12,(1につき)刑訴法304条,(2につき)刑事訴訟規則49条,(3につき)刑訴法317条
決定要旨
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
弁護人佐藤善博,同北原雄二,同星名優の上告趣意は,憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であり,被告人本人の上告趣意は,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお,所論に鑑み,証人尋問中に被害再現写真を示すことを許可してこれを訴訟記録に添付するなどした第1 審の訴訟手続の適否について職権で判断する。
1 原判決及び記録によれば,本件訴訟の経過等は,次のとおりである。
(1) 本件は,電車内における痴漢行為(強制わいせつ)の事案であるところ,第1審の期日間整理手続において,検察官は,立証趣旨を「被害の再現状況等」とする捜査報告書(甲7号証)及び立証趣旨を「被害再現状況等」とする実況見分調書(甲13号証)の証拠調べを請求したが,弁護人は,これらの証拠について,いずれも証拠とすることに同意しないとの意見を述べた。
検察官は,これを受けて立証趣旨を「被害者立会による犯行再現時の写真について」とする捜査報告書2通(甲24,25号証。甲7,13号証の写真部分をまとめたもの)の証拠調べを請求したが,弁護人は,これらの証拠についても証拠とすることに同意しないとの意見を述べた。その後,検察官は,上記捜査報告書2通に添付された写真を証拠物として証拠請求する意向を示したが,これに対し弁護人は,再現写真は供述証拠であるから,証拠物として請求することには反対であり,証人尋問において示すことも同意できない旨の意見を述べた。
(2) 第1審第3回公判期日において,被害者の証人尋問が実施され,検察官は,痴漢被害の具体的状況,痴漢犯人を捕まえた際の具体的状況,犯人と被告人の同一性等について尋問を行い,動作を交えた証言を得た後,被害状況等を明確にするために必要であるとして,捜査段階で撮影していた被害再現写真(甲24,25号証の写真部分。犯人を検挙した状況を再現した写真も含む。)を示して尋問することの許可を求めた。
弁護人は,その際,写真によって証言のどの部分が明確になるかということが分かるように尋問することを求めたが,写真を示すこと自体には反対せず,裁判官は,再現写真を示して被害者尋問を行うことを許可した。
そこで,検察官は,被害再現写真を示しながら,個々の場面ごとにそれらの写真が被害者の証言した被害状況等を再現したものであるかを問う尋問を行い,その結果,被害者は,被害の状況等について具体的に述べた各供述内容は,再現写真のとおりである旨の供述をした。
上記公判期日終了後,裁判所は,尋問に用いられた写真の写しを被害者証人尋問調書の末尾に添付する措置をとったが,添付することに同意するかどうかを当事者に明示的に確認しておらず,その後もこれらの写真は証拠として採用されていない。
(3) 第1 審判決は,主として被害者の証言により,被告人の電車内での強制わいせつ行為を認定した。
(4) 原判決は,本件被害再現写真は,供述を明確にするにとどまらず,犯行当時の状況に関して,独自の証明力を持つものであり,独立した証拠として扱うかどうかを明確にすることなく,これを漫然と調書に添付することは,当該写真の証拠としての位置付けに疑義を招くおそれがあって相当ではないとした上で,第1審判決が写真を独立の証拠として扱い,実質判断に用いたというような事情は認められず,また,被害者供述は,上記写真の調書添付に左右されずに,十分信用に値するものであるから,第1 審の措置に,判決に影響を及ぼすような訴訟手続の法令違反はないと判断した。
2 所論は,検察官が示した被害再現写真は伝聞法則の例外の要件を具備せず,証拠として採用することができない証拠であって,このような写真を尋問に用いて記録の一部とすることは,伝聞証拠について厳格な要件を定めていることを潜脱する違法な措置であり,これが事実認定に影響を及ぼすことは明らかであると主張する。
(1) 本件において,検察官は,証人(被害者)から被害状況等に関する具体的な供述が十分にされた後に,その供述を明確化するために証人が過去に被害状況等を再現した被害再現写真を示そうとしており,示す予定の被害再現写真の内容は既にされた供述と同趣旨のものであったと認められ,これらの事情によれば,被害再現写真を示すことは供述内容を視覚的に明確化するためであって,証人に不当な影響を与えるものであったとはいえないから,第1 審裁判所が,刑訴規則199条の12を根拠に被害再現写真を示して尋問することを許可したことに違法はない。
また,本件証人は,供述の明確化のために被害再現写真を示されたところ,被害状況等に関し具体的に証言した内容がその被害再現写真のとおりである旨供述しており,その証言経過や証言内容によれば,証人に示した被害再現写真を参照することは,証人の証言内容を的確に把握するために資するところが大きいというべきであるから,第1審裁判所が,証言の経過,内容を明らかにするため,証人に示した写真を刑訴規則49条に基づいて証人尋問調書に添付したことは適切な措置であったというべきである。この措置は,訴訟記録に添付された被害再現写真を独立した証拠として扱う趣旨のものではないから,この措置を決するに当たり,当事者の同意が必要であるとはいえない。
そして,本件において証人に示した被害再現写真は,独立した証拠として採用されたものではないから,証言内容を離れて写真自体から事実認定を行うことはできないが,本件証人は証人尋問中に示された被害再現写真の内容を実質的に引用しながら上記のとおり証言しているのであって,引用された限度において被害再現写真の内容は証言の一部となっていると認められるから,そのような証言全体を事実認定の用に供することができるというべきである。このことは,被害再現写真を独立した供述証拠として取り扱うものではないから,伝聞証拠に関する刑訴法の規定を潜脱するものではない。
(2) 以上によれば,本件において被害再現写真を示して尋問を行うことを許可し,その写真を訴訟記録に添付した上で,被害再現写真の内容がその一部となっている証言を事実認定の用に供した第1審の訴訟手続は正当であるから,伝聞法則に関する法令違反の論旨を採用しなかった原判決は結論において是認できる。
よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
最判平成22年4月8日 ネットの発信者情報に関して、接続業者に開示義務があるとした事例
最判平成22年4月8日 ネットの発信者情報に関して、接続業者に開示義務があるとした事例
事件番号
平成21(受)1049
事件名
発信者情報開示請求事件
裁判年月日
平成22年4月8日
法廷名
最高裁判所第一小法廷
裁判種別
判決
結果
棄却
判例集等巻・号・頁
民集 第64巻3号676頁
原審裁判所名
東京高等裁判所
原審事件番号
平成20(ネ)5138
原審裁判年月日
平成21年3月12日
判示事項
いわゆる経由プロバイダは,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当するか
裁判要旨
最終的に不特定の者に受信されることを目的として特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録するためにする発信者とコンテンツプロバイダとの間の通信を媒介する経由プロバイダは,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当する。
参照法条
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律2条3号,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律4条1項
判旨
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人横山経通,同上村哲史の上告受理申立て理由第2部第1について
1 本件は,インターネット上の電子掲示板にされた匿名の書き込みによって権利を侵害されたとする被上告人らが,その書き込みをした者(以下「本件発信者」という。)に対する損害賠償請求権の行使のために,本件発信者にインターネット接続サービスを提供した上告人に対し,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき,本件発信者の氏名,住所等の情報の開示を求める事案である。
原審は,上告人が法4条1項にいう「開示関係役務提供者」に該当すると判断した上,被上告人らの請求を一部認容すべきものとした。
2 所論は,上告人は,上記電子掲示板の不特定の閲覧者が受信する電気通信の送信自体には関与しておらず,上記電子掲示板に係る特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録するための,本件発信者と当該特定電気通信設備を管理運営するコンテンツプロバイダとの間の1対1の通信を媒介する,いわゆる経由プロバイダ(以下,単に「経由プロバイダ」という。)にすぎないから,不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の始点に位置して送信を行う者を意味する「特定電気通信役務提供者」(法2条3号)に該当せず,したがって,法4条1項にいう「開示関係役務提供者」に該当しないというべきであり,このように解さないと,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限について規定する法3条や通信の検閲の禁止について規定する電気通信事業法3条等の趣旨にも反することになるというのである。
3 そこで検討するに,法2条は,「特定電気通信役務提供者」とは,特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し,その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者をいい(3号),「特定電気通信設備」とは,特定電気通信の用に供される電気通信設備をいい(2号),「特定電気通信」とは,不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信をいう(1号)旨規定する。上記の各規定の文理に照らすならば,最終的に不特定の者によって受信されることを目的とする情報の流通過程の一部を構成する電気通信を電気通信設備を用いて媒介する者は,同条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に含まれると解するのが自然である。
また,法4条の趣旨は,特定電気通信(法2条1号)による情報の流通には,これにより他人の権利の侵害が容易に行われ,その高度の伝ぱ性ゆえに被害が際限なく拡大し,匿名で情報の発信がされた場合には加害者の特定すらできず被害回復も困難になるという,他の情報流通手段とは異なる特徴があることを踏まえ,特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害を受けた者が,情報の発信者のプライバシー,表現の自由,通信の秘密に配慮した厳格な要件の下で,当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対して発信者情報の開示を請求することができるものとすることにより,加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図ることにあると解される。本件のようなインターネットを通じた情報の発信は,経由プロバイダを利用して行われるのが通常であること,経由プロバイダは,課金の都合上,発信者の住所,氏名等を把握していることが多いこと,反面,経由プロバイダ以外はこれを把握していないことが少なくないことは,いずれも公知であるところ,このような事情にかんがみると,電子掲示板への書き込みのように,最終的に不特定の者に受信されることを目的として特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録するためにする発信者とコンテンツプロバイダとの間の通信を媒介する経由プロバイダが法2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当せず,したがって法4条1項にいう「開示関係役務提供者」に該当しないとすると,法4条の趣旨が没却されることになるというべきである。
そして,上記のような経由プロバイダが法2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当するとの解釈が,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限について定めた法3条や通信の検閲の禁止を定めた電気通信事業法3条等の規定の趣旨に反するものでないことは明らかである。
以上によれば,最終的に不特定の者に受信されることを目的として特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録するためにする発信者とコンテンツプロバイダとの間の通信を媒介する経由プロバイダは,法2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当すると解するのが相当である。
これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく,論旨は採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最判平成22年3月25日 金属工作機械部分品の製造等を業とするX会社を退職後の競業避止義務に関する特約等の定めなく退職した従業員において,別会社を事業主体として,X会社と同種の事業を営み,その取引先から継続的に仕事を受注した行為が,X会社に対する不法行為に当たらないとされた事例
最判平成22年3月25日 金属工作機械部分品の製造等を業とするX会社を退職後の競業避止義務に関する特約等の定めなく退職した従業員において,別会社を事業主体として,X会社と同種の事業を営み,その取引先から継続的に仕事を受注した行為が,X会社に対する不法行為に当たらないとされた事例
事件番号
平成21(受)1168
事件名
損害賠償請求事件
裁判年月日
平成22年3月25日
法廷名
最高裁判所第一小法廷
裁判種別
判決
結果
破棄自判
判例集等巻・号・頁
民集 第64巻2号562頁
原審裁判所名
名古屋高等裁判所
原審事件番号
平成20(ネ)886
原審裁判年月日
平成21年3月5日
判示事項
金属工作機械部分品の製造等を業とするX会社を退職後の競業避止義務に関する特約等の定めなく退職した従業員において,別会社を事業主体として,X会社と同種の事業を営み,その取引先から継続的に仕事を受注した行為が,X会社に対する不法行為に当たらないとされた事例
裁判要旨
金属工作機械部分品の製造等を業とするX会社を退職後の競業避止義務に関する特約等の定めなく退職した従業員において,別会社を事業主体として,X会社と同種の事業を営み,その取引先から継続的に仕事を受注した行為は,それが上記取引先の営業担当であったことに基づく人的関係等を利用して行われたものであり,上記取引先に対する売上高が別会社の売上高の8〜9割を占めるようになり,X会社における上記取引先からの受注額が減少したとしても,次の(1),(2)など判示の事情の下では,社会通念上自由競争の範囲を逸脱するものではなく,X会社に対する不法行為に当たらない。
(1) 上記従業員は,X会社の営業秘密に係る情報を用いたり,その信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったものではない。
(2) 上記取引先のうち3社との取引は退職から5か月ほど経過した後に始まったものであり,残りの1社についてはX会社が営業に消極的な面もあったのであって,X会社と上記取引先との自由な取引が阻害された事情はうかがわれず,上記従業員においてその退職直後にX会社の営業が弱体化した状況を殊更利用したともいえない。
参照法条
民法709条
判旨
主文
原判決のうち上告人ら敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人大津千明の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 本件は,被上告人の従業員であった上告人Y1及び同Y2(以下,両者を併せて「上告人Y1ら」という。)が,被上告人を退職後,上告人Y3(以下「上告人会社」という。)を事業主体として競業行為を行ったため,被上告人が損害を被ったとして,被上告人が上告人らに対し,不法行為又は雇用契約に付随する信義則上の競業避止義務違反に基づく損害賠償を請求する事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,産業用ロボットや金属工作機械部分品の製造等を業とする従業員10名程度の株式会社であり,上告人Y1は主に営業を担当し,上告人Y2は主に製作等の現場作業を担当していた。なお,被上告人と上告人Y1らとの間で退職後の競業避止義務に関する特約等は定められていない。
(2) 上告人Y1らは,平成18年4月ころ,被上告人を退職して共同で工作機械部品製作等に係る被上告人と同種の事業を営むことを計画し,資金の準備等を整えて,上告人Y2が同年5月31日に,上告人Y1が同年6月1日に被上告人を退職した。上告人Y1らは,いわゆる休眠会社であった上告人会社を事業の主体とし,上告人Y1が同月5日付けで上告人会社の代表取締役に就任したが,その登記等の手続は同年12月から翌年1月にかけてされている。
(3) 上告人Y1は,被上告人勤務時に営業を担当していたAほか3社(以下「本件取引先」という。)に退職のあいさつをし,Aほか1社に対して,退職後に被上告人と同種の事業を営むので受注を希望する旨を伝えた。そして,上告人会社は,Aから,平成18年6月以降,仕事を受注するようになり,また,同年10月ころからは,本件取引先のうち他の3社からも継続的に仕事を受注するようになった(以下,本件取引先から受注したことを「本件競業行為」という。)。
本件取引先に対する売上高は,上告人会社の売上高の8割ないし9割程度を占めている。
(4) 被上告人はもともと積極的な営業活動を展開しておらず,特にAの工場のうち遠方のものからの受注には消極的な面があった。そして,上告人Y1らが退職した後は,それまでに本件取引先以外の取引先から受注した仕事をこなすのに忙しく,従前のように本件取引先に営業に出向くことはできなくなり,受注額は減少した。本件取引先に対する売上高は,従前,被上告人の売上高の3割程度を占めていたが,上告人Y1らの退職後,従前の5分の1程度に減少した。
(5) 上告人Y1らは,本件競業行為をしていることを被上告人代表者に告げておらず,同代表者は,平成19年1月になって,これを知るに至った。
3 原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,被上告人の請求を一部認容すべきものとした。
(1) 元従業員等の競業行為が,社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で元雇用者の顧客を奪取したとみられるような場合には,その行為は元雇用者に対する不法行為に当たるというべきである。
(2) 上告人Y1らは,本件取引先を主たる取引先として事業を運営していくことを企図して本件競業行為を開始し,上告人Y1の上告人会社への代表取締役就任等の登記手続を遅らせるなど被上告人に気付かれないような隠ぺい工作等をしながら,上告人Y1と本件取引先との従前の営業上のつながりを利用して被上告人から本件取引先を奪い,上告人会社の売上げのほぼすべてを本件取引先から得るようになる一方で,これにより被上告人に大きな損害を与えたものであるから,本件競業行為は,社会通念上自由競争の範囲を逸脱したものであり,上告人らによる共同不法行為に当たる。
4 しかしながら,原審の上記3の判断のうち,(2)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
前記事実関係等によれば,上告人Y1は,退職のあいさつの際などに本件取引先の一部に対して独立後の受注希望を伝える程度のことはしているものの,本件取引先の営業担当であったことに基づく人的関係等を利用することを超えて,被上告人の営業秘密に係る情報を用いたり,被上告人の信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったことは認められない。また,本件取引先のうち3社との取引は退職から5か月ほど経過した後に始まったものであるし,退職直後から取引が始まったAについては,前記のとおり被上告人が営業に消極的な面もあったものであり,被上告人と本件取引先との自由な取引が本件競業行為によって阻害されたという事情はうかがわれず,上告人らにおいて,上告人Y1らの退職直後に被上告人の営業が弱体化した状況を殊更利用したともいい難い。さらに,代表取締役就任等の登記手続の時期が遅くなったことをもって,隠ぺい工作ということは困難であるばかりでなく,退職者は競業行為を行うことについて元の勤務先に開示する義務を当然に負うものではないから,上告人Y1らが本件競業行為を被上告人側に告げなかったからといって,本件競業行為を違法と評価すべき事由ということはできない。
上告人らが,他に不正な手段を講じたとまで評価し得るような事情があるともうかがわれない。
以上の諸事情を総合すれば,本件競業行為は,社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできず,被上告人に対する不法行為に当たらないというべきである。なお,前記事実関係等の下では,上告人らに信義則上の競業避止義務違反があるともいえない。
5 以上と異なる見解の下に被上告人の請求を一部認容した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上記部分に関する被上告人の請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,上記部分に係る被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。