被告人の現住建造物等放火等の前科に係る証拠を被告人と起訴に係る現住建造物等放火の犯人の同一性の証明に用いることは,前科に係る犯罪事実に顕著な特徴があるとはいえず,同事実と起訴に係る犯罪事実との類似点が持つ両者の犯人が同一であることを推認させる力がさほど強いものではないなどの事情の下では,被告人に対して放火を行う犯罪性向があるという人格的評価を加え,これをもとに被告人が犯人であるという合理性に乏しい推論をすることに等しく,許されないとした事例 最判平成24年9月7日

平成23年(あ)第670号 住居侵入,窃盗,現住建造物等放火被告事件
平成24年9月7日 第二小法廷判決


★ 前科も一つの事実であり、前科証拠は、一般的には犯罪事実について、様々な面での証拠の価値(自然的関連性)を有している。しかし、前科、特に同種前科については、被告人の犯罪性向といった実証的根拠の乏しい人格評価につながりやすく、そのために事実認定を誤らせるおそれがあり、またこれを、同種前科の証明力を合理的な推論の範囲に限定するため、当事者が前科の内容に立ち入った攻撃防御を行うなど争点を拡散するおそれがある。

 したがって、前科証拠は,単に証拠としての価値があるかどうか,言い換えれば自然的関連性があるかどうかのみによって証拠能力の有無が決せられるものではなく,前科証拠によって証明しようとする事実について,「実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められるとき」に初めて証拠とすることが許されると解するべきである。

本件のように,前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合についていうならば,前科に係る犯罪事実が①「顕著な特徴」を有し,かつ,②「それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似すること」から,それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであって,初めて証拠として採用できるものというべきである。

■ 判旨

前科も一つの事実であり,前科証拠は,一般的には犯罪事実について,様々な面で証拠としての価値(自然的関連性)を有している。反面,前科,特に同種前科については,被告人の犯罪性向といった実証的根拠の乏しい人格評価につながりやすく,そのために事実認定を誤らせるおそれがあり,また,これを回避し,同種前科の証明力を合理的な推論の範囲に限定するため,当事者が前科の内容に立ち入った攻撃防御を行う必要が生じるなど,その取調べに付随して争点が拡散するおそれもある。


したがって,前科証拠は,単に証拠としての価値があるかどうか,言い換えれば自然的関連性があるかどうかのみによって証拠能力の有無が決せられるものではなく,前科証拠によって証明しようとする事実について,実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められるときに初めて証拠とすることが許されると解するべきである。

本件のように,前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合についていうならば,前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似することから,それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであって,初めて証拠として採用できるものというべきである。

主 文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理 由

弁護人高野隆の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。しかしながら,所論に鑑み,職権をもって調査すると,原判決は,刑訴法411条1号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。

1 原判決の認定及び記録によれば,本件訴訟の経過等は,次のとおりである。

■ 本件訴訟の経過など

(1) 本件各公訴事実は,「被告人は,平成21年9月8日午前6時30分頃から同日午前11時50分頃までの間,金品窃取の目的で,東京都葛飾区(以下省略)B荘C号室D方縁側掃き出し窓のガラスを割り,クレセント錠を解錠して侵入した上,同所において,1 同人所有の現金1000円及びカップ麺1個(時価約100円相当)を窃取し,2 同人ほか1名が現に住居に使用する前記B荘(木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建,延べ床面積115.67㎡)に放火しようと考え,B荘C号室内にあった石油ストーブ内の灯油を同室内のカーペット上に撒布した上,何らかの方法で点火して火を放ち,同室内の床面等に燃え移らせ,よって,現に人が住居に使用しているB荘C号室の一部を焼損(焼損面積約1.1㎡)した。」という住居侵入,窃盗,現住建造物等放火の事実(以下,それぞれ「本件住居侵入」,
「本件窃盗」,「本件放火」という。)及び北海道釧路市内における住居侵入及び窃盗の事実(以下「釧路事件」という。)からなるものである。

(2) 被告人は,第1審の公判前整理手続において,本件住居侵入及び本件窃盗並びに釧路事件については争わない旨述べたが,本件放火については,何者かが上記B荘C号室に侵入して放火したことは争わないものの,被告人が行ったものではないと主張した。


(3) 被告人は,平成3年4月7日から平成4年5月10日までの間に15件の窃盗を,同年3月29日から同年6月13日までの間に11件の現住建造物等放火(未遂を含む。以下「前刑放火」という。)を行ったなどの罪により,平成6年4月13日,懲役8月及び懲役15年(前刑放火を全て含む。)に処せられた前科を有する。

■ 検察官は、前科について本件前科証拠の取調べを請求した。

検察官は,公判前整理手続において,被告人は窃盗に及んだが欲するような金品が得られなかったことに立腹して放火に及ぶという前刑放火と同様の動機に基づいて本件放火に及んだものであり,かつ,前刑放火と本件放火はいずれも特殊な手段方法でなされたものであると主張し,この事実を証明するため,上記前科に係る判決書謄本(以下「前刑判決書謄本」という。),上記前科の捜査段階で作成された前刑放火に関する被告人の供述調書謄本15通,本件の捜査段階で作成された前刑放火の動機等に関する被告人の供述調書1通(以下これらを併せて「本件前科証拠」という。),本件放火の現場の状況及びその犯行の特殊性等に関する警察官証人1名の取調べを請求した。

■ 第1審裁判所の判断